第51話 歓迎を知る
ひとしきり撫でまわした後、シアナが手を離す。
人目は忘れていなかったのか、リッサも文句を言わずにシアナから1歩離れる。
しかし離れる瞬間の目元に名残惜しさが浮かんでいたのをシアナは見逃さなかった。
「えー、大変仲がよろしいようで結構ですが、後にしてもらえませんか?」
咳払いでカミナシに注目が集まり、シアナとリッサも完全に気持ちを入れ替える。
「今見てもらったとおり、二人は十分な実力を示しました。
これにレアの観測者からの推薦を添えて、来期の特待生での入学を認めます。
異論ありませんね?」
反論は出ず、返答の代わりとしてどこかから発生した拍手が伝播していく。
女学生の大半から向けられる嫉妬と妬みの視線をフィルタリングし、シアナは一般式で礼をしてリッサもそれに続く。
「二人とも、おめでとうございます。
学院でより一層の研鑽を重ね、更なる高みへ昇れることを祈っています」
「ありがとうございます。
正直負けたら何かあるかとドキドキしてたのでホッとしました」
「そんなわけないでしょ!」
声と同時に腕を掴まれた感触を覚え、シアナは目を向ける。
そこにはペトラが興奮で上気した顔でシアナの腕に抱きついていた。
「確かに負けはしたけど、レオには上級生でも滅多に勝てないんだから、シアが負けても何の問題にならないの。
むしろ特待生のヨシカを完封したことの方が注目度は高いのよ」
制服越しに腕へ伝わる柔らかさに、シアナはペトラとの差が開いたことを知り、内心落ち込む。
「それは当然。シアは魔術師相手の方が得意だもん。
レアにいる時だって——」
「リッサ」
シアナが褒められたことに気を良くしたリッサが口を滑らせかけたところでシアナが鋭く制する。
咎める声色にサッと顔を青くしたリッサは、手で口を塞ぎ押し黙った。
それを確認したシアナはペトラに向き直る。
「教えてくれてありがとうございます、姉様。
おかげで納得して編入できます」
「えへへ、どういたしまして!」
「シアナ、編入は新学期の始まる再来月からにしましょう。
それまでの2か月は実家で家族水入らずで過ごしなさい。
ペトラも、今回は特例として2カ月間の外出制限を無くします」
学院は全寮制であり、通常学生は外出許可を取らなければ外出を認められない。
許可基準が特別厳しいわけではないが、私用では基本許可が下りることはないため、カミナシの告げた内容は破格の待遇であった。
「流石にそれはやりすぎでは……?」
思わず呟いたシアナは正しい反応であるが、横でふくれ面になっているペトラを発見し、失敗を悟った。
「なによ、シアはわたしが家にいちゃ嫌なの?」
「い、いえ、そういう意味で言ったわけでは……」
「ならいいでしょ!
この時期は学生会の仕事も少ないから放課後時間が空いて暇なの。
話したいことは山のようにある……って、そういえば誰?この子」
ここでペトラがリッサに興味を惹かれ、シアナは周りを見回すもギルベルトとカレンの姿が見えないことに気付いた。
「あれ、父様と母様はどちらに?」
「ギルとカレンなら先程用意するものがあると言って帰りましたよ。
あぁ、ペトラにこれを渡すようにとも」
「ありがとうございます……?」
カミナシがペトラに渡したのは折り畳まれた紙片。
それを読んだペトラの目が少し見開かれる。
「でしたらこのまま家に帰りましょうか。
父様と母様も交えて話すべきことですので」
「うん……分かった。
それじゃあ一緒に帰ろっか。
わたしも帰るの久しぶりだから楽しみ~」
ボディーランゲージで大げさに嬉しさを表すペトラの様子を、シアナは冷静に観察した。
紙片に目を通してからのペトラの行動が、昔悪戯を企んでいる時によくしていた演技に似ていたためである。
「随分と嬉しそうですね」
「シアは違うの?数年ぶりに会えたんだよ!
いつも願っていたことがやっと叶って……こんな嬉しいこと、滅多にないんだからね!」
嬉しさ漏れ出すペトラのあけすけな態度に、シアナはつられて笑顔を引き出される。
雰囲気を悪くしないよう、ごく自然にペトラとリッサの手を握った。
「私も嬉しいですよ、姉様。
ほらリッサも、行こう」
「うん」
ペトラは一瞬リッサに怪訝な視線を送ったが、シアナが言及を後回しにしたことをふまえて特に大きな反応は見せなかった。
ペトラに手を引かれるままに進むシアナだったが、記憶している学院から家までの道のりとかなり異なっていることに気が付いた。
ペトラはかなりの大回りに加え、いくつもの露店に寄り道していた。
「ねえシア、これ似合うんじゃない?」
「私にそんな可愛らしいのは似合いませんよ。
姉様こそ似合うんじゃないですか」
わざとらしい時間稼ぎに気付きつつもシアナは、幼少期ぶりの時間を噛みしめるように楽しんだ。
その結果家に到着した時には完全に日も落ち、周囲は暗くなっていた。
「帰国早々にこんな遅く帰るなんて、とんだ非行少女になってしまったみたいですね」
「大丈夫大丈夫、今日くらいは皆許してくれるって」
「皆……?」
ペトラの言葉にリッサが反応を見せたところで、ペトラが家のドアを開ける。
中から照明の光が漏れ出て一瞬視界が眩んだ瞬間鳴り響く破裂音と手を叩く音、そして舞う紙吹雪。
「シアナ、おかえりなさい!」
光に慣れたシアナの視界に映っていたのは、ギルベルトとカレンだけではなかった。
治癒院のアーヴァ、宝石店のマリンを始めとした、近所で交流の合った人々がクラッカーのような物を手に、笑顔で歓迎していた。
ペトラも火属性魔術で極小の花火を撃ち出すと、昔と変わらない悪戯を成功させた時の笑顔を浮かべる。
「ごめんね~。
母様からの伝言で皆を読んでパーティーをするって知ったから、わざと遠回りして時間を稼いでたの」
「やはりあの時の紙は伝言でしたか」
「そうそう。でもここまでされると、流石のシアもビックリしたでしょ!」
「ええ、驚きました」
ニコリと笑ってシアナの手を取ったペトラは、そのままリビングの中央まで連れ出す。
集まった顔ぶれを見て申し訳なさを実感したシアナは口を開いた。
「えー、本日はお集まりいただきありがとうございます。
この度は私事でご迷惑・ご心配をおかけしまして、本当に申し訳ありませんでした。
皆様のご協力の甲斐もあり、こうしてまた故郷の土を踏むことが叶いまして……ええと……」
シアナは何か言わなければと考え挨拶を試みるが、堅苦しい言い回しのせいか何とも言えない表情が広がっていく。
それを見て失敗したのを理解したシアナだったが、ここからの巻き返しが難しいのは彼女自身がよく分かっていた。
空気が変わり始めたその時、ドアが勢いよく開けられ、その場にいた全員の視線が向く。
「シアが帰ってきたって本当?!」
乱入者は長い距離を走って来たのか、膝に手をついて息を切らせながら問う。
顔を上げた先にいたシアナと目が合い、灰色の瞳が大きな驚きを示した。
淡い金髪は以前のショートヘアからウルフカットに変化し、大人びた印象を抱かせる。
しかしシアナを呼ぶその声と見上げた顔、そして髪から覗く長く尖った耳は昔の面影を残している。
「アトラ!」
「シア……!」
名前を呼び合いながら駆け出そうとしたところで、アトラは周囲の目に気付き急制動を掛ける。
暖かい目に気付いてしまっては熱い抱擁を交わすことなどできず、羞恥で目を潤ませながらアーヴァの近くへ駆け寄っていった。
「あれ、来ないの?」
「この状況でできるわけないでしょ!……後でね」
アトラに否定され、シアナが行き場を失くした両腕を持て余していると、誰かにポンと肩を叩かれる。
その方向を振り向くと、マリンが苦笑を浮かべながら立っていた。
「小難しい言葉を並べないで、今みたいに素直な言葉で言えばいいのよ。
みんなが聞きたいのはお礼なんかじゃなくて、あんたの元気な言葉なんだから」
背中を押され1歩前に出たシアナは、ひとつ深呼吸をしてから再び言葉を吐き出す。
「……皆さん、ご心配おかけしてすみませんでした。
ですが、私はこのとおり無事に戻って来ました。
離れてしまっていた時間は長いですが、これから家族と共にその空白を埋めていきたいと思っていますので、これからもよろしくお願いします!」
「よし、よく言った!それじゃあ乾杯しよう!」
マリンの掛け声で全員に飲み物の注がれたコップが配られる。
当然シアナ達未成年組に配られるのはジュースだが、気持ちは皆同じ。
「それでは、我が娘シアナの無事の帰還とこれからの輝かしい未来に……乾杯!」
「乾杯!」
ギルベルトの音頭とともにコップが掲げられ、全員がそれに倣った。
人数が多いため庭を解放した立食パーティー形式で並べられた料理をつまみながら、シアナは参加者達と言葉を交わしていく。
「シアナちゃん、おかえりなさい」
「ありがとうございます、アーヴァさん。
アトラも心配かけてごめんね」
「ほんとだよ……ボクがどれだけ心配したと思ってるのさ」
頬を膨らませながら不満を露わにするアトラ。
娘のそんな様子を見ながら、アーヴァは面白がるようにシアナへ告げる。
「この子ったら、シアナちゃんがいなくなってから何にもやる気を見せなくなっちゃってね。
あまりの無気力さに、学院に入るのを辞退しようとしたくらいなのよ」
「お母さん!それは言わない約束でしょ!?」
アーヴァの告発に怒りの声で反抗するアトラ。
しかしその両腕はシアナの胴体に巻き付けられており、ほぼ言葉だけでの反抗のため怖さはない。
「でも、ちゃんと入学して今まで続けてるんでしょ?
それだけでアトラは偉いよ」
「えへへ……」
頭を撫でられだらしなく表情筋を緩ませるアトラに、シアナはリッサと似たものを感じた。
「一応シアナちゃんの先輩になるけど、この子のことよろしくね」
「はい、任されました」
「お母さん、それ普通後輩側がする挨拶でしょ!?
シアも返事おかしいって!」
「少し、いいかな?」
口喧嘩を始めたアトラを優しく引きはがし、シアナは話しかけてきた男性の握手に応える。
「娘からいつも話は聞いていたが、面と向かっては初めましてだね。
アトラの父のロルフェだ。会えて嬉しいよ、シアナちゃん」
「シアナ・ウォーベルです。
こちらこそお会いできて嬉しいです」
身長はシアナより頭1つ大きい170センチ強。
髪と瞳はアトラと同じ色をしているが、目つきからは優しいながらも力強さを感じられる。
線は細いが筋肉が無いわけでもなく、鍛えた上に絞ったボクサーのような印象を受けた。
耳は尖っているものの、アトラやアーヴァと比べると少し短い。
「捜索隊にはぼくも加わっていたんだ。
見つけられずに歯痒い思いをしていたところに君からの手紙が届いたと聞いたときには驚かされたよ」
「それは、すみませんでした……」
シアナが頭を下げると、ロルフェに慌てて元に戻される。
「いやいや、謝るのはこちらの方だよ。
捜索隊なんて名を掲げておいて、結局手紙が届くまで手掛かり1つ掴むこともできなかったんだからね」
「行動に移ってくださっただけでありがたいです。
それに、手掛かりに関しては仕方ないと思います。
誰も行方不明者を世界の反対側から探そうとは思わないでしょう」
「そう言ってもらえると気が休まるよ」
ロルフェが薄く笑い、シアナも同調する。
他の参加者へ向かおうとしたシアナは、家の方に新たな訪問者を見た。
訪問者2人のうち片方はアスレイの観測者であるカミナシ。
もう1人は仮面を装着して顔が隠れていたが、立ち姿からシアナはそれが誰なのか理解した。
「エルザ……」
レアの観測者であるエルザーツが、ピリついた空気を纏いながらカミナシの隣に立っていた。
—備忘録 追記項目—
・アーヴァ
アトラの母、ロルフェの妻。
カレンやギルベルトと仲の良い耳長族の女性。
金髪碧眼。
線が細くモデル体型。
街の治癒院で働いている。
・ロルフェ
アトラの父、アーヴァの夫。
カレンやギルベルトと仲の良い男性。
人族と長耳族のハーフ。
淡い金髪に灰色の瞳。
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