第18話 ハジメテを知る

 冒険者の需要は多岐に渡る。

 中でも花形とっているのは魔物討伐や各地に存在する迷宮攻略である。

 しかし命のやり取りをするそれらは当然冒険者の方に犠牲が出る場合も少なくない。

 ギルドとしてもそうポンポンと人材を失うわけにもいかないため、討伐系の依頼はDランクからとなっている。


「今日からは討伐系の依頼を受ける」

「やっと……終わった……!」


 誘拐から1年と1ヶ月。冒険者登録をしてからは1ヶ月。

 シアナの冒険者ランクはFからDへ昇格していた。


「終わり?ここからが始まりだ馬鹿」

「いや、そういう意味じゃないんだけど……」


 ギュンターの端的な罵倒に少々うんざりとした顔でシアナが返す。

 この1ヶ月間、シアナはオンラインゲームのキャリーよろしく、朝から晩までギュンターに依頼へ連れ回され、ランク昇格に努めていた。

 それというのも、ギルドの規定により受注できる依頼は自身のランクより1つ上までと決まっているからである。


「こんなくだらん規定は即刻廃止しろと言った筈なんだがな」

「だからってギルド側が折れるまで下位の依頼独占なんてやり過ぎでしょう。

 予定より1つ多く昇格させてもらえたけど、目をつけられたらどうするの?」

「俺はもう関係ない」

「あなたの事情は知ってる。 私が目をつけられるの!」


 全く聞き入れない姿勢のギュンターから視線を外し、シアナは前方に見えている目標に目を移す。

 今日シアナ達が来ているのは街から離れた荒野の点在するあばら屋の1つ。

 過去に魔物に奪われた土地は、それらが去った後、者達のねぐらとなっている場合が多い。


「依頼内容はここに潜んでいる盗賊の制圧。ランクはDだ。

 ようやく為になる実地訓練ができるな」

「為になる……今までのと何が違うの?」


 シアナの質問への返答は、大方彼女の予想を裏切らないものだった。


「お前はまだ殺しの経験がないからその訓練だ」

「……それは、前に言っていた寸止め云々と関係あるの?」

「延長線上の話になる。とりあえず殺してみろ」


 命を軽視するような発言にシアナは内心ムッとしたが、感情を表面に出さずに反論する。


「私は不必要な殺しなんてしたくない」

「依頼が出ている時点で一定数の奴からは必要とされている殺しだ。

 それに、同じ経験を積むなら魔物よりも人の方が役立つ」


 殺し合いと無縁の前世を送っていたシアナにとって、この命の価値観の相違は未だに適応できない問題の1つであった。

 2回の人生通して初の殺し、それも人が相手という二重の苦難に悩んでいると、ギュンターが急かす。


「早くしないと夜が明けるぞ。

 やりやすいようにお膳立てはしてやってるんだ。必ず成功させろ」

「……分かった」


 聞かれないよう小さく舌打ちをしながらシアナは腰に提げたバッグを探り、筒状に巻いた紙を取り出す。


魔術巻物スクロールか」

「常備してる標準的なものだけどね。

 私にとっては生命線だから欠かせないよ」


 魔術巻物とは、使い切りの魔道具を指す言葉である。

 刻印魔術ではあるが、魔術陣を媒体に刻むのではなく塗料で書いた状態で使用するという相違点がある。

 塗料が少量だと魔力を流した際に焼き切れるため、基本使い捨てとなる。


「ここを加えて……できた」


 シアナは魔術陣に術式を書き加えると、目標箇所を確認する。

 そして近くに落ちている手ごろな石を魔術巻物で包み込んだ。


「これを投げ入れるから、私が合図すると同時に突撃して相手を制圧」

「分かった」


 ギュンターが短く頷くのを確認し、シアナは魔眼を開いた。

 そして魔術巻物へ魔力を流しながら投擲し、その行方を見守る。

 魔術巻物の石巻きは天井付近の穴から中へ落下し数秒後、あばら屋の隙間から眩い光が漏れ出た。


「うぐぁぁ……!」

「目が、目がぁぁ……!」

「今!」


 ギュンターはシアナの合図に一瞬の遅れもなく、すぐさま追い抜いて入口に駆け寄った。

 勢いを緩めることなくドアを蹴り破ると、シアナを待たずに中へ飛び込んでいく。


「がぁっ」

「ぐっ……」

「ごあっ……!」


 数秒と空けずにシアナが駆けつけた時には、既に中から悲鳴が響き続けていた。

 皇級という、現時点では想像もできない域の実力の一端を感じたシアナは身震いする。


「う、うわあぁぁ!!」


 シアナが1歩踏み入れるとほぼ同時に、奥から細身の男が叫びながら走ってくるのが見えた。

 二人の目が合い、男が混乱状態のまま剣を抜く。


「どけよぉぉ!」


 抜き放った勢いのままシアナに斬りかかるが、シアナは冷静に受け流す。

 通常時であれば、いくら細身とはいえシアナが1人で対処できる相手ではない。

 しかし男はギュンターの襲撃による恐怖で混乱し、型も何もない力任せのひと振りでシアナを攻撃したため、冷静なシアナは対応できた。


「このっ、どけっ!

 早くしないとあいつが戻ってくるだろぉぉ!!」

「いや、逃がしたら私も何言われるか分からないので無理ですっ!」

「ぶっ殺すぞガキがぁっ!」


 変わらずぶん回しばかりの剣を危なげなく捌くシアナは、男の背後で何かが一瞬光ったのを見た。


「ぐぁっ!」


 それが何か分かる前に突如男が呻き声を上げて剣を取り落とした。

 見ると、男の右腕には深い切り傷がついている。

 続いて床を這うように光が飛来し、男の足の腱を切り裂いた。


「おぁぁ……!」

「いつまでかかってる。さっさとやれ」


 声と共に奥から戻ってきたギュンターの声が聞こえる。

 シアナはここでようやく、男を負傷させたものが風属性魔術であることに気付いた。


「あぁ、なるほど。あれは魔力の光だったわけね」

「早くしろ」


 シアナが1人で答え合わせをしていると、苛立ちを含んだ声でギュンターが催促する。

 目を見て猶予がないことを悟ったシアナは腰のバッグからロープを取り出して男の両手を縛る。


「何を……している?」


 シアナには表面上疑問形のその言葉が最終警告に聞こえたが、目線を合わせずに答える。

 ギュンターの声の震えが驚きと憤り、どちらのものか確かめる勇気はなかった。


「依頼内容は討伐じゃなく制圧でしょ。

 ここまでやれば十分条件を達成しているし、ギルドに引き渡せば何か情報を引き出せるかもしれない」

「情けをかけるつもりか」

「情け?まさか」


 縛り終えたシアナは結び目が緩んでいないことを確認してから男の足を治療する。

 治療が終わったのを確認したギュンターがシアナからロープを奪い取り街へ向けて歩き始める。

 怒号に備えていたシアナは、肩透かしをくらった気分になりながら後に続く。


 しばらく誰も声を発さないまま歩を進める。


「えっと……ギュンターさん、やっぱり怒ってます?」

「ぐっ……」


 シアナの問いかけに返ってきたのは小さな呻き声と、ブツッと何かが切れるような音だった。

 静寂が過ぎて堪忍袋の緒が切れる音まで聞こえたかと考えるが、自分へ突撃してくる何者かの魔素体マギケーション・ボディが視えた瞬間横へ跳ぶ。


「痛っ!」


 一拍空いて走る痛みと共に、液体が頬を伝う感触に危機感が高まる。

 再度跳び掛かってくる何者かを回避しようとするが、今度は相手も途中で角度を調整したため掴まれ、そのまま押し倒される。


「やっと掴まえたぜ……」

「あ、あなたは……!?」


 距離が縮まり、相手の顔を識別できるようになったシアナは驚愕した。

 それは、先程縛り上げた筈の盗賊の男だった。


「なんっで……縛っていた筈なのに……!」


 シアナは身体強化の出力を全開にして抵抗する。

 しかし、元々の筋力差に加えてマウントポジションを取られた状態での脱出は困難。


「よくも仲間を……殺してやる、殺してやるっ……!」


 どこに隠し持っていたのか、手にしたナイフで刺しにかかる男。

 シアナは全力で軌道を逸らすが全てをいなせず、徐々に受け損なった傷が増えていく。


「ギュンター!手伝って!」


 男を連行していた筈のギュンターに向けて叫ぶも返答はない。

 男がシアナの心臓目掛けてナイフを振り下ろし、それを受け止めたシアナとの力比べになる。


「死ね、死ねっ、死ねええー!!」


 ジリジリと刃が近付き、革の胸当てに食い込んだ。

 あと数秒もせずに体内まで刃を押し込まれることを悟ったシアナは死を予感した。


 しかし、それが実感に変わることはなかった。


 風が薙いだ。


「えっ……?」


 突如男の手から力が抜け、シアナの視界左半分が朱に潰れた。


「うぎゃああぁぁ……っ!!」


 手首から先を失った男が痛みで上体を起こす。

 状況把握が追い付いていないシアナの脳とは裏腹に、身体はその隙を逃さなかった。


「……っぁぁ——」


 男が上体を起こすのに合わせて左手で胸板を押し込み、上下位置を逆転させる。

 男は受け身も取れずに後頭部を激しく地面に打ちつけた。


「——ぁぁああ!!」


 右手で男の両手をナイフから振り落とす。

 逆手に持ち変えたそれを男の首左側から右側へ刺し込む。


「こっ…っ…ごぁっ……」


 数秒か、はたまた数十秒か。

 もがくように動いていた男の両腕から力が抜け地に落ちる。

 更に数秒後。

 男の体内の魔力が完全に動きを止めたのを視認し、シアナは男の上から降りる。


「はっ……はっ……はぁっ……」


 思考が現実に追いつき、シアナはゆっくりと視線を身体に落とす。


 両手にべっとりと付着した赤色は男のものか、自分のものか。もう分からない。

 しかし左手に残っている温もり。これは間違いなく男のものであった。


 そう、だった。

 男は死んだ。


 シアナは人生初の殺人を完全に、完璧に実感した。



—備忘録 追記項目—

・依頼

 依頼者がギルドへ案件を持ち込み、手続きを済ませて発行したもの。

 個人だけでなく村や街、国、ギルドが依頼者となる場合もある。

 手続きの段階で系統(採取/運搬/討伐)分類、期間・報酬・ランクが設定される。

・魔術巻物

 使い切りの魔道具を指す言葉。

 通常の刻印魔術とは異なり、魔術陣を媒体に刻むのではなく塗料で書いた簡易式魔道具。

 製作コストは低いが、魔力を流した際に焼き切れるため、基本使い捨てとなる。

 緊急時用に治癒魔術のものを作成している冒険者が多い。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る