第35話 被害者を知る
地下から地上階へ戻ると既に日は沈み、窓の外には闇夜が広がっていた。
しかしそれはシアナの心境も同様に、不可解の闇が帳を下ろしていた。
「それでは使いの者を向かわせますので、それまでお部屋でお待ちください」
「ありがとうございます、ダイター様」
「いえ、これはわたしの仕事ですので。
それとシアナ様。申し忘れていましたが、今のわたしは依頼を請けていただいた立場……あなたよりも下になります。
敬称は無くて結構、どうぞ気楽にダイターとお呼びください」
シアナは数秒考えた後、軽く頷いて応える。
「分かりました。では……これからもよろしくお願いします、ダイターさん」
ダイターは一瞬驚いたような表情を見せたが、何も言わずに一礼してその場を離れた。
それを見送ったシアナは部屋に入るとドアを閉め、ベッドで眠るリッサの世場へ寄る。
「必要ないからってすっぱり取れるほど、敬意を持ってないわけじゃないんだよね」
呟きながらベッドに腰掛け、リッサのあどけない寝顔を眺める。
シアナが危惧したとおり、やはり相当な体力を消耗していたのか、軽く頬を突いた程度では起きる気配がない。
「仕方ないよ、まだ11歳だもんね」
今の自分がそれよりも年下なのを棚に上げ、慈しみを込めてリッサの髪を撫でる。
普段も少なからず気を張っているのか、寝ながら浮かべる笑顔の自然さは新鮮なものだった。
「やめて……そんな所に置かないで……」
「どんな夢見てるんだか……」
暫く髪を撫でていると、徐々に沈んでいた気持ちが持ち直していく。
根本的な原因である不可解は解決していないが、それでも幾分かましになったのを感じた。
「明日からはまたギュンターにしごき倒されるもんね……今はぎりぎりまで寝かせてあげないと」
シアナは手を止めて離れようとするが、それを感じ取ったのか、眠ったままのリッサに手を掴まれる。
そのまま手を胸に抱えこまれ、苦笑しながらリッサと向かい合うようベッドに寝転ぶ。
用意されていた部屋は一人部屋ながらもダブルベッドであったため、子供2人が寝転んでもまだベッドに余裕があった。
「もうちょっとだけお休み、リッサ」
最後にそう囁くと、シアナの表情が真面目なものになり、今日の成果を振り返る。
シアナはアクスルに続き、被害者である人族の男性アルノに話を聞いた。
茶髪に黄土色の瞳を持ったこの男性は呪いによって満足に身体を動かせなくなっていたため、ベッドに寝た状態での聞き取りになった。
「いやぁ、参ったよ。
まさかあんな所で悪名高い呪族に遭遇して、まさか呪われちゃうなんてね」
終始自分が被害者であるという態度を一切崩さず、軽い口調でアルノは語った。
それをまとめると、以下のようになる。
アルノと彼が殺した女性は幼馴染であり、子供の頃には結婚を約束した仲であった。
ある日、暮らしていた村の近くに小規模の迷宮が発生したと聞き、二人で見に行った時に魔獣に襲われた。
近くにいた冒険者の若者に助けられたのがきっかけとなり、幼馴染はその若者と付き合い始め、やがて結婚に至る。
たった一度の出来事で関係が変わって——否、友人から変化しようのない関係になってしまったことを後悔し、同時に生まれた嫉妬はそこから15年の間に憎悪へと変換されていった。
「なにが”彼女が俺を捨てたのが悪い”よ。
自分が踏み出せない一歩を先取られたからって、逆恨みも甚だしいでしょ……」
正常な判断ができなくなったアルノは、決して褒められたものではない手段を用いて彼女を自分のものにしようと企む。
そして事件の当日、夫が仕事で家を空けたのを見計らって街に移動した二人の新居へ押し入った。
抵抗されたため予定通り街の外へ逃げるように誘導し、追い詰めたところでアクスルと遭遇する。
アルノ達に向かって襲いかかってきたアクスルを迎撃しようとした際、誤って幼馴染に武器が当たってしまい、それが原因で死なせてしまった。
「そして女性が息絶えると同時に呪われた……と」
中立的な視点に置き換えてまとめたにも関わらず、それでもなお拭いきれない自己中心的で身勝手な思考や振る舞いが目立つ供述だった。
中でも女性を殺したくだりに関する部分では、アクスルから聞いたものと食い違う点が複数あり、どちらかが嘘をついているのは明白だった。
「自己中心的に語る被害者と他種族から忌避されている加害者……どちらを信用するのが普通なのかな。
エルザが助けたいけど自分ではやりたくないって言ってた意味がよく分かった気がする。私も正直嫌だもん」
シアナが呟くと同時に部屋のドアがノックされ、夕食の席を確保したと告げられる。
すぐ向かうと返し、僅かな罪悪感を覚えながらリッサを起こしにかかる。
「リッサ、起きて。夕食だよ」
「うーん、もう食べれない……」
「今から食べるのにそんなわけないでしょ」
「お腹いっぱい……」
眠りが深いのか浅いのか、リッサは寝言のようにシアナの言葉に反応を見せる。
言葉に反応するようにピクピクと動くリッサの耳を観察しながら、シアナは悪戯な笑みを浮かべる。
「そろそろ起きて。さもないと……」
耳元で囁いても起きないことを確認し、長耳族特有の尖った耳へ向けて、シアナはそっと息を吹きかけた。
息が耳珠に触れ、そこから全身へ震えが伝播すると同時に、リッサは声にならない悲鳴を上げながら飛び起きた。
「うわっ、びっくりした!」
リッサはそのままシアナから逃れるようにベッドの反対側へと転げ落ちる。
予想以上に過剰な反応に思わず小さく吹き出すと、下から耳の先まで夕陽よりも朱に染まったリッサの顔が覗いた。
「ねぇぇ……普通に起こしてよ……」
「普通にやって起きなかったからだよ。
ギュンターとダイターさん待たせちゃってるから早く行こう」
「うん、分かった……はぁ~っ、お腹空いた」
「夢で満腹になるまで食べてたのに?」
シアナのからかう一言に、落ち着きを取り戻していたリッサの顔が再び熱される。
「えっ、ちょ……待って、ワタシ何か変なこと言ってた!?」
「んー、どうだろうね?覚えてないや」
「誤魔化さないでよ!」
リッサの質問を適当にいなしながら案内を受け、二人は食堂に向かう。
中では既に職員達が食事を始めており、シアナ達にも一瞬視線が向けられるが、すぐにそれは外される。
「あれ、何も言われないね?」
「家族ごと住み込みで働いてる人もいるって言ってたし、子供自体は珍しくないのかもしれないね」
シアナの言葉通り、近くを通れば視線は向けられるものの、特に絡まれることもなくギュンター達の座る席に辿り着く。
「遅いぞ」
「ごめん」
形だけの叱責に形だけの謝罪を済ませ、シアナはリッサと隣合って座る。
座ってすぐに、プレート型の食器に盛りつけられた料理が運ばれて来た。
「ここでは最初の盛り付けは全員共通、おかわりをされる場合はあちらの配膳口前に用意されている分を好きなように盛り付けて食べられます。
皆様の分を別に用意するようかけ合ったのですが、あえなく責任者に突っぱねられてしまいまして……」
お恥ずかしいと言いながらダイターは嘴を掻くが、口に運んだ料理はどれも十分な満足度を得られるものだった。
「お気になさらず。この味付けはすごく私好みです」
「ワタシも!すごく美味しいです!」
「……悪くはない」
「そう言っていただけると気が楽になります」
そのまま和やかな雰囲気で食事が進み、箸が止まり始めたところでシアナが話題を投下する。
「今回の呪いですが、具体的にどのようなものか分かっていますか?」
「最大で1年ほどかけて身体が内部から破壊されていき、最終的には死に至る呪いです。
呪族本人から聞いたものと症状が一致するため、信憑性は高いと思われます」
「呪いに掛かってからはどれくらい経っていますか?」
「おおよそひと月程度になります」
ダイターの答えに、シアナは小さく唸りながら考える。
「どうかされましたか?」
「いえ、先程お話をした時にアルノさんの
「まさか……1年ではなくもっと短期間で死に至る呪いなのでしょうか?」
怒りの形相で立ち上がりかけたダイターを制したのは、意外にもギュンターだった。
「呪いは外部から干渉を受けると侵食速度が上がる。
レアへ依頼を持ち込む前に何もしなかったか?」
ギュンターの言葉にダイターはハッとした様子を見せる。
「そういえば、痛みを和らげようと研究員達が施術していました。
結果は失敗に終わりましたが、もしかしてそれが……?」
「その可能性はあると思います。
明日以降は私以外が干渉しないようにしてもらえますか?」
「すぐに手配いたします」
続いてシアナはギュンターがどうするのかを確認したが、予想通り呪族のように特殊な呪いへの対処はできないと言うため、シアナが独りで解呪に挑むこととなった。
「ちょっとでも助力を期待してた私が馬鹿だったよ……」
「そうだな」
「そこは嘘でもお前ならできる、とか言うところじゃない?」
「はっ」
鼻で笑い飛ばすギュンターの態度にシアナは少しイラッとするが、水を飲んで心を落ち着かせる。
「シアならできるよ。
ワタシ、ずっと応援してるから!」
「エルザ様からの課題を解決させたのですから、自信をもってよいと思いますよ。
職員共々全力で協力いたしますので、どうかご存分に」
「ありがとうございます、二人とも。
それではさっそくお願いしたいことがあるのですが、いいでしょうか?」
「はい、何なりとお申し付けください」
意欲的に返事をするダイターを頼もしく思いながら、シアナは最初の願いを告げる。
その内容にブワッと膨らんでいた羽根が拍子抜けしたように萎んだのを見て、シアナは思わず吹き出しそうになった。
—備忘録 追記項目—
・証言の食い違い
複数人の証言者がいる場合に起こる現象。
証言内容に差異が生じ、どちらの証言が正しいのか判明するまで事実が不明瞭となる。
証言する者が都合の悪い事実を隠蔽する場合に起こる事が多い。
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