第一章 ~『圧勝と魔女』~


 カインとアンドレアの決闘の時間が迫り、来賓席にはメアリーだけが残されていた。前座の闘いで観客はヒートアップしており、歓声で窓硝子が揺れている。


(本当は近くで応援できると良かったのですが……)


 残念ながら許可は下りなかった。近くにいると魔術でサポートするかもしれないと、アンドレアが危惧したからだ。


(もっとも私ならこの距離からでも援護はできるのですが……)


 カインなら援護なしでも勝てると信じているため、サポートをするつもりはない。観戦に徹するつもりだった。


「失礼します」


 貴賓室の扉がノックされ、老紳士のペンドルが入室してくる。彼は新たな客を連れており、その人物はメアリーの父――レオルだった。


「お父様がどうしてここに?」

「近くまで通りかかってな。カインが決闘をすると聞いて駆けつけたのだ」


 公爵を一般の観客席に案内するわけにもいかない。故にペンドルは貴賓室へと彼を案内したのだ。


「では私はこれで失礼します。親子水入らずでお過ごしください」


 それだけ言い残して、ペンドルは退出する。残された二人は肩を並べて、窓の外に広がる会場を眺める。


「随分と広い闘技場だな」

「収容できる観客数は一万人を超えますからね」


 その大規模な会場においても、端から端まで広がる観客席は空席なくすべて埋まっており、立ち見客の姿もちらほらと目についた。


「いつもこれほど盛況なのか?」

「試合内容にもよりますが、開業以来、席が売れ残ったことは一度もないそうですよ」

「決闘にそこまで人を惹きつける力があるとはな……」

「試合もそうですが、賭けの対象になっているのも大きな要因でしょうね」


 ギャンブルは人の感情を大きく揺さぶる。金を賭けたことで、推しの剣闘士の勝利を祝う気持ちは高まり、熱狂へと繋がっていくのだ。


「メアリーはカインの勝利に賭けないのか?」

「私、ギャンブルは嫌いなのです」

「俺は賭けたぞ。しかも金貨百枚だ」

「そんな大金を……」

「カインのオッズが高くてな。このチャンスを逃す手はない。なにせ勝てば百倍になって返ってくる計算だ」


 オッズの偏りは過去のアンドレアの戦績のおかげだ。彼は今までの試合で一度も負けたことがなかった。


 魔力封じの指輪を装着させることで、ハンデ戦を強いてきたおかげなのだが、観客はその事実を知らない。今回もアンドレアに軍配が上がると信じ、賭金を集中させていた。


「お父様もカイン様の勝利を信じているのですね」

「俺はあいつの剣の腕を知っている。決闘の結果を待つまでもない。カインの圧勝だ」


 信頼の込められた視線を会場へ向けると、入場ゲートから音楽が鳴り響く。曲に合わせて、壮麗な扉が開かれると、入場者として一人ずつ姿を現す。


 最初に現れたのはカインだ。颯爽と歩みを進めると、拍手と歓声が湧き上がった。


 続いて登場したのはアンドレアだ。彼もまた堂々とした姿勢で闘技場に足を踏み入れ、熱い視線を周囲に向ける。


 アンドレアは右手に剣を持ち、左手では杖を握りしめていた。杖全体は黒い木材で作られ、細部に呪文が刻まれている。その杖の正体にメアリーは心当たりがあった。


「あれは火龍の杖ですね……」

「知っているのか?」

「帝国で開発された魔道具で、大気中の魔力を集めて炎を放てます。魔力を持たない一般人でも擬似的な魔術が扱えるようになる便利な代物ですよ」


 相手の魔術を封じながら、公爵の権力と資金力で集めた魔道具の力で押し勝つ。それこそがアンドレアの戦略だった。


「向かい合いましたね」

「いつ始まってもおかしくない緊張感だな」


 闘技場に対面に立つ二人は火花を散らして睨み合う。その緊迫した状況を先に動かしたのは、アンドレアの方だった。


 杖から放たれた炎は猛火のように舞い上がり、周囲の空気を一瞬にして灼熱へと変える。カインはその炎に正面からぶつかり、爆炎の中へと消えていく。


「カイン様……」

「心配しないで見ていろ。あいつはこの程度の炎で焼かれるような男ではない」


 レオルの言葉を証明するように、巻き上がる炎の勢いが次第に収まっていく。無傷の状態で姿を現し、余裕の笑みさえ浮かべて剣を構えた。


「炎を操作する魔術で防いだのでしょうか……ですが、魔力封じの指輪を嵌められているはずですよね……」

「あれはそんな大層なものではない。剣の風圧で炎を吹き飛ばしただけだ」

「そんなことが……」

「できるぞ。なにせあいつは領内で俺に次ぐ剣の達人だからな。生半可な炎では傷一つさえ負うことはない」


 カインが優秀だとは知っていたが、達人の域に達しているとは思っていなかった。だが納得感もある。


 彼は魔術の才能がないからと剣術の修練に心血を注いできた。しかしメアリーから見て、彼には魔術師としても非凡な才があった。


(剣術と比較すると小粒の才能だったのですね)


 レオルに次ぐ剣技を扱えるなら、それは唯一無二の才能だ。勝敗を心配する必要もない。あとは彼の勝利を見届けるだけだ。


 杖を振り、再度、炎を放とうとするアンドレア。だがカインはその隙を見逃さない。一瞬で距離を詰めると、剣で杖を切り落としたのだ。


 魔道具を壊されたアンドレアは慌てふためきながら剣を構えるが、それもすぐに弾かれる。後退り、尻をついたアンドレアの喉元にカインは剣を突きつける。


「勝負ありですね」

「だな」


 観客から盛大な歓声が送られる。メアリーも勝利を称えるように拍手を送るのだった。

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