第一章 ~『超級魔術師と魔女』~
ワイバーン討伐から数日後のこと、メアリーはカインから貴賓室に来て欲しいと呼び出しを受けていた。
貴賓室は複数ある客室の中でも特に重要な人物をもてなす際に使用される部屋だ。廊下を進み、部屋の前まで辿り着くと重厚な扉が出迎えてくれる。
「失礼しますね」
ノックをして扉を開けると、気後れしそうなほどに豪華絢爛な室内が待っていた。高い天井には彫刻が施され、壁には美しい絵画が掛けられいる。
部屋の中央には大きな黒塗りのソファが配置され、そこにはカインが腰掛けていた。
「来てくれたんだね。ありがとう」
「カイン様お一人なのですか?」
「来賓は用件を終えたからね。すでに帰った後さ」
どのような用件だったのかと問うよりも前に、テーブルの上に置かれた褒賞状が目に入る。王家の紋章と讃辞で満たされた文面から訪問理由にも推測がついた。
「ワイバーン討伐に関する訪問ですよね?」
「僕を救国の英雄として称えるとのことだ」
「重責を背負わせて申し訳ないです……」
「僕が君に助けてほしいと願った結果だ。責任を受け入れるのも覚悟の上さ」
カインに後悔はない。正しい選択をしたと、声には自信が満ちていた。
「どのような方が来賓されたのですか?」
「第一王子が直々に讃辞を届けてくれたよ。君は会ったことがあるかな?」
「いえ、お会いしたことは……どのような人なのですか?」
「優秀だよ。それに器も大きい。きっと次期国王は彼で間違いないだろうね」
「私からすればカイン様も優秀な人ですよ」
「ははは、ありがとう」
カインが苦笑を零したのは、同じ王子でもカインの生まれ故郷とは大きな力の差があるからだ。
シルバニア辺境伯領を始めとする力ある領家をまとめあげるリンテンブル王国は、大規模な領地と軍事力を誇る世界最強の国家だ。
それに対してカインの生まれ故郷であるエルント王国は領地が小さく経済力も劣っている。リンテンブル王国からすれば吹けば吹き飛ぶような小国家だが、現国王の外交手腕で平和を維持していた。
「さて、本題に入ろう。ワイバーン討伐の功績で僕は名誉と宝物が与えられたんだ」
「名誉とは爵位でしょうか?」
男爵、いや伯爵もありうる。その考えを否定するように彼は首を横に振る。
「さすがに隣国の王子には爵位を与えられないそうだ。その代わり、超級魔術師に認定されたよ」
「それは予想以上の名誉ですね」
手をパチパチと叩いて賞賛を送る。だがカインはピンと来ていないのか釈然としない表情を浮かべていた。
「魔術師の世界にはまだ疎くてね。それほど名誉あることなのかい?」
「ええ。超級魔術師は世界で五人目しかいませんから。リンテンブル王国ではお父様だけですよ」
「あれ? メアリーは?」
「選ばれていません。私は上級魔術士止まりですから」
術式と同じように魔術師にも等級が存在する。初級、中級、上級、超級と区分されており、彼女は上級に区分されていた。
「もちろん上級魔術師になるのも簡単ではありませんよ。なにせ私を含めて百人ほどしかいませんから……ただ私はあまり等級に興味がありません。だから超級に選ばれなくて、むしろ良かったとさえ感じています」
世界で五人の超級に選ばれれば、望まなくても目立ってしまう。それは彼女の本意ではなかった。
「でも不思議だね。メアリーほどの力がありながら、今まで超級魔術師に選ばれてこなかったなんて……」
「超級に選ばれるには国家の危機を救わなければならないのです。私が魔物駆除で救ったのはアイスビレッジ公爵領だけですから。上級止まりなのですよ」
「それなのに領民たちは君に感謝しなかったんだね」
「あの領地は魔術を陰気なものとして馬鹿にする文化がありましたから……」
「酷い話だね」
恩人に石を投げるような行いに、カインは憤ったように眉根を釣り上げる。
「私のために怒ってくれて、ありがとうございます」
「君は大切な人だからね。当然さ」
「カイン様……」
「そうだ、君に渡すものがあった」
カインはソファの脇に置かれていた杖を手に取る。深海のような青の魔石が埋め込まれており、淡い光を内部から放っている。杖の柄には美しい波紋のような模様が彫り込まれ、水の流れるような曲線が繊細に表現されていた。
「その杖は……」
「名誉とは別に与えられた宝物でね、国宝に指定されるほどに貴重な品だそうだよ。メアリー、これは君のものだ」
「私には必要ありません」
「しかし……」
「杖は魔術のコントロールを円滑にするものですから。馬の鞍と同じようなものです。私には必要ないのですよ」
凄腕の魔術師であるメアリーは杖がなくても緻密な制御が行える。宝の持ち腐れになるだけだ。
「でも、カイン様の役には立てるはずです。あなたが受け取ってください」
「だが君の活躍でワイバーンを倒せたのに」
「素晴らしい道具も活かされなければ持ち腐れですから」
「分かった……この杖は僕が受け取るよ。だから代わりの品を受け取ってほしい」
あらかじめ用意していたのか、カインは脇からドレスを取り出す。しなやかなシルク生地で作られ、繊細な刺繍が施された桜色のドレスは、着用しなくとも美しいと思える品だった。
「このドレスは?」
「もしかしたら君が杖の受け取りを拒否するかもしれないと思ってね。用意していたのさ」
二人は幼馴染であり、互いの性格をよく知っている。名目上は杖を授与されたのがカインである以上、メアリーが素直に受け取らない可能性が高いと予想していたのだ。
「君が黒のドレスばかりを着ていることは知っている。でも別のドレスがもう一着くらいあっても良いかなと思ってね。受け取ってくれるかな?」
「ふふ、ありがとうございます。大切にしますね」
贈られたドレスをギュッと抱きかかえながら感謝を伝える。喜びが伝わったのか、伝播したように彼もまた微笑むのだった。
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