第一章 ~『決闘の申し込みと魔女』~
翌日、メアリーは気持ちの良い朝を迎えていた。
窓から差し込む柔らかな光が部屋に満ち、太陽の香りが鼻をくすぐる。鳥たちの鳴く声が響いており、心地の良い音色は朝の活力を生み出してくれた。
(いつもより快眠できましたね)
深い眠りにつけたのは、日々が充実しているからだ。カインが水を吸うように魔術を上達させていくため、指導が楽しいというのも大きい。
鼻歌を奏でながら、メアリーは桜色のドレスを取り出す。以前、カインから杖の代わりに贈られた品である。
(箪笥の肥やしにするのは勿体ないですからね)
ドレスに袖を通し、姿鏡に映る自分を確認する。
柔らかな光沢を放つドレスは、白磁の肌を映えさせていた。華やかな刺繍が施された裾は優雅に広がり、その美しさはまるで春の桜のように心に鮮やかな印象を残した。
(高価な品なのでしょうね)
袖を通したことでより上質さを実感する。改めて、お礼を伝えなければと部屋の外へと飛び出し、カインを探す。
見つけるのに苦労するかとも思われたが心配は杞憂に終わる。廊下で窓の外を眺める彼を発見したのだ。
(なにをしているのでしょうか……)
様子を伺っていると、人の気配を感じとったカインが振り向く。その瞳は魅入られるようにメアリーに釘付けになっていた。
「カイン様、どうかしましたか?」
「い、いや、なんでもないよ。想像以上の美しさに驚いていたのさ」
「ふふ、贈ってくれたドレスが素晴らしいおかげですね」
彼に褒められて悪い気はしない。気恥ずかしさを誤魔化すように窓の外に目をやると、そこには大きな水たまりができていた。
「昨晩、雨が降ったのでしょうか?」
「すぐに止んだみたいだけどね。でも僕にとっては好都合だ。修行に活かせるからね」
カインは水溜りを凝視し、魔力を瞳に集める。すると水溜りから水の塊が浮かび、球体へと姿を変える。
「自分の魔力で生み出した水以外も操れるようになったんだ。君の指導のおかげだね」
「いえいえ、カイン様の努力の賜物ですよ。あなたなら、いずれは手足のように水を操れるようになりますよ」
数日でこの成長速度である。将来が楽しみだと心を踊らせていると、見知った顔が駆け寄ってくる。侍女であり、友人でもあるエマだ。
「カイン殿下に手紙が届きましたよ」
「ありがとう。でも僕に手紙か……珍しいこともあるものだね」
疑問を感じながらカインは手紙を受け取る。心当たりがないまま封蝋をチェックした彼は差出人の正体に気づく。
「この封蝋はアイスビレッジ公爵家のものだね……君を捨てた男が僕に何の用で……」
怒りに眉根を釣り上げながら、カインは封蝋を外して中身を確認する。そこには想像していなかった文章が記されていた。
「僕を決闘会へ招待したいとあるね……」
「あの悪趣味なイベントですか……」
「知っているのかい?」
「見栄っ張りなアンドレア様の名声を高めるためのイベントです。高名な魔術師を招待して、一騎打ちの闘いを民衆に披露するのです」
人は単純な生き物だ。強さに憧れ、付き従う。特にアイスビレッジ公爵領は魔術が忌避されている。超級魔術師の権威を打ち破れば、民衆の大きな娯楽になるだろう。
「理屈は理解できる。でも、彼はそれほどに強いのかい?」
相手が高名な魔術師なら勝つのも容易ではないはずだ。だがそこには裏が隠されていた。
「実は魔術師側はハンデを背負わされるのです」
「ハンデ?」
「魔力封じの指輪を嵌めた状態で闘いを強いられるのです」
「――ッ……それだと魔術師側に勝ち目はないじゃないか!」
魔術は魔力というエネルギーがあるから発動できる。勝算を奪ったうえで決闘に応じるなら良し、もし逃げ出しても恐れをなしたと不戦勝を宣言する。どちらに転んでもアンドレアの名誉に繋がるという寸法だ。
「しかもハンデ戦だとは公表しませんからね。第三者の目にはアンドレア様が英雄に映るはずです」
「君の元婚約者は最低だね」
「なにせ私を捨てた人ですからね」
魔力を使えない魔術師を見世物にする醜悪なイベントに、カインは歯を噛みしめる。瞳にはメラメラと闘志が浮かんでいた。
「僕は参加するよ」
「よろしいのですか?」
「君を傷つけた彼を成敗してやるさ」
ハンデ戦だと知りながらも、カインの口元には余裕が浮かぶ。アンドレアは知らなかった。彼の本職が魔術師ではなく、剣士だということを。
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