第27話 尊来を知る
ペースを気遣わずに朝食を口へ押し込まれ、フォアグラになるガチョウの気分を味わったシアナは、ダイターと共にギュンターの後に続いて行く。
城から出ると、正門前には何故か若干怒り気味のエルザーツが待っていた。
「遅いぞ」
「申し訳ありません」
「転移陣は観測者にしか使えない取り決めになってんだ。
お前らを送らないとあたしが出れないだろ」
理不尽な物言いだったが、その短いやり取りからシアナの中で一つの疑問が解決した。
「もしかして途中のヘストまでしか転移陣で移動できないのもその取り決めが関係しているんですか?」
「そうだ。転移陣は観測者のいない国には繋げない。
だから観測者不在のオケノスには転移陣を繋げられない」
エルザの回答にシアナは一瞬悪い可能性を思慮した。
しかしそれを口にする前にエルザーツから補足される。
「オケノスの観測者のダニエルは放浪癖がある。最低限の催事以外は国外に出ているくらいのな。
一応の連絡手段はあるが、基本繋がらないから今回のように依頼が持ち込まれることがある」
エルザーツの言葉にシアナが隣のダイターを見ると目が合う。
苦笑を浮かべながら頷く様子からオケノスの事情をおおまかに察したシアナは目礼で敬意を示した。
「早く行くぞ」
言うなりエルザーツは土属性魔術で正門の隣の地面に地下への階段を作り出した。
4年間、空き時間を見ては探していた転移陣への予想外な経路にショックを受けながら、ギュンターに遅れないよう後に続く。
「地下でも意外と明るいんですね」
「照明代わりに発光石を埋め込んであるからな。
魔素に反応して光るあれはレアの土地にぴったりだ」
軽口を交わしながら5分ほど階段を下りていくと、やがて開けた空間に出る。
そこには直径10メートルほどの魔術陣が地面に描かれていた。
「綺麗……」
感嘆のため息とともに漏れたシアナの感想を、エルザーツは微笑しながら受け止める。
「これを見てそんな感想を口にしたのはお前が初めてだ。
そんな陳腐な表現しか出てこないのか?」
「本当に感動した時には詳細な感想なんて出てきませんよ。
溢れた感情は言葉でなく行動に現れるものですから」
「……なるほどな。一理あるかもしれん」
エルザーツは再度小さく笑うと、転移陣に入るよう指示する。
シアナ達が転移陣内に入ると、ギュンターに小袋を投げ渡しながら告げる。
「依頼が終わったら連絡をよこせ」
ギュンターが頷くのを確認し、エルザーツは転移陣を起動させようとする。
魔力を流すための石板に触れる直前、シアナが言葉を割り込ませた。
「エルザ様、何故こんなまわりくどい方法をとってまでこの依頼に応えようとしたのですか?
あなたのことですから、他の観測者のためというわけでもないでしょう」
実際エルザーツは、これまでシアナが確認しているだけでも100を超える他国からの依頼や要請を拒否している。
シアナの見識では、それらと今回の依頼に差があるようには思えなかった。
わざわざ代理を立ててまで応えようとするのは、シアナにとって異常とも受け取れる行動であった。
「そんなに気になることか?」
「依頼が手につかなくなる程度には」
シアナの返答にエルザーツは大きなため息で反応した。
そして鎖骨の下辺りを指し、僅かに哀愁漂う表情を浮かべながら答える。
「単純な話だ。
あたし自身呪いを負っている身だからな。
似たような境遇におかれている奴を放っておけない。ただそれだけだ」
シアナはレアに来た日の記憶を思い返した。
あの日浴場で見た、エルザーツの胸元に刻まれていた刺青。
あれはお洒落などではなく、エルザーツに掛けられた呪いの印だったのだと。
「……やはりエルザ様が直接向かわれた方が良いのでは?
ほら、こんな腕では日常生活もままなりませんし、それでギュンターに手間を掛けさせるのは忍びないといいますか……」
シアナの最後のあがきにエルザーツは馬鹿を見るような目を向ける。
無駄なことを自覚して発言したが故に、言葉のないその罵倒はシアナに深く刺さった。
「やることがあるって言ってるだろうが。
もし嫌な理由に恥ずかしさがあるなら、向こうで世話係の奴隷でも買え。
それに今回の被害者は見捨てられないが、あたしが手ずから助ける気にもなれん」
「それってどういう意——」
「もう行け」
シアナの追及に先んじて転移陣が起動される。
転移陣の周囲の空間が歪んだように見えた次の瞬間には光の無い闇に包まれ、数秒後今度は眩いほどの白い光に包まれる。
「わっ、何?」
「落ち着け。すぐに治まる」
ギュンターの言葉通り、10秒も経たずに光は治まっていった。
周囲を見回すと、ランプで灯りが確保されたどこかの部屋が視界に映る。
「ふぅ……」
ひとまず転移が失敗したわけではないと安堵し胸を撫で下ろす。
「外に出て船の便を調べるぞ。
俺の仕事はエルザ様の補佐であってお前の子守りじゃない。
いつまでも俺の手を煩わせず、さっさと済ませろ」
「私もそのつもり。
いつまでも異性に身の回りの世話をされるなんて恥ずかしさで死んじゃいそうだもの」
ギュンターはふんと鼻を鳴らして出入口らしきドアへ向かう。
ダイターと共にその後ろに続きながら、シアナは問いかける。
「ダイター様、そういえばまだ依頼の内容を詳しく聞いていなかったのですが、今回依頼されたのはどのような呪いなのですか?」
「あぁ、それは——」
ダイターが説明しようとしたその時、先にドアを開けたギュンターが身を翻した。
意識を引かれたシアナがどうしたのかと問う前に、ギュンターではない男性の呻き声が耳に届く。
「走れ」
短い指示に、質問よりも先に身体が動き部屋から飛び出す。
視界の端の地面にちらりと映った人影に状況を悟ったシアナは頭を抱えたくなったが、呪いを思い出し寸前で耐える。
「……何やってんの!?」
ギュンターを責めるのと、背後で笛の音が響くのは同時だった。
誰が鳴らしたのか確認するまでもなく、あらゆる方向から足音と気配が近付いて来るのをシアナは感じ取った。
避けようにも隠れられる場所など存在せず、あっという間に兵士達に包囲される。
「手を上げて武装解除し、投降しろ!」
ギュンターは指示に従い武器とバッグを地面に下ろす。
更なる武力行使に発展しないことに安堵していると、シアナは兵士の1人に組み伏せられる。
「手を上げろと言っているだろう!」
「うっ……すみません、事情があって腕が上がらないんです」
「そんな言い訳が通用するか!さっさと来い!」
説明虚しく力づくで立ち上がらされたシアナは、同じく拘束されたギュンター達と共に連行されていった。
———
拘束されたシアナ達が連行されたのは法廷ではなく、工房だった。
「犯罪者を処刑する凶器を見繕いでもするの?」
シアナは小声で呟いたブラックジョークに反応して睨む視線に気付かないふりをした。
壁に並び立ち何かを待っている様子の兵士達に声をかけるわけにもいかず、沈黙の時間だけが流れていく。
そのまま10分ほどが経過し、ギュンターから苛立ちの気配を感じ始めた時、工房の奥から1人の男性が姿を現した。
身長160センチほどの中年と思しき見た目年齢。
身長とのバランスを考えると少々恰幅が良過ぎる腹回りを隠すこともなく、薄手の作業服は汗で濡れている。
頭に巻いたタオルから覗く髪は黒く、短い。
柔和な印象を受ける顔立ちはそこまで彫りが深くない。
印象を決定付ける垂れ気味な目の色はダークブラウン。
「もうここまで来ていたのか!手間が省けた!」
鼓膜を大きく震わす声量にシアナは面食らうが、不思議と怒りを感じなかった。
「ただ単純に声が大きいだけ……?」
周りを見回すとシアナ以外の全員が平然としていることからも推論が正しいと分かる。
兵士の1人が前に進み出て口を開く。
「パク様、これらは転移陣を利用し我が国へ不法侵入を企てた犯罪者達でございます。
如何様に処分いたしましょうか」
「処分?そんなことをする必要はない!
つい今しがた連絡も受けた!すぐに拘束を解いて持ち場に戻るのだ!」
「……はっ!」
わずかに逡巡はあったものの、パクと呼ばれた男性の鶴のひと声で兵士達はすぐさまシアナ達を解放し、工房から出て行った。
残された工房の中で最初に動いたのはパクだった。
「手荒な真似をしてすまなかった。
エルザから連絡が入ったのが本当につい今しがたでね。
しかも事後報告ときたものだから困ったよ!ははは!」
話し声よりも更に声量の増した笑い声に脳が揺さぶられる錯覚を覚えながら聞いていたシアナは、どうにか質問を返す。
「エルザ様をそんな風に呼ぶということは、まさかあなたが……」
シアナの言葉に笑顔で頷いたパクは改めて自己紹介する。
「初めまして。僕はパク・ハジュン。
ここ鍛冶国ヘストを担当している観測者だ。よろしく頼むよ」
カミナシともエルザーツとも違う、今までで最もこの世界に馴染んでいる元地球人の観測者に、シアナは内心で脱帽した。
—備忘録 追記項目—
・ダイター・ウィヒル
鷲の頭を持つ獣人族の男性。
オケノスから使者としてレアにやって来た外交官。
物腰は柔らかく、常に下手に出て相手と接するが、仕事に関する事では引かない強さを持つ。
・呪い
呪いは魔術的に作られたものと自然発生した特異性のものに分けられる。
両者共に解呪可能だが、特異性のものは魔術的なそれに比べて難易度が段違いに上がり、解呪失敗時のリスクも大きい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます