第一章 ~『クレープと魔女』~
決闘会への招待を受けたメアリーたちは、アイスビレッジ公爵領へと向かっていた。馬車に揺られながら、車窓の外を眺めると、美しい自然が広がり、木々の間からは爽やかな風が吹き抜けている。
「カイン様と遠出するのは初めてですね」
「メアリーとの初旅行に心が踊るよ」
カインからはアンドレアとの決闘に対する不安を感じられなかった。むしろ初めて訪問するアイスビレッジ公爵領に期待しているかのようだ。
「これは旅行だったのですね」
「少なくとも僕にとってはそうさ」
「なら私も旅行だと思うことにしましょう……実際、観光するなら悪くない土地ですからね。食事は美味しいですし、歴史的建造物も多いですから。さらに魔物も私が狩り尽くしたので安全面も保証付きです」
魔物が跋扈していた頃は、治安を危惧して観光客が少なかった。しかしメアリーの功績で状況は劇的に変化した。アイスビレッジ公爵領において、今や観光は切っても切れない大事な収入源となっていた。
だがメアリーに感謝の声は届かない。むしろ魔女だと忌避する者が増えた始末だ。
それもすべて魔術師軽視の風潮が影響していた。それを証明するように、道路沿いには魔術師排斥のメッセージが刻まれた看板が並んでいる。
中にはメアリーをモデルにした女性が成敗されている看板も含まれていた。それを目にしたカインは悪趣味だと眉を顰める。
「どうしてここまで魔術を嫌うのだろうね……」
「アイスビレッジ家が魔術の才能に乏しかったからですよ。魔術師は差別していいという風潮を積み重ね、欠点から目を背けたのです」
魔術師排斥の動きはすんなりと市井に受け入れられた。これは魔術が限られた人間しか使えないことが影響している。
人は自分と異なる存在を恐れ、嫌悪する生き物だ。力を持たない市民たちは、魔術師を差別する生き方こそが正しい在り方だと信じたのだ。
「愚かだね。魔術を否定しても、自分たちの生活が不便になるだけだというのに……」
「魔術師がいなければ、魔道具の開発もできないですからね……」
魔道具は薪から火を焚き、井戸から水を汲むなどの原始的な生活から開放してくれる。スイッチを入れるだけで労力なく、火や水が手に入るため、文化的な生活を送るためには魔道具は必要不可欠なのだ。
その便利なアイテムをアイスビレッジ公爵領では魔術師不足の為、ほとんどを輸入で賄っていた。
「魔術を馬鹿にしながら、魔道具に頼る現実にどうやって折り合いを付けているのだろうね」
「魔術と違い魔道具は誰でも利用できますから。差別の対象とはならないそうですよ」
「随分と都合の良い価値観だね」
「まったくです」
それからも二人は会話を重ねる。しばらく経過した後、彼らは馬車の揺れ方に変化が生じたと気づく。街の入口に近づいたことで、街道が整備されて揺れが減ったのだ。
街の入口には城門が設置されており、守衛が手を挙げて停止の合図を送る。馬車の御者と会話を交わすと、車窓の外からメアリーの顔をジッと見つめる。ムスッとした表情のまま、彼は通行許可を出した。
「守衛はメアリーのことを知っていたようだね」
「私はある意味で有名ですからね」
「でも愛想が悪かったけど、通行を許可してくれた……案外、街の人たちは君に対して悪い感情は抱いてないのかもね」
本当に嫌っているなら嫌がらせをされてもおかしくない。根拠の薄い希望的な意見だが、それを聞かされたメアリーの口元には自然と笑みが浮かんでいた。
(カイン様にはいつも励まされますね)
馬車が石畳を進み、商店からにぎやかな声が響いてくる。中心部まで辿り着くと、馬の嘶きと共に停車した。
「決闘会まで時間がある。折角だから街を観光していこうか」
カインに連れられ、街道をぶらぶらと歩く。商店や屋台を覗きながら、二人は充実した時間を過ごしていた。
「カイン様と一緒だと、慣れ親しんだ街も新鮮に映りますね」
「僕も君とデートができて楽しいよ」
「これはデートなのですか?」
「少なくとも僕はそう思っているよ。君はどうかな?」
「私は……」
回答を躊躇っていると、街の一角にある小さなクレープ屋が目に入る。店前には色とりどりの花が飾られ、愛らしい外観で人の目を引いていた。
クレープを焼いていた女店主が、メアリーの存在に気づく。
(あれは私のことを知っている顔ですね)
嫌味の一つでも言われるかも知れない。そう覚悟しながらクレープ屋に近づくと、怪訝な表情で疑問を投げかけられる。
「あんた、もしかして魔女のメアリーかい?」
「私は……」
「やっぱりそうなんだね。ちょっと待ってな」
確信を得た女店主はクレープを焼き上げると、それをメアリーに手渡す。苺とクリームの詰まった食欲のそそられる一品だ。
「サービスだ。持っていきな」
「どうして私に?」
「あんたを気味悪がっている奴もいるけどね、私は魔物を駆除してくれたことに感謝しているのさ。これはそのお礼だよ」
「お姉さん……」
「ははは、私はもうオバサンだよ。でも悪くない気分だね。次来た時もサービスしてあげるから、いつでもおいで」
「はい!」
頑張りを認めてくれる人もいる。それを実感できただけでも街を訪れて正解だったと、誘ってくれたカインにも感謝を伝えるのだった。
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