第21話 突破口を知る

「いくぞ」


 合図とともにギュンターの体内で構築された魔術陣が展開される。

 魔術陣へ魔力が流れ込み、必要量が満たされると同時に魔術が展開される。

 ギュンターの指先に水球ウォーターボールが生成され始めたタイミングを見計らい、シアナが魔術を放つ。


魔術妨害キャスト・ジャミング!」


 シアナが突き出した手から魔力の波が発せられる。

 それはギュンターの水球を構成する魔術陣に衝突し、一瞬の揺らぎを発生させる。

 しかし陣の消失には至らず、波打った水球は元の球体に戻った。


「失敗だな」

「うわっぷ!」


 ため息交じりに発射された水球がシアナの顔面を捉え、一瞬で濡れ鼠に変える。

 がくりと項垂れて考え込む。


「駄目かぁ……やっぱり決定的なものが足りてないんだよね。

 理論としては間違っていない筈なんだけど……」


 シアナは地面に魔術陣を図解しながら考えをまとめる。

 術式を1つずつ確認しながら原因を解明していく。


「この魔術の術式構成は魔力の圧縮、波形としての放出とその増幅。

 理論的にはこれで魔術の発動を無効化できる筈なんだけど……」

「原理自体は面白いが、その術式のままでは無駄が多過ぎる」


 シアナの独り言に反応したギュンターが横から注釈を書き加えていく。


「魔力を圧縮することで必要魔力を増やさず術式強度を上げられるのは良いと思うが、広い範囲へ放出しているせいで実際に相手の魔術陣と衝突する箇所には圧縮前と同等程度の圧力しか掛かっていない」

「なら、放出範囲を狭めれば少し改善させられるかな?」

「それと、波形の大きさも調整した方がいい。

 俺程度になれば、今のように魔術を無効化される前に魔力を追加し術式硬度を上回ることも難しくない」

「聖級の魔術師を基準に考えてどうするの……」


 シアナは呆れながら顔を上げるが、ギュンターの表情は真剣そのものだった。

 ギュンターは魔術陣から視線を外し、東へ向ける。

 その先には世界の中心に位置する黒壁が見える。


「お前の最終目的はあの中に挑戦することなのだろう。

 それならば聖級魔術師への対抗手段はむしろ最低条件だ。

 それに、どんな形であれエルザ様が目を掛けたものを中途半端に済ませるのは許さん」

「えぇ……それ、私に責任が生じるもの?」

「捨てろと言われたものを見逃しているんだ、当然だろ」


 ギュンターの言う通り、魔術妨害はエルザーツがシアナに処分するように言った紙束の中に記されていた魔術の1つである。


「そんなこと言ったって……」


 表紙に大きく「Useless」と殴り書きされたその紙束の中には数多くの魔術が記されていた。

 それらに共通しているのは初めから存在していた魔術ということ。そしてエルザーツの私見により使えるレベルにないと判断された魔術だということ。


「エルザ様が使えないと判断したものを実戦運用可能にするなんて、片手間にできることじゃないよ」

「だが、これはお前個人的にも必要なことだろう。

 時間もそれほど残っていないぞ。死ぬ気でやれ」


 ギュンターはそう言い残し、他の仕事へ戻っていった。

 シアナも深く息を吐き出すと城の敷地から街に足を向けながら呟く。


「時間……そっか、もうそろそろなんだよね」


 シアナがレアに来てから既に2年が経過しようとしている。

 毎週両親に出している手紙も早ければそろそろ返事が届く時期になる。

 そうなればここからそう遠くなくシアナは帰国となり、ギュンターから魔術について学ぶ機会も失われる。


「今足りているのは魔力量、魔力放出量と土台になる術式。

 逆に足りていないのは術式の完成度と時間……かな。

 エルザの書き留めにあった他の魔術は検証段階でほとんど弾かれたし、頑張らないと」


 シアナが決意を固めたところで、常連となっている雑貨屋が見えてくる。

 店主が寡黙なのもあり、普段は人気を感じないほどに静かな店内だが、今日は違っていた。


「ちょっと、どういうことよ!」


 シアナの耳に聞き馴染みのない女性の声が届く。

 同時に響く、バンバンとカウンターを叩く音から、相手がかなりご立腹な状態と理解する。


「なんで返金対象にならないの!?どう考えてもそっちの落ち度でしょ!」

「落ち度と言われてもな……使わなかったから返金しろなんて言い分を聞いていたら、うちはすぐに潰れちまうよ」


 店のドアを開けると、シアナの予想通り店主と女性冒険者が言い争っていた。

 見覚えのない女性だった。


 身長は140センチ半ば。

 明るい茶髪に同色の目。

 茶髪を2つの三つ編みにして丸め、後頭部でリボンによって留められている。

 横顔からも可愛らしい顔つきだと分かるが、今は怒りがむき出しとなっている。

 ローブを着用し身の丈ほどもある杖を持っていることから、魔術師と推測。


「わたしが魔術巻物スクロール1枚分の代金ケチって言いがかりつけてるっての!?

 パーティーメンバーが1人死にかけたのよ!?」


 どういう意味なのか気になったが、シアナは先に自分の用事を優先する。


「こんにちは。

 いつも通り樹皮紙の補充100枚と、刻印魔術用のインク1キロお願いします」


 樹皮紙とは、この世界で一般的に多く使用されている紙である。

 樹木型の魔獣の皮を加工したもので、イメージとしては丈夫になったパピルスが近い。

 ノートや魔術巻物など、需要の多い使用法にはこの樹皮紙が使われる。


「おう、ちょっと待ってろよ」

「あっ、ちょっと!」


 店主はシアナの登場に感謝するように返事をすると、駆け足で奥へ引っ込んでいった。

 同時に、標的を失った女性の感情がシアナにフォーカスされる。


「何よあなた?ここらじゃ見ない顔ね」


 相手が子供だからか、向けられる視線に先程までの怒りは感じられなかった。

 シアナは軽く会釈しながら自己紹介をする。

 レアではアスレイのような形式ばった挨拶がないため、気軽に挨拶がしやすく、シアナは好きだった。


「初めまして。シアナ・ウォーベルです」

「わたしはオリンダ。冒険者よ。

 姓まであるなんて、どこかいいとこの子供?

 こんな掃き溜めに来るもんじゃないわよ」

「生まれは他の国でして……私は平民ですよ。

 私も冒険者をしているので、もしかしたらどこかですれ違っていたかもしれませんね」



 シアナの言葉にオリンダの視線が驚きの色に染まった。

 その口は何かを言いたげに開閉を繰り返している。

 レアでは言いにくいその内容をシアナは引き取り口にする。


「驚いたでしょう。人族のこんな子供が冒険者をしているなんて」

「え、えぇ……やっぱり人族なのよね?」


 驚くオリンダにシアナは苦笑を浮かべる。


「まぁ、そこらへんには事情がありまして。

 本腰を入れてというわけではありませんが、真面目にはやってますよ」

「へ、へぇ……」


 奥から店主が品物を持って戻ってきた。

 店主を視認したオリンダの怒りコンロが再点火される。


「はいよ嬢ちゃん。確認してくれ」

「……はい、確かに」


 自分をまるきり無視してシアナへ対応する店主へフリーズしていたオリンダが吠える。


「ちょっとあんた!あたしの対応が先でしょうが!!」

「この嬢ちゃんは店一番の乗客だ。優先して何が悪い」


 オリンダの視線が再度シアナに注がれるが、先程よりも驚愕の色が濃い。


「あなた、そんなお金持ちなの?」

「それもちょっと事情に関わってくるので詳しくは言えません。

 でも自費で買っている部分もあるので、何でも際限なくというわけではありませんよ。

 それよりもオリンダさん、さっき魔術巻物が原因でパーティーメンバーが死にかけた、みたいなことを言ってませんでしたか?」


 オリンダは飽いた口が塞がらない状態になっていたが、シアナの質問にハッとして左手に握りしめていた魔術巻物を差し出す。

 皺だらけになったそれを広げて見てみると、すぐに原因が判明した。


「ここですね。

 インクが延びて線が掠れているせいで術式破綻を起こしています」

「よくそんなすぐ分かるわね」

「刻印魔術の方が得意なんです」


 シアナはオリンダに笑いかけてから店主に進言する。


「これは不良品と言わざるをえないのではないですか?」

「そんなもの、後から偽造できるだろう」

「んなっ……」


 再び爆発しそうになるオリンダを制する。

 予想通りの反論に内心苦笑しながらシアナは説明する。


「偽装ではありませんよ。

 もし後から手を加えて掠れさせたなら、延びたインクの下に元々書いていた部分が見える筈です。でも、これには見られない。

 つまり、この部分は魔術巻物作成時か運搬時……いずれにしてもオリンダさんが購入前に発生したことになります」

「ぬぅ……」


 シアナの説明に口ごもる店主に、オリンダが追撃を加える。


「ほらね!魔術陣は一部でも機能しなければ全体が動かなくなるんだから、事前に確認しないそっちが悪いのよ!」


 オリンダの発言にシアナの脳内でピースが嵌まる音が鳴った。


「その点に関してはオリンダさんも同類ですよ」

「えっ?」


 直前まで味方の筈だったシアナからの不意打ちに、オリンダは分かりやすく動揺した。

 その隙を逃さずにシアナはきっちり釘をさす。


「これ、上級治癒魔術の魔術巻物のスクロールですよね。

 これが必要になるというのはかなり切羽詰まった状況になっていたと思います」

「そ、そうよ。咄嗟に詠唱に切り替えて間に合ったけど、本当に危なかったんだから」

「生死に直結するような魔術巻物を、何故不備が無いか購入前に確認しなかったんですか?」

「え?そ、それは……」


 オリンダから勢いが失われ、語尾が尻すぼみになっていく。

 すかさずシアナは畳み掛けた。


「確かに客は売り手側にある程度の信用がある前提で購入します。

 でも購入前に確認する機会があるのにそれを怠り、後から店側に責任を押し付けるのは理不尽だと思いませんか?」

「それは、そうかもだけど……確認してから売れば間違いも起こらなかったでしょ?」

「人がやることですので、確認をしてもいつかは見落としが起こりますよ」

「じゃあ、わたしはこのまま引き下がって魔術巻物を持ち帰れって言うの?」


 悔しさを滲ませながら言うオリンダに対し、シアナは行動で示した。

 買ったばかりの樹皮紙を1枚取り出し、オリンダから受け取った魔術巻物を完全な状態で複写して差し出す。

 オリンダは数秒理解が遅れてハッとすると、シアナの方へ押し戻した。


「情けなんていらないわよ。

 冒険者になった以上、起こったことは自己責任で解決しないと」


 なら何故返金を迫っていたのかというツッコミが喉元までこみ上がるが、それを脇に置いてシアナは説明する。


「情けじゃありませんよ。お礼です」


 シアナの言葉にオリンダは怪訝な表情を浮かべた。


「お礼?何の?」

「オリンダさんのさっきの言葉のおかげで、私が最近悩んでいた物事が1つ解決できるかもしれなくなったので、そのお礼です」


 シアナの曖昧な説明にオリンダはなおも表情を変えなかったが、やがてひとつ頷くと礼を述べて受け取った。


「ありがとう。今度機会があったら一緒に依頼を受けましょう」

「はい、その時はよろしくお願いします」


 シアナが快諾するとオリンダは微笑み、店主にべっと舌をだしてから店を後にした。

 シアナは店主と顔を見合わせ、苦笑混じりにため息をつく。


「助かったよ嬢ちゃん。お礼に今度何かおまけさせてくれ」

「いいえ、これくらい——」


 断りかけたシアナの脳裏に天啓が降りた。


「——それでしたら、こういうのってできますか?」


 数分後、店を出たシアナの顔には今日一番の笑顔が浮かんでいた。

 オリンダのおかげで垣間見えた突破口、そして新たな繋がりの可能性に、城へ戻る足取りも軽くなっていった。



—備忘録 追記項目—

・樹皮紙

 樹木型の魔獣から採れる樹皮を加工して作られる一般的な紙。

 主に生活の中等で需要の多いものに使用される。

・姓

 この世界において戸籍が存在しないため、基本的に自由に姓を名乗ってよいとされている。

 しかし、必要なものでないため、主に貴族等の上流階級又はそれらと接点のある者が名乗っている。

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