第五章 カオルとお出掛け

第20話 カオルとお出掛け・1


 翌朝。

 

 マサヒデが日課の素振りをしている。

 横で、シズクも「えい!」「とう!」と鉄棒を振っている。

 

 縁側に座り、茶と手拭いの用意をして座るカオル。

 背中にじっとりとマツの視線を感じる・・・

 

「ふう・・・ここらにしましょうか」


「うん!」


 2人の素振りが終わった。

 諸肌脱ぎで水を浴びるマサヒデ。

 普段は気にならないが、何故かマサヒデの背中から目を逸してしまった。


「お疲れ様でございました。どうぞ」


 カオルが手拭いを差し出す。


「ありがとうございます」


 目を逸して茶を淹れながら、横顔にはマツの視線をひしひしと感じる。


「では、朝餉を」


 立ち上がって台所に向かうカオルを、マツの目が追う・・・

 そのマツの様子を、マサヒデは見ている。


「マツさん・・・」


「なんですか?」


「もう少し、心を広く持てないんですか?」


「・・・」


「マツさんもカオルさんも、1人ずつ。2人だけで。約束でしょう?

 あなたも了承してくれたじゃないですか」


「まあ・・・そうですけど・・・」


「気持ちが抑えられないのは分かりますけど、そんなにあからさまに表に出しちゃうと、カオルさんも、気が引けてしまうじゃないですか」


「・・・はい」


「どうしたの? まさか夫婦喧嘩?」


 にやにやしながら、シズクが戻ってくる。


「いえ。違いますよ。お出掛けが先じゃなかったので、マツさんが拗ねちゃって」


「拗ねていません! 子供じゃないんですから!」


「この通りで」


「マツさん、いいじゃない。マサちゃんと馬でお出掛けするんでしょ?

 私も馬に乗りたいのに、乗れないの我慢してるんだから」


「いや、そういうことでは・・・」


「ふふーん」


 シズクが耳のピアスをそっと触る。

 はあ、と2人がため息をつく。


「朝餉でございます」


 カオルが膳を持ってくる。


「食べれば機嫌も直るよ。ほら、食べようよ」


「そうですね。さ、皆さん、頂きましょう」


「・・・頂きます」「頂きます」「いただきまーす!」


 マツとカオルは、固い雰囲気で朝食を食べる。


「いつ頃出ます?」


「は・・・掃除を済ませましたら・・・」


「そうですか。じゃあ、私はここで待ってますね」



----------



 掃除も終わり、部屋に戻ったカオル。


「・・・」


 1着の着物を畳の上に置き、じっと見つめる。

 昨晩考えた策。

 お出掛けなら、これ以上の策はない!


(よし)


 ふう・・・と目を閉じて、ゆっくり深呼吸。

 かっ! と目を見開き、ばさ! とメイド服を投げ捨て、着物姿に変わる。

 立ち上がったカオルの背に、陽炎が出来そうなほどの気迫が漲る。



----------



「お待たせ致しました」


 は! とマツとシズクが顔を上げる。


「カオルさん?」「カオル?」


 マツが2人。

 廊下で手を付いているのは、マツの格好をしたカオルだ!


「おお、こりゃすごいねえ! へえ、やるじゃないか!」


「・・・何か、自分を見ているのって、変な気分ですね・・・」


 マツも驚いている。

 マサヒデも振り向いて、手を付いたまま顔を上げたカオルをしげしげと眺める。


「こりゃすごい。さすがカオルさんだ。全然マツさんと変わりないですね」


 小さな動きまでそっくりだ。

 マサヒデは立ち上がり、大小を取り、置いてあった金袋を懐に入れて、


「それじゃあ、行きましょうか」


 と、カオルに声を掛ける。

 マツが驚いている間にさっさと出た方が良い・・・


「は」


 立ち上がる仕草も変わらない。

 マツが口を開けて見ている。


「じゃあ、お二人共、行ってきます」


「・・・行ってらっしゃいませ・・・」


「行ってらっしゃーい!」


 すたすたと廊下を歩き、2人は外へ出て行った。


「マツさん、すごかったねえ。顔だけじゃなくて、動きまでそっくりだったよ」


「全くですね・・・」



----------



 外に出てから、すぐカオルはマサヒデの腕に絡みついた。


「うふ」


「ええ!? ちょっと・・・」


「奥方様は、こうやって絡んでおりましたでしょう」


「まあ、そうでしたけど・・・」


 これがカオルの考えた必勝の策!

 思い切りベタつけるのだ!


「不自然があってはいけませんので」


「そうですか?」


「そうです。仲の良い夫婦だと見せる事で、奥方様の株も上がります」


「・・・そうですかね?」


「そういうものです」


 外に歩き出すと、ちょうどマツモトがギルドに入る所。

 2人を見つけて、笑顔を向けた。


「おや、トミヤス様、マツ様。今日は朝からお出掛けですか」


 一瞬どきっとしたが・・・


「うふ。そうなんです!」


 完全にマツの声。


「ええ。まあ」


「ははは。仲のよろしい事で。羨ましい限りですね」


 マツモトはにこにこしている。

 マサヒデは恥ずかしくなって、笠を目深に下げる。


「ねえ、マサヒデ様。今日はどこへ行きましょう?」


「え。特に考えてませんが」


「ふふふ、お邪魔してはいけませんね。それでは」


 マツモトは笑顔でギルドに入って行った。


「ふっ。どうですかご主人様。完璧ですね」


「・・・」


「さあ、参りましょう。私、職人街に行きたいです」


「はい。じゃあ行きましょう」


 ギルドに入っていく冒険者達の視線も感じる。

 「トミヤスさんだ」「あれはマツ様か」「見せつけてくれるな」

 こそこそと小さな声が聞こえる・・・

 とてもここにはいられない。


 カオルを腕に絡めたまま、マサヒデは歩き出す。

 通りを通って行く人々の視線をひしひしと感じる。


「マサヒデ様、どうなされました?」


「いや、以前もこういう・・・周りの目がちょっと」


「少しくらい、良いじゃないですか」


「いや、何というか、人の目が・・・どうしても落ち着かなくて」


「うふふ。見てもらえば良いんですよ」


「・・・」


 さっさと歩きたいのに、カオルが速度を上げてくれない。

 広場を抜けて曲がって行けば職人街だが、広場までの道が遠く感じる。


「うふ」


 カオルはにこにこしながら、マサヒデの腕に腕を絡ませ、顔をくっつけてくる。

 このまま広場に出たら人目が・・・


(恥ずかしいなあ)


(奥方様! 見ておりましょう! しかし本日は譲って頂きます!)


 くい、と笠を下げて、うつむき加減で歩くマサヒデ。

 2人は広場までゆったりと歩いて行く・・・



----------



 執務室で2人の様子を見ながら、マツはぎりぎりと歯ぎしりしていた。


「くっ!」


 部屋の外まで黒いオーラが出てきている・・・

 もやもやと空気の歪む執務室の外に、そっとシズクが近寄る。


「・・・マツさん、私、出かけてくるよ。トミヤスの道場に行くから・・・」


 恐る恐る、シズクが外から声を掛ける。

 とてもこの家にはいられない!

 道場に行けば、夜まで空けていても不自然ではない!


「はい・・・」


「じゃじゃじゃあ、行ってくるね!」


 シズクは駆け出すように出て行った。


「カオルさん・・・! やりますね・・・!」


 ぴし! ぴしぴし! マツのオーラで湯呑にひびが入る・・・



----------



 カオルは広場で足を止めた。


「ほら、マサヒデ様。立ち会いが映っております。見ていきましょう」


 カオルが魔術放映に指をさす。


「む」


 マサヒデが顔を上げると、放映に祭の立ち会いが映っている。

 ちょうど魔術師が派手に雷の魔術を打ち込んでいる。


「ほう・・・」


 雷で倒れた相手に駆け寄る剣士。

 横から剣士を止めようと槍を突き出す魔族。


「・・・」


 マサヒデが試合に集中している間、むにむにと顔を擦り付けるカオル。

 「いけいけー!」「やったッ!」と、試合を見ている者達から声が上がる。

 試合は次々と他の立ち会いに変わっていき、放映が止まる事はない。

 マサヒデは目を逸らさず、放映に釘付けだ。


(くくく! ご主人様が、こうも見事に策にはまるとは!)


「んふふ」


 カオルはベタついているが、試合に集中するマサヒデはどこ吹く風。

 ここで思い切りすりすりしてやるのだ!


「うむ・・・見事な連携だ・・・」


「そうでしたねえ」


 むにむに。


「1対1なら負ける事はないですが、あの連携では・・・ううむ」


「そうですよねえ」


 すりすり。


「・・・我らもしかと連携を考えねば・・・」


「ですねえ」


 ぐいぐい。


 厳しい顔で放映を見つめるマサヒデ。

 幸せ一杯という顔で、マサヒデの腕に身体を押し付けるカオル。

 カオルの頭から、花でも咲いてきそうだ。

 魔術師協会はもやもやと黒いオーラに包まれ、皿や湯呑がぴしぴし割れている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る