第28話 特別師範、クレール・1


 部屋が張り詰めた空気の中、マサヒデが声を出す。


「あ、そうだ!」


 びく! と皆がマサヒデに顔を向ける。

 

「クレールさん、その力、人前では見せられないというか、見せたくないというか・・・忍の術みたいな? そういう力ですか?」


「い、いえ、そういうわけでも」


「レイシクランてバレたくないとか、ないですよね?」


「いえ、そんなことは」


「では、訓練場でも良いですね。うん、良かった」


「は、はい」


「じゃあ、ギルドへ行きましょうか。一通り施設を見たら、朝稽古と行きましょう。そうだ、お腹が空いちゃうんだから、立ち会いは稽古の最後にしましょうか。そうすれば、ちょうど昼飯時ですし」


「はい・・・」


「そうだ、カオルさんも見に来ますか?」


「え! わ、私ですか?」


「興味ないですか? 知ってはいても、実際に見たことないでしょう? 見せても構わないって仰ってくれてますし。クレールさん、構いませんよね?」


「はい、大丈夫です・・・」


「み・・・見たいです・・・」


「じゃあ、カオルさんも行きましょう。カオルさんは生徒側で・・・今回は見るのが目的ですから、手抜きで構いませんから、稽古ではあまり目立たないように」


「は」


「よし! では、行きましょう! シズクさんも師範役なんだから行きますよ! ふふふ、楽しみですね!」


「そ、そうだね!」


 大小を差し、うきうきと部屋を出て行ってしまうマサヒデ。

 続いて、固い笑顔のシズクも出て行ってしまった。

 女性3人が小声で話す。


(マツ様、カオルさん! ど、どうしましょう!? 本気でやった方が良いんでしょうか!?)


(クレールさん、一度手合わせしてるんです。手を抜いたりしたら、マサヒデ様にすぐバレますよ)


(しかし奥方様。今は訓練場の設備なども入ったままですよ? 壊したりしたら大変です)


(あ、そうだ! 力だけ見せて「こんなのです!」というのは?)


(クレール様、それはさすがに・・・ご主人様も拗ねてしまいませんか?)


(そうですよ・・・クレールさん、それはちょっと・・・)


(まずいですか・・・まずいですよね・・・)


(こんなのどうですか?「最初から全力でいきます!」と、思い切り力を出して、すぐ「お腹が空きましたあ~」って、ふにゃふにゃ~って倒れちゃうのは!? 力が見れてマサヒデ様も大満足、クレールさんも可愛くて安心。良い案では!)


(おお! 奥方様、それは良い!)


(さすがマツ様です! それで行きます!)


(自然に、自然にです! ちょっと力みすぎくらいで、一気にふにゃ~です!)


 からからー。


「クレールさーん? カオルさーん?」


 マサヒデの声。まずい。


「ご、ごめんなさい! ちょっと荷物が! もう行きますので!」


(クレールさん、頑張って!)


(クレール様、私も見ておりますので!)


 ば! とカオルがメイド服を脱ぎ捨て、冒険者姿に変わる。


(クレール様! 参りましょう!)


(はい!)



----------



 ギルドの入り口で、マサヒデと中年男性と受付嬢が、何やら談笑している。


「申し訳ありません、マサヒデ様! お待たせしました!」


「ああ、クレールさん。こちらマツモトさんです。依頼受付部の部長さんです。この町に来てから、色々とお世話になっています。シズクさんは、先に訓練場に行ってもらいました」


「ははは、お世話などと。クレール様、初めまして。私がオリネオ冒険者ギルドの依頼受付部の部長、マツモトです。よろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしくお願致します。私、クレール=トミヤスでございます」


 冒険者の姿だが、礼は洗練されている。

 おお? と受付嬢とマツモトの目が開かれる。

 心中は、マサヒデとの立ち会いに、冷や汗を垂らしまくっているが・・・


「おお、これはご丁寧に・・・さすがに洗練されておりますな」


「トミヤス・・・?」


 受付嬢が首をひねっている。

 マサヒデには全然似ていないが、親戚か?

 はて? といった顔だ。


「では、マツモトさん。お手数おかけしますが」


「構いませんとも。さ、クレール様。当ギルドをご案内致します。どうぞ」


 マツモトが歩き出し、クレールが後に付いていく。

 マサヒデは訓練場に向かった。

 カオルも、さり気なくマサヒデの少し後に入っていく。



----------



 マサヒデが訓練場に入ると、シズクと槍を持った冒険者が睨み合っている。

 ぴ! と突き出された冒険者の槍を、シズクが棒の先で止める。

 ちょいと棒の先を上に向けると、冒険者の槍が「びん!」と上に跳ねて、冒険者が尻もちをつく。


「ははは! 良い突きだ! だけど、私にはまだまだ届かないぞ!」


「ま、参りました」


(ほう?)


 中々、堂に入った稽古だ。

 何度か代稽古も頼んだ事があるし、トミヤス道場にも行っているおかげだろうか。


「さあ、次・・・あっ、マサちゃん」


 シズクがマサヒデに気付き、こちらを向いた。

 にや、と笑って、マサヒデもシズクの隣に立つ。


「皆さん、遅れて申し訳ありません」


 ぺこ、と頭を下げる。


「そんな」「トミヤスさん!」「トミヤス様!」


 冒険者達から声が上がる。

 顔を上げたマサヒデは、にやにやと笑っている。


「えー、遅刻のお詫びと言ってはなんですが・・・

 実は、今日は特別師範をお呼びしております!」


 おお、と冒険者から声が上がる。

 にこにことマサヒデもシズクも笑う。


「私やシズクさん、アルマダさんも稽古に来てくれたと思いますが、我々は皆、魔術を使いませんので・・・得物を使わず魔術を主に戦う、いわゆる『純粋魔術師』の方をお招きしました!」


 おお! と歓声が上がる。


「私より年下に見えますが、魔族の中でも長命な種族の方で、遥かに長く生きておられます。皆様、見た目が小さいからと言って、舐めてはいけませんよ」


 すー、と息を吸い込み、大声で、


「今回の特別師範は! 私と試合で戦った! あの銀髪の魔術師の方です!」


 と、訓練場に響くような大声を出す。

 訓練場の何人かがこちらを向く。


 「あの銀髪の!」「死霊術の子か!」「すげえ!」

 ざわざわと冒険者達がざわめく。


「只今、ギルド内の施設をご案内させてもらっておりますが、周り次第、こちらへ参ります。『本物の魔術師』との稽古、是非楽しんで下さい! 参加したい方は、今からでも是非こちらへ!」


 おおー! と冒険者達が集まってくる。

 やったな! という顔でシズクがマサヒデを見る。

 大成功だ。これだけ集まれば、クレールも喜ぶだろう。


「特別師範が来るまでは、私とシズクさんがお相手しましょう!

 では、最初の方!」


「よおし! こっちも来い!」


 どん! とシズクが棒を地に叩きつける。


(ご主人様! これはやり過ぎでは!?)


 大量に集まってしまった冒険者に混じって、カオルが冷や汗を垂らす・・・



----------



 訓練場前、準備室。

 壁を抜けて、稽古をしている冒険者達の声が聞こえる。

 「わははは!」とシズクの笑い声も聞こえてくる。


(ぅえー!? ど、どうしよう!?)


 遅くなってはいけないと思い、食堂だけ見て、すぐに訓練場に来たが・・・

 稽古着に着替え、訓練用の小さな杖を持ち、ぷるぷる震えるクレール。

 マサヒデの大声が、ここまで響いてきたのだ!


(特別師範!? 私が師範!?)


 稽古の師範など、したこともない!

 とりあえず、戦えば良いのだろうか!?

 さらさらー、と、袖や襟の中から、死霊術の虫を出してみる。

 ふわふわと舞う蝶や蛾。

 杖の先に、ぽん、と小さな水球を出す。

 これで、あの荒々しい冒険者達をのめせば良いのか!?


 魔術は竹刀ではない。

 下手に当たってしまっては、死んでしまうかも・・・

 もし、治癒魔術が間に合わなかったら、大事故だ!


(どうしましょう!?)


 しかし、あれだけ大声で「私が特別師範で来る!」と言ってしまったのだ。

 ここで逃げたら、マサヒデ様がどれだけ・・・

 目を瞑って、きゅ、と杖を握りしめる。

 もう、腹を括って行くしかない!


(クレール=トミヤス! 参ります!)


 目を開け、ぐい! と背を伸ばす。

 ふわふわと舞っていた蝶達が、すーっと音もなく稽古着の中に入って行く。


(私も武人の妻! マサヒデ様! しかと見て下さい!)


 クレールは静かな気合を肩に乗せ、かちゃ、と準備室のドアを開けた。

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