第37話 真偽を知る

 解呪5日目までシアナはアルノを痛みに慣れさせるための準備期間として使用した。

 途中また何度か殴打を受けることはあった。

 しかしシアナが腕を掴もうとする素振りを見せるとすぐさま大人しくなったため、幾分かやり易さがあった。


「うぅ……覚えてろよ……」

「元気になったらいくらでも文句を聞きますよ」


 アルノの恨み節を適当に流しながら、シアナは思考を巡らせる。


 アルノを痛みに慣れさせると同時に、シアナは呪族の呪いに対しての認識を改めた。

 エルザーツからの課題両腕の呪いを経て、呪族の呪いは左右どちらの腕に掛けられたタイプなのかを見極めるつもりでいた。


「まさか両方のブレンドタイプとは、完全に予想外だったよね……」


 遅速だが継続的に魔素体マギケーション・ボディを侵食し、干渉を受ければ魔素体を攻撃し侵食速度を上げる。

 呪いを掛けられる明確な条件があるため、知っていれば対策は難しくないものの、永続的に作用し続けると考えると恐ろしい。


「な、なんだ、どうかしたのか?」


 悩むシアナの表情を誤解したのか、アルノが下手気味に訊く。


「あぁ、いえ……今日から本格的に解呪に入りますが、大丈夫かなと」


 アルノを痛みに慣れさせるためのこの数日間で、呪いの侵食スピードは上がっている。

 シアナが手を加えるまでの1ヶ月で2割程度だった侵食域も昨日で4割を超え、予め設定していたラインに迫っていた。


「なっ……なめるなよ!むしろこっちから催促するところだったんだ!

 さあ、さっさと始めてくれ!」

「そうですか。

 ならご要望通り、ここからは急ぎで取り掛かりますね」


 言葉を鵜呑みにして決定するシアナの笑顔に、アルノの表情が固まる。

 慌てて言葉を挟もうとするアルノの手を取り、にこやかに告げる。


「さぁ、元通りに戻れるように頑張りましょうね!」

「あ、いや、やっぱり——」


 自らの言葉を遮るように、アルノの悲鳴が室内に響き渡った。



———



 本格的な解呪が開始されてから連日、研究所地下にはアルノの悲鳴が響いていた。


「痛い痛いいたい!なんだこれは!?

 日を追うごとに痛くなっていくじゃああぁぁ!!」


 更に侵食スピードを上げた呪いに対し、シアナが選択したのは迅速な解呪であった。

 元々解呪経験のないシアナがとれる方針は限られていたが、その判断は早かった。


 予定よりもギアを上げて作業にかかっているため、それと比例して痛みも増す。

 しかしシアナとアルノの信頼関係は初めからあって無いようなものだったため、特に精神的な支障にはならなかった。


「やめてくれ!せめて身体は自由にさせてくれええ!!」


 途中で拳により集中力を切らされることへの対策として、作業中アルノは土魔術で手足を拘束されている。

 それにより身体をよじらせて痛みを逃すこともできなくなり、叫び声は大きくなった。

 しかしいくら声を上げたところで魔術の拘束は解けず、傍から見れば拷問のようにも見える光景が出来上がっている。


「あが……が……」

「……今日はこれで終了します。

 明日作業を開始してからは解呪完了まで通しで行います。

 もうひと息ですので、あと少しだけ頑張りましょう」


 アルノからの返事はないが、シアナは向けられる視線から意図は十分に読み取れた。

 ため息をつきながら叫びすぎて枯れた喉を治療する。


「——力を取り戻さん、治癒ヒーリング

 ここまで耐えられたのですから、最後まで耐え抜きましょうよ。

 私はあなたが助かるように手助けをするだけ……酷な言い方をしますが、あなたが生きる気力を保てなければ、ここまでの日々が全て無駄になりますからね」

「……っぐ、愚問だ。

 ここまできたのに諦めて……たまるか!」


 挑発的な言い回しに火がついたアルノの目を見ながら、シアナは薄く笑みを浮かべる。


「そのいきです。

 最後に意識を繋いでいられるのが私への敵意でも憎悪でも構いません。

 それが原因で解呪後に殴られたとしても甘んじて受け入れましょう。

 ただ解呪を成功させたい。私の目的は初めからそれですから」


 今後どのような展開が待とうとも、全て解呪が成功することが前提となっている。

 絶対に解呪を成功させると、シアナは改めて意思を固めた。


「それでは明日いつもの時間に。おやすみなさい」


 風魔術魔術巻物スクロールでアルノの拘束を破壊し、破片を部屋の隅に寄せて部屋を出る。

 すると待機していたダイターが深々と頭を下げてシアナの労をねぎらった。


「お疲れ様でございました、シアナ様」

「ダイターさんもいつもありがとうございます。

 でもいいんですか?他にもお仕事があるんじゃ……」


 シアナがここ数日の質問を提示すると、ダイターは一瞬キョトンとした後に笑った。


「ははは、今こうしているのも立派な仕事ですよ。

 それに、分けられるものは事前に割り振っていますので、政においても問題ありません」

「そうなんですね。生意気な質問でした」

「いえいえ、広い視野とお心を持たれるのは恥ずべきことではありません。

 是非ともそのままでいらっしゃってください」


 機嫌のいいダイターに続いて地上階への階段に向かう。

 その途中、ある部屋の前でシアナは足を止めた。


「本日も行かれますか?」

「はい。開錠お願いします」


 シアナは解呪作業と同じくして連日恒例となっている、地下設備の知人を訪問する。

 知人と言ってもそれはシアナからの一歩的な認識であり、相手との対面にはダイターに鍵を開けてもらわなければそれも叶わない。

 しかし護衛なしでも許可されるようになったのを考えれば、条件はかなり緩和されたとシアナ自身理解していたので異論を挟むことはなかった。


「アクスルさん、こんばんは」

「また来たのか……」


 部屋の奥から仏頂面で返答したのは対面初日から様子の変わらぬ呪族の偉丈夫。

 しかしその表情がデフォルトであり、不機嫌を表しているわけでないことをシアナはここ数日で理解していた。


「また来ますと言ったでしょう。

 そんなに嫌そうに言わずとも、あと数日で依頼を終えたらレアに戻りますよ」

「裏を返せばあと数日残っているってことだろうが……」


 アクスルは額に手を当てて天を仰ぎため息をつく。

 息を吐ききって気持ちを切り替えたアクスルはベッド脇からシアナに向けて椅子を滑らせた。


「ありがとうございます」


 シアナが礼を告げると、アクスルの方から切り出す。


「それで、今日は何が聞きたいんだ」

「アクスルさんについてはこの数日で色々と聞きましたので……今日は他の呪族の方々について教えていただきたいです。

 アクスルさんの他にはどんな呪いを持つ呪族がいるのか、その人達の特徴、あとは……何故目撃情報は各地に存在するのに、そのどれもが単独なのか。

 考えれば考えるほど溢れてきますね……!」


 指折り数えながら質問を羅列するシアナの顔には妖しい笑みがあったが、本人にその自覚はなく、アクスルも指摘しなかった。


「興奮してるところ悪いが、それは知らん」

「……えっ?」


 その代わりに告げられた答えに、シアナの笑みは一瞬で失われる。

 衝撃によって、自分が間の抜けた声を出したことにシアナは気付いていなかった。


「し、知らないとはどういう……?」

「言葉のとおりだ。オレはオレ以外の呪族には1人しか会ったことがない」

「えーっと……それはつまり、アクスルさんはお母様と二人で過ごされていたので他の呪族の方との交流がなかったということですか?」

「違う!」


 シアナの質問にアクスルは拳をベッドに叩きつける。

 初めて見せた感情的な反応に、シアナは何か訳アリと判断する。


「では、今日はそのことについて話していただいてもいいですか?」

「……あぁ」


 拳から力を抜いたアクスルは、開いた手のひらへ視線を落としながら口を開いた。


「そもそも俺は呪族じゃなかった。

 こんなクソったれな身体になるまで、普通の鉱石族ドワーフだったんだ」


 あまりに突飛な告白に、シアナは思考域に宇宙が広がるのを感じた。


 鉱石族は筋肉の発達した種族だが、同時に一様に低身長という種族でもある。

 しかし目の前にいるアクスルの身長はゆうに2メートルを越えようかという巨躯。

 とても信じられるものではない。


 しかしアクスルを視たシアナは、彼が嘘をついていないことが分かっていた。

 ならばと理解できないことを考えることから経緯を聞く方へと思考を切り替える。


「あれはもう60年も前になるか……オレが冒険者として依頼を請け、魔獣狩りをしていた時だった。

 手強い個体を討ち、依頼達成数まであと数体となったところで突然、体の中に得体の知れないものが入ってくるのを感じた」


 語ると同時に当時の感情を思い出しているのか、アクスルの手が震えだす。


「それが何なのかは分からなかったが、オレは痛みと痺れを堪えながら源を探して辺りを探索した。

 そこで手負いの男を見つけた時に直感で理解した。

 こいつがオレに何かしやがったんだってな」


 そこで感情が再沸騰したのか、アクスルはベッド脇に置いてある水を一気に飲み干し、そのまま水差しを握力で粉砕する。

 数秒間かけてクールダウンさせると、破片はそのままに言葉を続けた。


「オレに何をしたのか問うと奴はただ一言、呪いを掛けたと答えた。

 依頼での疲れに加え、呪いによる痛みと痺れで冷静さを欠いていたオレはその言葉に激昂し奴に襲いかかった。

 冷静さを取り戻した時には辺り一面が血に染まり、散らばった肉片は魔獣と奴どちらのものなのか分からなくなっていた」


 アクスルはそこで言葉を切り、風属性魔術で水差しの破片を部屋の隅に追いやる。

 発光石に淡く照らされたその顔には疲労感が見られる。


「大丈夫ですか?」

「あぁ……当時は呪われた時の対処法として、術者が近くにいれば解かせるか殺せと言われていたのもあってその行動に迷いはなかった。

 種族柄呪いどころか魔術に関して知識が豊富とは言えなかったからな。

 ただ、あの時ばかりはそれが間違いだったんだが……」


 アクスルはシアナを見つめると、その目線と平行になるように手を翳した。


「当時のオレの身長は種族的には高い方だったが、それでも今のお前くらいだった。

 だが、呪族の男を殺した後のオレの身体は変わり……今のこの身体になっていた」


 今のシアナの身長が140センチ弱。

 鉱石族としてはそれでもかなり高身長の部類だが、今のアクスルとは結びつかない。

 筋肉量は元が鉱石族ということから除外するとしても、記憶の飛んだ短時間でそこまで肉体に変化を起こすのは、一般的な魔術でも該当するものがない。


「……おい、なんだその嬉しそうな顔は」

「……え?」


 少し咎めるようなアクスルの声色に、シアナは自らの顔に手を当てる。

 彼女の表情筋は無意識のうちに笑顔を形作っていた。


「す、すみません。未知のものに対するとつい嬉しくなってしまって……治そうとはしているんですが、気が緩むとどうにも」

「……ならいいが……もしオレに対する嘲りだったら殴っていたぞ」

「気をつけます」


 頬を揉み叩いて表情を戻し、シアナは話を要約する。


「つまりアクスルさんは元鉱石族で、ある日自分を呪った相手を殺したらそれが偶然にも呪族だったため、おそらくその影響で呪族に変質してしまった。

 だから他の呪族には会ったことがなく、どんな人達がいるのかも分からない……これで合ってますか?」

「あぁ、そんな感じだ」

「詳細は分かりませんんが、身体を変質させたのも呪族の呪いと考えてよさそうですね。

 自身を殺した相手を自身と同じにする、みたいな。

 となると呪族は発生した当時から総数が変わっていない可能性がありますね……」


 考え始めたシアナを見て、アクスルがうんざりしたように言葉を挟む。


「まだ何か話させるつもりか?

 昔を思い出して気分が悪いんだが」

「あぁ、すみません。

 では最後にいつもの質問をして終わりにしましょう」


 アクスルの様子が思考から抜け落ちていたことを詫び、シアナは言葉を放つ。


「今ここであなたが話したことは、全て事実ですか?」

「あぁ、事実だ」


 シアナは新たな謎を得られた充実感に満たされながら魔眼を閉じる。

 解呪からずっと開かれていたそれが閉じ、元の瞳の色に戻るのを見ながら、アクスルから質問が返る。


「毎回最後に同じことを訊いてるが、何の意味があるんだ?」


 その質問に対し、シアナは軽く笑いかけながら回答する。


「良い関係を保つための形式的なもので、特に深い意味はありません。

 次に来るのは解呪が終わってからになりますので、多分それが最後になります。

 いい知らせを持って来ますので、待っていてくださいね」


 ダイターに合図を送り、扉を開けられるのを待つ間、アクスルは黙っていた。


「それじゃあ、おやすみなさい」


 しかし、部屋を出て扉が閉まる直前、開閉音に紛れるような大きさの言葉がシアナの耳に届いた。


「……頑張れよ」


 シアナはその声にどことなく寂しさを帯びているように感じたが、アクスルのイメージと合わないため、自分で都合よく解釈してしまったのだろうと判断し地上階に戻っていった。



—備忘録 追記項目—

・鉱石族

 人と鉱石の関わりをルーツとして誕生した種族。

 浅黒い肌と低身長、発達した筋肉といった身体的特徴を持つ。

 強度の象徴である鉱石の影響で筋肉量以上の強靭な肉体を持つ。

 魔力に対する感受性は鋭敏ではあるが魔力操作は得意ではない者が多く、戦闘では近接戦闘を好む。

 鉱石魔術と呼ばれる種族固有の魔術が存在する。

・呪族

 出自不明の魔族。

 この世界が創造された初期には存在していなかった種族の1つ。

 残された目撃情報に統一性がないため、他種族と見分けるための特徴が確立されていない。

 好戦的な面は確認されていないが総じて戦闘能力が高く、全種族中最強と言われている。

 身体に呪いを宿しており、条件を満たした対象に必中の呪いを掛ける。

 呪族の呪いは強力で死に至る場合も多く、条件も知られていないため他種族から忌み嫌われている。

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