第7話 神の真理
それから数日後、香苗は晴れ晴れした表情で、駅の改札口から駆け出して、私に声を掛けてきた。香苗は本を読まずに友だちに返し、友達関係も壊れずに済んだと喜んでいる。
香苗を襲った宗教の嵐は去ったらしい。そして今度、私の頭上に宗教の嵐は移った。人間は何故、神を必要とするのだろう。
人間が弱いとか、人生が苦しい・悲しい・辛い・複雑・不遇・恐怖などとか言うだけで、神を頼りにするのだろうか。そこには、もっと違った真理が隠されているのではないのかと、私は考えるようになった。
神は、提供する側と求める側とが、いつも存在する。しかし、それでいいのかという疑問が湧く。それは、神が多数存在するからではないのか。宗教も多数存在し、それぞれ信仰する神が違う。しかし、ほとんどは唯一神が存在する。その唯一神間の争いが、歴史的に延々と信者間で続いている。神は、本当に唯一なのか。本当に唯一でいいのかと考えると、信仰を持たない私としては、数多くの神が存在してもいいのではないかと思われる。
それは、神が人間を創造した存在と考えることが出来ず、人間が神を必要として想像したと考えるからにほかならないからだ。やはり、神の存在が信者以外明らかになっていない現在では、神は人間の歴史が創造したと考えるのが必然だ。
日本人は仏教や神道の中から現世利益を求め続けてきた。たとえば、家内安全や交通安全、商売繁盛、安産祈願、合格祈願、心願成就、開運、厄除けなどだ。しかし、先祖を供養する仏教とは異なった宗派や他教からも、現世利益を求めている。日本人は、神の存在をどう思っているのだろうか。
キリスト教では、この世を仮の世界で、死後は神の国である楽園へ、信仰を持つ者だけ行かれるという。イスラム教にも来世がある。仏教にも来世があり、悟りを得るまで続く。
そして、哲学で知ったニーチェの永劫回帰思想がある。ニーチェの父はキリスト教の牧師だったが、ニーチェはキリスト教の自己喪失の道徳に挑んだ思想として『ツァラトゥストラ』という著作を残した。『ツァラトゥストラ』では、来世を肯定し、背面世界を否定している。
来世とは、この世から去ってまたこの世へ戻って来ることだ。しかし、この世から来世に至るまでに、もう一つあの世があるはずだ。
あの世を背面世界と見るか見ないかで、かなりの違いがある。背面世界があると思う人は、あの世に極楽や地獄を見ているだろう。そして、背面世界がないと思う人は、あの世は存在しないと思っているだろう。
人間は、この世に未練を残して死んでいく。そんな思いを、あの世での自らの存在を明らかにできない魂が、メビウスの帯のように彷徨い続け、この世かと思えばあの世で、あの世かと思えばこの世へと迷い出るのではないかと私は考えてしまう。肉体と魂は、この世が終われば昇天するのがいいはず。
ニーチェの永劫回帰の発想が、私達人間が一度は感じたことのある『今、私がしている事は、以前にも経験があるような気がする』というあのデジャヴという既視感であったことに面白さと人間味を感じる。
宗教は、人間の悩みや生き方を教えてくれただろうか。人間の考える目標の世界に近付け、導きをしてくれただろうか。いや、いつも背面世界への救いであって、実存を無視したこの世を忘れさせる催眠剤の役割しかしていない。それは優しさであって、人間を豊かな生へ導くものではなかった。
人間は、いつも自らが創造したものから攻撃を受けている。人間は、快適や便利を追及し、地球環境破壊の恐れまで引き起こしている。また、高度な兵器を製造して取り戻すことのできない命の取り合いをしている。これらの戦いも、相手側への恐れおののきから起こっている。人間は創造するが、それを制御することを怠っている。
私はこの方、幽霊を見たことがない。しかし、父は幽霊に一度だけ出会っているのにもかかわらず、否定している。
独身だった頃の父が病院へ知り合いの女性を見舞いに行った帰り道での出来事だったらしい。父が山道で自転車をこぎながら、ふと木の上に白いものがいることに気付いたという。そして、良く見ると白い着物を着た女性に見えたという。先ほど、父が見舞った女性に見えたという。父は幽霊を信じていないので、この現象は錯覚だと自分に言い聞かせたという。怖い怖いと思うから幻覚が見えるのだと言う。そこで、父はこの恐ろしさから逃れるために、自転車を降りて、放尿したという。そして、もう一度見ると木の上には、その白い着物姿の女性はいなかったという。それでも、先ほど見舞った女性の死を確信している若い父は怖さのあまり、自転車に飛び乗り一目散に逃げ帰ってきたということだった。それから数日後に、その女性は亡くなられたという。父は、それを生き霊と人が言うだろうと言っていた。
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