第53話 準備を知る

 シアナの帰還パーティーより翌日。

 新学期開始までの期間はさながら春休みのようであるが、シアナとリッサはせわしなくとまでは言わずとも動き回っていた。


 まずは武具街と工房街に赴き、冒険者ギルドと魔術ギルドへそれぞれ顔を出す。

 急ぎ依頼を請けるのではなく、有事の際に連絡を受けられるようにするためである。

 魔術ギルドに関しては、二人とも積極的に動いていないためFランクのままだが、冒険者ギルドとは違った情報網があるため忘れない。


「こんにちは。

 これからこちらでお世話になるシアナ・ウォーベルです」

「同じくリッサです。

 よろしくお願いします」


 挨拶とともにギルドカードをカウンターへ差し出す。


「はい、ありがとうございます。

 確認しますね」


 ハーフアップが可愛らしい女性職員は朗らかな笑顔で受け取る。

 そしてカウンターの下から冒険者登録時に使用する板型魔道具と紙を取り出すと、カードをセットして魔力を流した。

 するとカードに重ねて置いた紙に、刷り物のように文字が浮かび上がる。


「へぇ、そういった使い方もできるんですね」

「職員しか利用しないので、あまり知られていない使い方なんですよ」


 そう言いながらリッサの分も刷った職員は二人分の内容へ目を通す。

 視線が先へと進むにつれて職員の笑顔が引き攣り、最後には一言残して奥に戻って行ってしまった。


「す、すみません、少々お待ちください!」

「えっ?」

「すぐに戻りますので!」


 何が何だか分からずに二人が顔を見合わせていると、やがて前髪の生え際がかなり後退した神経質そうな男性職員がやって来た。


「私達のカードに何かおかしな点でもありましたか?」

「ええ、まぁ、おかしいと言えばそうなのですが……失礼ですが、アスレイの前はどちらに?」

「レアです」


 シアナが答えた途端、男性職員の表情が和らぐ。

 二人にカードを返却し、懐から取り出したハンカチで汗を拭いつつ説明を始める。


「突然変な質問をして驚かれたでしょう。

 最近の依頼履歴を見ますと、少し違和感があったため、お時間を取らせていただきました」


 シアナが言葉の意味をいまいち理解できずに首を傾げていると、職員から追加の口述が入る。


「端的に申し上げますと、お二人の受けられている依頼はアスレイですとBランク昇格条件を十分に満たしているのです。

 にも関わらずランクがCのままだったので何か事情がおありなのかと思いましたが、特にないようなあれば次回の依頼終了時に昇格処理をすることも可能です」


 提案を受けるかどうかシアナは考える。

 ランクが上がれば請けられる依頼の危険度も上がるが、同時に依頼の幅やギルド内でできる事も増える。

 上げたくても上げられない冒険者も少なくない中で昇格を受け入れるかで悩んでいる彼女は、ギルド内でもかなり目立っていた。


「リッサはどうしたい?」

「ワタシはそこまで拘りはないから、シアの判断に従うよ」

「分かった・・・・・・それではその提案、ありがたく受けさせていただきます」

「了解いたしました。

 では次回依頼終了時にその旨を職員にお話いただければ昇格処理をできるよう手配しておきますので、お待ちしております」


 深く頭を下げる男性職員に見送られながら、二人はギルドを後にした。


 更に翌日にはマリンの店「ブラック宝石店」を訪ねた。


 5歳の誕生日に両親から貰った腕輪型魔道具の加工を依頼するためである。

 成長とともに手を通すのが辛くなってからは首から提げるようにしていた。

 しかし先日ペトラが指輪に加工したものを身に着けていることに気付き、それと同じ物を2つ注文しようと考えたのである。


「——というわけなんですが、お願いできますか?」

「新学期開始までに完成すればいいのね?

 それならリッサちゃんの分も間に合わせられると思うわ」

「ありがとうございます。ではこれで」


 シアナが料金を差し出すと、マリンは感慨深げにそれを受け取る。


「なんだか不思議な気持ちね……最後に話した時にはこんなに小さかったのに、それが今では自分で稼いだお金でちゃんと"お客さん"してるんだもの」

「あはは……色々とありましたからね~」


 その後久方ぶりにマリンと刻印魔術に関しての熱い議論を交わし、もう教えることはないと箔を捺されて店を後にした。


 それ以降も"国軍"の顔見知りの人々へ改めて挨拶へ回り親睦を深め、街全体を改めて探索することで充実した時間を過ごしていった。


 この準備期間中ペトラは寮でなく家から通う状態となっていた。

 シアナはそれを面倒ではないかと訊ねたが、空白となった時間を埋めようと全てを楽しむペトラの様子を見て、それは杞憂であると判断した。



———



 新学期まで10日ほどとなったある日、シアナとリッサはペトラと共に学院を訪れていた。

 目的はリッサへの学院内案内と、制服のサイズ合わせである。


 学院の制服はワイシャツやローブなどの指定服が存在するが、実のところかなり自由となっている。

 制服の提供があるのは貧富の差を目立たなくするためであり、実際に生徒がアレンジを加えることも認められている。


「わぁっ、二人ともかわいい~!

 すごく似合ってるわよ!」

「ありがとうございます姉様」


 制服を試着した二人へ投げかけるペトラの賛辞に礼を述べながら、シアナは懐かしい気持ちに浸っていた。

 十数年ぶりとなる、制服という概念にコスプレ感を覚えながら隣を見ると、リッサが羞恥に頬を染めているのが目に入る。


「リッサ、無理に合わせなくてもいいんだよ?」


 スカートのヒラヒラとした感覚をしきりに気にしている様子に声をかけるも、リッサは首を横に振る。


「ワタシだけ違っていたらシアまで目合っちゃうでしょ。

 大丈夫、すぐ慣れるから……」


 制服の下はスラックスとスカートから選択可能となっているが、対応した職員に訊いたところ現状男子がスラックス、女子がスカートとはっきり分かれている。

 頑として自分に合わせようとするリッサに苦笑しながら、シアナは職員にスラックスも用意して貰えるよう小声で頼んだ。


「こんな腰布1枚で過ごすなんて正気じゃない……」

「だから私は気にしないから変えなって。

 あとスカートのこと腰布とか言わない!」

「まぁまぁシア、リッサの意見も尊重しないと。

 そうだ、この後の学院の案内を制服で行くのはどう?

 慣れるには実際に来て回るのが一番でしょ」


 リッサがペトラの提案を受け入れ、急遽制服で学院を回ることとなった。

 シアナは昔学院の全体地図を見ていたため道順は知っていたが、実際に行ったことがあるのはカミナシの部屋と修錬場のみであった。

 そのため、リッサと同様行く先々で新鮮な気持ちを体験し、学院の敷地の広さを実感した。


「ここが学生寮よ。

 男女は分かれるけど、学年は混同して暮らしているわ」


 中央に噴水のある広場を隔てて10階建ての棟が向かい合うように建っている。

 その佇まいからシアナは、寮というよりもホテルのような印象を受けた。


「一般学生は1部屋2~3人が基本だけど、特待生には最上階の個室が与えられるわ。

 内装も自由に変えられるから自分好みの空間にして大丈夫よ」

「この2棟が男女それぞれの寮ということは、あれが……?」


 シアナは正面奥、男子寮と女子寮の間に建つものに目を向ける。

 そこにあるものも寮ではあるが、こちらは他国から留学してきた貴族や王族等の"特待"生用の寮となっている。


「シアとリッサも希望すれば利用できるけど、本当にいいの?」

「大丈夫ですよ。

 過分な広さは逆に落ち着かなくなっちゃいますから」

「ワタシも」

「そっか」


 トイレは共用のものが廊下の両端にあり、水洗式が採用されている。

 レバーを引いて魔力を流すと刻印魔術によって水が流れるという、シアナの前世とほぼ同じ物が備わっていた。


「トイレを含む寮内の共用スペースの掃除は当番制となっているけど、特待生は免除だからシア達はやらなくて大丈夫よ」

「分かりました」

「それじゃあ次は修錬場ね」


 修錬場は何度も足を運んでいるため、シアナにも馴染み深い場所となる。

 中では教師の指導の下、学生が案山子のような人型の的に向けて魔術を放っていた。


「ま、ここは記憶にも新しいだろうから大丈夫でしょ。

 次行きましょう」


 次に向かったのは医務室。

 修錬場等の実技関係の棟に存在し、そこには"国軍"の魔術師が実践訓練を兼ねて交代で常駐している。


「治癒魔術は誰でも使えるのに、ここは必要なの?」

「うーん、わたしもそう思うんだけどね~。

 実際に怪我をしたのを見て動揺したことで十分に治癒魔術を使えない子は結構多いらしいのよ。

 魔術は精神面の影響が大きいから、そうなった場合に使われるらしいわ」

「へぇ……」


 ずっと実戦に身を置いていたシアナには経験のないものだったが、理屈は理解できたため納得してその場を離れた。


 続いて向かった食堂は外観だけでもかなりの広さを伺うことができた。

「入口近くのメニューを見折る限り、それほど種類が豊富には見えませんね」

「固定のものはそこまでだけど、日替わりメニューが充実しているから飽きを感じることはないと思うわよ」

「そっちの方が作る側の負担大きくないですか?」


 シアナの呟きにペトラは苦笑し、その意味を察したシアナはため息をつく。


 近くには図書館もあったが、中に入れるのは学生のみであるため今日はお預けとなった。

 チェスのルークのような見た目のそれも外観からかなりの広さを想像させ、書物の貯蔵量を期待させる。


「シアは向こうでも相変わらず本は読んでたの?」

「暇さえあれば読んでたかな。

 姿を見なくなったらまず書庫を探したくらい」

「あら、そんなに?」

「つ、次行きましょうか」


 クスクスと笑う二人の声に気恥ずかしさを覚えたシアナは、早足でその場を離れる。


 陸上トラックのようなものがある競技場。

 崖や川、森等(魔術で生成されたもの)が密集した自然訓練場。

 プール(水属性魔術の訓練でも使用される)。

 更には購買や講堂、各教室等の各施設を回った後、最後に三人が訪れたのは「学生会室」と表札の付いた部屋だった。

 シアナは試験の際のカミナシの言葉を思い出す。


「そういえば……姉様は学生会に所属しているんですよね。

 会長はどんな方が務めているんですか?」

「え?ああ、うん。それわたし」

「へぇ……へ?」


 あっさりとした告白にシアナは思わず訊き直した。

 ペトラは悪戯っぽく微笑むとドアを開け、入室する。

 教室よりも一回り小さくも十分な広さを有する部屋の中央奥、窓に背を向けるように置かれたデスクの縁へペトラが軽く腰掛けた。


「それじゃあ改めて……ようこそ、アスレイ国立騎士・魔術師学院へ。歓迎するわ。

 学生会長のペトラ・ウォーベルよ」



—備忘録 追記項目—

・学生会

 学生のみの自治組織を統括する組織。

 教師の目の届かぬ範囲の統括をするため、有志が立ち上げたのがきっかけ。

 生活委員や美化委員などの耳慣れたものを始め、魔道具管理委員や制服・マナー管理委員のような理解し難いものまで幅広い自治組織全体の管理を主な仕事としている。

 その権力は学生のみで構成されている組織ながら一部教師を動かすまでに及ぶものを保有し、日常時における実質的な学院のトップとされている。

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