お金は腐るほどあるから

 聖輪館女学院/渡り廊下


「てかなんで雪梁さんが聖輪館女学院セイジョにいんの⁉ てか学校用務員てなにすんの⁉ てか何度か神社行ったのになんでいっつもいないの⁉ てか神社空けっぱで大丈夫なの⁉ てかID教えて! てかこの後プリ撮りに行くけど一緒に来ます⁉」

「てかてかてかてか油かよ……そして教えないし行かない」


 全校集会が解散となった直後、捌けてくる雪梁を捕まえた志穂は一気に疑問をまくし立てた。その様を友人であるリコとナナは訝しんでいる。


「まさかシホの彼氏かよ。うちらに黙っていつ作ったんだよてめー」

「でもシホってこういうガテン系不潔っぽくてキライって前に言っt「わーわーわーわーー‼ そ、そんなこと言ってないしそもそも彼氏じゃないしっ! この人はー、ぁぁえぇとー、そのーー、近所のアレでーー」


 リコとナナから「嘘下手かよ」とツッコまれている志穂を華麗にいなし、雪梁はすたすたとその場を去った。


 ◇


 学院長室


「登壇と挨拶、お疲れ様でしたね雪梁くん」


 全校集会終わり。段取りに従ってまっすぐ学院長室へとやってきた雪梁をデスクから迎えたふくよかな和装の女性の名は、桐原きりはら花園かえん。年は58。

 彼女は聖輪館女学院の学院長で、雪梁にとある依頼を持ちかけた張本人である。


「どうかしら本学院は」

「正直、慣れる気がしません」

「ふふ、約3000人の乙女の中に殿方が一人だけですものね。それで、ご依頼の方の印象は?」

「……とんでもないことになってますね。こんなにも多種多様な力が一つ所でせめぎ合っているのを感じたのは初めてです。ある意味、恐山以上の魔境と化している」


 雪梁の感じている異様さこそが彼がここにいる理由である。桐原学院長はその理由を依頼の再確認という形で掘り下げていく。


「二年ほど前から、この聖輪館女学院内であらゆる霊障が勃発し始めました。その対象は主に生徒たちや教員といった人的被害に集約されており、負傷者や精神を病んで不登校ないし休学、諸々が重なって退学までしていった者もいます。これは由々しき事態であると判断した私は、第三類霊障箇所としての対応を国に申請しました。承認が得られたことで本格的に本件の対策に臨むこととなったのですが、原因も解決策も見当たらないまま被害は増え続け、今年からは第二類霊障箇所として再認定されました。いずれ死者が出ようものなら第一類霊障箇所にすらなってしまうでしょう」


【第一類霊障箇所】

 国に管理されている最も有名な霊障現場、"平将門の首塚"と同格の危険度。


「よしんば仮に、学院内で起こる様々な事件が妖霊の仕業だと生徒たちに勘付かれようものなら、彼らはより強固に、そして一斉に具現化してしまう。そうなればもうバイオハザード、被害は学院内に収まらない。戦後最大の大規模霊災がこの地を襲う」


 想像するだに身の毛がよだつ事態。雪梁は改めて事の深刻さを痛感した。


「国内最大の女子校の学院長を勤める傍ら、代々国防にも携わってきた陰陽師一族である桐原家、その当代であるあなたをして未だに原因が掴めないというのは……」

「情けない話よね。でももう開き直ったの。国費もコネもじゃぶじゃぶ使ってこの事態に挑む所存よ」


 国内における霊能のエキスパート、その最高地位にいるにも関わらず前線対応に臨む。日本中の生臭坊主やインチキ霊能者や政治家どもに彼女の爪の垢を飲ませてやりたい、そう雪梁は思った。


「既に幾人もの霊能者や神職、エクソシストやシャーマンを生徒や教員の中に派遣していると伺いましたが」

「二類に指定されたことで宗派もなにもこだわらなくてよくなったから、知り合いに声をかけまくったわ。いずれも業界における稀代の才女と名高い精鋭揃いよ。私の孫も含まれているわ」


 二類指定以降、多くの人材を投入できたことによって人的被害はある程度抑制できている。それが辛うじて学院が学院として機能している根拠であり、生徒を学院から避難させる事態にならずに済んでいる理由である。

 しかし、それでもまだ解決の糸口すら掴めない。やはりこの件、一筋縄ではいかないようだ。


「もしかしたら、原因は我々の及びもつかないところにあるのかも。既存の常識や価値観に囚われていては、いつまでたっても解決に至らないかもしれない」

「そこで外法者モグリの俺を雇い入れるとは、豪快な判断ですね」

「お金は唸るほどあるから」

「経費の話ではなく、本山や教会を始めとした各界との関係性の話です。面子が立たんでしょう」

「お金は腐るほどあるから」

「世も末だな……」

「まだ始まったばかりよ。それに、矢面に立たされるのはあなただもの、その苦労に比べれば安いものよ」


 確かに面倒なことこのうえないだろうが、それが俺の在り方だ。――雪梁の己を定義する意思は固い。

 ここで桐原学院長は話題を切り替え、明日からの雪梁の身の振り方を指示していく。


「雪梁くんには明日から本学院の宿直室に住んでもらいます。引っ越し作業は明日中に済ませてください。明後日からは用務員としてあらゆる作業に従事しつつ、学院内の霊障に対応する務員として励んでいただきます。用務員としての指示は担当教員から受けてください。務員としての報告書は毎日データファイルで提出すること。緊急時は直接私に連絡をくれて構いません。これが宿直室の鍵ね」


 雪梁は古い型の鍵を受け取った。持ち手の装飾には術が施された模様、通称"術印"が刻まれている。

 この術印の効果は、"この鍵で施錠された室内に霊力・体力・怪我等の回復効果を持たせる"ものであると雪梁は見た。


務員は24時間万全であれ、ですか」

「あら、希少なものだから念入りに術迷彩を施してあるのに一目見ただけで効果がわかるなんて、良い眼してるわね」

「なにぶん外法者モグリなもんで精密な解析は苦手ですが、本質的なところを直感的に掴むのは得意なんです」

「うんうん、期待していますよ。……とは言え、依頼している身で言うのもなんだけれど、本件はとても難しく、そして厳しい仕事になる。色んな意味で、ね」

「今までもそうでしたが、改めて覚悟を決めているつもりです」

「それは重畳。でも依頼に取り組む前にまず、協力者を作ることをお勧めするわ。それも一般生徒の中から」

「一般生徒の協力者……中の目、ってことですか」

「用務員の身で学内の様子を把握するのは限界があるでしょう? 誰か知り合いとかいないの?」

「……いなくはないですね。悪霊がらみの体験もある」

「あら理想的。必要経費は出すから、なんとか協力をお願いしてみてください」

「買収も可、と。わかりました」


 ◇


 資材倉庫前


「てことだから、IDを交換しよう」

「おもくそ仕事じゃんっっ!」


 下校中の志穂を捕まえた(リコナナの前でむんずと腕を掴んで連行した)雪梁は、あらゆる資材が収められている倉庫前に彼女を連れてきた。

 強引なお誘いに内心かなりドキドキしたこともあって、複雑な乙女心は自身に重い地団駄を踏ませた。


「お前が交換しようって言ったんだろ」

「そうだけど! なんか納得いかないってか面白くないってか、ちゃんと説明してくださいっ!」


 学院長許可の下、倉庫から使えそうな道具を見繕って台車に乗せる作業を行ないながら、雪梁は事の経緯を志穂に説明していった。


「というわけで、成人男性である俺を置くには用務員という立場に就かせるしかなかったから、学院内の様子をリサーチする協力者が必要というわけだ」

「毎月誰かが不登校になったり病んだりしてるって噂は聞いてたけど、まさか悪霊や妖怪の仕業だったなんて……」

「今にして思えば、お前の一件もこの学院の霊障だったんだろうな」

「……わかりました、協力します」

「頼んどいてなんだがいいのか? 解決するまで毎日俺と逐一やり取りしないとならないからかなり面倒だぞ」

「助けてもらったのにタダって落ち着かなかったし、ずっと恩返ししたいなぁと思ってたんです。だからわたしにとっては渡辺フネです」

「誰だそのおばあちゃん。渡りに船、な」

「と、とにかく手伝いますっ! 手伝わせてくださいっ!」


 どうやら買収は必要ないようだ、と雪梁は心中でしめしめとほくそ笑んだ。

 片や志穂は少しばかり状況にウキウキしている。その理由は言わずもがなである。


 ◇


 宿直室


 職員室や指導室や資料室等が入った教員棟1F最奥にある宿直室の前に志穂と雪梁は立つ。

 あとは入口の戸に鍵を差し込み、開錠し、入室するだけなのだが……雪梁はなぜか鍵を取り出さない。


「どしたんです?」

「地上げの必要があるらしい」


 雪梁は台車を少し引き、腰のツールバッグからモンキーレンチと金工用ハンマーを引き抜き、両手に携えた。

 疑問符を生やす志穂を捨て置き、雪梁は先の人外を吹っ飛ばした自慢の脚力で入口の引き戸を思いっきり蹴る。

 破壊音と共に折れ砕けた戸が室内へと飛んでいく。――その戸と入れ替わるように高速で飛来する異物あり。


『カカカカカカ――、ギッ⁉』


 人一人を丸吞みにできるほど大口を開けたドクロが喰いかからんとしたが、鼻骨にモンキーレンチが差し込まれたことによって突進は止まった。

 次の瞬間、金工用ハンマーを頭蓋に叩き込まれたドクロは絶叫。文字通り鉄槌を下され、骨片と成り果てて塵と消えた。


「荒ぶる御魂に平安を……主波羅斗利しゅばらとり主波羅斗利しゅばらとり


 レンチとハンマーを仕舞い、清酒を撒いた雪梁は経を読み、ドクロを見送った。

 突然の排霊劇(所要時間3秒)に志穂は唖然。金縛りにあったようにその場を動けない。


「い、今のは……?」

髑髏しゃれこうべってけちな妖怪だ。言わゆる低級妖霊だな」

「マジなん、ですね。この学院が、悪霊や、妖怪だらけって。てか、わたしにもバッチリ見えたんですけど……」

「先日の体験から、お前の価値観は霊や妖が存在することを欠片も疑ってない。だから見える」

「いつの間にか霊能少女デビューしてたとか……。ち、ちなみに学院内にはあとどんだけいるんです?」

「そうだな……」


 雪梁が霊や妖を感覚で捉えられる範囲は限られている。今のところ敷地内の1/20程度しか見れていない。だから具体的にどれくらいの妖霊がいるのか判明していない。

 ただ質問にはとりあえず答えておこうとし、単純計算で出した概算を表情を変えないまま志穂に告げる――。


「多分、20,000体以上」


 5分後、かつてない速度と声量を発揮しながら校門を駆け抜けていく女子高生がいたとかいなかったとか。

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