第4章 青年期 学院入学編

第49話 故郷を知る

 アスレイ王国。

 この世界に6国存在する大国であり、中央大陸東部に位置する。

 他国と比較し突出して発展したものは無いが、総合面での安定性を誇り、中央大陸内で最も恵まれている国と評されることも少なくない。


 国の中心に存在している首都の名はハイマトルト。

 上空から見下ろすと中央部に王城を含む貴族街を据え、東には冒険者ギルドを中心とした武具街、西には魔術ギルドを中心とした工房街、南には商店地区を中心とした居住街、そして北には国立の学院を注視とした学生街が存在する。


「ここが、シアが生まれた……」


 周囲を何度も見回しながら呟くリッサの姿に、シアナは謎の嬉しさを感じた。


「そうだよ、ここが私の故郷。

 今じゃレアで過ごした時間の方が長くなっちゃったけどね」


 そう言いながらシアナは目を閉じて空気を吸い込み、懐かしい匂いで鼻腔を満たす。

 1日の中で最も街の薫りが強く出る昼下がりの空気。

 肺いっぱいに故郷を感じたシアナが改めて目を向けると、とある宝石店に顔見知りを見つけた。


「どうかしたの?シア」


 無意識に歩幅を狭めたシアナの様子に、すかさずリッサが反応を見せる。


「あのお店がどうかした?」

「ちょっと知り合いがね。

 この魔道具もあそこで買って貰った物なんだよ」

「へぇ、あそこで……挨拶していく?」


 シアナの魔道具で怪我を治療された記憶がまだ新しいリッサが提案する。

 しかし、シアナはそれに首を振った。


「会う機会はまたあるから今度にする。

 最初に帰国を知らせるべき人は他にいるもの」

「早く行くぞ。日が暮れる」


 割り込むようなエルザーツの言葉に、シアナは無意識に声に力がこもる。


「分かってる!行こう、リッサ」


 返事とともに力の入った足取りで、シアナは学院へ向かった。



———



 アスレイ国立騎士・魔術師学院。

 一般には学院と呼称される、六大国各国に存在する国運営の施設。

 表向きは民へ教養を備える機会を与え、その本来の目的はシアナがレフに依頼されたように「世界の攻略」を達成するための人材を発見・育成することにある。


 目的のために各国かなりの財源を投入しているが、その思いの強さや意識の高さは観測者による個人差が大きい。

 現にアスレイ、ディオニス、アスラピレイのように学院運営に力を入れている国があれば、レアのように最低限の教育に止める国もある。


 学院は学生街の3分の1を占める広大な敷地の中央に学生寮を置き、その周囲に食堂や修錬場等施設、その外周各方向へ広がるようにレンガ造りの棟が建ち並んでいる。

 厳密には少し異なるが、上から見た場合それらはまるで雪の結晶に見えることだろう。


「少々お待ちください」


 受付でエルザーツが手続きを済ませる——ちゃんと手続きするんだとシアナが呟いたところ、デコピンで首を痛めた——のを待ち、三人は奥に歩みを進めた。


 記憶と違わぬ見慣れた廊下を進み、幾度となく開けたドアの前に到着する。


「どうぞ」


 エルザーツがドアをノックすると、懐かしい声色で入室を促される。

 ドアを乱暴に開け放ったエルザーツの後に続きシアナが入室すると、エルザーツに向けて何事か言おうと口を開けていた女性の顔が固まった。

 シアナはあえてアスレイで使用される三式礼のどれでもなく、前世の形で頭を下げる。


「お久しぶりです、カミナシ様」

「シアナ!」


 弾かれたように立ち上がったカミナシはシアナに駆け寄り、その手を取る。


「無事で本当に良かった……」

「すみません、ご心配おかけしました」

「あなたが謝ることはありません。

 悪いのは彼女ですから」


 言葉とともにカミナシが睨むと、エルザーツは肩を竦めながら1歩身を引いた。

 するとシアナの横に立っていたリッサが視界に映り込み、初めて見る顔にカミナシの威氏s気が一瞬引き寄せられる。


「あなたは……?」

「ええと、少々事情がありまして……私の新しい家族です」

「そ、そうなのですか……不思議な縁を得たのですね。

 あなたのお名前は?」

「リッサと言います」


 リッサが自己紹介しながら一般式の礼をする。

 シアナが昔の記憶を頼りに教えていた礼は、彼女が思っていたよりも完璧な作法であった。


「初めまして、リッサ。私はカミナシ・サン。

 このアスレイで観測者を務めています」

「よ、よろしくお願いします」


 優雅に一般式の礼を返したカミナシにリッサは若干気圧される形でのけ反る。

 頭を上げてリッサに微笑みかけたカミナシは一転して真顔に戻ると、シアナに告げた。


「修錬場に向かいましょう。

 今日は公開訓練ですので、そこに居る筈です」

「居るって……誰がですか?」

「あなたが——あなたを最も求めている人です」


 そう言うなりカミナシは修錬場に向けて一行を先導し始めた。

 先を歩くカミナシの背に、シアナは言葉を投げかける。


「カミナシ様はいつ私の状況を把握されたんですか?

 私の失踪はエルザが原因というのもその時一緒に?」

「3年ほど前にオケノスの観測者が偶然配送詐欺の賊を捕らえまして、その中に含まれていたあなたの手紙を届けてくれたのですよ。

 その後にあなたから依頼を請けたという冒険者パーティーからの1通が最後になっていましたが、あなたの無事が知れたことは大きな成果でしたよ」


 配送詐欺という単語にシアナの苦い思い出が蘇るが、結果的に届いたという事実で苦労しながら飲み込む。


「そうだったんですね。

 いつかお会いする機会があれば直接お礼を伝えたいです」

「それはどうでしょうね。

 彼はエルザさんを避けるようなことを言っていましたので、しばらくは難しいかもしれませんよ」


 カミナシが目を向けると、エルザーツは大きく舌打ちをする。

 何があったのかとシアナが訊こうとしたところで、修錬場に到着し会話が中断された。


「シアナ、あなたはこれからどうするつもりですか?

 エルザさんが匂わせていたので入学の手続きはしていましたが……」

「可能であればお願いします。

 あっ……でも、学院は全寮制でしたよね?」


 卒業後の自立に繋げるため、学生は全員敷地内の寮に入る規則となっている。

 学生は基本的に自由な外出を認められておらず、外出申請し許可を貰う必要がある。


 加えて学院のある学生街からシアナの実家がある居住街は一般市民が入りにくい貴族街を挟んだ反対側となっており、毎日通学するには少々厳しい距離となる。

 せっかく帰国しても家に帰れない状況となれば、意味が無くなってしまうのではないかという不安をシアナは抱いていた。


「その点でしたら問題ありませんよ。

 事情は理解していますので、エルザさんからの推薦ということで一般学生ではなく特待生として入学させられます。

 構いませんよね?エルザさん」

「あぁ、構わん。

 ついでにこいつも特待生で入れておけ」


 リッサの肩をポンと叩きながら提案するエルザーツに、カミナシはあっさりと頷く。


「そんな簡単に頷いていいんですか?」


 扉に手を添えるカミナシにシアナは問うが、カミナシの答えは完結だった。


「元々余裕のある枠ですし、レアの観測者からの推薦となれば誰も異議を唱えないでしょう」

「名前くらい好きに使え」


 シアナの反応を待たずにカミナシは扉を押す。

 ゆっくりと開ける視界の中でシアナは、軽すぎる観測者二人の対応とリッサと共に学院に入れる結果に、複雑な気持ちを抱えていた。


 扉が開くと中にいる人々の視線がシアナ達に集まる。


「え?あれ……カミナシ様じゃない?」

「嘘っ……!?」


 カミナシに視線が集まった途端歓声が上がり、一斉にシアナ達の周囲に人だかりが出来る。

 あちこちから言葉が飛び交う中、カミナシが口を開いた。


「誰かペトラを呼んできてくれませんか?

 この時間なら寮か学生会室にいる筈です。

 それと、ギルとカレンがいればここに!」

「はっ、ここに!」

「ごめんね~、ちょっと通してね」


 カミナシの呼びかけに応えた声が人の壁を掻き分けながら近付いて来る。

 シアナは謎の緊張感から喉を鳴らして唾を飲み込んだ。


「カミナシ様、お呼びで——」

「ちょっとギル、いきなり止まらないで、よ……」


 前に出て来た2人の視線がカミナシからシアナへ移動し、驚愕に固まった。

 信じられないものを見たように頭のてっぺんから足のつま先まで視線が何度も往復される。


「……っ」


 シアナは言葉を口にすることができず、恐怖が芽生えるのを感じた。


 父親ギルベルト母親カレンは記憶に残る昔の姿のままだった。

 多少痩せてはいたものの、見間違うほどの変化ではない。


 しかしシアナの場合は違う。

 男子、3日合わざれば刮目して見よという言葉があるが、シアナの場合は7年弱にもなる。

 失踪当時の面影を残す顔以外の全てが見違えてしまっていた。

 そんなことはあり得ないと思いつつも、心の片隅に存在する可能性が恐怖心を増大させる。


 双方が対峙したままどれくらいの時間が経過したのか。

 何分、何十分にも感じられる重い沈黙を破って、カレンが口を開く。


「……シア?」

「シア……シアナなのか?」


 カレンに続くように、ギルベルトも確認するようにシアナの名前を呼ぶ。

 疑問形であったが、今のシアナにとってはそれだけで十分であった。


「はい……っ父様、母様……!」


 互いに互いを確認し合った途端、磁石が引かれるように三人は抱擁を交わす。

 力いっぱい腕に力を込め、接触面全てで相手を確認する。

 周囲の人々から戸惑いの声が漏れて奇異な目で見られるが、そんなことを気にする余裕は三人にはない。


「ご心配おかけしました……ごめんなさい……!

 ただ今帰国っ……しました……っ」


 言葉によって感情の堰が切られ、嗚咽が漏れだす。

 目尻から溢れる涙も拭わないまま三人は腕の力を緩めない。


 この世界に生まれ落ちて最初に自分を抱いた腕に再び抱かれ、シアナは言いようのない暖かさに包まれ、帰ってきたのだと実感に満たされた。


 ここでようやく、6年以上に及ぶシアナ・ウォーベルの国外誘拐は終わりを告げた。



———



 感情を吐き出し、落ち着いた三人が抱擁を解くまで20分以上経過したが、周囲の人々は一切声を発しなかった。

 その空気を破ったのはその場にいる誰でもなく、新たに登場した人物だった。


 「カミナシ様、お呼びですか!」


 修錬場の扉が開け放たれ、少女が姿を現す。

 金髪を輝かせ、数歩歩み出たところでシアナと目が合う。

 足を踏み出した姿勢のまま硬直するその姿に、シアナは過去の面影を重ね合わせた。


 身長は旅の間にまた成長し160センチに達したシアナよりも多少低い。

 クセのない金髪は同じだが、シアナと揃えることに拘っていた昔とは異なりセミロング程度まで伸ばされている。

 顔の各パーツは小さく、驚きで大きく開かれた目を際立たせている。

 道端ですれ違っても間違いなく二度見するような美貌の中でもひと際視線を引き寄せられる碧の瞳。


 何より印象を変えているのは、シアナが私服姿しか見たことのないその身体を包む学院の制服である。

 白のワイシャツとスカート、上着としてローブを着用したシンプルなものだが、シアナはそれだけで相手から全体的に引き締まった印象を受けた。


「……姉様?」

「えっ……シア……?!」


 口では疑問形を示しながらも、少女——ペトラは迷いのない動作でシアナへ駆け寄ると、その胸に飛び込んだ。

 唐突で衝動的なその行動(攻撃)を受け止めたシアナは、身体強化を常時発動していて良かったと心から思った。


「姉様……?」


 声を掛けながらその背に触れたシアナは、ペトラが震えていることに気付く。


「心配、したのよ……ずっと、探しても……見つからなくて、も、もしかしたら……死んじゃってるんじゃないか……って、思う日も、あって……そしたら、手紙が……」


 そこから先が嗚咽で言葉にならなくなったペトラを、シアナは優しく撫で続ける。

 いつの間にかペトラを超えていた身長とは関係なしに、シアナにはその背中が今までで最も小さく見えた。



—備忘録 追記項目—

・騎士・魔術師学院

 六大国各国に存在する学院のうちの1つ。

 11歳以上で在学可能(国によって多少違いあり)

 8学年制。

 国民は希望すれば誰でも入学可能。

 国外からの入学の場合は軽い試験あり。

 学費等必要経費は国が負担。

 制服支給。

 規定の成績を修めて卒業すれば希望職種への斡旋あり。

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