第48話 差異を知る

 集落を出てから密林地帯を抜けるまでの間、魔獣の襲撃はほとんどなかった。

 代わりとして、シアナとリッサはエルザーツから稽古を受ける。

 その結果、シアナはエルザーツに教師として上々の評価を推した。


「踏み込みの位置を考えろ。相手との距離感を正確に測れ」


 シアナの振り下ろした剣が軽硬質的な音を立ててシアナの剣に弾かれる。


「今まで学んだことが最適解だと思うな。

 常に観察を続けて答えを導き出せ!」


 ギュンターから訓練を受けていた時、二人は動きを身体に覚え込ませろと教わった。

 エルザーツの言葉はその矛盾と言わずともその教えと一致しない。


「剣術を始めたての頃は頭よりも身体で覚えた方が効率的だ。

 だが身体状況は常に変化し、ましてやお前達は成長期で変化幅が最も大きい。

 日々の最初に剣を振るう数回で前日との差異を理解し、自分の中で最高の動きを維持できるようにしろ」


 シアナが内心で異を唱えていると、違和感を解消する理由が後述された。

 その内容を理解し納得したシアナは、運動と並行して観察へ思考を切り替える。


「ふっ!」

「くっ……」


 意識的に踏み込みを調整しつつ打ち込むも、意識を割かれて初動が遅れた分容易に弾かれてしまう。

 重心移動も反応が遅れ、攻守が交代する。


「慣れないうちから一度で観察を終えようとするな。

 今のが実戦なら隙を突かれて致命傷だぞ」

「はい!」

「それと、今の踏み込みはあと半歩深くすべきだ」


 運動、反応、観察、指導。

 増え続けるタスクに身体の連動が崩れかける。

 しかしそれはシアナだけでなくリッサも同様であり、二人は互いに動きがかみ合わないまま、なんとか打ち合いを続けていた。


「シアナ、手を止めるな。

 自分の動きを調整しながら相手の動きを読み、その動線へ自然に割り込めるよう間合いを詰めろ」

「はい!」


 元気よく返事をするも、即座に実践はできずに間合いを詰められない。

 先程エルザーツが指摘したとおり、シアナはあと半歩のところでリッサを完全な間合いに捉えられずにいた。


「リッサ、お前は逆だ。

 自分の動きを読まれていることを考慮し、自分が動きやすいように相手の動きを誘導しろ」

「……はいっ!」


 二人が主とする流派が異なるため、エルザーツはそれに合わせた指摘をする。

 現在のシアナとリッサの剣術の腕前は以下のとおり。

・シアナ:天剣流/上級、天象流/中級、天狂流/初級

・リッサ:天剣流/中級、天象流/上級、天狂流/初級


 シアナは魔術適正が無く攻撃手段が剣術しかなかったために攻撃型の天剣流に偏り、リッサは己が志に則ってシアナを守るために防御型の天象流に偏った習得状況となっている。

 天狂流に関しては二人ともギュンターから初級の段階で向いていないと判断された。


 その後も適時エルザーツから指導を受けながら続けた結果、今回はシアナが勝利した。

 止めの合図が出て地面に座り込む二人へ、エルザーツが歩み寄る。


「……よく別の着眼点で二人に指導できるね。

 頭混乱しないの?」

「情報が限られた状態でなんだから簡単だろ。

 実際の戦争では剣術だけでなく魔術もあり、敵の数も増減したりと全ての情報が変数になってる。

 いちいち混乱してたら生き残れないぞ」


 シアナは疑問を口にするも、ため息交じりに返される。

 一般人が閲覧できる資料だけでも数多くの戦場に出ているエルザーツの言葉の重みに納得させられたシアナは、リッサに手を貸しながら立ち上がる。

 そこへ、エルザーツから声がかかった。


「リッサ、お前は何故攻撃の剣を使わない?」

「えっ……?!」


 エルザーツはリッサに覆い被さるように、あえて威圧感を与えるように覗き込む。

 シアナが口を挟もうとするが、鋭い眼光でそれを止められた。


「あたしが見ている範囲ではいつもそうだ。

 防御、防御、防御と……相手がシアナだからか?

 いや違うな……そもそもお前は殺すために剣を握っていない」

「あ、当たり前ですよ。

 ワタシはシアを守るために技術を身に付けています。

 もし殺すために剣を振るって、それがシアに当たりでもしたら本末転倒じゃないですか!」


 リッサの反論にエルザーツは眉を顰める。

 その顔に冷やかしやふざけたような感情は見られない。


「実戦でのもしもを考えると守る以外に選択肢がないということか?

 それはおかしいだろ」


 エルザーツは考えるように一拍おいてから、はっきりと断言する。


「実際の戦場では、リッサが殺さなかった敵がシアナを攻撃し、その結果シアナが死ぬ場合もある」


 リッサの顔から一瞬で血の気が失せる。

 それを見てもエルザーツは追撃を止めない。


「あたしは付き合いは短いが、お前がシアナのために自分を駒として使うことができるということは知っている」


 リッサは白い顔色のまま、視線をエルザーツから離せずに震えている。


「実戦でそうなった場合、お前の生きる意味・存在する意味はどうなるんだろうな」

「ワ……タシ……は……」


 掠れた声でリッサが何事か言おうとするが、うまく言葉が続かない。

 それを見たエルザーツは、今度はしゃがんでリッサと目線を合わせる。


「あたしはお前の意志の強さと、そのためにここ数年でここまで技術を身に付けた努力を高く評価している」


 先程までとは打って変わって優しいトーンで話すエルザーツに、シアナは鳥肌が立つのを感じた。


「なにも戦う上で必ず相手を殺せと言っているわけじゃない。

 相手を殺す覚悟と選択肢を持って戦いに挑め。

 守るために振るう守る剣よりも守る為に振るう殺す剣の方が守れる確率も対象も上だ。

 仮にそれで殺した数が多くなっていくとして、その裏には比較にならないほどの救われた命があることだけ絶対に憶えておけ」

「……はい」

「それにな——」


 暗い表情のまま俯くように頷いたリッサの顔にエルザーツの手が伸びる。

 顎に手を添えて上を向かせると、顔を近付けてそのまま唇を——などということはなく、リッサにだけ聞こえるように耳打ちし始める。

 リッサの髪で口元が隠れているため、シアナにはエルザーツの言葉は分からなかったが、それを聞いたリッサの顔が徐々に上気していくのは見てとれた。


「ど、どうしたの?リッサ」


 わずか数秒の耳打ちで耳や髪の生え際まで発火しそうなほどに真っ赤に染まったリッサは、エルザーツが離れると手で顔を覆ってその場にへたり込んでしまう。


「何か酷いこと言われた?」


 シアナの言葉にリッサは手で顔を覆ったまま激しく首を横に振る。


「それじゃあ悲しいこと?逆に嬉しいこと?……弾か強いこととか!?」


 質問を重ねてもリッサは同じように首を振るだけだったが、最後に首を振った際、その魔素体に大きくノイズが走るのをシアナは視た。


「……そっか」


 普段シアナのこと以外で取り乱さないリッサをここまで動揺させた内容に興味を惹かれつつ、今後の良好な関係を保つために質問を後回しにするシアナ。

 無論、心の内にピン留めし我慢の限界に達する前に頃合いを見て質問するようにするのは忘れない。


 当の本人を追求しようにも、リッサを気遣っている間にエルザーツは姿をくらませていたためそれも叶わない。

 そのためシアナはため息をつくと、地面に座ってリッサの背に自分の背中を預けた。

 普段よりも早いリッサの鼓動を感じながらシアナは、彼女が冷静さを取り戻すまでの間、雲一つ無い快晴の空から降り注ぐ日光の温かさを肌で感じていた。



———



 その日以降リッサがシアナに対して若干よそよそしくなる以外に特筆すべきことは起こらず、密林地帯を出てから1ヶ月ほどでドライル山脈に到着した。


「この山を越えるの?」


 ややげんなりとした様子で問うシアナの目には、雪化粧をした山脈が映っている。

 密林地帯の雨季により足止めを受けた影響で現在の季節は冬。

 山全てとはいかずとも、上半分程度には遠目でも分かるほどの雪が積もっていた。

 それは見るだけでやる気を削ぐには十分な山越えの大変さを想像させた。


「そんな面倒なことは、それが趣味の奴にでもやらせとけ」


 しかしエルザーツはシアナの言葉を鼻で笑い飛ばすと、おもむろに指を鳴らした。

 すると、まるでトンネル開通作業を超倍速で見ているように、土がひとりでに掻き出されていく。


「……何やってるの」


 魔術によるあまりの力技にシアナがどうにかそれだけ言葉を絞り出す。

 しかしエルザーツは気にした様子を見せずに歩き出し、シアナとリッサも後に続いた。


 3日ほどかけて山の反対側に出ると、エルザーツは空けた穴を塞いだ。


「今のって、最初に掻き出した土を元に戻して塞いだんだよね。

 魔力を注いだようには視えなかったけど、どうやったの?」


 シアナの問いにエルザーツは何を言ってるんだとでも言いたげな表情を浮かべる。


「掻き出す際に土に残っていた魔力を利用しただけだ。

 毎回各場所に動線引いて魔力を流し込むのは面倒だからな。

 そいうか、お前も似たようなことしてるだろ」

「私が?」

「魔素崩壊だよ。

 あれの魔力の使い方はこれと大体同じだろうが」

「あっ……」


 考え直して気付いたシアナは口を手で押さえながら声を上げる。

 エルザーツの顔が呆れに変化する。


「無意識でそれを術式に落とし込んでやってたのかお前。

 かなりの高等技術なんだぞ、それは。

 通常、魔素や魔力は知覚以上のことはできない。

 それができるかどうかが上級と聖級をはっきりと分ける節目になっていると言っても過言じゃない」

「へぇ……なら私は素養では聖級魔術師になれるんだ」

「適正無しの聖級魔術師か、歴史に名を残すにはこれ以上ない肩書きだな」

「うぇ……それは嫌だな……」


 その後の旅路では、群生国家を通過する際に小さな紛争に巻き込まれた以外は特に大きなトラブルも起きずに進む。

 肝心の紛争もエルザーツ介入したことにより両軍ほぼ壊滅で決着がついたため、シアナとリッサの出番はなかった。


 年が明けてしばらく経ち、当初一年間だった予定を5カ月近く前倒しにした一行は、アスレイ王国に足を踏み入れた。

 シアナがエルザーツに誘拐されてから実に6年と8カ月ぶりである。



—備忘録 追記項目—

・魔術の使い分け

 魔術は通常自身の体内に魔術陣を構築し、そこから魔力を放出し目標物へ射出する。

 事前に対象内へ魔力を仕込む、指定座標に直接魔力を作用させる等の手段を用いると、魔術の射出箇所を変化させ、多角的な作用が可能となる。

 しかし通常魔素や魔力は知覚する以上のことはできないため、これをできるか否かが魔術師として上級と聖級の壁となっている。

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