第21話 カオルとお出掛け・2


 広場で眉根を寄せ、厳しい顔でじっと放映を見るマサヒデ。

 「そうですねえ」「ほんとですねえ」と適当な相槌を打ちながら、絡んだ腕にぐりぐりと顔を押し付けているマツ(の顔をしたカオル)。


「うむ・・・やはりここは魔術師との連携・・・」


「それですよねえ」


 うにうに。


 は! もう半刻以上もここにいるのでは・・・

 夢中で立ち会いを見ていたが、気付けば、日も高くなってきている。

 横に、腕にぐりぐりと顔を押し付けているカオルがいる。


「あっ! カオルさん・・・」


「なんですか?」


「すみません、思わず夢中になってしまって・・・職人街でしたね」


「ええ。もう少し、試合を見てても構いませんよ?」


「いえ、お待たせしてしまって、申し訳ありません」


「構いませんとも」


「行きましょうか。食事は・・・職人街だと、屋台になりますか。

 食堂はありますかね?」


「色んな屋台を回って、食べ歩きなどはどうでしょう?」


「ああ、それもありですね」


 2人はゆっくりと職人街に歩いて行く。



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 魔術師協会、執務室。


 バラバラと宙を舞う書類。

 湯呑が割れ、溢れた茶がぽたぽたと机から滴り落ち、畳にしみを作っている。


「ぐぬぬぬぬ・・・さすがカオルさん・・・やりますね・・・」


 マサヒデの弱点を上手くついた甘え方だ・・・

 立ち会いに夢中になっている間に、あれだけ身体を擦り付けるとは!

 マツの握りこぶしが、ふるふると震える。

 転がった筆が、かたかたと音を立てる。


「ふ・・・」


 そうだ。2人は職人街に向かっている。

 カオルは仕事柄、光り物などは厳禁。まさか宝飾品などは買うまい・・・

 そう考えると、少し落ち着いてきた。

 ばささ、と音を立て、宙を舞った書類が落ちる。


「ふふ、マサヒデ様の仰る通り・・・少し心を広く持たねば・・・」


 ぱさ、とマツの頭に書類が落ちてきた。



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「どこへ行くんですか?」


「ええと、仕事道具をいくつか見たいので、色々です」


「ああ。色々な種類がありますものね」


「あ、マサヒデ様、屋台がありますよ」


「ああ、あの屋台の焼き鳥は美味しいですよ」


 先日、ラディの家に差し入れに持っていった焼き鳥だ。

 とすとすと2人は屋台に歩いて行く。


「へらっしぇー」


「うーん、私はねぎまとつくね、かわも下さい」


「お、旦那はこないだの。ご贔屓に」


「覚えていてくれましたか」


「もちろんですとも。今日はお二人共でお出掛けで?」


「はい。そうなんです」


「いやあ、こりゃまたべっぴんさん・・・」


 は! と屋台の親父の笑顔が固まる。

 この若造に身体を押し付けている女は!


「あ、あなた様は魔術師協会の・・・マツ様で?」


「はい」


「さいでしたか。や、どこかで見たことがあると・・・」


 だらだらと親父の顔から汗が流れる。

 この町に住む者の暗黙のルール。

 魔術師協会のマツの機嫌を損ねないこと。そこには死が待っている!

 滅多に外に出ることはないが、もし見かけても声を掛けてはいけない!

 マツを良く知っている者には、荒唐無稽な笑い話だが・・・


「やあ、あの高名なマツ様に来て頂けるなんて、ありがてえこった!

 ささ、お好きなものをご注文してくだせえ!」


「高名だなんて・・・あ、ご店主様、ご存知ありませんか?

 こちら、私なんかよりもっと有名な方なんですよ。

 マサヒデ様。マサヒデ=トミヤス様なんですよ?」


「え!?」


 マサヒデはぽりぽりと頬をかいて、顔を逸らす。


「あんたが・・・あんたが、あの300人抜きのトミヤス様!?

 なんてこった。店で試合は見れなかったもんで、お顔を知らず。お許し下せえ。

 お噂はかねがね・・・いや、こりゃ失礼しました」


「うふふ。マサヒデ様はどこに行っても有名人ですのね」


「いや・・・」


「こりゃ参った! こんなご高名なお二人を客に迎えられるなんて!

 今日はうちの奢りですよ、お好きな物をいくらでもご注文くだせえ!

 さあさあ、そちらの長椅子に掛けてもらって」


「奢りだなんて。そんなに気を使って頂かなくとも・・・ちゃんと払います」


「ご遠慮なさらず! トミヤス様にご贔屓にして頂けてるってだけで、大宣伝になるってもんですから! ささ、どうぞどうぞ!」


「うふふ。マサヒデ様、食べ歩きはしなくて済みそうですね」


「じゃあ、遠慮なく頂きましょうか。本当にありがとうございます」


 2人は長椅子に腰を下ろす。


「さあ、がんがん焼きますぜ! ねぎまにつくねにかわでしたね!

 豚串なんてどうです? ウチは地元産のいい豚使ってますぜ!

 あえて薄塩だけで、肉の味を引き立てるってこだわりだ!」


「じゃあ、豚串もお願いします」


「よっしゃ! マツ様も好きなだけご注文くだせえ!」


「じゃあ、私もマサヒデ様と同じものをお願いします。

 うふふ。楽しみですね♪」


 ぺったり肩に顔を乗せるカオル。


「ここの焼き鳥は、本当に美味しかったんですよ。

 先日、ラディさんに土産に持っていったんです。喜んでくれましたかね」


「おお、あの背高のっぽのラディちゃんですか」


「ええ。先日包んで頂いた物、あれ工房にお土産に持ってったんですよ」


「親父さんもたまに来てくれるんですよ!

 やあ、ありがとうございやした。酒もおつけしますか?」


「はは、まだ明るいですからね。酒は結構です」


「へい! さ、どうぞ!」


 盛られた焼き鳥が差し出される。


「や、こんなに頂けるんですか」


「焼き鳥なんて腹が膨れるもんじゃねえですからね。がんがんお食べくだせえ」


「では、遠慮なく頂きます。ありがとうございます」


 マサヒデとカオルは串を1本取り、口に頬張る。


「んー! マサヒデ様、これは美味しいです!」


「でしょう?」


「お褒め頂き、ありがとうございます! さあこちらが自慢の豚串です!」



----------



「ありがとうございましたー!」


 屋台の親父の声が響く。

 べたべたと腕に絡むカオルと歩きながら、


「どうでした? あの屋台の焼き鳥、美味しかったでしょう?」


「ええ! とても美味しかったです!」


 ご主人様と2人で食べれるなら、なんでも!

 大声を上げたい気持ちを飲み込み、くいくいと頭を押し付ける。


「さあ、カオルさんの仕事道具を見に行きましょうか」


「はい!」


 本来ならホルニ工房に行きたい所だが、今あの2人は血眼で魔剣の柄と鞘を作っているだろう。邪魔はしたくない。

 手前の鍛冶屋に入る。


「はーい。いらっしゃーい」


「先日はどうも」


「あ、兄さんはたしか・・・こないだラディちゃんを探してた?」


「はい」


「あははは! あの時は驚いたよ。すごい勢いだったね」


 す、と絡めた腕を離し、カオルが店の中を回り出す。


「いやあ、急ぎだったもので・・・」


「聞いたよ。ホルニさんから刀を譲ってもらったんだって?」


「ええ。驚きましたよ。あれほどの刀匠がこの町にいたとは」


「ああ、刀はホルニさんの趣味で、売り物じゃないんだ。知られてなくて当然よ」


「え? そうだったんですか?」


「そうなんだよ。いい腕してるだろ? 勿体ねえよなあ」


「なんで刀を打たないんです?」


「売れないからだよ。あれだけの作となると、やっぱ高くなるだろ?

 それに、冒険者は剣とか槍ばっかで、刀を使うのって少ねえからなあ。

 刀は扱いが難しいから、冒険者にはあまり好かれないし、全然売れねえ。

 てわけで、ホルニさんの刀は只の趣味になっちゃってんのよ。

 自分で売り込みに行こう、なんて人でもねえしな」


「ううむ、勿体ない・・・」


「それを譲ってもらえたんだ。兄さん、よっぽど気に入られたんだな」


「ちょっとラディさんと付き合いがあったからですよ」


「え! ラディちゃんとお付き合いしてるのかい!?」


「ははは! そういうんじゃありません。友人みたいなものです」


 す、とカオルが戻ってきた。


「こちら、ちょっと試してみてもよろしいでしょうか?」


 棒手裏剣と、十字手裏剣を持っている。


「ええどうぞ。的、出しますね」


 店主が的を出し、壁に掛ける。


「はい、お試し下さい」


「どうも」


 袖をたくし上げ、カオルは手に持った手裏剣を的に投げつける。

 すとととん、と真ん中に当たり、びーん・・・と音を立てる手裏剣。


「・・・こりゃすごい! 姉さん、ただのべっぴんさんじゃねえな!?」


 目を丸くして、的を見つめる店主。

 店主は的から手裏剣を抜き、カウンターの上に並べる。

 カオルは棒手裏剣を3本手に取り、無言で的に投げる。


「・・・」


「どうかね?」


 カオルはにこっと笑い、


「はい。ではその3本、頂きます」


「毎度!」


 店を出ると、カオルがまた腕に絡みつく。

 マサヒデはもう諦めている。


「どうでしたか」


「うん、中々良い物が見つかりました。では、次に参りましょう!」

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