第22話 光明を知る

「くらえ!」


 声とともに男の体内で構築された魔術陣が展開される。

 魔術陣へ魔力が流れ込み、必要量が満たされると同時に魔術が展開される。

 掌に火球ファイヤーボールが生成され始めたタイミングを見計らい、シアナが魔術を放つ。


術式阻碍マギ・オブストラクション!」


 シアナが突き出した手から圧縮された魔力の弾丸が発射される。

 それは相手の火球を構成する魔術陣に衝突し、勢いそのままに貫通する。

 すると魔術陣の動作が停止し消失、完成目前だった水球は霧散した。


「なっ……?!」

「判断が遅い」


 発動した魔術が霧散するという未体験の衝撃に思わず硬直する。

 その隙を逃さず、男の背後に回り込んだギュンターが一太刀で切り捨てた。


「これで全員だな。どうだ?」


 死体の服で刃に付いた血を拭いながらギュンターがシアナに確認する。


「うん。やっぱり魔術が完成する前なら効果あるみたい」


 今回の戦闘で成功させた経験を記憶とともに反芻しながらシアナが答えた。

 冷静な声色とは裏腹に、その口元は内心を表すように緩んでいる。


「そうか……これでようやくスタートラインだな」

「まだ課題は残ってるからね。

 今回は実戦でも通用する場面があるって分かっただけで収穫」


 シアナがそう言い切ると、ギュンターもそれ以上反論せず、黙々と証拠品の回収に勤しむ。



———



 事後処理を終え、街への帰路で珍しくギュンターから話題が振られる。


「今回は上手くいっていたが、お前はあの魔術が実戦運用可能だと思っているのか?」


 ギュンターの予想通りな質問に、シアナは口元に笑みを浮かべながら回答する。


「経験が少ないから誰にでもとは言い切れないけど、初見の相手には十分通用すると思う。

 一般的な常識として魔術への対処は迎撃・防御・回避の3つだから、4つ目の現象が起こるだけで隙が生まれるしね」


 魔術妨害は元々この世界に存在していた魔術である。

 しかし過去の魔術師達もエルザーツと同じような見解を示していたため、いつしか過去の魔術となり、今では魔術の研究者以外その存在を知る者は希少。


「だが、よく干渉方法自体を変えようと考え付いたな」

「偶然親切な人からヒントを貰ってね」


 シアナは雑貨屋で出会ったオリンダという女性冒険者の顔を思い出す。

 彼女の魔術陣に関する言葉が無ければ、シアナは今でも自分は頭を抱えて唸っていただろうという推測を立てていた。


「その時に思ったの。

 魔力の使い方から見直すべきなんじゃないかって」


 魔術を構成する魔術陣はが機能しなければ魔術自体が発動できなくなる。

 しかし、魔術妨害は魔術陣に干渉して魔術の完成を妨げる魔術。

 それにより無駄が生まれ、必要となる魔力量と魔力放出量のハードルが上がっていた。


「魔力は術式以外で変化させた場合、自然に状態が戻ることはない。

 だから波で放っていた魔力を圧縮して弾丸にして、全体を揺らしていたのを一部を撃ち抜くように変更したの。

 必要とされるものはそのままに、結果を出せるようにできたのは我ながらいい仕事だと思ってる」

「まぁ……そうだな」


 予想外に肯定的な言葉にシアナが立ち止まるが、ギュンターは足を止めず離れていく。

 すぐ我に返ったシアナは小走りで後を追う。


「えっ、ちょ、もう一回!もう一回言って!」

「うるさい」

「なんで褒めてくれたの!?いつもは何しても言わないでしょ!」

「黙れ」


 褒め言葉(褒めてない)のアンコールと拒絶の応酬は、街の敷地に入るまで延々と続けられた。


「はい、確認しました。これで完了です。

 盗賊の討伐依頼、お疲れ様でした!」

「ありがとうございます」


 受付の職員から報奨金を受け取ったシアナは入口へ向かう。

 ギュンターが相手だと仕事にならなくなる職員が多いため、依頼達成報告はシアナの役目となっていた。


「ようシアナ、久しぶりだな」


 そんなシアナを呼ぶ声に足が止まる。

 視線の先ではガラの悪い茶髪の男性剣士が、女性魔術師とテーブルを囲んでいた。

 視線をスライドさせると、隣に座る女性が最近知り合った人であることにシアナは気付く。


「ガーランさん、お久しぶりです。

 オリンダさんも、この前はありがとうございました。

 おかげさまで問題が解決できました」

「ううん、助かったのはわたしの方よ。

 こちらこそ、あの時はありがとう」

「オレらこれから打ち上げなんだけどよ、一緒にどうだ?」

「あ、そうですね……」


 シアナは入口脇で待っているギュンターに視線を投げかけた。

 ギュンターは目が合うと、手の甲で払うような仕草を見せてギルドから出て行く。

 それを確認したシアナはガーランに再度確認を取ってから席に着いた。


「お二人は同じパーティーだったんですね」

「他にも3人いるけどな。

 用事があるってんで今日はオレらだけで打ち上げだ」

「お邪魔しても大丈夫でしたか?」


 形式的にシアナが質問すると、ガーランは笑いながら答える。


「オレから声掛けたんだから駄目なわけねぇだろ。

 奢るからどんどん食え!食わねぇとデカくならねぇぞ!」

「あはは……ご馳走になります」


 テーブルに並べられている料理をつまみながら、世間話で親交を深める。


「オレ達『スカルパレード』はこいつ以外物理職だからよ、怪我も絶えないわけだ。

 だからあの時は久しぶりに本気で犠牲が出る覚悟をしたぜ」

「そういえば、あの後シアナが魔術巻物の作成を請け負ったんでしょ?

 雑貨屋のオジさん褒めてたよ~。全体的に綺麗で質も上がったってさ~」


 酒が入り大きな声でシアナを褒めるオリンダ。

 その内容に周囲の視線が集まるのを感じながら、気付いていないふりでシアナは答える。


「確かに請けていますが、あくまで一部分だけですよ。

 全体の3割から4割程度の筈です」

「え、そうなのか?」

「あの質なら総入れ替えでも歓迎だけどね~?」


 近くの席が視線を向けて静かになり、それによってオリンダの声がより通る。

 それを聞いた冒険者が視線を向けてまた静かになる。

 そんな悪循環に内心悲鳴を上げながらシアナは説明する。


「元々作成を受けもっていた人のためですよ。

 店主さんに聞いたところ、作成者が複数人いた昔は高品質で納品していたそうなんです。

 しかし徐々に人が減っていくにつれて質が落ちるようになり、最近では納品数も十分でない時があったとか。

 おそらく競争相手がいなくなったことが質の劣化に繋がっているのでしょうね」


 シアナがそこまで言うと、ガーランがパチンと指を鳴らして理解を示した。


「自分以外いないのなら、どんなに質を下げようとも売れるからな。

 だからシアナが一部でも請け負うことで競争相手になったわけだ」

「あの出来なら競争相手どころか、取って代わられる可能性も十分あるもんね~」

「その通りです。

 加えて、どちらの方が売れたかによって、次回以降の仕入れ割合を変動させるそうですよ」

「ははは、そりゃ嫌でも本気にならざるをえないな」


 笑いながら言うガーランだったが、真顔に戻ってシアナに顔を寄せると小声で耳打ちする。


「オレ達としては質が上がるのはありがたいことだが、あまりやりすぎるなよ?


 良くないことを考えてる連中なんてそこら中にいるんだからな」

「分かっています。

 引き時の目処も立てていますので、そこまでに作成者の方の意識が変わるかどうかが問題ですね」

「そうか、ならいいけどよ」


 シアナの耳元から顔を離したガーランは軽い笑みを浮かべ、冗談めかして言う。


「トラブルや恨みを買わないようにしろよ?

 物騒な所だからな」

「大丈夫ですよ。最悪の場合はギュンターに泣きつきますので」


 牽制のために聞こえるようなトーンで言うと、ただでさえ聞き耳を立てて静かだった周囲のテーブルが水を打ったように静まり返る。

 その凍りかけた空気を壊したのはアルコールだった。


「そんな心配しなくても大丈夫!わたし達も味方だからね!」


 酔いが回り呂律が怪しくなり始めているオリンダの一言により、空気が決定的に凍りつくことは避けられた。

 そんなオリンダの様子を見たガーランは呆れたようにため息をつくと、勘定を済ませてオリンダをおぶさった。

 シアナもオリンダの荷物を持ち、その後をついて行く。


「悪いな。酒飲むといつもこうなんだ」

「いいえ、これぐらい」


 そこで会話は途切れ、終始無言のまま道を進んだガーランは、宿屋の一室にオリンダを寝かせた。

 シアナがベッドの横に荷物を置いたところでガーランから声が掛かる。


「こいつは酒入ると絡み方ウザくなるけど、全部本心を言ってる。

 結構お前のこと気に入ってるみたいだぜ」

「こっちで同性の知り合いは少ないので嬉しいですね」

「起きたら言ってやれよ。絶対喜ぶぜ」


 軽く笑い合い、自然と治まったところでガーランが切り出した。


「なあ、シアナ」


 先程まで酒を飲んでいたことを感じさせない真剣な声色にシアナの背筋が自然と伸びる。


「何でしょうか?」

「お前、オレ達のパーティーに入らないか?」



—備忘録 追記項目—

・証拠品

 依頼を達成したことを証明するための物品。

 死体を火葬するため、これがない場合依頼は失敗となる。

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