第41話 時期を知る

 翌日、朝食の席にてそれは告げられた。


「帰国の準備をしろ。3日後に発つぞ」


 前置きもなく告げたエルザーツは、何もなかったかのように食事を再開する。


「……いつもながら唐突なことで」

「嫌か?」

「嫌ではないですけど、余裕をもたせてほしいなとは思いますね」


 やんわりとした苦言をふんと鼻で笑い飛ばし、エルザーツは会話を終了させる。

 シアナもそれ自体には構わず、やるべきことをリストアップする。


「ガーランさん達には当然挨拶するとして、最低限の人数にしても結構ギリギリかもね。

 武具屋と雑貨屋で修理・道具補充も必要だし……あっ、魔術巻物スクロールについても伝えておかないと。

 リッサは他に挨拶したい人いる?」

「ワタシはシアと一緒に回れれば十分だよ。

 ワタシの知り合いはシアの知り合いだもん」


 リッサの言葉に納得しながらシアナはエルザーツの横に控えるギュンターを見やる。


「この3日間は訓練を免除してもらってもいい?

 最後の最後にサボるようで気は引けるんだけど……」

「構わん。ここから3日程度やろうがやるまいが、大した違いは出ないだろう」

「ありがとう」


 シアナは慌てずに咀嚼のスピードを上げ、いつもの半分程度の時間で朝食を済ませた。

 その後身支度の自己レコードを書き換え、リッサと連れ立って挨拶回りに出かけていく。


 武具屋で直前の依頼によって消耗した装備の修理を頼み、雑貨屋では一部作成を請けもっていた魔術巻物を納められなくなることを告げる。

 どちらの店主も国を離れることに残念がっていたが、最終的には祝われる。

 良好的な関係性のまま一時の別れとできるか心配していたシアナは、こっそりと胸を撫で下ろした。


「元気でなー」

「お世話になりました」

「……ありがとうございました」


 それよりもシアナには気に掛かる部分があった。


「リッサ、やっぱり男の人は苦手?」


 リッサの他者(特に男性)へ抱く不信感である。


 奴隷期間に虐げられていたのを原因に、リッサは他者を容易に信用できなくなっていた。

 それは特に男性相手に対して顕著に表れ、初対面の相手には身体的接触が不可能なほどであった。


「でも、今まで買い出し頼んで失敗したことなかったでしょ。

 その時はどうしてたの?」

「ただ質問に答えたり、伝言を伝えるだけなら大丈夫なんだけど……」

「自分から会話を広げていくのはまだ難しいか」


 頷き肯定するリッサに、シアナは小さく唸る。

 シアナとしても問題を解決してあげたい気持ちはあるが、いかんせんこれは時間をかけて数をこなすしか方法が思いつかなかった。


「私も協力するから、少しずつ治していこうね」

「うん……ごめんねシア」

「謝らないで。リッサは悪くないんだから」


 肩を落とすリッサの背中に手を添えながら慰めていると、シアナは背後に気配を感じる。


「いーたー!」


 振り返る間もなく飛びつかれる。

 シアナが常時身体強化を使用していなければ倒れかねない勢いである。


「もう……探したよ、二人共!」

「オリンダさん?街中で飛びつくと危ないですよ」

「あ、ごめんごめん……じゃなくて!

 国に帰っちゃうって本当?!」

「……いつも思ってましたけど、どこから情報漏れてるんですか?」


 オリンダの質問に、シアナは呆れつつ間接的に肯定した。

 情報屋を介すことで独自のルーから些細な情報もキャッチすることを得意とする者がいるが、今回に限ってはエルザーツから告げられてから3時間も経っていない。

 あり得ないと知りつつも盗聴器の可能性を考えたくなる早さである。


「やっぱり本当だったんだ!?

 しかも3日後ってもう一緒に依頼受ける時間もないじゃ——あ痛ぁ!?」

「道の真ん中で何やってんだ、恥ずかしい」


 シアナの肩をガクガクと揺さぶっていたオリンダの頭に手刀が落ち、強制中断される。

 手刀の主であるガーランはため息交じりに近くの喫茶店へと全員を誘導した。


「悪いな、いつもいつも」

「いえ、情報自体は本当ですし、気持ちも分かりますので」

「こいつよりもお前達の方がよっぽど大人だよ……」


 ガーランは横目でオリンダをひと睨みすると、大きくため息をついた。

 そうして気持ちを切り替えると、真面目な表情になり改めて問い掛ける。


「それにしても驚いたぞ。

 3日後ってなら昨日教えてくれてもよかったんじゃねぇか?」

「すみません。

 私達も今朝知ったばかりで、大急ぎで挨拶回りをしていたところなんです」

「あ、そうなのか。それじゃ仕方ないな」


 忘れてくれと言って引き下がったガーランと入れ替わるように、オリンダがテーブル上でシアナとリッサの手を取った。

 俯いたまま何か呟く声を聞き取ろうと上半身を乗り出すと、今度は肩を抱き寄せられる。


「おめでとう……二人とも元気でね」


 シアナはふと、オリンダの肩が細かく震えていることに気付いた。

 同様に気付いたリッサと目が合うが、シアナは目を伏せて何も言わないよう伝える。


「ありがとうございます。

 機会があればまた一緒に迷宮に行きましょう」

「オリンダさんも、元気でね」

「うん……うん……」


 やがて嗚咽の漏れだしたオリンダの感情が治まるまでの間、三人は抱き合ったままでいた。



———



 主に世話になった人達への挨拶回りを終えた翌日。

 シアナとリッサは旅路様に衣類を新調しに店を訪れていた。


 長距離移動には転移陣という手段が存在するが、アスレイの転移陣は現在使用不可能。

 そのため転移陣での移動は最寄りの大国までとなり、そこからアスレイまでは自分の足で移動する必要がある。


「これと、これと……あとあっちもかな」


 二人の年齢はシアナが12歳でリッサが13歳と、未だ成長期の最中にある。

 そのため頻繁に変わるサイズを見越して新調する必要があった。


「お買い上げどうもー」

「ありがとうございます」

「あっ、シア」


 会計を済ませたシアナが外に出ると、先に待っていたリッサがそれに気付いて駆け寄る。


 155センチとなったシアナよりも更に高い158センチの身長。

 シアナと出会った時から伸ばし続けている茶髪はポニーテールに纏められ、褐色の肌色やコケティッシュな顔立ちとの相乗効果により健康的な印象を与える。


「お待たせリッサ」

「ううん、全然待ってないよ」

「ちゃんと買えた?」

「心配しすぎだよ。

 ワタシだって自分の買い物くらいちゃんとできるんだから」


 誇らしげに胸を張るリッサ。

 その動作に合わせて双丘がシアナに向けて突き出される。


「あぁ……そう」


 レアに来てからの6年半で主に身長ばかりが成長したシアナに対し、リッサは2年半の間に大人びた成長を遂げていた。

 長耳族エルフ鉱石族ドワーフの血が拮抗した結果なのか、一見スレンダーに引き締まりつつも脂肪と筋肉が良い塩梅で身に付いた身体には”性徴”と言って然るべき魅力が備わっていた。


 控えめに美少女と言って差し支えない容姿に加え、この若さにありながら剣術の一部流派と魔術の腕は上級に達している才色兼備である。

 陰口を叩きながらも邪な視線を投げかける他の冒険者からガードするのはシアナの密かな役目となっていた。


「それじゃあ次の店に——ちょっと待って」


 目の前の膨らみに違和感を覚え、歩き出そうとしたリッサを呼び止める。


「どうしたのシア——ってひゃあ!?」


 リッサが素っ頓狂な悲鳴を上げながら飛び退く。

 胸の前で両腕をクロスさせながら頬を赤く染めてシアナを睨みつけるが、犯人であるシアナの顔には呆れの表情が浮かんでいた。


「リッサ……」

「い、いきなり何するの!?」

「いつも言ってるよね?自分に合ったサイズの物を着けなさいって。

 新しいのは買った?」

「か、買った……よ?」


 分かりやすく目を泳がせるリッサに買った物を見せるように手を差しだす。

 そこで観念したリッサの手を引いてシアナは出てきたばかりの店に再入店する。


「まったく……合うのを着けないと悪いことばかりだってこの間教えたでしょ。

 なんでそんなに面倒臭がるのかな~」

「だって締めつけられるし……それに、シアだって変えてないじゃん」

「喧嘩売ってるなら買ってあげようか?」


 シアナが目が据わった笑顔で言い放つと、リッサは真っ青になりながらブンブンと首を振る。

 シアナも本気で言ったわけではないため追撃せず、ため息で気持ちを切り替える。


「はぁ……私はサイズが変わってないから必要ないの。

 でもリッサはちゃんと育ってるんだから大事にしないと。

 いつまでも可愛くいてほしいからね」


 自虐気味に言いながら手ごろなのを選んでリッサに合わせる。

 なおも小さく文句を言っていたリッサだったが、新調した物を身に着けて店を出た時の顔は幾分かすっきりとしたものになっていた。



 その後最低限必要な準備を終え、出発できるようになったのはエルザーツが告げた出発日前夜だった。

 予定通り出られるようになったとギュンターから報告を受け、エルザーツがつまらなそうに舌打ちをしたのはシアナの関知しないことである。



—備忘録 追記項目—

・成長期

 身体が成長している時期。

 発育のピークを差す場合もある。

 個人により成長具合が異なるため、体格の差が顕著に表れやすい。

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