第24話 詐欺を知る
シアナが自身の限界に挑戦すると決意を固めてから1年と数ヶ月が経過した。
自ら確かな成長を感じながらもランクの昇格にいきつけず、焦りを覚えていたとある日。
シアナは腰からバッグを提げただけの軽装で冒険者ギルドを訪れていた。
ドアを開けて中に入ると、すぐ前に広がる酒場スペース各所から視線が飛ぶ。
その視線の中で比較的近くに座っている冒険者がシアナに声を掛けた。
「よう『無魔』、今日はどんなおつかいだ?」
「次に行く依頼は私が決めるので、その下見です」
「また依頼手伝えよ。今度のは魔術を使う個体がいるらしいんだ」
「そういうのはギュンターを通してください。
予定を組んでいるのは彼なので」
その他にも何人からか依頼の誘いを受けるが、それらを受け流しながらも足は止めない。
ここ1年でギュンターや『スカルパレード』以外ともパーティーを組むようになったシアナには『無魔』という異名が付けられた。
剣士として前衛を務めながら、同時に敵の魔術を謎の魔術で無に帰すという意味で付けられた——という建前に隠した「一般的な魔術で使えるものが無い」「魔力総量の無駄」という悪口の暗喩であることを、シアナは把握していた。
「一度でもギュンターに勝てれば私の予定を自由に組めるそうですから、挑戦してみてはいかがですか?」
ブーイングに対しもはや馴染みとなった文句を投げかける。
尚も何か言おうとする者もいたが、周りの仲間に口を塞がれているのを視界の端で確認。
依頼板の前で足を止める。
「別に命までは取られないんだから挑戦してみればいいのに……まぁ、本気で誘われてるわけじゃないってことなんだけどね」
ため息をつきながらシアナは端から依頼書に目を通していく。
ギュンターは剣術が三大流派全てで皇級、魔術師としても聖級を修めている。
加えて冒険者としてもAランクであるため、大抵の冒険者は名前を出すだけで尻込みする存在となっている。
「でも、絶対過去に何かあったと思うんだよなー……」
「なに1人でブツブツ言ってんだ?」
背後からかけられた声に、シアナは依頼の物色を一時中断し振り返る。
「こんにちは、ガーランさん。皆さんもお揃いで」
「よっ」
「おっはよう、シア!」
シアナの挨拶に対し気さくに手を挙げながら答えたのは、シアナの数少ない交流が深い冒険者のガーランと、彼率いるパーティー『スカルパレード』の面々だった。
彼らはギュンターに挑んだ数少ない冒険者であり、勝てはしなかったがシアナと予定を組む権利を許された唯一の冒険者である。
「皆さんはこれから依頼ですか?」
「おう、ちょっと国外までな。挨拶しようと思ったらここにいるって聞いたもんでよ」
「それは……わざわざありがとうございます。
どちらへ行かれるんですか?」
シアナの質問に、よく訊いてくれたとばかりに興奮気味なオリンダが口を開いた。
「アスラピレイの近くにBランクの迷宮が発生したらしくてね。
もういくつかのパーティーが失敗して、ランクが上がりそうらしいのよ。
だからその前に挑戦してみようと思ってね!」
迷宮とは魔力が滞留した、魔力溜まりと呼ばれる場所に突如発生する地形である。
内部は魔力により複雑に変形して文字通り迷宮となり、更には魔物と呼ばれる特殊な生命体が生み出され侵入者へ襲いかかる。
リスクは大きいが、魔物から採れる魔石を始めとした特殊な物資は使用が多岐に渡るため、それらを売ってひと財産を築くことも可能という、ハイリスクハイリターンな場所。
「でも、ランクが上がる可能性があるってことは相当危険なんじゃ……」
「あら、心配してくれるの?シアは優しいわね~」
「ちょっ、オリンダさん!」
オリンダが猫なで声で褒めながらシアナの頭を撫でる。
緊張感のない口調に一言言おうと顔を上げたシアナを見つめるその目は、目標を楽観視しているものではなかった。
「危険性は全員理解してるわ。
でも、わたし達もBランクに上がってもう5年になるし、そろそろもっと上を目指そうってことになったのよ」
「そのためにもこの迷宮は自分達の実力を見極めるのにうってつけだと思ってな。
第一歩に選んだってわけだ」
ガーランが鎧の胸板を叩きながら告げる。
シアナはパーティーメンバーの顔を見回すが、誰一人として迷いを含んだ表情の者はいなかった。
「そうですか。それなら余計なお世話でしたね。
無事に戻られたら一杯奢らせてください」
「おっ、言ったな?
オレ達が結構食うのを知ってての発言だろうな」
「望むところです。
私の財布が空っぽになるのと皆さんのお腹がはち切れるの、どちらが先か勝負しましょう」
シアナの提案に全員が顔を見合わせて笑いだす。
ひとしきり笑い合って空気が弛緩したところでオリンダが切り出した。
「そういえばシアは何をしてたの?」
「次の依頼は私が決めていいと言われたので、軽く見に来ました。
その後は手紙を出そうかなと」
手紙という単語をだした途端、シアナはガーラン達の表情が一瞬固まったように見えた。
「シアナ……手紙はどうやって出すつもりだ?」
「どうって……普通に配送業者に頼んで出しますよ。
毎週出していますが、いつもそうしてましたから」
「そうか……」
シアナの回答を聞いたガーランはガクリと肩を落とした。
そしてゆっくりとシアナの両肩に手を置く。
「シアナ……その手紙の配送を頼んでいる業者の所に案内してくれ」
「はい?構いませんけど」
「悪いな」
ガーランの謝罪の意味が分からないまま、シアナは配送業者の事務所に案内する。
「ここです。ごめんください」
事務所のドアを開けると、奥の受付で線の細い男が顔を上げた。
男は完全武装のガーラン達を見て一瞬怯えた表情を見せたが、シアナを見るとパッと顔を綻ばせる。
「あぁ、これはこれはシアナ様。
本日もお手紙の発送でしょうか?」
「はい。いつもと同じ住所へ——」
シアナが返事をしきるよりも前に風が吹き、男が背後の壁へ飛ばされ磔になった。
「ちょっと!何してるんですかオリンダさん!?」
「説明は後だ」
他の3人に男を取り押さえさせると、ガーランが男に詰め寄る。
「ひいぃぃ!」
「答えろ。預かった荷物はどこにある?」
「う、裏に!この裏の部屋に発送まで一時保管しています!」
「シアナ、ついて来い」
見たことのないガーランの雰囲気に呑まれたシアナは大人しく後に続く。
男の言った通り、裏の部屋には数多くの荷物が分類して保管されていた。
「こんな強盗みたいな真似をして……どうするつもりですか」
「オレ達が強盗かどうかはすぐに分かる」
「どういう意味ですか?」
ガーランはシアナの言葉を無視して手紙類の保管棚を物色し始める。
やがて振り返ったその手には分厚い手紙の束が乗っていた。
「……自分の目で見てみろ」
ガーランの放ったそれを受け取ったシアナは、宛名を見て愕然とする。
「これ……私が出した……!?」
途端、手に掛かる重量感に寒気を覚えたシアナは、慌てて束を縛る紐を解く。
拘束が解かれて床に散らばる手紙。
数十に及ぶそれらに記された宛名はどれも同じ内容・筆跡だった。
「こ、これは……」
震える手で手紙を拾い上げるシアナの声もまた、震えていた。
「これで分かっただろ、シアナ。
これは詐欺だ」
「……はい?」
ガーランは呆けた返事をするシアナの両腋に手を差し込んで引き上げ、立たせた。
そして二人で受付に戻ると、その場の全員に聞こえるように説明し始める。
「こいつは配達詐欺集団の一員だ。
国外への配達を依頼する客を標的にして違法な料金をふっかけるか、今回みたいに届けずに搾取し続ける。
基本料金が安かった筈だ。何かしらで苦戦した場合のみ追加で請求と言われなかったか?」
「はい……言われました」
ガーランの言葉に相槌を打ちながらも、シアナの脳は別の方向に回されていた。
「(詐欺。他人を騙して金品などを奪ったり損害を与えたりする犯罪行為。経済犯罪の一種。
いつから騙されてた?最初から?だとすれば週1回出していたあれらが何1つ届いていないってこと?
暦自体は地球とほぼ同じだから年48通として4年で200通弱。発見があって週2以上で出した時もあったからそれも合わせて合計230……241か。
その分の料金はどうなる?この場合戻ってくるの?いやいやそんなことよりもどうにかしてここにいることを家族に知らせないと帰れない——)」
「……ナ、シアナ!」
彼方に飛びそうになっていたシアナの意識は、自分の名前を呼ぶオリンダの声によって引き戻された。
「大丈夫?しっかりしなさい!」
「オリンダさ……!」
焦点の合った視界に映るオリンダの顔をみた瞬間、何故かペトラの顔が重なった。
途端、シアナの中で蓄積され、しかし蓋をして目を背けていた感情が溢れ出す。
「わた、私、どうしよう……今まで、ずっと……騙されてて……家族にも、何も……知らせられて、ない……!
このままじゃ……家に……帰れないっ……!!
どうしたら、いいの……?!」
溢れた感情は途切れることなく涙となって流れ出す。
シアナは感情のままにオリンダのローブにしがみつき、胸に顔を埋めて泣きじゃくった。
『スカルパレード』のメンバー達は、普段冷静で達観した様子の目立つシアナが初めて見せるむき出しの感情に一瞬戸惑ったが、シアナが落ち着くまで一言も発さずに優しい目で見守り続けた。
———
20分後。
泣き声が止み、鼻をすする音が何回かした後、シアナはようやくオリンダの身体から離れた。
その目元は赤く腫れ、感情を放出し続けたせいか若干の疲労感が垣間見える。
しかし、立ち上がってから発した言葉は普段のものに戻っていた。
「皆さん、ご迷惑をお掛けしてすみませんでした。
そして、ありがとうございます。
皆さんがいなければあと1年は騙され続けていたと思います」
言葉とともに頭を下げたシアナの肩に手を置きながら、オリンダが口を開く。
「シアが謝る必要はないのよ?
こんなのは騙す方が全部悪いんだから」
「違うね、騙される方が悪いんだよ!」
突然響いた声に視線を向けると、地面に押さえつけられた男が叫んでいた。
「超長距離の配達が詐欺の可能性なんてここらじゃガキでも知ってることだぜ!
それなのに何年も気付かずにせっせと金を落としに来るなんて、バカ以外の何だってんだ!?
金だってとっくにお頭達が運び出した後だ。ほとんど戻っちゃこねーよ!」
そのまま高笑いしようとした男は、顔を床へ叩きつけられる。
「黙れよ、お前。
人を笑うよりも自分の身の心配をすべきだろ」
ガーランはそう言うとシアナの手紙の1つを男の眼前に突き出した。
「何だよ、これが何だってんだよ!」
意図を理解出来ない男は再び喚きだすが、ガーランは冷めた目でそれを見下ろす。
「この封をよく見ろ。名前が捺してあるだろ」
「あ?まさかこの名前を言ってんのか?
こんなのただのおまじないだろうが!現にこのガキは効果虚しく騙されてたわけだけどなぁ!」
「はぁ……ここまで言っても分かんねぇのかよ」
呆れたような態度を取るガーランに対し、流石に違和感を覚えたのか、男の表情から笑みが消える。
「お前の言う”おまじない”ってのはこの名前を書くことを言ってんだろ」
一語一語浸透させるように発音するガーランの言葉に、男の表情がみるみる強張っていく。
「もう一度この捺してある名前を見てみろ。
お前の知っているおまじないの名前と一緒か?」
「え、えっ、え……?じゃ、じゃぁ、もしかして……」
顔面蒼白を通り越して土気色になった男に決定的な言葉が告げられる。
「良かったな。実物を見れて」
告げられた瞬間、今後自分を待ち受ける出来事を想像した男は泡を吹き失禁し、失神した。
男を土属性魔術で拘束した後、シアナと『スカルパレード』は事務所の外へ出た。
もうすぐ初夏とは思えない季節外れの冷たい風が吹き抜けていく。
「悪かったなシアナ。
お前の故郷の話を聞いた時に手紙を話題に出していりゃあ、ここまで酷い事態にはならなかったんだが……」
「いえ、謝らないでください。
さっきも言いましたが、皆さんがいなければ私は何も知らずに騙され続けていたんです。
感謝こそすれど、悪く思う筈がありませんよ」
シアナは努めて明るい表情で返す。
しかしそれが表面上だけであることは誰の目にも明らかな鍍金の仮面だった。
「ねえシア、その手紙、わたし達に預けてみない?」
突然の提案にシアナは戸惑う。
オリンダは優しい笑みをシアナに向けて言葉を続ける。
「わたし達の挑む迷宮がアスラピレイの近くにあるって話をさっきしたじゃない?
実はその迷宮、アスラピレイからアスレイへ行く途中にあるのよ」
「え、そうなんですか?」
「すごい偶然よね。
だから、もし預けてくれるなら、迷宮攻略が終わってからになっちゃうけど、わたし達が責任をもって手紙をあなたの家に届けるわ」
シアナは先程出し尽くした筈の熱いものが、再びこみ上がるのを感じながら返答する。
「いいんですか?また皆さんに手間を掛けさせることになるんじゃ……」
「何言ってるの。手紙を届けるくらい手間のうちに入らないわよ」
オリンダはそこで言葉を切ると、シアナの頭に手をポンと乗せた。
「それに、わたしはシアのことを妹だと思ってるもの。
姉なら頼み事の1つや2つくらい、聞いてあげるものでしょ?」
「オリンダさん……!」
感極まったシアナは、それを誤魔化すように腰のバッグを探る。
そして先程事務所から回収した手紙とその料金、魔術巻物1枚を差し出す。
「よろしくお願いします……!
これ、少ないですが……」
「いいってこんな……これはわたしの善意なんだから」
「いえ、お気持ちは嬉しいですが、それでは私の気が済みません。
なので正式にではありませんが『スカルパレード』に依頼を出します。
これはその報酬として受け取ってください!」
オリンダは受け取りを渋っていたが、シアナの言葉から頑として動かない意思を感じ取ったガーランがパーティー代表として受け取る。
「分かった。じゃあこれは依頼としてオレ達が責任をもって届けさせてもらう」
「ありがとうございます。皆さん、ご武運を」
全員とそれぞれ握手を交わし、見送った後にシアナは警備団の詰め所へ向かう。
結果的に嬉しくない事実が判明したが、不確定要素が1つ消えて確実な1歩を踏み出したその足取りは力強いものとなっていた。
—備忘録 追記項目—
・魔獣
動物が魔素に侵食されたもの。
元の数倍の身体能力を持ち、種によって特殊な能力を得るものもある。
・魔物
迷宮内に発生する特殊生命体。
通常の生物とは異なり魔素体だけで構成され、身体のどこかに存在する核を破壊他又は摘出しない限り活動し続ける。
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