第一章 ~『決闘条件と魔女』~


 街での観光を満喫し終えたメアリーたちは、決闘会の会場である闘技場を訪れていた。熱気に満ちた会場は観客で埋め尽くされ、二人の剣士が向かい合っている。カインとアンドレアの闘い前の前座試合だろう。


「あそこでカイン様が戦うのですね」

「勝敗は観客すべてが証人になるわけだね」


 言い逃れできない状況は望むところだと、カインに臆する様子はない。そんな彼にゆっくりと近づく人影があった。


「カイン様ですね? お待たせいたしました」


 老紳士が恭しく頭を下げる。凛とした態度を備えた風格のある人物で、顔には深い皺が刻まれている。銀縁眼鏡と重厚な外套は彼の品位を際立たせていた。


「あなたは?」

「私はアンドレア様の遣いでございます」


 そう告げる老紳士をメアリーは知っていた。懐かしい顔に驚いていると、彼もまたメアリーの存在に気づく。


「お久しぶりですね、ペンドル様」

「メアリー様もお久しぶりですね」

「今もアンドレア様の執事をされているのですか?」

「苦労が多い職場ではありますが頑張っております」


 ペンドルはメアリーを忌避することなく、友好的な態度で接してくれた使用人の一人で、若い人たちを指揮する執事長のような役目を負っていた人だった。


「アンドレアが僕に何の用かな?」

「試合前に大切な話があるとのことです……」

「事情は察するよ。ハンデ戦を僕に呑ませるつもりなのだろ?」

「…………」


 裏事情を知るメアリーがいるのだ。隠してはおけないと、ペンドルは彼の疑問を認める。


「やっぱりか。ただ当初の想定通りではある。彼の誘いに乗るとするよ」

「使用人である私がお聞きするのも変ですが、本当によろしいのですか?」

「ああ。お灸を据える役目は僕が果たすさ」

「それは頼もしいですね。では、ご案内します」


 ペンドルが先導する形で通路を進んでいく。その先に待っていたのは闘技場を見下ろせる来賓席だ。


 赤い絨毯が敷かれた部屋は広々としたスペースが確保されており、中央に設置された長椅子にはアンドレアが腰掛けている。


 彼は部屋に足を踏み入れたカインを笑顔で出迎えながら、メアリーの姿を認めると表情を一変させる。嫌悪を滲ませ、鋭い眼光が彼女へと向ける。


「なぜ貴様がここにいる!」

「カイン様の付き添いです。私がいたら困るのですか?」

「困りはしない。ただ呆れているだけだ。俺にあんな酷い仕打ちをしておきながらぬけぬけと顔を出せる面の皮の厚さにな」

「酷い仕打ちですか……なるほど。あなたが贈り物を返してくれと要求している事実を広めた件についてですね」


 ちょっとした報復のつもりだったが、想像以上に効果があったのだ。それを証明するように、彼の苛立ちはますます強くなっていく。


「俺の評判を下げたことを謝罪してもらおうか」

「するわけがないでしょう」

「なんだとっ!」

「そもそも不義理を働いたのは、婚約破棄をしたあなたが先です」

「うぐっ……だ、だが……」

「それに贈り物を返せと非常識な要求をしてこなければ、あなたの悪評が広がることもありませんでした。諌めるなら私ではなく、自分の行動なのでは?」

「――ッ……く、くそおおおっ」


 言い負かされたアンドレアは拳を机に叩きつけて怒りを発散させる。感情を制御できない性格は相変わらずだった。


「貴様のせいでな、俺はケチ公爵と馬鹿にされているのだ」

「事実ではないですか」

「違う! 俺は倹約家なのだ!」

「物は言いようですね」

「とにかく、俺の悪評を覆さなければならない。そのために超級魔術師との決闘まで準備したのだ」


(カイン様との闘いを望んだのはこういう狙いですか……)


 隣国の王子であるカインを打ち負かせば国際問題に発展する可能性がある。そのリスクを承知で彼が闘いを望んだのは、小国だからと見くびっているのも理由の一つだ。


 だがそれ以上に誰もが認める実力者を倒さなければ、、評判を覆せないほどに悪評が広まっていたことの方が理由としては大きかった。


「ですが、あなたにカイン様が倒せますか?」

「魔術では勝てないだろうな。だが俺には必勝の策がある」


 アンドレアは指輪をカインに投げ渡す。その指輪には呪文のような模様が刻まれていた。


「その指輪は魔力を封じる力を持つ魔道具だ。俺が気絶するか、装着してから一日が経過すれば外すことができる」

「つまりハンデ戦を受け入れろということだね?」

「話が早いな。もし断れば――」

「安心しなよ。僕は最初から戦うつもりだ」


 カインは躊躇いなく指輪を嵌める。魔力が遮断され、彼は魔術の行使が不可能になる。


「魔術を使えない魔術師が俺に勝つつもりか?」

「勝つさ。そして僕の大切な人を傷つけたことを後悔させてやる」


 視線を交わらせた二人は火花を散らす。一歩も退かないと、互いの瞳には闘志の炎が宿るのだった。

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