第28話 依頼を知る

 パク・ハジュン。

 ヘストを担当する元韓国人の観測者。


「ははは!ダイターよ、相変わらず苦労しているようだな!」

「あの方は型にはまらないのが美点ですので、ははは……」


 若干辟易気味なダイターに対してバンバンと力強いスキンシップで接するパク。

 シアナはこの観測者に対し、以前レフから聞いていたよりも”良い人”の印象を受けた。


「そ、それよりも……先程は誤解を解いていただき、ありがとうございました」

「あれぐらい礼には及ばない!

 君達は何も悪くないのだから、むしろ短時間でも拘束してしまったことを謝罪すべきだ!

 ただまあ、今回はエルザからの連絡が遅れたのにも原因があるので、お互い言いっこなしで手打ちといったところだな!」


 パクの大声は不自然にならないよう距離を取っているシアナの鼓膜も十分に震わせる。

 日常生活において不必要な声量だが、依然として怒りの感情や威圧感は感じなかった。

 シアナは前世で得た知識から、パクの大声がクセによるものだと結論付けた。


「それにしても、TPOは考慮してほしいけどね……」


 シアナの呟きはパクの声に掻き消された筈だった。

 実際、反応して口を止めたパク以外の二人には聞き取れた様子はない。

 にも関わらず、パクはシアナが言葉を発したのと同じタイミングで反応を示した。


「あぁ、ご紹介が遅れました。

 こちらは今回エルザ様の代理として、依頼を受諾してくださったシアナ様です。

 なんでもエルザ様と、こちらのギュンター様が手塩にかけて育てられた逸材だとか」


 パクの行動に対し、ダイターが先んじてシアナを紹介した。

 シアナもそれに乗るべく、一般式の礼をしながら挨拶をする。


「初めまして。シアナ・ウォーベルと申します。

 どうぞお見知りおきください」


 言い終えてもなお注がれる視線に、シアナは居心地の悪さを感じる。

 パクの気を逸らせようと、隣のギュンターを改めて紹介しようと上げた腕を掴まれる。


「なんという無茶を……!」


 シアナは腕を掴むパクの手がわなないているのに気付いた。

 しかし予想に反し、控えめな声量——それでも通常の会話程度の声量ではあったが——で呟かれた声からは、怒りではなく悲しみや哀れみを感じ取った。


「君は辛くなかったのか!?」

「え?な、何がですか?」


 両肩を掴まれ、強制的に向き合わされたシアナと向き合うパクの左眼には魔眼が開かれているのが見えた。


「その魔力総量と普通ではない魔力の質……魔獣の血で無理矢理に増やしたのだろう!?

 何故身体の成長を待たずにそんな無茶をしたんだ!」

「……はい?」


 シアナにはパクの言っている言葉の意図が読み取れなかった。


 魔獣の血を飲むと魔力総量が増加するのは、正規ではないが根拠のある手法である。

 通常の生物よりも高濃度の魔素が溶け込んでいる血を摂取することで、血が変質する等のリスクと引き換えに魔力総量を増加させられる。


 が試す、ドーピングのようなものである。


「申し訳ありませんが、何か勘違いされていいませんか?」

「はっ?」


 パクが「何を言っているのだこいつは」という目でシアナを見下ろす。

 普段であればやんわりと受け流していたシアナだったが、初対面で不正を疑われるのに対して心中穏やかでなかった。


他の人よりも多いのは事実ですが、そのような手段は利用していません」

「神に誓えるか?」

「必要ならば誓いましょう」


 シアナは一度言葉を切り、身振りでパクに屈むよう要請する。

 訝しげに従うその耳元に顔を近付け、他の二人に聞こえない声量で耳打ちする。


『もっとも、あなた達観測者に比べれば私の魔力総量は常識の範疇だと思いますが』

「君は……?!」


 英語で囁かれたその内容に、パクは驚きを示しながら顔を離す。


「パク様、いかがされましたか?」


 突然のけ反るようにシアナから離れたパクの反応に、ダイターが心配の声をかける。

 その言葉にハッとすると、パクは咳払いをして気を取り直した。


「いや、何でもない。

 彼女がエルザ以外の観測者とも親交があると言うので少し驚いてしまっただけだ。

 とても誇らしいことだが、無暗に言いふらしてはいけないぞ。

 どこで嫉妬心を買ってしまうのか分からないのだからな」

「はい。申し訳ありませんでした」


 パクの誤魔化しにシアナは何食わぬ顔で口を合わせる。


「ようこそヘストへ。

 依頼ということならば目的はオケノス行きの船便だろう?

 次の便まで3、4日ある。ゆっくりしていくといい」

「お気遣いありがとうございます。

 お言葉に甘えて堪能させていただきます」


 礼を告げるダイターに倣って頭を下げ、シアナ達は工房を後にした。

 宿を探す道すがら、シアナはギュンターに声をかける。


「さっき全然喋らなかったけど、どうかしたの?」

「観測者は嫌いだ」

「あぁ、そう……話すこと無かったのね……」


 詳細を省きすぎた回答にも関わらず、シアナはその意味を完全に理解した。

 言葉は足りずとも、これまでの経験と彼の目がそれを可能にした。


「目は口ほどにものを言うとはよく言ったものだよね……」


 昔の人々の聡慧さを称賛しながら、シアナは密かにため息をついた。



———



 宿に到着し部屋を取って別れ、荷物を置いた後、シアナはダイターの部屋を訪ねた。

 部屋割はシアナとギュンター、ダイターでそれぞれ1部屋ずつである。


「シアナ様、訊きたいことがあるとのお話でしたが……」

「はい。先程は騒動に巻き込まれて聞きそびれてしまいましたので、改めて今回の依頼について詳細を伺いたいと思いまして」


 シアナの言葉に納得の表情を見せたダイターは、背筋を伸ばして説明を始めた。


「実は今回の呪いは通常の呪いとはひと味違ったものなのです。

 シアナ様は呪族をご存じでしょうか?」

「呪族……!?」


 思わぬ単語にシアナは自分の声に興奮が含まれているのが分かった。


 この世界に存在する種族は、全てがレフによって創られたものではない。

 時間経過とともに種族間の交流等によって新たに生まれた種族が数多く存在する。

 呪族は後から発生した種族の中でも、最も謎の多い種族である。


「ど、どうかされましたか?」

「いえ、少し驚いただけです。続けてください」


 シアナを心配するような目を向けながら、ダイターが再び話を進める。


「少し前に住民が呪族の襲撃を受けまして、その時に受けた呪いの解呪を依頼させていただいたのです」

「その方はよく生き残れましたね」

「えぇ、同感です。

 不幸中の幸い、と言ってよいのかはまだ分かりませんが……」


 ダイターが沈痛な面持ちで床に視線を落とす。


 呪族は観測者を除けば全種族中で最も優れた戦闘能力を有しているとされている。

 それを裏付けるように、数少ない目撃例を残したのは奇跡的に一命をとりとめた者のみであり、現場には毎度おびただしい数の屍が生成されていた。

 加えてその生存者も受けた呪いによって命を落とすケースが多く、今残されている情報は観測者が治療に間に合った、最後の幸運に恵まれた被害者から得られたものである。


「なるほど……それは確かに事前準備なしじゃできないよね」


 エルザーツにかけられた呪いによって動かせない腕に視線を向けながらシアナがひとりごつ。


「そういえばまだ伺っていませんでしたが、シアナ様の解呪の実績はいかほどなのでしょうか?」


 ダイターの何気ない質問に、シアナの汗腺が一斉に働き始める。

 助けを求めるようにギュンターへアイコンタクトを送るも、目が合った瞬間に顔ごと逸らされて失敗に終わる。


「……いです」

「はいっ?申し訳ありませんが、もう一度お願いしてもよろしいですか?」


 シアナは口内から胃袋までの水分が全て蒸発するような錯覚に襲われる。

 視界も歪み、回り始める。

 しかし、ここで逃げるのは誠実ではないと腹をくくり、椅子の上で居住まいを正してダイターの目を見据えた。


「申し訳ありませんダイター様。

 私はエルザ様に代理として任命されましたが、解呪の経験は一切ありません。

 今回が初になります」


 ダイターの手からティーカップが落ちた。

 床と衝突し割れたカップから紅茶がこぼれ、床に広がっていく。

 落胆を表すような行為にシアナは申し訳なさでいっぱいになりながら頭を下げる。


「今まで黙っていて申し訳ありませんでした」


 長い沈黙が流れた。

 数分だったかもしれないが、シアナにはそれが数十分にも感じられた。


「頭を上げろ」


 言葉と同時に襟首を引き上げられ、シアナは上体を起こす。

 シアナが見上げると、それまで無言を貫いていたギュンターがダイターに向けて口を開いた。


「何を早合点しているのかはだいたい分かるが、エルザ様を馬鹿にするなよ」

「い、いえ、そんなつもりは……!」


 慌てて否定するダイターの肩を抑えつけ、ギュンターは言葉を続ける。


「エルザ様は仰っていた。

 こいつは解呪に必要な素質を持つに足り得ると。

 つまり、可能性は十分にあるということだ」


 ダイターが落胆からハッとした表情に変わる。


「可能性を示した上で依頼前に解決する課題を与えた。

 それが意味するのがどういったことか分からないほど阿呆ではないだろうな」


 最後の言葉はダイターだけでなく自分にも向けられたものだとシアナは理解した。

 レアで代理として指名されてからこれまでの記憶を振り返りながら立ち上がる。


「ごめん、ギュンター。弱気になってた。

 ダイター様も……不安を煽るようなことを言ってしまい、申し訳ありませんでした。

 私なりにできることを精一杯やらせていただきますので、どうか信じていただけないでしょうか?」


 ダイターが答えを返したのはわずか数秒後のことだった。

 しかしシアナには、その数秒が直前の沈黙よりも長い時間に感じられた。


「こちらこそ、疑るようなことを申し上げてしまいました。

 お願いされるまでもなく、是非ともよろしくお願いいたします」


 内心固い握手を交わしながらシアナはダイターと目を合わせて告げる。


「全身全霊で取り組みます」

「はい、期待させていただきます」


 言葉とともに意識が目的に集中する。

 シアナは、ここで初めて本当の意味で解呪依頼に向けての一歩を踏み出せた気がした。



—備忘録 追記項目—

・パク・ハジュン

 鍛冶国ヘスト担当の観測者。

 元韓国人の男性。

 黒髪にダークブラウンの目。

 人の良い顔つきをしており、少々恰幅のある腹部周りが特徴。

 右眼の魔眼は不明、左に魔視の魔眼を所持。

 声が大きい。

・鍛冶国ヘスト

 六大国の1つ。

 中央大陸南西部に位置する。

 周囲を鉱山と海に囲まれており、鍛冶業が盛ん。

 人族と鉱石族ドワーフを中心として多種多様な種族が生活している。

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