第19話 覚悟を知る

 腕輪に魔力を流し込む。

 刻印魔術が起動し、防御創が癒えていくのを目視で確認したシアナは、今更ながらに腕の震えを自覚した。


「はは……気付かなかった」


 緊張の余波は足にも及び、力が抜けたシアナは思わずその場に尻もちをついた。

 唐突に起こった殺し合いは、想像以上にシアナの神経を削っていた。

 攻防激しい交錯の末に逆転勝利。


「——なんて、割り切れれば楽なんだろうけどね」


 そう呟きながらシアナは男の死体を調べる。

 血が付くが、2つの意味で汚れた今、その程度気にもならない。


「……やっぱり」


 男の死体に残っている傷は切断された両手首と首への致命傷の2つ。

 拘束する前にギュンターから受けた右腕の傷が消えていた。


「やっぱり、あなたがやったんでしょ」


 男の首からナイフを抜き取り、声を掛けた方の地面へ放り投げる。


 やがて地を踏む足音と共に現れた人影がそれを拾い上げる。


「ねえ、ギュンター?」

「そうだ」


 てっきり白を切られると思っていたシアナは逆につんのめってしまう。


「私が殺さないと言ったのが不満だったの?」

「いいや、そうじゃない。俺はお前の覚悟を試しただけだ」

「覚悟?」


 ギュンターは怪訝な表情をしたシアナの横を通り過ぎ、男の死体の前に立つ。

 外傷を確認すると、大きくため息をつきながらシアナへ向き直った。


「必要のない殺しはしないと言ったあの時とさっき、どんな違いがあった?」

「うっ……」

「正直がっかりだ。少し追い込まれただけで簡単に忘れられる覚悟だったとはな。

 おっと、お前は忘れることだけはできないんだったか?」


 ギュンターの皮肉に言い返すこともできず、シアナは感情が爆発しないよう拳を握り込むことしかできなかった。


 ギュンターの言う通りだった。

 男の両手が切断されてマウントから抜け出せたあの時ならば、殺さず再度拘束することは十分に可能だった。

 しかしあの時、シアナの身体は脳の理解が追いつくよりも前に動いていた。


「実力の伴っていない理想論ほどに滑稽なものはないぞ」


 ぐうの音も出ずに押し黙っていると、更なる追撃が撃ち込まれる。


「エルザ様から少し聞いたが……お前はいつまで地球とやらで過ごしているつもりだ?

 今生きているのはこの世界だろう」


 この問いに応えられる言葉を持ち合わせていないシアナは、これ以降何も反論できずに日の出まで立ち尽くした。


「行くぞ」


 ギュンターの言葉に無言で頷き、街へ戻る。

 そのままの足でギルドへ向かい、依頼の達成報告を済ませる。

 職員が初めての討伐系依頼の達成に対する祝いの言葉をシアナに向けるが、話半分に聞き流してギルドを後にした。


「これで終わりだ。しばらく休め」

「はい……」


 自室に割り当てられた部屋に戻り、着替えを済ませてベッドに倒れ込む。

 柔らかさに包まれた途端、シアナの意識は疲労の波に沈んでいった。



———



 翌日以降、シアナはギュンターとの距離感を見失っていた。


「——では、今日はここまで」

「……ありがとう」


 主に命に対しての価値観の違いを正面から叩きつけられ、ギュンターとの間に壁を築いてしまっていることにシアナ自身気付いていた。

 無論その原因がシアナにあること、関係をこのままにしておくのが悪いことも同様である。


「分かってはいるけど……っ」


 しかし、ギュンターの言葉から感じた自身以外の生命への無関心さ・無頓着さは、何度考えても受け入れられるレベルを超えていた。


「前世での食物連鎖とはまた違った感じするんだよね……」


 どんな世界でも自分1人だけで生きていくことなど不可能である。

 生活する中では何かしらで他者との関りをもつ。

 人同士はその最たる繋がりだが、ギュンターは依頼対象であるというだけで相手を同じ人ではなく、道具のように見なしているとシアナは感じた。


「どうしてあそこまで割り切った考えを他人に押し付けられるのかな……」

「それがあいつの生きてきた道だからだ」

「うひゃぁ!?」


 浴びせられた声に驚きながら振り返ると、エルザーツがドアに背をもたれかけて立っていた。


「ギュンターを通さずに直接話すのは久しぶりですね」

「少し話したくてな。

 それに、お前も今はアイツとあまり顔合わせたくないだろ」

「え、えぇ、まぁ……」


 歯切れの悪いシアナの返事を鼻で笑うと、エルザはシアナの正面に回る。

 そして素早く土属性魔術で即席の椅子を作り出すと、そこに腰掛けた。

 エルザーツの脚を組む動作が妙に様になっていると思ったが、シアナはすんでのところで口に出すのを堪えた。


「ギュンターから報告で聞いたぞ。

 まぁお前が戸惑っている理由は理解はできないが、分からなくもない。

 ニホンって土地はかなり平和ボケの進んだ国みたいだからな」

「えっ……なんで日本のことを知ってるんですか?」

「観測者にされた時に地球の知識も強制的に植え付けられたんだよ」


 舌打ち交じりの回答に地雷の気配を感じたシアナは、話題を元に戻す。


「ま、まぁ確かに、日本では命を奪う技術どころか自衛の手段も義務ではありませんでしたからね。

 人の死も寿命や病気、突然のものでもほとんどが事故でした」

「そんなだからレフのやつもアスレイに生まれさせたんだろうな」


 そこまでシアナのことを気遣っているかどうかは正直怪しかった。

 しかし、話を止めないためにあえて否定せずに続きを促す。


「だがギュンターは違う。

 生まれて間もない頃から命を狙われて死と隣合わせの生活を送り、日々を生きるために命を奪い続けたアイツとお前は基準が異なる」

「今はそこまでではないと思いますけど、昔のレアってそんな物騒だったんですか?」

「いや、アイツの出身はアスラピレイだ。

 それに、命を狙われていた理由は土地柄じゃなく、アイツ自身にあったどうしようもないものだ」

「そ、それは……?」


 シアナの食いつきに意外性を顔に出したエルザーツは少し考える。

 そして口外しないことを条件に、かいつまんでギュンターの身の上話を聞かせた。


「あたしがアイツと会った時はそれなりに尖っててな、顔を合わせた瞬間殺しにかかってきやがったんだよ」

「そんな時代が……!?」


 ギュンターがエルザーツを殺そうとするなど、シアナには想像もできない光景だった。

 話しているのが当事者でなければ到底信じられなかっただろう。

 しかし、そんな無いようにも関わらず、話すエルザーツの表情にそれを気にしている様子はなかった。


「アイツは確かに多くの命を奪ってきた。人殺しと呼ばれても文句を言えない。

 だが、そんな血で舗装された道を進みながらも、根の部分までは染まっちゃいない。

 それはお前でも分かってる筈だ」

「……えぇ。あの人は悪人じゃありません。

 だからこそ余計に混乱していたんですが、やっと分かりました」


 シアナの目を見てエルザーツは口元に笑いを浮かべながら頷く。


「他者の命を奪うにしても、そこにはアイツなりのルールがある。

 それこそがアイツを道から踏み外させなかった1本の芯だ」

「なら、折り合いのつけどころはそこでしょうね」

「せいぜい頑張れ、ニホン人」


 エルザーツはそう言ってシアナの額を指で弾くと、瞬時に即席椅子を消して部屋から出て行った。


「……ありがとう」


 背中が見えなくなってからポツリと呟いたシアナの礼が届いたかどうかは本人のみぞ知ることとなった。



———



 それから1週間後、シアナはギュンター共に再び討伐制圧依頼を受けて荒野に来ていた。

 前回時と似た地形似た時間帯、そして同じメンバー。

 嫌でもデジャ・ヴュを感じずにはいられないシチュエーションとなっている。


「制圧依頼……また極力殺さず拘束するか?」


 ギュンターが鼻で笑いながら挑発気味に訊くが、シアナはそれに乗らない。


「事前に職員の人に話を聞いたら、ここの盗賊は特に他の盗賊と繋がりを持っているような一派ではないって言っていたから、拘束する必要は無いよ。

 それと、今回は私がメインでやるから前には出ないで」


 淡々と述べるシアナに前回と違うものを感じ取ったのか、ギュンターもそれ以上煽るようなことを言わずに待つ。

 シアナは腰のバッグから魔術巻物スクロールを3枚取り出して見せる。


「今回はこれで制圧——討伐を行う」

「具体的には?」

「まずねぐらを土魔術で隔絶。

 続いて内部に火魔術で毒を発生させる。

 一定時間が経てば最低でもある程度の弱体化が見込めるから、残りを直接掃討する」

「……悪くない」


 ギュンターから異論が出ないことを確認し、シアナは前回とは別のあばら屋に集中する。


「あ、一応討ち漏らしが出たらお願いね」

「分かっている」

「じゃあ始めるよ」


 盗賊から気付かれない位置まで近づき、シアナは魔術巻物を1枚発動させる。

 使用するのは土属性中級魔術の岩砦ロックフォートレス

 本来は自身の周りをドーム状に壁で囲い防御に使用するそれを、あばら屋を閉じ込める形で発動する。


「おい、上まで塞がっていないぞ」

「それは必要な穴だからいいの」


 苦情を聞き流しつつ、シアナは2枚目の魔術巻物を発動。

 火属性中級魔術、炎蛇フレイムサーペント

 今展開させた岩砦の周囲を炎の蛇が這い回る。


「これで……仕上げ!」


 間髪入れずに3枚目発動。

 炎蛇の外側に2つ目の岩砦を発生させ、今度は完全に蓋をする。


「これであとは待つだけ。

 岩砦はそれぞれ通常の5倍強度を高めているから熱で崩れることはないよ」


 魔眼を開いて内部の魔力を観察しながらシアナが告げる。

 ギュンターはそれに対して何も言葉を発しなかった。


「うまくいって……お願い!」


 シアナは祈る。

 魔術と科学は異なるものだが、魔術によって発生する現象の科学で説明がつけられる。

 火は最も分かりやすいものであり、魔術の発動に燃焼物を必要としないが、継続的な燃焼によって空気中の酸素は消費される。

 その結果、内部の人間に生じる症状として、一酸化炭素中毒が挙げられる。


 20分後、炎蛇が消失したのを確認したシアナは警戒しつつ内部を窺い視る。


「ギュンター、この壁斬れる?」

「久しぶりにお前に殺意を抱いたぞ」

「ごめんて……あ、斬ったらすぐ脇に避けてね」


 ギュンターの数振りで人が通れる程度の穴が空き、二人は脇に避ける。

 内部から熱され膨張した空気が逃げ場を求めて突風として噴き出る。

 それが治まってからシアナを先頭に内部へ侵入する。


「……ふぅ」

「どうした」

「……いえ、何も。

 依頼完了。証拠品を持って街に帰ろう」


 内部の魔素体マギケーション・ボディに動きがないことを確認し、依頼達成を宣言するシアナ。

 内側の壁もギュンターに穴を空けてもらい、依頼報告に必要な証拠品を回収する。

 シアナが証拠品を集めている間ギュンターは動かず、ジッとシアナを見ていた。


「どうしたの?私の顔に何かついてる?」

「この短期間でどんな心境の変化だ」

「別に、特別なことは何も。

 ただこの世界に向き合って、思考の基準を合わせただけ」

「なら、これからは殺しも躊躇わないのか?」


 ギュンターの問いかけにシアナは手を止め、目を合わせて答える。


「不必要な殺しはしない。けど、必要な時は割り切ってやる。ただそれだけ」

「そうか」

「私が生きていくのはこっちの世界だから」

「……そうか」


 ギュンターはそこで口を閉じ、黙々と事後処理を進めていく。


 この世界では基本的に火葬で死者を葬る。

 その理由は、魔素が万物を侵食する性質を持つためである。


 生物が生きている間は適時体液等で排出されるが、死してそれらの機能が停止した場合、魔素に侵されていく。

 魔素の侵食が進むと身体組織が変質していき、最終的には腐乱生物ゾンビと呼ばれる魔物になってしまうため、死体の焼却処分が推奨されている。


 盗賊達の死体を荼毘に付し、街に戻ってギルドで依頼の達成報告を済ませる。

 その間、ギュンターは何事か考えこんで一言も言葉を発しなかった。


「……面白いな」


 そんなギュンターがようやく口を開いたのは、ギルドからエルザーツの居城に戻る道すがらだった。


「面白いって、何が?」

「お前だ。今の人族はみなこうなのか、それともお前だけなのか。

 調べたら退屈しなさそうだな」


 ギュンターの浮かべる人の悪い笑みに辟易しながら、シアナは冗談のつもりで返す。


「解剖でもするつもり?」

「いいや、そんな勿体ないことはしない。

 だが、暫くの間お前を観察対象とさせてもらう」

「えぇ……っと……よろ、しく?」

「あぁ」


  ギュンターの親密度が教育係から観察者にアップ(?)した。



—備忘録 追記項目—

・燃焼

 可燃物が光や熱を伴って激しく酸素と反応する化学反応。

 魔術でこれを行う場合、可燃物の代わりに術者の魔力を消費していると考えられる。

・腐乱生物(F-Sランク)

 魔素が生物の肉体を侵食し変質させた結果、成った魔物。

 身体能力は生前のものに依存する。

 魔素の侵食過程で従来の脳又は心臓の位置に核が生成され、それを破壊・摘出しない限り活動し続ける。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る