第26話 代理を知る

 城を出た時には真上に近かった太陽も、事を終える頃には山の稜線に隠れていた。

 その岐路にて、馬の歩調に合わせて揺られながら、シアナは両手に視線を落とす。


「何をニヤついている、気持ち悪い」


 夜目の利くギュンターから冷ややかな声がかけられる。

 地下牢監禁エルザーツからの課題を経て成長した実感を噛みしめていたシアナは、さして機嫌を損ねるずに返答する。


「地下牢で確実に成長できた実感があったから嬉しくって。

 それよりも、迷宮決壊ブレイクアウトってそんな急に起こるものじゃないでしょ。

 ましてや迷宮の取り合いになるような攻略速度のレアでなんて……何があったの?」

「管理を怠った馬鹿の失態だ。処遇はエルザ様が決定される」


 ギュンターはシアナとは対照的に、怒りをむき出しにして答えた。


「管理って、迷宮のこと?どういう意味?」

「報告の際に合わせて説明してやるから今は訊くな。

 今は虫の居所が悪い」

「わ、分かった……」


 漏れ出す殺気に気圧されたシアナは引き下がり、先程の戦闘を思い出す。


「危なかった……誰だか知らないけど、お気の毒に」


 迷宮は発生してからも徐々に成長を続ける。

 一定以上成長した迷宮はやがて内部の魔物の縛りを解き、外部へ放出する。

 解き放たれた魔物は生きたものへと次々に襲いかかり、迷宮は核を破壊するまで魔物を吐き出し続けるため、早急な対処が求められる事態となる。


「でもまぁ、結果的にはいい経験になったよね」


 シアナは他の冒険者達と共に外へ吐き出される魔物の掃討に割り当てられた。

 中から出てきていたのはD~Cランクの魔物だったが、如何せん数が多いため相手の動きを見極め、1体あたりにかかる時間を短くしなければいけなかった。


『俺が戻るまでに漏れ出た分は全て片付けておけ』


 そう言い残し攻略に向かったギュンターからの叱責を回避するため戦い始めてすぐに、シアナは違和感に気が付いた。

 相手の動きが分かるようになっていたのである。


 とは言っても、突然シアナが予知能力に目覚めたわけではない。

 相手が動く直前、魔眼の視界に映る魔素体マギケーション・ボディがまるでリードするかのように先んじて動きだすのが視えたのである。


「最初は勘違いだと思ったけど。

 まさか魔眼でこんなことまで可能だなんて予想もしていなかった」


 初めはピンときていなかったシアナも、何体か相手にしているうちに地下牢での経験と現象が結びつき、エルザーツが言っていた言葉の意味を理解した。


「確かにあれじゃあ魔眼を腐らせているって言われても反論できないよね。

 視えてくる世界が全然違うもの」


 魔眼の洗練によりまたひとつ成長したシアナ。

 しかしそれによって油断や驕りが生まれることはなかった。

 日常的にギュンターやエルザーツという遥か高みを目の当たりにしている彼女は、成長を実感しても上しかいない状態であり、次の目標に向けてすぐに意識を切り替えることができた。



———



 城に戻ると、正門前にエルザーツが立って二人を出迎えた。


「終わったか」

「はっ、滞りなく」


 ギュンターの簡潔な報告と合わせてシアナに先送りにしていた説明を始める。


「通常迷宮決壊は発生して1~3ヶ月後に起こるが、迷宮の発生数が攻略速度を上回ることがある。

 その場合はエルザ様が考案された方法を用いて迷宮の成長を妨げ、決壊を遅らせる」

「その方法って?」

「それは改めてギュンターから聞け。先にこっちの要件を話す」


 会話を途中で打ち切ったエルザーツは、正面からシアナを覗き込む。

 シアナはそれに対し、アスレイでカミナシに素質を視られた時と似た感覚を覚えた。


「お前、地下牢からは出られたんだよな?」

「はい、なんとか」

「魔眼を開いてみろ」


 言われるがままに魔眼を開いた瞬間、エルザーツの魔素体の左腕が突きを放つのが視えた。

 その軌道を避けるよう頭をスライドさせた直後、エルザーツの突きがシアナの髪を貫いた。


「視えているみたいだな」

「……視えてなかったら右目が潰れていたところですけど」

「なるわけねぇだろ。ちゃんとお前が避けてから攻撃したんだ」


 シアナにはエルザーツの言葉の審議は分からないため、反論せずに押し黙るしかなかった。

 エルザーツは満足そうにひとつ頷くと、再び口を開く。


「腕を出せ」

「はい?」

「早く出せ」


 わけが分からないままシアナは右手を差し出す。


「両腕だ」


 言葉に従い左腕も同様に差し出すと、エルザーツは両手首を掴んで詠唱を始めた。


「我、求められし場所に恩寵を与えし者、天よりの恵みを決する裁定の秤——」


 これまで一度も聞いたことのない詠唱内容と、普段無詠唱で魔術を使用するエルザーツが詠唱しているという事実にシアナは戦慄した。


「ちょっ……放して!」


 離れようとするが、いくら引いてもまるで万力で固定されたように腕は微動だにしない。

 そのまま数十秒に及ぶ詠唱が終わり、エルザーツの手から放出された魔力がシアナの腕の表面を覆うとやがて治まった。


「っ痛ったあ!?」


 魔力が消えたと思った瞬間、両腕にスタンガンを押し当てられたような痛みが走る。

 堪らずシアナはその場に膝から崩れ落ちて両腕を摩るが、既に痛みは引いていた。


「何するんですか!?」


 非難するように睨みつけながら叫ぶが、エルザーツの顔に反省の色は見られない。


「次の課題だ。

 詳細は明日全員が揃ってから話すから今日はもう寝ろ」


 話は終わりとばかりにエルザーツはシアナから顔を背ける。

 そんなエルザーツに心の中で呪詛をぶつけながらシアナはその場を後にする。

 シャワーを済ませて就寝するまで腕に注意を払って動かしていたが、突然不審な挙動を見せるといったこともなく、正体不明な不安を抱きながらシアナは眠気の波に沈んでいった。



———



 翌朝、いつものように目を覚ましたシアナは上体を起こそうとする。

 その瞬間、両腕に覚えのある激痛が走り、思わず全身を硬直させた。


「っぁ……!」


 声にならない声で悶えながら反射的に腕を動かそうとした瞬間訪れる追撃。

 それに対しまた反射的に動かそうとして走る三度目の痛み。

 頭では理解しながらも思考を上回る反射的行為を抑えつけるまでに、シアナは更に数度の痛みに耐えることとなった。


「……酷い目に遭った」


 なんとか反射的行為を抑えつけて腹筋のみで起き上がったところで、部屋のドアがノックされる。


「どうぞ」

「入るぞ」


 部屋に入ってきたギュンターはシアナの横に来ると、床に立たせてシアナの寝間着を脱がせ始める。


「ちょっとギュンター!?」

「腕が動かせなければ着替えもできないだろう」


 簡潔すぎて言葉足らずなギュンターの回答にシアナはピンときた。


「あぁ……やっぱりこれって昨日エルザ様が言っていた課題なんだ」

「そうだ」


 納得したシアナはギュンターにされるがままに着替えさせられてから食堂へ向かう。

 そこにはエルザともう1人、見たことのない鷲頭の人物が既に席に着いていた。

 言葉通り、服から覗く首から上が鷲の人物である。


「早かったな。まだベッドで転げまわってると思ったんだが」

「えぇ、おかげさまで……!」

「紹介する。まずは座れ」


 エルザーツの言葉に従い席に着くのを確認してからエルザーツがもう1人の人物を指す。


「こちら、海洋国オケノスからの使者である……あー、ダイターだったか?」

「はい、ダイター・ウィヒルでございます。お見知りおきを」

「あ、初めまして。シアナ・ウォーベルといいます」


 ダイターが会釈するのに合わせてシアナも自己紹介する。

 海を挟んだ先にある国からの使者が何用でいるのかシアナは疑問に思ったが、その答えはエルザーツの口から告げられた。


「ダイター、貴殿が今回持ち込んだ”解呪依頼”、そこのシアナを代役として派遣する。

 これをレアとしての正式な回答とする」

「……はい?」


 ダイターとシアナの声が重なるが、それを咎める者はいない。

 エルザーツも気にする素振りを見せずに言葉を続ける。


「その娘は解呪に必要な素質を持つに足り得る。

 必ず期待に応えさせよう」

「ほ、本当なのですか?まだ小さな子供のようですが……」

「この4年間、あたしとギュンターが手塩にかけて磨いた素材だ。

 まだ納得できないようであれば引き取ってもらうしかないが——」

「い、いいえ!手を貸していただけるのであれば喜んで受け入れさせていただきます!」


 エルザーツの言葉を遮るようにしながらダイターは承諾した。

 しかし言葉とは裏腹に、シアナを見る目には訝しみが込められている。


「信じられないか?」


 内心を見透かしたようなエルザーツの質問にダイターは否定し誤魔化すが、嘴がカチカチと細かく打ち鳴らされている音がシアナの耳に届いた。

 シアナはため息をつきながらエルザに問う。


「昨日私の腕に施したのは、その解呪に関する課題なんですよね?」

「あぁ、そうだ。

 両腕にはそれぞれ別種の呪いを付与してある。

 腕を元にもどしてから依頼にとりかからなければ逆に呪い殺されると思え」

「呪い……!?」

「この後準備ができ次第発ち、依頼の仔細はダイターから聞け。

 途中のヘストまでは転移陣の使用を許可する」


 そう言うとエルザーツは席を立ってどこかへ向かおうとする。


「あの、エルザ様が行ってやった方が良いのでは?」

「あたしはこっちで迷宮についてやることがある。

 ギュンターをつけるから腕が使えなくても生活はどうにかなるだろ」


 シアナは尚も言おうとするが、エルザーツは強制的に話を打ち切って食堂から出て行った。

 食堂にはシアナ、ギュンター、ダイターの3人が取り残される。

 ギュンターが配膳後シアナの口にパンを突っ込むまでの間、辛い沈黙の時間が流れ続けた。



—備忘録 追記項目—

・迷宮

 魔力溜まりに突如発生する地形。

 地上から地下に向けて広がる。

 規模と内部の魔物の強さによりF~Sランクで格付けされる。

 基本的に迷宮で発生した魔物は迷宮に縛られ、外に出られない。

 迷宮奥部にある迷宮核と呼ばれる物質を破壊することで活動を停止させることが可能。

 核破壊後、時間経過で元の地形に戻る。

 迷宮は発生後も成長を続けるため、放置すると迷宮のランク上昇や決壊に繋がる。

・迷宮決壊

 発生後成長した迷宮から魔物が迷宮の縛りを破って外部に漏れ出る現象。

 迷宮発生より1~3ヶ月程度起こることが多い。

 決壊により外に出た魔物は近くの生物を襲い続けるため、早急な対処が必要。

 極稀に成長を待たず決壊に至る場合があり、それは短期決壊スタンピードと呼ばれる。

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