第54話 入学を知る
シアナがショックから立ち直る前に反応を見せたのはリッサだった。
「ペトラ姉さんが会長をしてるの?凄い!」
「そうでしょそうでしょ。もっと褒めてもいいのよ」
リッサの素直な賛辞にペトラはどんどんと気を良くする。
固まったままのシアナと目が合うと、満足そうに笑みを浮かべて机から降り立った。
「流石のシアもかなり驚いたみたいね。
そんな表情初めて見たわ」
「……そりゃ驚きもしますよ。
幾度となく父様母様の言いつけを破り、それに迫る数私やアトラに悪戯を繰り返していたあの姉様が会長なんて役職に就いているなんて……今でも信じられませんもの」
「ちょっと!?」
シアナが過去の実績を脳裏に思い浮かべながらしみじみと呟く。
それに対しペトラが赤面しながら否定しようとした時、部屋のドアが開き数人の男女が入室した。
「お疲れ様です」
先頭を歩くのは気品のある女子学生。
身長はシアナと同じ160センチ程度。
ウェーブのかかった金髪を腰まで伸ばし、後ろへ編み込まれた部分はリボンで結ばれている。
気性を表すようなたれ目は澄んだ藍色で、軽く細められるだけで生まれる魅力がある。
入室からの数歩で気品溢れる所作に、シアナは彼女がそれなりの家柄の出と予測した。
「ああ、彼女達も学生会のメンバーよ」
女子学生の後に続いているのは男女2人の獣人族。
どちらも目つきが鋭いというだけの理由でなく、どちらともなく似た雰囲気を醸し出している。
シアナは二人が実力者であると見定めるとともに、双子なのかもしれないなと頭の片隅で思考した。
「あら、初めて見るお顔ですね。
会長のお知り合いですか?」
先頭の女子学生がシアナとリッサを交互に見ながら訊ねる。
「ええ、紹介するわね。
私の妹のシアナと従妹のリッサよ」
リッサの従妹という間柄は家族全員で話し合った結果決まった設定である。
シアナ達としてはリッサを娘として受け入れたが、周囲にも娘と紹介しては特に昔からの知り合いに不信感を抱かれてしまう。
そのため、事実的には娘として受け入れつつ、外に向けては”遠い血縁関係にある親戚”として紹介することとなった。
「従妹……?」
「かなり遠縁なんだけどね。
妹がこっちに帰って来る時に偶然出会ったらしくて、意気投合してそのまま一緒に来ることになったらしいのよ」
女子学生の訝しむ視線にも動じず、ペトラは事前に取り決めていた理由を説明する。
シアナから提案された家族は名案として即断採用したが、シアナは複雑な心境だった。
それというのもその案はレフからシアナへ原案が提供されたものであり、唐突に現れた者を遠縁の親戚と称するのは”深く詮索するな”という、知る人は知っているメッセージを込められた表現なのである。
「
「まぁ、うちにも色々とあるのよ」
「……そうですか」
女子学生もその意味を知っていたのか、それ以上の追及はなく、スカートの裾を摘まむと優雅に一礼する。
その礼はアスレイで使われるものとは異なり、物語で貴族の女性がするものによく似ていた。
「お二人とも初めまして。
わたくしの名前はクラウディーヌ・アムート・ディオニス。
豊穣国ディオニスの第2王女であり、当学院では学生会副会長を務めています」
淀みないメゾソプラノが耳朶を打ち、心地良さが身体に染み渡る。
予想していたよりも上の王族という地位を耳にしても衝撃が少ないことにシアナは驚いていたが、それはクラウディーヌも同様だった。
「私はシアナ・ウォーベルと申します。
いつも姉がお世話になっております。
新学期より入学させていただきますので、至らぬ点があればご指導・ご鞭撻の程よろしくお願いいたします」
「えと……リッサ・ウォーベルです。
よろしくお願いします」
通常王族という地位を聞けば、その場で必要以上に畏まるか意地を張り自らを誇張して見せようとするかのどちらかであった。
それ以外の反応を見せる一般住民はごく稀少であり、クラウディーヌとしてもそちらの方が好印象を抱きやすかった。
「ご丁寧にありがとうございます。
後ろの二人はわたくしの護衛であるライナーとローザ。
学生会では副会長補佐兼書記をしています」
「3人とも今度4年生になるのよ」
クラウディーヌの紹介を受け、後ろに控えていた二人は軽く会釈する。
ローザは存在を主張しないようすぐに目を伏せたが、ライナーは鋭い眼光をリッサへ飛ばしていた。
初対面の異性に向けるものではない視線を遮るように、シアナは1歩前に出た。
「お目にかかれて光栄です、クラウディーヌ様、先輩方。
姉共々ご迷惑をお掛けするかもしれませんが、よろしくお願いします。
そろそろ帰らなければいけませんので、私達はこれで」
「失礼します」
「ええ、今度は生徒としてお会いしましょう」
「ちょっとシア、それどういう意味よ!?」
ペトラの声を背で受けながら退室し、二人は私服を受け取りに元いた部屋へ向かう。
シアナはリッサの顔色を確認しながら訊く。
「大丈夫?リッサ」
「うん、なんとか……ありがとうシア」
先程のライナーの視線はおそらく王族に対するシアナ達の態度が不十分と判断したための警告のようなものだとシアナは推測する。
しかしそれを踏まえても過剰と思える反応に、シアナは同時に危うさも感じ取った。
「……ん?」
ふと見られている感覚を覚えたシアナは立ち止まり、感覚のした方向へ目を向ける。
しかしその先には図書館が存在するのみで窓に人の姿はなく、受付で名簿を確認してもこの日の入館者はいなかった。
———
その後も街中で新たな発見をしたり家族との時間を楽しんだりとあ時間があっという間に過ぎていき、新学期開始の日を迎えた。
毎年入学式と卒業式が行われると聞いていたが、今年は例外の年となり入学式と並行して学院創立3000年記念を祝う場が設けられた。
男子寮と女子寮の間の広場に新入生が集められ、寮の窓からは他学年が覗いている。
当然のように整列はなく、ごった返す新入生の中でシアナはリッサと前に移動した。
来賓席が視界に入ると、エルザーツを始めとする他国の観測者が勢揃いという圧巻の光景が広がっていた。
「そんな状況でも長話は聞かれないっていうのは、こっちでも共通してるのね……」
前方の壇上では禿頭と豊かな白髭が特徴的な男性が先程からスピーチをしている。
彼は学院の教頭であるが、そのスピーチに対する反応はまちまちだった。
つまらなそうに欠伸を噛み殺す者がいれば、数人で談笑しているグループもいる。
真面目に耳を傾けているのはごくひと握り。
「ま、私もいつかは聞かなくなるのかもしれないから、明日は我が身ってやつなのかな」
シアナがそう呟いたところでスピーチが締めに入った。
「——以上で挨拶とさせていただく。
諸君らに剣と魔の道が拓けんことを!」
「続きまして、学生会長より挨拶へ移ります」
視界を務めるローザの紹介に続き、ペトラが壇上に上がる。
会長となって2年目のペトラの表情に緊張の色はなく、自然体のまま堂々とした話し姿からはこれまでに培ってきたのであろう自信が見てとれた。
「穏やかな日差しが注ぎ、鮮やかな花びらの舞うこの麗らかな春の比嘉に、皆さんと新たな出会いを迎えられたことを、とても嬉しく思います——」
ペトラのスピーチを要約すると、主に学院生活での可能性の探索を楽しむことと、注意事項についてだった。
情報公開されている規則を読んでおけば目新しい内容ではないが、不思議と先程の教頭よりも主に男子学生を中心として注目を集めていた。
「本当、男子って……」
シアナは大きくため息を吐き出すが、それを咎める声はない。
堂々としながらも決して図々しくなく、むしろ慎ましさすら感じさせるペトラの姿は以前よりも磨きのかかった美貌との相乗効果を生み、新入生の視線を釘づけにしていた。
「——では、よき学院生活を。
そして、あなた達に剣と魔の道が拓けんことを」
教頭と同じフレーズで締めたペトラは壇上から降りていく。
あれは激励の定型文のようなものなのかとシアナは後の確認事項へリストアップした。
「あれっ?」
「どうしたの?リッサ」
小さく声を上げたリッサに声をかけると、リッサは不思議そうな表情のままシアナと目を合わせる。
「ペトラ姉さんが壇上から降りる時に一瞬目が合ったような気がしたんだけど……シアは気付かなかった?」
「私は気付かなかった。
考え事してたからかな」
「うーん、シアが気付いてないならワタシの気のせいなのかも」
リッサの言葉にシアナが理由のない嫌な予感を受けると、それはすぐさま訪れた。
「続きまして、今年の特待生の紹介を行います。
シアナ・ウォーベル、リッサ・ウォーベル、壇上へ」
原理をシアナは知らないが、ローザの声は彼女が手に持ったマイクのような物を通して学院内の各所から響いている。
つまりその内容は広場だけでなく、寮の中にいる学生の耳にもしっかりと届く。
「え、今ウォーベルって言った?」
「それって会長と同じ家名じゃないか」
「あの方にごきょうだいがいたの?!」
寮の窓が一斉に開けられ、我こそはと身を乗り出す学生が視界の端に映る。
シアナは肩が重くなるのを感じながら、不自然に思われないギリギリまで粘ってから壇上へ向かう。
その心中では、エルザーツに貰った認識阻害の魔道具を持ってくればよかったという小さな後悔が生まれていた。
—備忘録 追記項目—
・クラウディーヌ・アムート・ディオニス
シアナの5つ年上の少女。
豊穣国ディオニスの第二王女。
金髪に藍色の瞳を持つ。
学院の4年生。
学生会では生徒会副会長を務める。
ディオニスではなくアスレイの学院に留学しているあたり訳ありの香りあり。
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