間話 状況を知る

 六大国の各国に1つずつ存在する学院と呼ばれる施設がある。

 学院は創設以来、その学び舎の中で若き才能達が芽を開き、様々な偉業を成し遂げる人材を輩出してきた。

 その過程では様々な記録が作られていき、今年その中の1つの記録が更新された。


『標的撃破』


 学院敷地内各所に設置された機器からアナウンスが響き渡る。

 それと同時に学院上空に出場権を獲得した生徒の名前が魔術で表示される。


 学院における最大のイベントである魔剣祭。

 4年に1度開催される今イベントの本戦出場は在籍する全学生の目標である。

 しかし本戦に出場するには、全学年合わせて2000名にも及ぶ学生の中で行う予選にて、8つしかない出場枠を勝ち取る必要がある。


「おい、あれ見たか?」

「あぁ。何かの間違いじゃねぇのか?!」


 予選への挑戦資格は全学生に与えられている。

 しかし、予選課題には一定以上の戦闘技術が求められるため、例年本戦に出場するのは4~8年生が主となる。

 時折下級生からも出場者が出る場合はあるが、最年少記録は3年生。それも他国から留学していた成人済みの学生であった。


「今年の1人目って下級生なんだよね?」

「ほら、あの子だよ。

 去年話題になってた全属性適正のかわいい女の子」

「おぉ、あの子か!くぅ~っ、見た目も実力も完璧かよ!たまんね~!」


 その記録を破って出場枠を勝ち取ったのは2年生。

 加えて予選初日、本戦出場一番乗りという快挙の同時達成である。


「よりによってほとんど入ったばっかの下級生に先越されるなんて、形無しだよねー」

「ま、どうせ本戦で洗礼を受けることになるでしょ」

「いっそ本戦前に一度あげるのが親切なんじゃない?」


 運で予選を通過できないことは全生徒周知の事実であり、賞賛の声と同時に少なくない妬みの言葉も飛び交う。


「騒がしいなぁ……」


 学院内の至る所で様々な声が飛び交う中、当事者である少女は屋上へ避難していた。

 木製のベンチに腰掛け、学生達の喧騒を聞き流しながら目を閉じる。

 そんな少女の後ろから軽やかな靴音が近付き、残り2メートルの位置で止まる。


「姉様、本戦出場おめでとうございます」

「……アトラ、それは嬉しくない」


 瞬時に声真似を見破られ、軽く咎めるようなトーンで注意された犯人——アトラが、長耳族特有の長い耳をポリポリと掻きながら謝罪する。


「えへへ、ごめんねペトラ。

 じゃあ改めて……本戦出場、本当におめでとう!」

「ありがとう。よくここが分かったわね?」


 改めて祝辞を述べたアトラに笑顔で礼を返したペトラは、隣を勧めながら質問を投げかける。

 アトラを拒絶するのではなく、誰にも気づかれずに屋上へ来たという自負から発生した素朴な疑問だった。


「学生で”色”を覚えているのはまだ数えるくらいしかいないからね。

 そんなに苦労はしなかったよ」


 そう答えるアトラの眼に開かれた魔眼を見て、ペトラは納得を示す。

 アトラは『魔視の魔眼』を用いて容姿ではなく魔力でペトラを探し出したのだった。


「それでもこの人数の中から探すのは大変だったでしょう?」

「うん、ちょっとだけ酔っちゃった。

 でも、いつかは慣れないといけないものだし、いい機会になったよ」


 魔眼を閉じ、微笑みながら告げるアトラにペトラも笑みを返す。


「とりあえず、目標の第一段階は達成だね」

「うん。次は本戦でできるだけ上にいく。

 いい成績を残すほどシアの耳にも入りやすいと思うから」


 ポツリと出た名前。


 途端に二人の空気が重くなる。


「シア、どこにいるのかな……」


 シアナ・ウォーベル。

 ペトラの妹であり、アトラの親友である彼女はすでに4年近くもの間行方不明となっていた。


 これまで幾度となく国内外各地へ捜索隊が派遣されたが、成果は無し。

 通常個人的な事件には極力干渉しない観測者であるカミナシが懇意にして協力したにも関わらずの結果である。


「捜索隊、色んな場所に行ってくれてるんだよね?」

「うん……カミナシ様が個人的に動かせる人達まで送ってくれたのにね」

「めぼしい国はほとんど調べられたんだよね?」

「大陸の西側以外はあらかた調べたみたいよ」


 捜索隊に手抜かりがあったのではない。

 唯一の不運は、シアナが居るのがカミナシの一任で人を動かせる捜索可能範囲よりも更に外側、レアにいるということであった。


「もしかしてそっちにいる、なんてことは……」

「まさか。大人でも1人じゃ生き残るのが難しい地域だよ?」


 レアは他国領土であまり見ない強力な魔獣や高ランクの迷宮がそこかしこに存在する。

 土地も魔素に満ちているにも関わらず枯れた荒野や砂漠が過半数を占め、知識もなく踏み入れば半年ともたないと言われ、恐れられている。


「子供がいたずらする時に”レアに捨てちまうぞ!”なんて脅し文句があるくらいだものね」

「もしも本当に——いや、それは口にしてもしょうがないよね」

「そうそう。どうせわたし達が国外に出てもできることなんて限られてるんだから、内国ここからシアが見つけられるように発信していかないと!」


 魔剣祭は全ての学院それぞれで開催されている。

 中でもアスレイとディオニスの高水準なそれは特に注目度が高く、結果が国境を越えて伝わることも多い。

 そのためペトラは、魔剣祭を始めとしたイベント等で結果を残し、シアナへ自分の存在をアピールしようと考えていた。


「まずは本戦の最年少優勝を狙うわよ!アトラも本戦出場目標ね」

「えぇっ、ボクは無理だよぉ~!?」


 ペトラはアトラの情けない嘆き声に思わず吹き出し、アトラもつられて笑い出す。

 クスクスと笑い合う最中、ふとペトラが呟いた言葉は、それに応えるように背後から吹き抜ける風に掻き消されていった。


「無事なら手紙くらい出しなさいよね……シアのバカ」



——————————



 魔国レアより南方に下った砂漠。

 鍛冶国ヘスト郊外のその場所で、数人の男が1人の男性を取り囲んでいる。

 正確には取り囲んでいた、と表現する方が正しいのかもしれない。


「うっ……ぐっ……」


 痛みに呻く男達の間を男性が悠々と歩いて通り抜ける。

 倒れた男達の装備には一様に切り傷や焦げ跡等、攻撃による痕跡が見られるのに対し、男性の方には舞い上がる砂埃が付着している程度。

 戦闘が一方的なものだったことが伺える。


「て、てめぇ……何しやがる……」

「ご覧の通り、物品の物色でございますよ」


 男達の荷物を漁る男性は全く悪びれずに答える。


 180センチほどの細身な長身。

 肌の白さは生来のものであろうが、この世界の人々とは異なるものを感じられる。

 ダークブラウンの下地に金髪のメッシュを整髪料で軽く逆立てている。

 ワイルドな印象を与える髪型に反して目つきは優しく、碧色の目は荷物の隅々までを探っている。


「おやおや、これはこれは……」


 男性が声を上げながら荷物の中から1つの麻袋を取り上げる。

 中には大量の手紙や小包が未開封の状態で乱雑に入れられている。


「ぐっ……てめぇ、返しやがれ!それは俺らのモンだ!」

「貴方のもの?それはおかしいですね

 これらの宛名は女性のものばかりではありませんか」


 挑発するようにヒラヒラと手紙を振りながら男達に見せる男性。

 男達は額に青筋を立てて男性を睨みつけるが、ダメージの残っている身体では起き上がることすら難しい。


「大方、依然逗留していた地で働いた詐欺被害者の方々の物でしょうね。

 最終的に物を届ければ依頼料を受け取れますからね。

 おまけに、わざと長引かせて割り増し料金を請求することもできる。

 実によく考えられていて……浅いです」

「なんだと……!?」


 軽口から一変して落とされたトーンに、男達の表情筋がピクリと反応する。


「街での滞在中は配達業者を装い詐欺で資金集め。

 ある程度貯まれば、よそへと移動しながら道中で獲物を見繕い盗賊行為。

 その見通しのない浅い計画性でわたくしをカモだと見誤り、襲い掛かった結果がこれです。

 叩けば叩くだけ埃が出てきそうですが、それはわたくしの仕事ではありませんので……」


 男性がパチンと指を鳴らすと、散らばって倒れている男達が中心に吸い寄せられる。

 そのまま後ろ手に土の枷で拘束されると、周囲の地面から土の牢が出現し男達を幽閉した。


「後のことは警備隊にお任せいたしますよ。

 わたくしなどよりも、よほどしっかりと調べていただけるでしょうね」


 男性はそう告げると、育ちの良さを感じさせる仕草で一礼し、歩き始める。

 その地点より最寄りの街でも数キロ先であり、肉眼での目視は不可能な距離にある。

 しかし男性の歩みに迷いはなく、その左眼には最寄りの警備隊の詰め所がはっきりと映っていた。



———



「それでは、よろしくお願いいたします」

「ご報告感謝します!」

「いえいえ、これも住民の義務ですので」


 警備隊を見送った後、男性は手に持った麻袋を開く。

 それは、詐欺集団の男達から回収した被害者達の荷物であった。


「原則として被害者達の荷物は警備隊から配送手配をすることになっていますが、ここの方々はどうやらお忙しそうですしね……わたくしが届けに参りましょうか」


 男性の言う通り、大きな都市以外では事件が多発する等の理由で被害者の荷物が詰め所に回収されたままというケースはよくある。


「これでわたくしが何か得をするわけではありませんが、半分趣味のようなものですのでまあいいでしょう。

 『力ある者は社会に貢献することこそが責務である』……趣味だなどと言いながら、の家訓がまだどこかで私を縛っているのかもしれませんね」


 誰に聞かせるでもなくそう呟いた男性は最も大きい束となっている手紙の宛名を見る。

 そこにはアスレイのとある住所と、4年近く前の日付が書かれている。


「おやこれは……少し急いでさしあげた方が良いかもしれませんね。

 差出人は……」


 封筒を裏返した男性は早足気味に歩き出したばかりの足を止める。

 彼の視線は差出人の名前ではなく、封をしているロウに捺された名前に注がれていた。


「エルザさん?彼女が名前を貸すなんて珍しいこともあるものですね」


 配達詐欺に遭わないよう差出人の名前に観測者の名前を書き添えるのは、この世界でよく使用されるおまじないである。

 しかし書いているものは偽物であり、本物の署名は書くのではなく封に使用されるロウに捺印されたものだということを知る者は少ない。


「どうやらあの浅はかな盗賊達はこの世で最も大きなハズレを引き当ててしまっていたようですね。ご愁傷様です」


 そう遠くない未来に訪れるであろう光景に手を合わせた男性はそこで動きを止めた。


「これ、届けたわたくしが疑われるなんてことはありませんよね?」


 芽が出たわずかな不安を抱きながら再び歩を進める男性。

 不安を言葉にしながらもその口元はわずかに緩み、期待を表すように口角が持ち上がる。


「シアナ・ウォーベルさん。

 エルザさんがこれほど長期的に名前を貸す程の信用を得ている方ですか……是非とも一度おお会いしてみたいですね」


 こうして意図しない形で数年越しの手紙が届くことを、未だウォーベル家の誰も知らない。



—備忘録 追記項目—

・警備隊

 地球でいう警察に近い組織。

 地域の治安維持と軽犯罪の摘発・逮捕等処遇を担当する。

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