第3章 青年期 帰郷編
第40話 成長を知る
迷宮。
冒険者活動最大の見せ場と称される場であり、危険と可能性が隣り合わせの場でもある。
現在、各地に点在するそれらのうちの1つにとあるパーティーが挑んでいる。
「ごめんシア、1体抜けた!」
メンバーの女性からの声を聞いた銀髪の少女——シアナは、振り返らずに隣で抜剣する茶髪の少女に声を掛ける。
「お願いね、リッサ」
「任せて」
シアナの声に応じた茶髪の少女——リッサは向かって来る獣型魔物との間に割り込む。
その流れのまま横薙ぎに剣を一閃させると、魔物の前足が地に落ちバランスを崩す。
「よしっ、やったよ」
すかさず追撃で魔物の核を破壊したリッサの報告を聞きながら、シアナは目の前のものから目を離した。
迷宮には、それ自体を構成する迷宮核と呼ばれる魔素的物質が存在する。
それが存在する限り迷宮内には魔物が発生し続け、それによって侵入者が害される。
故に、迷宮の攻略は迷宮内の魔物相当と迷宮核の破壊がセットとされている。
「
迷宮核を魔力で包囲し、中心に向けて一気に圧縮する。
瞬間的な抵抗は残りつつも迷宮核は破壊され、破砕音のような幻音を響かせた。
「迷宮核の破壊完了です!」
「おう、こっちも終わったぜ!」
報告しながらシアナが振り返ると、メンバー達が少し離れた場所で手を振って答えていた。
それを見たシアナは腰に提げた剣の柄に掛けていた手を離す。
「お疲れ様です、ガーランさん」
「おう、そっちもお疲れさん」
ガーラン率いる『スカルパレード』の面々と労い合いながら、各々装備の点検を開始する。
前衛メンバーほど消耗していないシアナが真っ先に終えて待つ。
「シア、リッサ、さっきは討ち漏らしちゃってごめんね」
同様に早く終わらせた後衛の女性がシアナとリッサに謝罪する。
シアナとリッサはパーティー内で中衛と遊撃を兼ねた立ち位置となっているが、先程は迷宮核への対処のため最後列に下がっていた。
「いえオリンダさん、リッサが対処してくれましたから大丈夫でしたよ。
リッサ、ありがとうね」
「シアを守るのがワタシの使命だから」
なんでもないという風に言い放つリッサ。
だが、その口元が軽く綻んでいるのをシアナは見逃さなかった。
しかし、それを指摘するほど野暮ではない。
「またそんな言い方して……頼りにしてるけど」
「まぁまぁ、相変わらずお熱いね~。
皆の点検も終わったみたいだし、戻ろっか」
オリンダの声に合わせてメンバーが自然と陣形を組み、帰還準備が整う。
「ったく、相変わらず戦闘以外ではオレよりもオリンダの指示優先かよ……」
ボヤくガーランだが、その声に不満の意は含まれていない。
戦闘時の戦局的判断はガーラン、非戦闘時の方針的判断はオリンダがそれぞれ指揮を執る。
リーダーのガーランがおざなりにされているのではなく、適材適所という表現が正しい。
「それじゃあ帰りも油断しないようにね~。皆——」
———
「——お疲れさま!乾杯~!」
「乾杯!!」
オリンダの号令に合わせ、全員の酒杯(シアナとリッサはジュース)が打ち合わされる。
中身が少しこぼれ、依頼達成報告後の恒例となっている打ち上げが始まった。
「改めてお疲れさん。今回も助かったぜ。
それにしても、やっぱり迷宮内での貢献が凄いなシアナは」
「そう言ってもらえると嬉しいですね」
「いやいや謙遜するなって。
外国からの依頼から戻ってきたお前の成長ぶりにはマジで目を見張るものがあるぞ。
お前が作ったっていう新しい魔術、あれが大きいよな」
ガーランが指摘するのはシアナが迷宮核に対し使用した魔素崩壊である。
シアナがオケノスで行った解呪作業の際にイメージした魔力の操作。
それを理論化して術式で定義し、実践レベルに昇華させたものとなっている。
対象魔素を自身の魔力で球体状に包囲し、中心へ圧縮する圧力で対象を粉砕する。
「魔術の完全な無効化ができるようになったってだけでも驚くことなのに、それに加えて魔物への直接的な攻撃魔術にもなるんだもんな」
「魔獣と違って、魔物や魔術は魔素のみで構成されていますからね。
専用の武器で攻撃しているようなものですよ」
勘違いしている者も多いが、魔物は物質体を持たない生命体である。
しかし魔素は見えずとも誰もが無意識に知覚している。
そのため、高濃度の魔素の塊である魔物は知覚されることで存在を確立し、相手に干渉することができる。
「まさか狙ったんじゃないだろうな」
「そんなまさか。ただの偶然ですよ」
シアナの言う通り、当初の目的は
魔素崩壊は魔術陣全体を破壊できるため、その目的は達成させられた。
そしてその副次的効果として、魔物に対しても直接干渉できる魔術となったのである。
「おい見ろよ、『無魔』と『人形』がいるぜ」
ジュースを口に含んだところで、近くの席から声がシアナの耳に届いた。
声の方へ視線を向けると、数人の男性冒険者がシアナ達のテーブルを見ながら談話しているのが見えた。
『人形』とはいつもシアナの指示に従っているリッサに付けられた
「まーたガーラン達におんぶにだっこか?好きだねぇ」
「少し前まではギュンター、今じゃガーラン達に乗り換えて俺達と同じランクかよ」
「あんなのと一緒にされたんじゃたまったもんじゃねえよなぁ?
いったいナニをして取り入ったんだか」
言葉とともにシアナは、下卑た思考を隠そうともしない視線が身体に刺さるのを感じる。
隣では同様に視線を感じたのか、リッサが身震いするのが見えた。
「皆さん、座ったままでお願いします」
腰を浮かせた『スカルパレード』のメンバーに、シアナは言い聞かせるように告げた。
明らかにシアナ達に聞かせるための音量であり、それは当然同席しているガーラン達にも聞こえる。
シアナやリッサ、ギュンターと懇意にしている彼らを怒らせるには十分な内容だった。
「けどな、シアナ……」
「我慢が必要じゃない時もあるのよ……!?」
反論するガーランとオリンダは、今にも飛びかかりそうな勢いがあった。
そんな二人の手を握り、シアナは冷静に諭す。
「皆さんのおかげで依頼をこなせているのは事実ですから。
本当のことを指摘されて怒るのは、恥ずかしい行為ですよ?」
「ワタシも気にしてません」
シアナに続きリッサにも止められ、ガーラン達は腰を下ろし直す。
しかし、オリンダや他の前衛三人と違い、ガーランの口元には小さく笑みが浮かんでいた。
「ま、その歳でCランクまで上がられちゃあ危機感を覚える奴も出てくるか。
リッサなんて上がったのが半年前だから……登録からだとたった2年だろ。
普通はどんなに早くても5、6年はかかると思うんだが」
意図を汲み取り流れを作ったガーランに対し、シアナは内心で礼を告げる。
シアナは登録から5年以上が経過しているのに対し、リッサの2年という数字は一般的に考えて信じられない昇格速度であった。
「そこらへんは傾向と対策ですね。
私とギュンター、それと他の冒険者の方々から聞いた情報を基にしてギルドに重要視されやすい依頼の特徴を割り出し、それらに該当する依頼を選出して注力すれば効率化は可能です。
それなりの情報の統計を取る必要があるので即座に仕える方法ではありませんが、誰でもできる方法ですよ」
周囲に聞こえるように話すシアナの説明に、先程の男性冒険者達が下卑た笑みを消し、顔を赤くしながら怒りの表情を浮かべていた。
ここで二人の思惑に気付いたオリンダから援護射撃が放たれる。
「最近剣術も上級に達したんでしょ?」
「えぇ、まぁ。
私が天剣流、リッサが天象流とそれぞれ1つの流派だけですけどね」
「十分凄いでしょ~!
ガーランだって上級までいってるのは1つだけだもんね?」
思わぬ流れ弾にガーランは幾分かショックを受けた様子だったが、すぐに持ち直す。
「あぁ、そうだよ。
剣術だけに絞っても中級どまりの奴も多いからな……環境だけが良くてもこうはいかねぇ。
成長期に入ってから上達が著しくて教えるのが苦じゃないってギュンターさんも言ってたぞ」
「え、そんなこと一言も聞いてませんけど……」
シアナがそう言った時、乱雑に物音を立てながら出て行く後ろ姿が視界の端に映る。
見ると、シアナ達に陰口を叩いていた男性冒険者達のテーブルには食べ物が残されたまま、椅子が蹴り倒されていた。
「なんでぇ、張り合いねぇな」
「何も起こらなかったんですから、それで良いじゃないですか」
間接的にシアナ達との状況の差を突きつけられ、しかし怒りを口にすれば子供であるシアナとリッサが耐えられたことの意趣返しに怒ったという事実が残る。
恥をかく前に退散するという選択をとった男性冒険者達はまだ賢明だっただろう。
「……白けちまったし、今日は解散するか」
ガーランの言葉に全員が頷き、そこでお開きとなる。
店を出ると、澄み切った夜空には大小さまざまな星が煌めいていた。
「ねぇシア、リッサ、そろそろ正式にうちのパーティーに入らない?」
伸びをしながら二人の隣に歩み寄ったオリンダが、軽い口調で訊く。
何でもない会話の切り出しに聞こえるが、この問答も依頼後の恒例となっている。
「毎回言っていますが、それはできませんよ。
私達は準備が整ったら帰ることになっているんですから。
最初にしっかりと話し合って、いつでも呼んでもらえる仮加入という形にさせてもらったんじゃないですか」
「……でも」
「それに、私達が入ると別の問題が発生するでしょう。
人数が7人になってしまいますよ?」
前世の日本ではラッキーセブンなどと縁起の良い数字として知られている7だが、この世界では不吉な数字という認識が根強い。
その理由として、観測者が関係している。
昔、観測者同士の争いの結果7つあった大国の1つが滅び、その国担当の観測者が死亡した。
不死者と言われていた観測者の死亡と大国の滅亡は世界を震撼させた。
そのような結果を生んだきっかけとなった事件を起こしたのが死亡した観測者という真実から、7は不吉・裏切りを表す数字として避けられるようになっていった。
「パーティーの人数は6人まで。
不吉な数字である7やそれ以上の人数は避けるべきとされています」
シアナは迷信を信じないタイプである。
だが実際7人以上のパーティーが結成直後に壊滅した事例はそれなりにあり、冒険者の中には信心深い者も多い。
因みにオリンダもその1人である。
「だ、だいじょぶ……大丈夫。
今まで無事だったんだし、仮から正式に変わったところで何も起こらないって」
「お前が一番気にしてるのにそう言っても説得力ねーよ」
意地を張って引き下がらないオリンダと長い付き合いのガーランが頭に手刀を落としながら話に割って入る。
「あたっ……べ、別に気にしてないわよ!」
「どうだかな……二人とも悪いな。
もちろん入ってくれればオレも嬉しいが、無理して合わせず目的を優先してくれよ」
「ありがとうございます。
私もお誘い自体は凄く嬉しいので、断るのは心苦しいですが……すみません」
「ワタシからもごめんなさい」
頭を下げるシアナとリッサに止めるよう言いながら、ガーランは頭を上げさせる。
そこで一瞬沈みかけた空気を無かったこととし、蒸し返さずにシアナとリッサはガーラン達と別れた。
すっかり足に染み付いた城までの帰り道を、オートドライブ状態で歩く。
「ガーランさん達にはああ言ったけど、リッサだけ残って正式に加入させてもらってもいいんだよ?」
「これも何回も話したよ。
ワタシの心はあの日から変わらないってば」
「そっか……ありがとう」
シアナの前に回り込んだリッサはシアナの両手を取って跪いた。
「ワタシの命はシアのもの、だからシアのために使う。
一生を終えるまでシアの傍で支え続けるから」
「……単純な寿命で考えたら、人族の私よりも長耳族の血が入ってるリッサの方が何倍も長生きなんだよ?」
歯の浮くようなリッサの誓いに軽口で照れ隠ししながら、シアナは目を逸らした。
しかしリッサは数秒間真面目に考えた後に口を開く。
「ならシアの子供や孫、その子孫まで……ワタシの手が届く範囲全員のために使うよ。
そうすれば間接的にシアのためにもなるでしょ?」
生真面目な回答に思わずシアナは軽く吹き出す。
「確かにそうかもね。
でも、気が変わったらいつでも自由に生きてくれていいんだからね?」
「100年や200年で心変わりするような恩じゃないよ。
ワタシ、自分で立てた誓いは絶対に曲げないから」
「そっか……それじゃあ、いつになるか分からないけど、最後までよろしくね」
「うん!」
二人は互いに微笑み合い、見え始めた城へむけて共に歩みを進めていく。
その双眸にそれぞれどんな未来が映っているのか、二人はまだ知らない。
—備忘録 追記項目—
・迷信
誰かが言い出したり、過去の事例を基にして生み出される信仰。
人心に対し有害である場合が多いが、根深く残る。
・7
シアナの前世の日本では幸運の数字として知られているが、この世界では不吉な数字とされている。
その背景には過去に怒った観測者同士の争いがあり、それによって大国と観測者が消えたことが原因とされている。
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