第一章 ~『視察と魔女』~
数日後、メアリーはカインと共に村の視察へと訪れていた。この村で暮らすのは、領主であるレオルから直接雇用された農夫たちである。
「私達が雨を降らしたおかげもあって、活気が戻っていますね」
「ほとんどメアリーの成果さ……でも目に見えて結果が出ると嬉しいね」
村には茅葺きの住居が並び、鍬を手にした農夫たちが家の周りで笑顔を振りまいていた。不作の状態ではこうはいかない。悲惨さを感じさせない彼らの様子から、恵みの雨は効果があったのだと実感できた。
「お嬢様!」
一際大きな建物から白髪の老人が駆け寄ってくる。村長を任されている男で、人格者としても知られていた。
「ようこそいらっしゃいました。それにカイン殿下も」
「僕はただのオマケさ」
「いえいえ、あなたが降らせてくれた雨のおかげで我らは救われたのです。この恩は一生忘れませんから」
「ははは……」
苦笑を浮かべるカイン。これは雨を降らせたのが、彼の功績だと広めたからだ。評判はさらに高まり、魔術の実力を疑う者をさらに減らした。
「僕も雨を降らせた。ただメアリーの貢献も大きいんだ」
「お嬢様も凄腕の魔術師だと聞きますからね」
「メアリーの助けがなければ成し遂げられなかった。だから彼女にも感謝を向けてほしい」
「ははは、噂通り、カイン殿下は人格者ですね……お嬢様、村人一同を代表して、あなたに感謝いたします」
村長が頭を下げる。カインの謙遜として受け取りながらも、彼女にもしっかりと恩を伝える。
「それでお嬢様、本日はどのようなご用件で?」
「困っていることはないかの視察です。とはいっても、あまりなさそうですね」
「おかげさまで、農夫たちも仕事に打ち込めていますから。治安も仕事があるおかげで悪くはありません」
「貧困は治安悪化の最大の要因ですからね」
犯罪に奔るのは、食い扶持に困るケースが最も多い。だからこそ真面目に仕事のできる環境を整えてくれたメアリーたちに、村長は大きく感謝していたのだ。
「些細なことでも構いません。なにか異常などはありませんか?」
「強いてあげるなら、石橋でしょうか……村の若い者が川の勢いが増した日に、大きく揺れていたと証言しておりましたので……」
「それは危険ですね」
もし橋が崩れれば交通の便が悪くなるだけでなく、橋から落下して大惨事に繋がるかもしれない。
「私の方で点検させていただきますね」
「それは助かります。場所は分かりますか?」
「はい。なので案内はいりません。私とカイン様で対処しますね」
二人は村長に見送られながら石橋へと向かう。目的地はそう遠くない場所に存在した。
「美しい川だね」
川岸に緑豊かな木々が茂り、透明な水が流れていた。川の流れは穏やかで、時折、小さな波が立つが、荒れてはいなかった。
「これくらいの水量なら石橋が崩れる心配はなさそうですね」
川を渡るための石橋は、風雨や時の流れによって多くの亀裂が残されている。一見、古臭さを感じるものの、長い歴史を耐え抜いてきた証は、それほど橋が強固であることの証明でもあった。
「ですが川が荒れると揺れるなら、どこかが傷んでいる証拠でもありますね」
「二人で手分けして点検しようか?」
「いいえ、その必要はありませんよ。私には光魔術がありますから」
人の余命を見抜く魔眼は、物の寿命も把握できる。橋全体を見渡し、生命力の歪を探すと、橋脚に刻まれた大きなヒビ割れを発見する。
「この傷が原因ですね」
「治せるのかい?」
「もちろんですとも」
手を大地に置き、メアリーが魔力を流し込むと、地面から土が呼び起こされる。生き物のように空中に浮かんだ土は、橋脚の傷ついた部分に優しく溶け込み、岩石や鉱物を組み込みながら硬化していった。
「これで修復は完了です。川が荒れても、石橋が崩れることはないはずです」
「さすがメアリーだ。見事だよ」
「カイン様なら、これくらいすぐにできるようになりますよ」
彼は毎日、鍛錬を欠かさない。誰よりも朝早くに起きて、魔術の練習をしている。そんな彼の努力を知っているからこその本音を伝えるのだった、
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