第50話 試験を知る
やがてペトラの慟哭がフェードアウトしていく。
完全に治まり、大きく息を吸い込むのが聞こえた後、ペトラは身体を離す。
その顔に泣き腫らした跡は無く、憑き物が落ちたようにすっきりとした表情になっていた。
「シア、おかえり!」
「はい、ただいま戻りました」
どちらともなく吹き出し、クスクスと笑い合う。
どこまでも弛緩しそうな空気を引き締めたのは、カミナシの言葉だった。
「んんっ……感動の再開に水を差して申し訳ありませんが、シアナにはこれから試験を受けてもらいます。
もちろん、リッサも一緒です」
「はい、分かりました」
「ワタシもです」
修錬場に着くまで知らされていなかった試験にシアナは訝しむ様子を見せる。
しかしそれを言葉にする前にカミナシから説明が入った。
「試験と言っても、その結果如何によって入学を取り消すことはありません。
ただ、特待生として入る以上、その実力の一端を示して納得させてほしいのです」
「形式はどうしましょうか?」
「2対2で模擬戦をしてもらいます。
それによって実力を示してもらいますので、遠慮せずに戦いなさい」
「はい!」
カミナシは周囲を見回すと、誰かに目を止める。
「あぁ、ちょうどよかった。
レオ、ヨシカ、こちらへ」
カミナシが声を掛けると人垣が割れ、奥から2人の男子学生が前に進み出た。
「ん?あれって……」
学生の一人に妙な懐かしさを覚えたシアナが目を細めていると、周囲の女子学生達が色めき立つ。
「やだあれ、レオ様じゃない……!」
「えっ、今日の公開訓練に参加してらしたの?」
「きゃー、レオ様~!今日も素敵です!」
前後左右から浴びせられる黄色い歓声に、レオと呼ばれた学生は苦い顔を見せる。
その表情をみた瞬間、シアナの中で合点がいった。
「レオって……レオ・バックル!?」
歓声の中届いたシアナの声に、レオが口を開く。
「ん……お前、シアナ・ウォーベルか?」
「はい、お久しぶりです。
うわぁ……懐かしいなぁ!」
シアナは思わず近付いてレオの手を取りそうになるが、寸前で周囲からの視線に気付いて中止する。
「急にいなくなったと思ったら……いつ戻った?」
「つい最近です。そうか、これからは先輩と後輩になるんですね」
初めて出会った日を思い返しながら会話を弾ませようとしたところで、シアナの耳に声が届く。
「なによ、あの女」
「レオ様と馴れ馴れしい……」
「まさか……レオ様の彼女?!」
「だったら生かしておけないわね」
物騒過ぎる発想の飛躍に内心辟易しながらシアナは聞き流した。
幸いとしてそのタイミングでカミナシの説明が入り、怨嗟のような言葉も同時に止む。
「この二人はこの学院内でも最上位に位置する剣士と魔術師です。
レオはこの歳で三流派全てを上級まで修める偉才、ヨシカは魔術論理への深い理解力から多彩な魔術を作り出す天才。
あなた達の力量を測る者として不足ないでしょう」
「全て上級……?」
「あぁ、そうだ。
俺は剣術の道を突き進んでいるからな。
この先……終着点まで止まるつもりはない」
謙遜も驕りもない、純粋な己の力の明示。
そういった相手が最も手ごわいということを、シアナはレアでの経験で学んでいた。
「分かりました。
ルールはどのように?」
気持ちを引き締めたシアナが訊くと、カミナシは淀みなくルールを述べていく。
「武器はここの倉庫に備え付けの物を使用。
相手を死に至らしめる攻撃は禁止。
それ以外は特に制限を設けません。
ステージには聖級の治癒魔術を刻印魔術によって仕込んでありますので、大概の傷は治療可能です。
しかし、通常戦闘不能になる傷を負った場合は潔く負けを認めることを望みます」
「分かりました」
四人が異口同音に了承し、装備が備え付けられている倉庫へ向かう。
倉庫へ向かうレオとヨシカの歩く姿をシアナはリッサとともに観察する。
「レオ先輩は流石だね……全くブレがない」
「うん……全く一緒ではないけど、ギュンターを見てるみたい」
「ヨシカ先輩も剣士ほどじゃないけど、しっかりしてる」
「なんだかあの人、ワタシと似たものを感じる」
リッサの感想にシアナは困惑し、改めてヨシカを見た。
黒くボサボサの髪を適当に後ろで纏め、はしばみ色の目は前髪の隙間から覗く程度の状態。
背はシアナ達よりも高いが、隣により高身長で体格の良いレオがいることで貧層に見える。
制服の黒いローブよりも白衣の方が似合いそうな、研究職のような印象を受ける。
カミナシからの説明も相まって、とても戦闘向きだと思えないというのがシアナの率直な感想だった。
各々武器を選んで先程の場所に戻ると人の集まりは無くなり、既に観客席に移動していた。
ステージに上がり、20メートルほど距離をおいて各組が向かい合う。
レオがシアナに声を掛けた。
「シアナ、お前……杖を選んでなかったな。
もしかして——」
「残念ですが、私は昔も今もあなたの嫌いな半端者のままですよ。
でも、格上の剣士相手に進んで剣を振りづらくするほど馬鹿ではありません」
「そうか」
シアナの回答にレオはがっかりした顔を見せて引き下がる。
魔術師が使用する杖には、柄が長い
使用することで魔術の威力や精度の向上が見込めるため、魔術使用者であれば所持するのが基本である。
しかしシアナとリッサはエルザーツやギュンター(身近な大人)の影響を受け、知らず知らずのうちに極少数派である杖無使用での魔術行使が普通となっていた。
「準備はいいですね?それでは……開始!」
カミナシの合図に合わせてヨシカ以外が床を蹴る。
シアナに向かって突進するレオを、リッサが割り込むことでブロックした。
「なにっ……?」
その声の驚きはシアナへの攻撃を阻止されたことか、それともシアナが加勢どころか見向きもせずにヨシカへ向かっていったからか。
「なっ?!暴風の片鱗を——」
「え?」
ヨシカからしてみれば、レオへ対処せずに自分へ突っ込んで来るシアナの行動は異常。
そしてシアナからすれば、開始数秒後の時点で詠唱に入ってすらいないヨシカの呑気さが異常だった。
互いに相手の行動に対し驚きながらも、その距離はみるみる縮まる。
「
「……っなんで!」
完成直前の魔術が突如消えたことに驚きを言葉にするヨシカ。
しかしそれに応える者はいない。
シアナは無言で最後の1歩を踏み込むと、剣をヨシカの胴体——ではなく、杖を持つ右腕に向けて坂袈裟に振り下ろした。
「……っ!」
相変わらず不快感を拭えない感触がシアナの手に伝わり、ヨシカの骨が砕けた確信を得る。
痛みに慣れていないのか、あっさりと手放された杖をシアナはいつもの癖で折ろうとする。
しかし直前で学院の備品であることを思いだし、ステージ端へ投げ捨てた。
「……降参だ」
ヨシカの降参宣言を聞いたシアナが内心でホッと息を吐き出す。
直後、観客席から沸き起こった黄色い歓声に、シアナはほぼ無意識に剣を盾のように掲げながら振り向いた。
「……って、わっ!」
間髪入れずに訪れた衝撃に声が漏れながらも、シアナはなんとか一撃を受け止める。
鍔迫り合いという自分の得意な状況にも関わらず、不利な体勢のせいで徐々に押し込まれることにシアナは焦りを覚える。
「よくこの短時間でリッサを突破できましたね」
「お前もな。まさかヨシカが先にやられるとは予想外だったぞ」
「自分なりに精一杯努力してきましたからね……!」
話しながら身体強化の出力を上げていくシアナだが、レオもそれに追随して身体強化するため、なかなか力の均衡を覆せない。
「そろそろ降参したらどうだ?
もう結果は分かっているだろう」
「それはまだ分かりませんよ——わわっ!」
レオの煽りにムキになったシアナが身体強化の出力を急激に上げる。
まるでそれが分かっていたようにレオの剣から力が抜け、刃に沿って受け流された。
冷静さを欠いた一瞬の出来事に対処し損ねたシアナは倒れかけたところをレオの左腕に抱き止められ、同時に喉元へ刃を当てられる。
「……降参、します」
「そこまで!これで編入試験を終了します」
宣言とともに放した剣が床に落ち、硬質的な音を響かせる。
それを待っていたかの如く大声援が観客席から浴びせられ、シアナは新鮮な気分になった。
「なんだその変な顔は」
「……少しは言葉を選んでくださいよ。
一応これでも年頃の乙女なんですよ?」
「はっ!悪いが、お前を女として見たことはない。
今までも……そしてこれからもな」
レオの歯に衣着せぬ発言に苦笑していると、シアナはリッサが近付いて来ているのを視界の端に捉えた。
「リッサ、お疲れ」
「うん……ごめん、シア」
「謝らないで。
元々格上相手で成功率の低い作戦だったんだから、失敗しても仕方ないよ。
負けたから編入できないってわけでもないんだし、そんなに引きずらないで」
そう言いながらシアナはリッサの頭をポンポンと撫でる。
周囲の目もあり一瞬抵抗しかけたリッサだったが、やがて顔を赤く染めながら目を閉じて撫でられるがままになる。
そんなリッサの様子にシアナは表情を和らげるが、閉じたままの口の中では、彼女の内心を表すように奥歯が強く噛みしめられていた。
—備忘録 追記項目—
・魔術杖
樹木型魔獣から削り出した柄と魔鋼又は魔獣の核を組み合わせて作成される魔道具。
魔術の精度と威力をブーストすることが可能。
性能は材料の品質に左右される。
普通に魔術を使う分には無くても問題ないが、専業の魔術師ならば必須とされる。
性能は優れている物が多いが長物(全長100~200cm)のため、場所によっては取り扱い注意が必要。
・魔術短杖
柄を短く (全長15~30cm) 取り回し易いように作られた魔術杖。
魔術杖と比べ取り回しには便利だが、サイズが小さいため性能では劣りがち。
メインの杖が破損した際のスペアとしてや、隠し持つ場合に重宝される。
・杖無使用での魔術行使
世界でも数えるほどしかいない極少数派。
見つけたら自慢できるレベル。
通報しても賞金は貰えない。
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