第一章 ~『友人の恋と魔女』~


 エマとの友情を深めたメアリーは、彼女の休憩時間には一緒にお茶を楽しむようになっていた。


 二人のお気に入りは庭園にある四阿だ。周囲には植物たちが広がり、花々が咲き誇っている。景色だけでなく、バラやジャスミンから漂う香りも彼女たちを楽しませてくれた。


「お嬢様に紹介してもらった庭園はいつ訪れても素敵ですね」

「子供の頃の秘密基地でしたからね」


 庭園は来賓用に用意されているもので、新人のエマは存在すら知らなかった。幼少の頃のメアリーは、一部の限られた大人しか知らない庭園を秘密の隠れ家として利用していたのだ。


「でも客人用の庭園を勝手に使っても良いのでしょうか……」

「構いませんよ。どうせ客人など滅多に来ませんから。それにお父様から許可も貰っていますしね」

「領主様の許しがあるなら安心ですね」


 友人と一緒にお茶をしたいと頼めば、二つ返事でレオルは了承した。彼はメアリーの交友関係が狭いことを知っていた。娘に同世代の友達を作る機会を妨げるはずもなかった。


「お嬢様のおかげで、綺麗な景色に素敵なお菓子まで楽しめて、私は幸せものです」

「大袈裟ですね。それにお菓子はあなたが作ったものではありませんか」

「私は仕事として作っていますから」

「では、お互いに感謝して、お菓子をいただくとしましょう」


 本日のおやつはアフタヌーンティーだ。


 白いクロスが敷かれたテーブルの上には、上品なティーカップとスタンドが置かれ、ケーキの盛り合わせやスコーンなどが美しく飾られている。


 エマがポットから紅茶を注ぐと、ティーカップに薔薇色の液体が満たされていく。鮮やかな花の匂いが立ち昇り、自然と笑みが溢れた。


「ケーキや紅茶にはお嬢様の好きな薔薇の花を使っているんですよ」

「私の好きな物を覚えていてくれたのですね」

「友達ですから当然です」


 エマの優しさに感謝しながら、ケーキやスコーンを味わっていく。どれも頬が落ちそうなほど美味なものばかりだった。


(友人もできましたし、実家に戻ってきてよかったですね)


 おかげで毎日楽しい人生を過ごせている。アンドレアに感謝することはないが、結果的に婚約破棄されて正解だったかもしれない。


「そういえば、お嬢様は恋人を作らないんですか?」


 エマは瞳を輝かせて訊ねる。突然の質問だが、同世代の少女が友人の恋に興味を示すのは不思議ではない。素直に質問に答える。


「私は当分、一人で過ごすつもりですので」

「美人なのに勿体ないですよ。近くにはカイン殿下もいらっしゃるのに」

「カイン様はただの友人ですから」

「本当にそれでいいんですか? カイン殿下、侍女たちの間でも憧れの存在ですから。放っておいたら誰かに取られちゃいますよ」

「それは……なんだか嫌ですね」


 カインと恋人になりたいわけではないが、他の女性に奪われるのも癪だった。自分勝手だと自覚しつつも、心の声を誤魔化すことはできなかった。


「私は、お嬢様に好きな人がいるなら誰であっても応援しますよ」

「ありがとうございます。私もあなたに好きな人がいるなら、力を貸しますよ」

「私は……」


 問いに対して、エマの頬が赤く染まる。それだけですべてを察した。


「もしかして恋人がいるのですか?」

「いません。でも、好きな人がいて……騎士団に所属するアスタって人なんですが、お嬢様はご存知ですか?」

「いえ……どんな人なのですか?」

「外見は地味ですね。背も高くないし、お金持ちでもない。でも……重い荷物を代わりに持ってくれたり、足をくじいた子供を担いで隣町まで運んであげたり、とても優しい人なんです」

「尊敬されているのですね」

「とっても。だからこそ私とは不釣り合いで……きっと恋人もいるでしょうね……」


 エマは話しながら自信を失う。だがメアリーにとってみれば、彼女も十分に優しい。大切な友人の願いを叶えるため、立ち上がることを決意する。


「私に任せてください。あなたの恋を叶えるため、色々と動いてみますよ」

「お嬢様……ありがとうございます」


 自分の恋は懲り懲りだが、友人の恋路は応援したい。目標を手に入れたメアリーは闘志を燃やすのだった。

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