神様の手違いで転生じゃなく妊婦に憑依しました

アキヨシ

【短編】


 朝、目覚めたら見知らぬ天井だった。


 なーんて物語じゃあるまいし、まさか自分の身に起こるとは夢にも思わなかったよ!


 んん? 待てよ。本当に夢なんじゃないかな。

 もう一回寝るか。


「寝るなー!!」


 すぐ近くで怒鳴りつける見知らぬ男。

 全く状況が分からない上に、寝室に見知らぬ男って、現実ならかなりやばい状況だよね。


「もう、煩い! 誰、あんた」


 不機嫌に言い返すと、「なっ!?」と一音発して固まった。

 そんな事言われるとは思ってなかったみたいで、びっくりしているようね。

 何だか知らんけど、叩き起こされて、意味不明の事を怒鳴られて、しかも自分の部屋ではないんだよ? 悪い夢の中にいると思うじゃん。


 男が何も言わなくなったので、これ幸いに男に背を向けてごろんと横たわったら、お腹に違和感を感じた。

 なんか変なんだよねー。重いっていうか。


 そっと腹部に手を当てると、ありえない事に丸く飛び出してるよ、ちょっと!


「なに、コレ!?」


 跳び起きて自分のお腹を見下ろしてみた。


 ……太った?


 いやいやいや! 太ったっていう状態じゃないよ!

 太るにしたって、一晩でこれはないわー。

 パタパタと自分の体をあちこち手で確認してみると、顔、首、腕や脚は太くないのよ。お腹だけがまるで妊婦のように丸く突き出ているの。


 え……妊婦?


 いやいやいや、まさかねー。


 だってわたしはれっきとした喪女だもん!

 友達以上恋人未満な人はいたけれど、ついにキスもしないままお別れしたし!

 三十路になってまだ未開通どころか、彼氏いない歴=年齢って位の立派な喪女だ! ちくしょーめ!(涙)


「……リリシア、おまえ、誰に向かってそんな口を利いてるんだ!」


 あー、男が復活しちゃったか。


「誰に向かってって、あんただけど。だからリリシアって誰? ついでにあんたも誰!?」


「なんだその口の利き方は!! ふざけているのか!?」


 胸倉掴んで怒鳴ってくる若い男を改めてみると、日本人じゃなかった。

 普通に日本語喋ってたから気づくの遅れたわ。

 金髪に青い瞳、白い肌に彫りの深い整った顔立ち。欧米のどこかの国の人っぽい。


「何処のどなたか存じませんが、婦女子の寝室に侵入している時点でギルティ! 《不法侵入罪が適用》される案件です。出て行ってください!」


 訳の分かんない夢。

 でも夢だから怖いと思わないし、強めに言い返しちゃった。


「何を言ってるんだ!?」


 警告したけれど離してくれないから、男の胸元を手の平でドンと突いた。

 そんなに力が入ってないと思ったのに、男は2~3メートルほど宙を泳いで壁に激突して落下した。

「うぐっ!」とか呻いている。


 おお、さすが夢!

 男は理解不能なようで、これ以上はないというくらい目をかっぴらいて驚き固まっている。


「《不法侵入者は出て行って!》」


 そう叫ぶと、男の体が浮き上がり、ドアの方向に見えない何かに運ばれて、一人でドアが開いたかと思うと、ドアの外にそのまま男が運ばれて行った。


「……おお、さすが夢」


 強く言うとそのまま実行されるのかな?


 とにかく、煩いのが居なくなったので、これで安心して二度寝が出来るってもんよ。

 次こそは、ちゃんと目が覚めますように!




 ***




「――すまぬ。こちらの手違いだった」


 あーまだ夢の中かぁ。

 今度は白い人が出てきたよ。


「夢ではないが、夢でもある」


 は? 禅問答か?


「其方の夢の領域に干渉している。だから夢ではあるが、通常の夢とは違う」


 ん? どういう事?


「……今の状態を説明しよう」


 あ、スルーされた。まあいいけど。


「其方は地球世界で過労死した。そしてこのエリューシュカに転生する予定であった」


 過労死!? は? え? わたし、死んだって、いつ!?


「其方の時間軸では昨日の深夜だ」


 うそー!!!

 いやー!! ちょっと待ってぇ!!!

 あの汚部屋で死体発見とか!?

 やばい物なかったかな。あの散らかった部屋以上にまずい物ってないか!?

 うわぁ、もうちょっと片付けておけばよかったー!


「……死んだことより、部屋の心配か?」


 だってぇ、変死だとニュースになったりするじゃない。

 どんな状況で死んでいたかとか知られるんだよ? ネットならもうある事ない事面白おかしくネタにされるんだよ?

 死んだ後まで貶されるって悲しいわよ。


「死んだ二日後、訪ねて来た同僚に発見された。部屋が散らかっている事は話題にはなっていない。

『一人暮らしの女性が自宅で死んでいるのが発見された。死因は司法解剖の結果“過労死”である事が判明した』――という報道がされた。因みに過労死した原因の職場は批難の的だ」


 あははは。

 まあ、ブラックと言えばブラックだったけど、わたしも渡りに船って感じだったから、一概には向こうの責任って言えないんだよねー。

 残業時間に休日出勤はすごかったけど、手当はそこそこ出てたし。


「あちらでは次々と凶悪事件が続いて、其方のニュースはすぐにかき消えた」


 むう。それはそれで寂しいもんですねぇ。

 その程度の人間だったって事ですもんねぇ。


「まあ、それほど悲観する事もあるまい。ほとんどの者が何事もなさずに死んでいくのだから」


 うぐっ、無情。


「さて、本来其方は赤子として転生するはずだった」


 あ、ばっさり切り替えたわね。いいですよ。悲しい話はそれくらいで。


「しかし、こちらの手違いで、腹の赤子ではなく、母体に憑依してしまった」


 ……は?


「母体、リリシアは一時心神喪失、仮死状態に陥っていた。その時に転生処理が行われた為に、手違いで其方が母体にそのまま憑依してしまったのだ。そして、リリシアは腹の中の赤子に入れ替わった」


 はぁぁぁ!?!?


「一度肉体に宿ると、死ぬまで変更が出来ない。すまぬが、リリシアとして生きてくれ。

 詫びとして『ギフト』を授けた。先ほどのように、“真に願った事が実現する”能力だ。

 更に衰弱していたので肉体を強化しておいた。後はこの世界の知識と、今までのリリシアの情報を与えよう。それでどうにか生きていって欲しい」


 ええええええ!?!?

 待ってぇ、色々待ってぇ。

 なんで別の世界の妊婦になってるのぉ!?

 輪廻転生って同じ世界じゃないの!?

 これって所謂異世界転生! じゃなく、転移でもなく憑依ってぇぇぇ!?


「この世界に呼び寄せたのは、輪廻する魂が少ないからだ。魂が溢れている地球世界の管理者と協定を結び、一定の期間、一定数の魂をエリューシュカに召喚したのだ。其方はその内の一つ」


 確かに人口が増えていってるもんねぇ。未来の食糧問題とか話題になってたっけ。

 魂の数が減ると、人口も減っていくって事かしらね。


「そうだ。出産数が減って行き、緩やかに人口減少していくだろう。

 こちらに転生した魂は、浄化処理されて、前世の世界の記憶は無くなっている。しかし其方は憑依。前世の記憶はそのまま残る事になった」


 なるほどー。


「このような接触は本来ないのだが、そうした事情ゆえ夢の領域で干渉した。もう会う機会はないがギフトを活用し、健やかな子を産み育ててくれ」


 えー? 赤の他人の子供を産むの?

 男性経験もないのに妊婦だし! ハードル高いよぉ!


「時間切れだ。ではな」


 待ってー! 貴方って神様ですかぁ!?


「こちらの世界の魂の管理者だ」


 ――それを最後に白い人は消えてしまった。


 言い逃げしたな?




 ***




 今度はリリシアの夢を見た。


 彼女は子爵令嬢だった。

 可もなく不可もないシーベル子爵家の、これまた平凡な娘。

 見た目は一応貴族令嬢らしく、そこそこ整っていたが、目を惹くほどの美貌はない。

 緩やかな巻き毛の茶色い髪と、薄茶の瞳。身長は平均的。体格は少し細め。

 性格は少し、というか大人しく気が弱い。


 だから押し付けられた縁談を断れず、望まない結婚をする羽目になった。

 本来は本家のシーベル伯爵家の縁談だった。だが、従姉妹のベリンダ・シーベルが嫌がって、分家のリリシアが嫁ぐ事になってしまったのだ。


 従姉妹のベリンダには、幼い頃から振り回されてきたのに、結婚まで押し付けられた。

 そして嫁ぎ先のサルマン伯爵家では、不本意な嫁取りであったせいか、格下の子爵家の娘リリシアを冷遇した。


 更に、夫となったカイン・サルマンは横柄な男であった。

 淡い金髪と青い瞳の貴公子は、見た目は美男子だが性格が災いし、独身令嬢から敬遠されているような男だ。


 常に命令口調で、口答えを許さず、気に入らなければ暴力にも訴える。

 リリシアは身を竦めて過ごしていたが、乱暴な閨事数回で無事懐妊した後は、そっとしておかれた事が唯一の救いであった。


 しかし、カインはたまに思い出したように部屋にやって来ては暴言を吐き、調度品に八つ当たりをして行く。

 カインに壊された食器や椅子などを発見されては、リリシアが叱られた。


 姻家の義両親、使用人にも見下され、夫からは怒鳴られ暴力を振るわれる生活。その上食事すら満足に与えられていない為、医者からは「もっと栄養を取る様に」と指導された事をまた叱責された。


 リリシアは心身とも疲弊していた。

 離縁する事も出来ず、嫌いな夫の子を産む絶望感。

 生まれた子も、きっと不幸になる。


 ――もう、消えてしまいたいと思った。




 ***




「うっわー、不憫!!」


 リリシアの生い立ちを、夢という形で見た訳だけど、不憫の一言に尽きるわ!

 ああ、もう疲れちゃったんだね。

 わたしも疲れてたけどさぁ。


 子供の頃から勉強勉強、大学には奨学金で進学して、生活費をバイトで稼いで勉強バイト勉強バイトのループ。

 卒業したら今度は奨学金返済が待っていて、進んで残業して、休日出勤までして完済したのに、その結果が過労死って。


 あーあ、楽しい事ってあんまりなかったなぁ。

 旅行とかも行けなかったし、趣味を楽しむ余裕もなかったし、とにかくゆとりがなかったわよねぇ。


 そ れ な の に !


 別の人生でやり直しじゃなく、不憫なリリシアちゃんの人生を引き継いだだけって!!


 リリシアちゃんは現在十九歳。妊娠七か月。

 妊娠期間十か月っていうのは地球と変わらないから、あと三か月ほどで出産かぁ。

 それまでに心構えをしておかないとねぇ。

 それに生活環境もね! 妊婦なのに栄養失調ってどういう事だよ、こら!



 ――真に願った事が実現するギフト。



 これでどこまで出来るかなぁ。

 あの暴力夫を、部屋から追い出すことは出来たよね。

 それにちょっと押しただけで吹っ飛んで行ったわ。これって“肉体強化”のおかげ?

 今度、暴力を振るわれそうになったら、反撃しよう、そうしよう。


 しっかしアイツ、最低だな。

 訳分んない文句を言ってたけど、改めて思い出すとクズの発言だったよ。


 名前は忘れたけど、愛人関係にあるメイドに、わたしが嫌がらせをしているって怒ってたのよねー。

 なんだそりゃ。

 肩身の狭い思いをして、小さくなっていた大人しいリリシアちゃんが、そんな事出来る訳ないだろうが!!


 しかも具合が悪くて寝ていたのに叩き起こしやがって!

 そういえば心神喪失・仮死状態だったって言ってたわね。かなりやばい状態だったのに、全くあのクズは!


 そのクズの子供を産むのかー。嫌だなぁ。

 わたしにとっては見知らぬ赤の他人だし。


 ……いや、待てよ?

 リリシアちゃんはお腹の中の赤ちゃんになったって言ってたよね!?

 つまり、リリシアちゃんをこの世に、真っ新な状態で誕生させる訳よね!


「それならやりがいあるかもね」




 ***




 その後、色々願ったよ!


 《カイン・サルマンは、リリシアに暴言暴力を振るわない事》

 《カイン・サルマンは、リリシアに接近禁止》

 《サルマン伯爵夫妻は、リリシアに暴言を吐かない事》

 《サルマン伯爵夫妻は、リリシアを丁重に扱う事》

 《サルマン家の使用人は、リリシアを丁重に扱う事》

 《サルマン家の人間は、リリシアに十分な衣食住を提供する事》


 大きくはそれくらい。後はその都度ね。


 夫の愛人メイドは、《わたしの前に姿を現さないように》って願ったからか、一度も姿を見てないし。

 クズ夫が誰とイチャコラしても構わないけど、目につくところではごめんこうむる!


 これでやっと平穏になったわー。

 贅沢ではない、普通の生活……だと思う。貴族の生活の“普通”が分からないけど。


 本当はさ、離婚してこの家を出て行きたい所よ。

 だけど妊婦が一人で出て行って、その後どうやって安全に出産するかと考えたら、今は時期尚早って判断したの。

 実家は全く当てにならなかったから尚更ね。



 こうしてわたしはついに無事出産しました。

 《安産で母子共に健康であるように》と願っておいたし。

 産婆を兼ねた医者に取り上げられた赤ちゃんは、もちろん女の子。


 だけど義両親は不満顔。この国では跡継ぎは男子限定なんだってさ。

 誰にも祝福されない娘という訳か。

 子宝に男女関係ないでしょうが! 不妊に悩む夫婦が聞いたら怒るよ!?


 薄茶色のほわほわの髪の毛の赤ちゃんを腕に抱き、語り掛ける。


「新しい人生おめでとうリリシア。今度こそ、《貴女は必ず幸せな人生を送る》」


 そう願った娘の名は、リリシア改め、ルシアーナ。


「《わたしと一緒に幸せになろうね》」




 ***




 その後間もなく、クズ夫の愛人も子供を産んだ。こちらは男児。

 それを切っ掛けに《離婚》を願って、わたし達はようやくサルマン家から解放されたのよー!

 もちろん、ルシアーナとも縁を切らせたわ。


 ついでに、《因果応報、サルマン家の人間は、他人にした仕打ちの報いを受けろ》と願っておいた。

 こっちは確実とは言えないけれど、リリシアちゃんに辛く当たった分だけ不幸になるがいいさと思って願掛け。

 何か起これば、その内噂が聞こえてくるでしょう。


 更に慰謝料ならぬ手切れ金をふんだくってやったぜ! ふっふっふ。

 でも、当面の軍資金があっても、赤ん坊を抱えた女一人で、どうやって生きていくかって?

 そりゃあ事前に、使用人に“お願い”して調べてもらってたのよ。


 就職先は、大手商会のご隠居のお世話係。

 生後間もない赤子を連れての住み込みのお仕事です。

 育児経験のないわたしを支えてくれる、人生の先輩のご指導付き。なんてありがたい。

 更に、子守を雇ってくれる代わりに、お孫さんの家庭教師も引き受けたわ。


 元のリリシアが修得していた、貴族令嬢としての礼儀作法が役に立ちました。

 下位貴族のものではあるけど、不足分はわたしの得た知識で埋められるしね。


 だってねぇ、魂の管理人が与えてくれたこの世界の知識。これが膨大な量で、少し疑問に思ったことがすぐに頭に浮かぶのよ。

 この世界の成り立ちから地図情報、各国の政治、生活習慣から風習、言語、宗教などなど。

 分からない事がないんじゃないかっていうくらい。

 どんだけだよ!


 この言語知識のおかげで、初対面のクズ夫との会話が成り立っていた訳よね。

 あの男の言い分なんて、理解出来なくても良かったけどさぁ。

 まあそれで、他国言語の本の翻訳まで頼まれたりして、臨時収入にもなってるから助かってるわ。




 ***




 働き出して数年後、サルマン伯爵家が没落間近だという噂を聞いた。

 下手を打ったのか取引先にそっぽを向かれ、事業が失敗。大きな借金を抱えている所に、元夫が暴漢に襲われ、ぼこぼこにされて再起不能になったのも重なったようだ。

 メイドだった愛人は、カインを捨てて出奔したとか。


 ついでに、リリシアちゃんに縁談を押し付けた従姉妹のベリンダは、ことごとく縁談がご破算になって、嫁ぎ遅れ道邁進中。

 本家のシーベル伯爵家自体も、投資に失敗。借金苦に喘いでいるそうな。

 そうすると分家の実家も煽りを受け、青息吐息だとか。


 助けてくれなかった元家族の事なんぞ知らんわ。

 わたしにとっては赤の他人だし。


 こちらは特に“願った”訳じゃなかったんだけど、「罰が当たればいいのに」とは思っていたから、それが“お願い”になったのかもしれないな。


 ……ふっ、ざまぁ。



 その後わたしは、ご隠居さんに紹介された男性とお付き合いを始めました!

 その人も一人子供を抱えた寡暮らしだって。

 さすが人生の先輩の目利きに適った人で、わたし達は馬が合ったし、お互いの子供たちも拒否感がなく、すぐに慣れ親しんでくれたわ。


 彼は黒髪で青い瞳のイケオジ。

 リリシアよりも十歳年上だけれど、頼れる大人の男に、恋愛経験がほとんどないわたしはあっさり陥落したの。


 婚姻誓約書にサインし、ご隠居さんたちにお祝いパーティされてお終い。

 再婚同士だからねー、結婚式は挙げなかったのよ。


 そして、一緒に暮らし始めて間もなく妊娠しちゃった。

 今度は家族に望まれた子を授かれたのが嬉しくて、ちょっと泣けたわ。


 もしも、わたしがリリシアの子供として転生していたなら、きっとあのクズ夫に虐げられ、母子共に不幸のどん底で、長生き出来なかったかもしれない。



 神様、もとい管理者様、間違って“憑依”させてくれて、どうもありがとう。

 今度こそ幸せになるよ。




 〈終わり〉




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※2/9 後半の方にざまぁ?なエピソードを加筆しました。


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