第46話 故郷を知る

 レアでの滞在中ギュンターがやっていたシアナとリッサの教育は、エルザーツがその役目を担っていた。


「戦闘面において、お前らそれぞれに不足しているものは何だ」


 二人をテーブルに着かせ、その後ろを歩きながらエルザーツが問う。

 それに対し、まっ先に回答したのはシアナだった。


「相手を問わず一定以上の効果を出せる魔術的攻撃手段の確立と、剣術の全般的向上」

「相変わらず教科書に載っていそうな模範解答だな」


 褒めているのか貶しているのか判断がつかない口調で評してから、エルザーツは指を鳴らした。

 するとテーブルの上に土人形3体と水人形1体が現れ、それぞれ動き始める。


「魔術の方に関しては特に言うことはない。

 ”阻害”や”崩壊”のような実績もあるしな。

 ただ、近接戦闘に関してはまだまだお粗末だ」


 魔術で作られた人形が殺陣を展開する。

 水人形の方が土人形に苦戦している様子が見られる。


「お前はそのバカみたいな魔力総量で身体強化すれば、大抵の奴には押し負けない。

 だが、それだけだ」


 水人形の速度が上がり、土人形を1体仕留める。

 しかし2体目を攻撃する前に土人形側が立て直し、直前と同じ状況に逆戻りした。


「お前の身体強化は平常時との差があるだけで、戦闘中は一定の強化量で継続している。

 それでは相手の技量が上がればすぐに対応されて終わり……身体強化なしとほぼ変わらん」


 攻撃により体勢が崩れた隙を突かれ、水人形が破壊される。

 テーブル上に散らばる水飛沫が自身の血に思えたシアナは、思わず身震いする。


「それじゃあ、身体強化の出力上限を上げればいいの?」

「問題は速度が一定になっていることにある。

 上限を変えれば解決と考えるのは単純だが、それではいくら魔力があっても足りなくなる時がくるぞ。

 重要なのは速さの緩急だ」


 指が鳴らされ、最初と同じ数の人形が生成される。

 再度殺陣が始まるが、シアナは水人形の動きを見て声を上げた。


「あっ……そういうことだったんだ!」

「これは多少なりともお前ら二人に共通する課題だから覚えておけ。

 全く同じ動きをしたとしても、一定の速度で動くよりも緩急を加えて動いた方が相手は対処しずらくなる。

 戦闘中はいかに相手が処理する情報を増やし、選択肢を狭めるかが重要だ」

「はい!」


 シアナとリッサが威勢よく返事をしたところで、玄関のドアを叩く音が聞こえる。

 エルザーツに目線で指示されたシアナがドアを開けると、そこには長耳族の男女が立っていた。


「えっと……どちら様でしょうか?」

「あの、こちらに長耳族の少女がいると聞いて来たのですが」

「えぇ、いますが……」

「お願いします。その少女に会わせていただけないでしょうか?」


 二人に頭を下げられ、シアナは軽く困惑する。

 シアナ達が集落に滞在してから1週間、何人かと交流し顔見知り程度にはなったが、その中に長耳族は含まれていない。

 狭い交友関係の中では、リッサに会うために頭を下げるような者はいない筈だった。


「ちょっと、そんな……頭を上げてください!」


 集落では獣人族と長耳族が生活しているが、両者はそれほど積極的な交流をもたない。

 そのため、獣人族が多いエリアの玄関先で長耳族の男女が頭を下げている光景は、必然的に周囲の目を集めるものとなっていた。

 居心地の悪さを感じたシアナは視線を遮るように二人を中に招き入れる。


「シア、声が聞こえたけど誰がお客さん?」


 奥からリッサが顔を見せる。

 シアナを見て視線を移したところで、男女とリッサの目が合う。


「……え?」

「あぁ……っ!」

「おぉ、なんという……」

「ちょっ……大丈夫ですか?!」


 突然その場に崩れ落ちる二人にシアナは慌てて駆け寄る。

 しかし二人はそれに構わず、リッサに焦点を合わせたまま涙を流し続けている。


「とりあえずこちらに……落ち着いて話しましょう。

 リッサも手伝って」

「分かった」


 二人の手を取ってリビングに行くと、エルザーツが忽然と姿を消していた。

 椅子に座らせ、コップに水を注いで差し出す。

 ある程度落ち着くのを待ち、シアナとリッサはテーブルを挟んで二人の対面に座る。


「すみません、取り乱してしまって……」

「いえ、まぁ……とりあえずお話を聞かせていたいだいていいでしょうか?」

「はい、分かりました」


 グッと最後の涙を拭った男性は、リッサを見ながら自己紹介をする。


「僕はレウル、彼女は妻のライラと言います。

 おそらく僕達はそこの少女の祖父祖母にあたる者です」

「おそらくとは?」


 表面上冷静に言葉を返しながらも、シアナは内心驚いていた。

 長命種族が年齢通りの見た目ではないということは理解していたつもりであった。

 しかし自分と同年代のリッサの祖父母を名乗る相手となると、何故か受ける衝撃は大きく感じた。

 レウルの表現に疑問を呈したシアナの言葉に、今度はライラが答える。


「私達長耳族は魔力の感受性に優れた種族というのはご存じでしょうか。

 それは同種族相手に限られますが、魔力を感じ比べることで血縁関係の有無をある程度知ることができるのです」


 ライラの告げた内容に、シアナは今度こそ驚きを表情に出した。

 魔眼で魔力を視比べても、シアナには三人の血縁関係を結びつけるに足る根拠を得られない。

 しかしライラの説明が本当ならば、限定的とはいえ凄まじい精度の判別手段である。


「リッサ……お二人が言っていること、分かる?」

「うん、なんとなく……上手く言葉にはできないんだけど、ワタシも感じる。

 加えて言えば、この家に馴染んだ魔力もなんだか懐かしく思える」


 リッサの言葉に、レウルとライラは再び涙を流す。

 しかし今度は泣き崩れることはせず、更なる質問を投げかけた。


「それは、この家がこの子の母親が夫婦で住んでいた家だからでしょう。

 どうか教えてください。

 あの子……この子の母親は今どこにいるのでしょうか?!」

「落ち着いてください。

 結論から言いますが、彼女の母親がどこにいるのかは私も存じ上げません」


 驚きに固まる二人へ、シアナはリッサとの出会いを簡潔に説明した。

 説明中、シアナはいつでも止められるようリッサの様子に気を張っていたが、彼女からストップが掛かることはなかった。


「——そして帰国途中に立ち寄ったここで、先日のひと悶着があったというわけです。

 なので、リッサのご両親については特に情報を得られていません。

 お力になれず申し訳ありません」

「そんな、あなたに悪いことなどありません!

 むしろこの子を救っていただいてこちらこそお礼を申し上げなければいけません!」

「妻の言う通りです。

 助けていただいた後の衣食住と真名まなまで……本当に、何とお礼をすればいいのか」


 シアナが頭を下げようとすると、テーブルの向こうからレウルとライラが制止する。

 逆に頭を下げられ気まずさを感じたシアナは、話題転換を図る。


「あ、そうでした。

 真名なのですが、私が名付けてしまって良かったのでしょうか?

 そういった時のために種族特有の決め方があったりしませんか?」


 シアナの問いにレウルは短く考えた後に首を横に振った。


「風習として親が決めるようにとされていますが、両親以外の親族が名付け親になることもありますので問題ありません。

 本人が望めば儀式をして真名をつけ直すことはできますが——」

「ワタシ、そんなの望んでない」


 それまで沈黙を貫いていたリッサが食い気味に返す。

 断固拒否の姿勢に苦笑しながらシアナはレウルに問う。


「お二人のお話はよく分かりました。

 それで、お二人はリッサに対し何をお望みでしょうか?

 このままリッサを引き取りたいというお話であれば——」

「嫌だ!ワタシはシアについて行く!!」


 またしてもリッサが食い気味に言葉を挟む。

 今度はそれだけに止まらず、先程よりも早く強い口調で捲し立てる。


「ワタシはシアに助けられたあの日に、ワタシの全部をシアのために使うって誓ったの。

 それは今も、そしてこれからも絶対に変わらない。

 おじいちゃんとおばあちゃんに会えたのは嬉しいけど、何を言われようとワタシはシアについて行くから。

 もしここ戻って来ることがあっても、それはシアからワタシのことをいらないと言われた時だけ。

 ワタシの方からシアの元を離れるなんてことは絶対にないから!!」

「分かった、分かったから落ち着いてリッサ!」


 ヒートアップするリッサに呆然としていた二人が急に笑いだす。

 何事かと目を疑うシアナだが、二人の笑い方から悪いニュアンスは感じ取れなかった。


「失礼。いや随分と好かれているなと思いまして」

「えぇ、本当に……まるであの子が里帰りの際に外での出来事を話す時のようで……懐かしくなってしまいました」

「元より僕達はその子の顔をひと目見たいと思って伺っただけです。

 これからどうするかは自由意思を尊重しますよ。

 ただ、戻る時はいつでも歓迎するということを覚えていてほしいのです」


 二人は立ち上がるとテーブルを周り込み、リッサへ近寄る。

 その両手を二人の手で包み、穏やかな表情で柔らかく微笑みかけた。


「本当に、生きていてくれてありがとう……」

「こちらこそ、今までずっと待っていてくれてありがとう。

 いつかお母さんが見つかったら一緒に帰って来るから、もう少し待ってて」

「あぁ、いつまでも待っているとも」


 最後にしかと抱き合い、三人は身体を離した。


 玄関先まで見送りに出たシアナとリッサだったが、立ち去ろうとしたレウルが思い出したように振り返った。


「そういえば先程の話を聞く限りだと、雨季の間ここでやることを探しているのではありませんか?」

「はい、直前までここに寄る目的を知らされていなかったもので、特に用意をしていないんです」


 シアナの言葉にレウルは頷くと、絶対ではないと前置きをして提案する。


「もしよければ、自警団の方の訓練などに参加できるよう口利きしましょうか?

 何かの経験になるかもしれません」

「えっ、いいんですか?」

「えぇ、知り合いがいますのでかけ合ってみます。

 孫娘に会わせてもらったのですから、これくらいはお安いご用ですよ」

「ありがとうございます!」


 快諾したレウルに礼を告げて別れ、二人の背中が見えなくなるまで見送る。

 その後戻ったエルザーツからも許可を得たシアナとリッサは、明日以降の新たな経験に向けて期待を膨らませながら装備の手入れに勤しんだ。



—備忘録 追記項目—

・集落を雨季から守る仕組み

 雨季に入り冠水すると生活できる範囲が縮小するが、集落の規模は拡大していく。

 それに対し将来を憂いた過去の族長が観測者に嘆願した結果設けられた措置。

 範囲内の樹木と地面に施した刻印魔術により、雨季の雨への対策が講じられている。

 樹木の葉→外部からの水分を弾き返し下に漏らさない。

 根→通常よりも素早く水分を吸収する。

 地面→内部を撹拌し外の土と入れ替えることで根に必要な水分を回す。

 これらの魔術の発動は任意で魔力を流す必要があるが、それ以降の継続は水分中に含まれる魔力を糧に行われている。

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