まいすーまいすー
この国、ストラヘイムは三家により治められている。
王と東西の侯。
シーバストラ王家、ベルティエ家、クノプロッハ家。
王を頂点とする封建国家が派を争う大陸にあり、この国は三つの家から出る英雄の活躍により群雄の一つとしてそれなりの領に割拠していた。
個の力が群れの強さを決め、群れの数がそのまま国力となる社会で、貴族に求められるものは絶対的な個となれる強さ。
当然、名家に生れ落ちようとも職能に目覚める見込みのない者らは簡単に捨てられる。
クノプロッハ家。
この国の守護神と崇められ国土の三分の一以上の領を治める侯爵の第一子息といえど、この洗礼から逃れることはできない・・・筈であった。
「お待ちあれ」
自らの令息の洗礼に立ち会ったクノプロッハ家当主、リヒャルトは無能の判定を宣言した僧に歩み寄る。
「今日はいささか暑い。御坊も長い聖務に疲れが見えるようだ・・・これで涼気をとって頂きたい」
吐く息は白くとも、侯爵家の当主ともなれば気温如き上下30度程度は軽く操れるのである。
僧は差し出されたコブシの下へ、掌を開く。
そこへ涼し気に青く光る金属のような塊が落とされる。
「ほう、これは喜捨かたじけなく。・・・しかし、言われる通り今日はいつになく暑い・・・もう一つばかりあると我が神の子たちも涼をいただけるのですが」
「うむ。御坊の愛と孤児への慈しみ、感服の限り」
数多の国を跨ぐ超国家的な組織である聖ソラリス教会。
神の名のもとに莫大な喜捨を毟り続ける絶対的な無敵の勝ち組集団である。
そう、カネさえあれば神案件はある程度までどうにでもなるというフレキシブルさがあるのだ。
「神の石も、この暑さで疲れが出たのでしょう。どうやら判定の前後を誤ったらしい」
「なんだと!」
声を上げたのはこの国のもう片翼の雄、ベルティエ家当主・・・の横に立つ騎士であった。
「やはり両雄が並び立つ場で御片方のみ喜捨を受けたとなれば・・・我が教会も敵が多く、誹る者もおりますゆえ」
「クッ・・・」
あからさまな賄賂の要求に握りしめた騎士の拳が震える。
しかし、横の当主から制止するがごとく手で遮られた。
騎士は当主を振り仰ぐ。
ここ数年ですっかりと覇気が消えうせ、人形のようになってしまった主。
ここは諫言をもちこの売僧の斬首を注進すべし。
そういった騎士の気鋭は、その当主のありえない動揺に削がれた。
吐く息も白い寒冷の中、当主は顔じゅうが脂汗に塗れ、湯気を立てながらも青く血色を失い震えている。
「気を殺せ。音を立てるな。速やかに撤退する」
若い騎士は自身にただ一つある戦歴を彷彿とし、慄然とした。
答礼も復唱も忘れ、下がってゆく当主の後ろへと肌を粟立たせながら速やかに続く。
首の後ろに、あの酸鼻極まる撤退戦で感じていた獣の生臭い吐息が蘇ってくる。
洗礼の間を脱したその時、熟れた果物を踏み潰すような音、そして噴き出た何かが水音を立てる気配が騎士の耳へと届いたのであった。
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