第23話 目標を知る

「1体そっち行ったぞ!」


 前衛の間を抜けた狼がシアナとオリンダに迫る。

 シアナは隣のオリンダと目配せし、前に出て敵を迎撃する。


「悪いけど、ここは通せないよっ」


 迫り来る爪を刃で受け止め、鍔迫り合いの要領で押し返す。

 シアナと狼の距離が空いたのを見計らい、後方から氷の礫が殺到する。

 目の前のシアナに集中していた狼は気付くのが遅れ、全身に礫を受けて絶命した。


「悪い、後ろに逃しちまった」


 シアナが接触時に付着した体液を拭っていると、ガーランがシアナ達に走り寄りながら謝罪した。

 その装備はシアナ同様敵の体液で所々赤く染まっている。


「1体くらいは問題ありませんよ」

「そうそう。むしろ仕事が少なくて暇なくらいよ。

 こっちにも適度に回しなさいよ」

「無茶言うな。実戦だぞ」


 オリンダの要求をガーランは苦笑いとともに却下した。


「ま、怪我が無いならそれで良かった。

 あとはオレらで進めるから処理の時に火頼む」

「手伝います。ほとんどお役に立てなかったので、それくらいはさせてください」

「そんなことないと思うけどな……ま、手伝ってくれんのは助かる」


 オリンダ、ガーラン、他のパーティーメンバーと共に、討伐照明のための証拠品を採取する。


 今回シアナ達が受けたのは、血濡狼ブラッドハウンドという名の魔獣討伐のDランク依頼。

 名前の如く常に体毛が血液のような赤い体液で濡れ滴っている大型の狼である。

 単体ではそれほど強くないが、集団で行動する習性がある上に、厄介な能力を備えている。


「数が多いとやっぱり手こずったな」

「数の暴力ってほどじゃないけど、あんまり見ない規模の集団だったよね?」


 血濡狼は、体毛から滴る体液と聴覚を駆使した索敵能力と独自の意思疎通能力を集団で行う。

 それにより敵味方の位置を常に把握し行動する知能を持つ。


「シアナがいてくれて助かった。ありがとな」

「倒したのはほとんど前衛のガーランさん達じゃないですか。

 私は後ろから位置を知らせていただけですよ」

「それだけでも結構助かるもんだぜ。

 今回はリーダー個体がいたからそれほど余裕もなかったしな」


 集団の中には稀にリーダーとなる個体が現れる場合がある。

 すると集団には統率が生まれ、集団の規模によっては最大でBランク程度の戦闘力を持つ。


「パーティーバランス的にも魔術師をもう1人くらい入れた方が良いのでは?」


 血濡狼の討伐では点の攻撃よりも面の攻撃が重視されるため、魔術師が重宝されていた。

 それでなくとも上位のランクになれば魔術の恩恵が大きくなる依頼が多くなる。

 にも関わらず前衛4後衛1という偏った編成の『スカルパレード』にシアナは違和感を覚えていた。


「うーん……それは前にも何度か試したんだけどね、なぜか来る人来る人ことごとく魔術師だけウマが合わないのよ。

 そんな状態を繰り返していたらこのメンバーで落ち着いたってわけ」

「すみません、無神経でしたね」


 シアナが頭を下げると、オリンダは手を振りながら慌ててそれを制する。

 体液がガーランの顔に飛ぶが、それにも気付いていない。


「シアナが謝るようなことじゃないってば!

 単にわたしが人を見る目がないだけ。

 全然気にしてないし、むしろ笑い話のネタにしてるくらいだから」

「……分かりました」


 オリンダの表情は嘘をついているように見えず、シアナは大人しく言葉に従った。

 そのまま会話が途絶えかけた時、シアナが話題転換を図る。


「そういえば、皆さんは何がきっかけでギュンターと知り合ったんですか?」

「駆け出しの頃だな。まだオレとオリンダの2人でパーティーを組んでいた時だよ」


 瞬時に意図を理解したギュンターが素早く反応した。

 予想外の答えにシアナの知識欲が刺激される。


「新人教育のようなものをしていたんですか?

 普段の印象からは想像できませんが……」


 ギュンターから受けたスパルタ訓練を思い出しながらシアナが身震いする。


「あぁいや、オレらが出会ったのは偶然だ。

 他のパーティーが討伐失敗した魔獣を押しつけられて苦戦していたところを助けてもらったんだ」

「……それも想像つかないですけど」

「助けようとして助けたんじゃないだろうな。

 礼を言おうとしたら進路を塞ぐなって睨まれたし」


 人助けよりもそちらの方がしっくりくるギュンターにシアナはため息をつく。


「すみません、うちの師匠が」


 頭を下げようとするシアナを制しながらガーランは言葉を続ける。


「謝らないでくれよ。

 そのおかげでこうしてBランクまで冒険者を続けられているんだ。

 気まぐれだったとしても、あの人には感謝しかないさ」


 ガーランが言い終えるのとほぼ同時に証拠品を採取し終える。

 魔獣の死体を集めて焼却し、街へ向かう。

 手際のよさもあるが、今まで二人で依頼をこなしていたシアナにとって、パーティーの雰囲気は居心地の良いものだった。


「それで、どうだった?オレらのパーティーは」

「どうというと、加入の件ですよね?」

「あぁ。別に急かしているわけじゃないんだが、感触を聞きたくてな」


 会話を続けて気にしていないように見せていいるが、他のメンバーの注目が集まっていることにシアナは気付いた。

 オリンダに至ってはチラチラと分かりやすく様子を窺っている。

 シアナは慎重に言葉を選びながら口を開く。


「すみません。凄くありがたいお話なんですが、お断りさせていただきます」

「そうか……理由を訊いてもいいか?」


 目の前のガーランよりも、その後ろでショックを受けているオリンダの様子に罪悪感を覚えながら、シアナは頷いた。


「オリンダさんとガーランさんは私を買ってくれていますが、他の方々は素性も分からないままの私を受け入れるのに疑問を持っている状態でしょう。

 そんな状態で仲間に背中を預けて命がけの戦いをするのは難しいと思います」

「そんなの、新しく仲間が加入する大抵の場合に当てはまるじゃない!」


 早々にオリンダが我慢の限界を迎えた。

 頬を膨らませながら講義するオリンダをガーランが手で制する。


「理由はそれだけじゃねぇんだろ?」


 シアナは理解を示すガーランに感謝しながらゆっくりと頷いた。


「加えて理由はもう1つ……これが最大の理由ですが、私がまだDランクだからです。

 ギルドの規定では受けられる依頼は自身のランクより1つ上のものまで。

 つまり私の場合はCランクまでですね」


 シアナの言葉を聞いてオリンダがハッとした表情を見せる。


「あ……そっか、だからシアナは」

「はい。私が入ると皆さんの受けられる依頼を制限する枷になってしまいます。

 迷惑をかけ続けたくはないので、非常に心苦しいのですが、お断りさせていただきます」

「……分かった。悪いな、気を遣わせちまって」

「私が最初の顔合わせの時にきちんと言わなかったのが悪いので謝らないでください」


 そこからしばらくの間静寂がパーティーを包んだ。


 街が見えてきたところでガーランが切り出す。


「それにしてもシアナ、お前まだDランクだったのかよ?

 最初結構な早さでDランクに上がってたから、てっきりそろそろBランクも見えてきた頃かと思ってたぞ」

「実力的にはまだまだDランクですよ。

 依頼の達成率も早さも、ギュンターにおんぶに抱っこの状態ですから、1人では大したことはできませんよ」


 シアナの言葉にガーランはいまいち納得していない様子だったが、誰からも特に異論は上がらなかった。


「そうか……?まぁ、急ぎすぎて命を落とすよりは確実に上っていった方が良いかもな。

 パーティー加入自体は歓迎だからよ、Cランクになったらまた誘わせてくれよ」

「わたしも待ってるから!早く上がってきてよ!」

「頑張ります」


 オリンダとガーランが前向きに締めくくり、パーティー内の空気が悪いまま解散することは避けられた。


 『スカルパレード』の面々と別れて城へ戻る道中歩きながら、シアナの胸中には言いようのない感情が漂っていた。

 シアナは無意識に握りしめた拳を胸に押し当てる。


「……っ」


 ランクに関して話した時、自分の発言に対して芽生えた抗拒する気持ち。

 「もっと上にいける・いきたい」という、いつの間にか胸の奥に押し殺していた本音。

 ガーラン達他の冒険者と共に依頼をこなしたことで認識した、今まで知らなかった景色。それに対する憧れ。


「っ私……は……!」


 一度でも欲望として認識してしまってはもう無視することはできない。

 自分の欲望に嘘はつけない。

 手紙を出し始めて2年が経過しても返事は返って来ない。

 つまり往復2年ではなく4年のパターンになる。

 残り時間は最大で2年弱。


「間に合うかな」


 シアナの心情を表すかのように無意識に歩調が早まる。

 2年という目標を達成するには短い期間。

 その期間で自分がどこまで進めるのか、シアナはまだ知らない。

 分からないのならば、実際に限界まで走り抜けるしかない。


「上、目指してみようか」


 不敵な笑みを浮かべ、シアナは強く地を蹴る。

 その目に映っている自分にいかに近付けるか、シアナと彼女自身の戦いが始まった。



—備忘録 追記項目—

・血濡狼(D-Bランク)

 体長2メートルほどの狼型の魔獣。

 赤い体液が常に分泌されており、血で濡れ滴っているように見える。

 体液が地面に落ちた時の音の反響を鋭い聴覚で把握し、索敵と仲間内での独自の意思疎通を可能とする。

 集団で行動する習性があり、連携の取れた狩りを行う。

 稀にリーダー格となる個体が発生すると、更に統率の取れた行動をする。

・スカルパレード

 レアで活動するBランク冒険者パーティー。

 剣士のガーランをリーダーとし、オリンダ他3人を含んだ5人で編成されている。

 前衛4人、後衛1人と偏った人数編成となっている。

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