第19話 色々な乗り物


 からからから。


「只今戻りました」


「おかえりなさいませ」


 マツが出迎えてくれる。


「おかえりー」


 奥からシズクの声。


「や、今日は有意義な1日でしたよ」


「それは良うございました。カオルさんは?」


「白百合を厩舎に連れて行きました」


 居間に上がると、シズクが寝転んでいる。


「マサちゃん、遅かったねえ」


 大小を置いて座る。


「今日は、サクマさんに馬術の稽古をつけてもらいましてね」


「馬術かあ。いいなー。かっこいいなー。私も乗りたいなー」


「ふふ。シズクさんは、魔獣でも捕まえて来て乗ってみたらどうです?」


 ば! とシズクが起き上がる。

 それだ!


「あ! それ良いかも! 馬は無理だもんね! 熊とか魔獣ならいけるかも!」


「冗談だったんですが・・・」


「いやいや、いい考えかもしれないよ?

 強い魔獣だったら、速いだけじゃなくて噛み付いたりとか」


「ううむ、確かにそうですけど・・・言う事、聞きますかね?」


「聞かせればいいのさ!」


「そうですか・・・」


 シズクが魔獣に乗って戦う姿が目に浮かぶ。

 魔獣の角で突き刺されて悲鳴を上げる相手。

 突き刺された死体をぶん投げ、高笑いするシズク。

 まあ、出来れば出来たで悪くはないと思うが・・・


「しかし、魔獣を連れているとなると町に入れませんよ」


「あ、そうか。それは不便だね。せっかく飼い慣らしたのを外に置いとくのもね。

 もし持ってかれちゃったら大変だしね。うーん・・・」


「ところで、魔獣って何を食べるんですか? 餌はどうするんですか?」


「そりゃあ、種類によって違うよ。

 普通に草食べてるのもいれば、動物襲って肉を食べるのもいるし。

 形が違うだけで、普通の動物と変わらないよ」


 ほう。普通に草を食べる・・・

 馬のような魔獣なら、これはいけるかもしれない。

 肉食だと大変だが。


「肉を食べるとなると大変ですけど、草を食べるやつならいけるかもしれませんね。

 上に乗れるなら、悪くない。飼い慣らすことが出来れば、ですが」

 

「だろ!」


 マツが茶を持ってきてくれた。

 す、と茶を差し出す。


「マサヒデ様、魔の国には、魔獣を飼い慣らす仕事をしている者もおりますよ」


「え? そんな人もいるんですか」


「ええ。人の国は全体的に魔獣が少ないので、ほとんどいないと思いますけど」


「へえ・・・じゃあ、シズクさんが乗れそうな魔獣もいますかね?

 私は犬とか狼みたいな魔獣しか、見たことがありませんが」


「おりますとも。象のように大きな魔獣なら、シズクさんでも乗れるのでは?」


「ううむ、やはり魔獣でも大きくないと、シズクさんは乗れませんか」


「馬くらいの魔獣では無理ではないでしょうか?

 実際に試してみないと、分かりませんけど。

 乗れてもすぐ潰してしまうようだと、苦労して手に入れても損なだけですし」


「大きな魔獣ですか・・・手懐けるのも大変でしょうね・・・」


「そりゃあ大変ですとも。買うとなると高額になります。

 餌代も馬鹿になりませんよ。毎日、馬の何倍も食べますからね」


「そんな魔獣、何に使うんです?」


「荷車をつけて、大量の荷運びとか。

 大きな分、力はありますし、石や鉄もいっぱい運んだりしますよ。

 あとは、一日二日だけ借りて、パレードで貴族が乗ったりとか・・・

 馬のように、普段乗るのはあまり・・・」


「シズクさんは諦めた方が良さそうですね」


「えー・・・」


「でも、魔獣の中には良い物もおりますよ。

 飼い慣らすのも大変ですから、非常に高額になりますし、世話も大変ですけど」


「ほう。それはどんな?」


「大きな鳥のような魔獣なら、人を乗せて飛べます」


「ええ!? 人を乗せて飛べるんですか!?

 そんなのもいるんですね・・・」


「ほとんどいませんけど、早馬の代わりに使ったりするんです」


「ううむ・・・確かに、それは便利そうだ」


「でも、人を乗せる程の大きさです。

 かなり揺れますし、少し傾いたら落ちちゃいます。

 ちょっと乗るだけでも大変ですよ。長い訓練が必要になります」


「高い所から落ちたら、大変ですからね」


「乗れる人も、長い間、厳しい訓練をした、選ばれた人達だけ。

 魔の国全体でも、百人もいないと思います。本当に数が少ないんですよ」


「そんなに少ないんですか!?」


「実家(魔王の城)にも何匹かいましたけど、怖かったですよ。

 一度、近くで見ようと近付いたら、それはすごい鳴き声で鳴いて・・・」


「マツさんが怖いって言うのなら、余程でしょうね」


「もう!」


「ははは。しかし、魔獣も手懐ける事が出来るんなら・・・

 例えばですよ。竜なんかも手懐けるのも出来るんでしょうか?」


「ええ。手懐けられますよ。

 まあ、正確に言うと、手懐けるとはちょっと違いますけど」


「え! 竜も!?」


「本当!?」


「ええ。お友達になれば良いんですよ。竜ってすごく頭が良いんです。

 人と同じか、もしかしたら、もっと」


「頭が良いとは聞きましたが、竜ってそんなに賢いんですか?」


「そうですよ。人と同じ喋り方をしないだけで、竜同士は普通に喋るそうです。

 もし竜の言葉が分かれば、お友達になれるかもしれませんね」


「竜と友達か・・・憧れてしまいますね。

 乗れたら格好いいでしょうね」


「お父様から聞いたんですが、昔、竜に乗っていた方が1人いたそうですよ」


「え! 本当ですか!?」


「本当!? 竜なら間違いなく私も乗れるよね!」


「ふふ、シズクさんも乗れましょうね。

 ・・・で、お父様がこれは貴重な人材だと、お城に招いた時です。

 竜がお城の庭に降りた時、運悪く兵士が踏まれちゃったんですって。

 周りの兵士も、竜も驚いて、どちらも暴れ出しちゃって。

 乗っていた方に流矢が当たり、それに竜が怒って大暴れして・・・

 仕方なく、お父様がその竜を退治したそうです。

 暴れた竜はどうでも良いが、竜を手懐けられる者は今後出まい、いくら事故とはいえ、あれは残念であった、とお父様も嘆いておられました」


「・・・そうですか・・・」


 暴れた竜はどうでも良い。

 魔王にとって、竜とはその程度なのだ。

 一体、魔王とはどれほどなのか・・・


 話が一区切りした所で、玄関を開ける音。

 

「只今戻りました」


「あ、カオルさん」


 ぱたぱたとマツが出て行く。

 

「ご主人様、只今戻りました」


 メイド姿になったカオルが頭を下げる。


「お疲れ様でした」


「馬達の様子も見てきました。みな大人しく」


「それは良かった」


「ファルコンも見てきたんですが、どうも好き嫌いが激しそうですね。

 あれだけハワード様にベタついていたのに、私が近付くと明らかな威嚇を」


「ほう」


「馬屋も餌はやれるが、ブラシが掛けられないと困っておりました」


 これも、馬が乗り手を選ぶというやつか。


「騎士さん達も乗りたがっているでしょうに、残念ですね」


「まあ時間をかければ、と馬屋も言っておりましたので」


「ふうむ・・・明日にはまだ蹄鉄は付きませんよね・・・」


「はい」


「じゃ、話は変わりますけど、カオルさん。明日、お出掛けしましょうか」


「え」


 ぎらり、とマツの視線を感じる。


「マツさんは、馬が慣れたら、一緒に村に行くから良いじゃないですか」


「む・・・」


「マツさんの番でも良いですけど、一緒に馬に乗って・・・は、なしですよ?」


「うーん! じゃあ構いません!」


 マツが腕を組んで、ぷい! と横を向く。


「じゃ、カオルさん。明日は2人でお出掛けしましょうか」


「は」


 能面のように無表情で返事をしたカオルであったが、


(どうしよう!?)


 と、心中は穏やかではなかった。

 マツがこちらを見つめている・・・


「よかったじゃん! あんたも何か買ってもらいなよ!」


 にこにこと笑いかけるシズク。

 この女のように無神経でいらられば、どれだけ気楽に楽しめることか・・・


 ご主人様と2人だけでお出掛け!?

 どうしよう!? どうしよう!?

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