第17話 冒険者を知る

 冒険者。それは誰もが一度は憧れをもつ職業。

 剣や魔術の腕に自信のある者、またはそれを鍛える者、住民を守るという正義感から志望するなど、動機は数ある。


 動機が十人十色であればその装備は千差万別。

 剣、槍、弓、斧、杖、はたまた己が拳、変わり種では身の丈ほどもある大盾を背負う者もいる。

 重厚な金属鎧で身を固める剣士から軽装で急所のみ守る戦士、更に軽装の魔術師。


 自身の強さを武勇伝付きで豪語する者、それを冷やかす者や笑う者。

 世界で最も自由とされる職業者達が集まる場所は冒険者ギルドと呼ばれている。


 冒険者ギルドは各地に存在する。

 それはシアナが滞在しているレアの首都アンファンも同様である。

 その日、冒険者ギルドの扉が開かれた。


「お邪魔します……」


 顔を覗かせた銀髪の少女に喧騒は一瞬治まるが、数人が興味を残しただけですぐ元に戻る。

 しかし、続いた男を見た瞬間、効果音が聞こえそうな勢いでギルド内の空気が凍り付いた。


「お、おい、あれって……」

「あぁ、間違いねぇ……!」

「何しに来やがった……」


 酒場スペースにいる冒険者だけでなくギルド職員の視線までも総取りしているギュンターに、シアナは呆れながら声を漏らす。


「すっごい見られてるんだけど、何かしたの?」


 シアナに言われて視線の主を探すように周囲を見回すギュンター。

 絶対に目を合わせんと見る端から顔が伏せられていく。


「何もないな」

「いや、今明らかに目逸らされてたよね?

 何なの?目が合うと石にでもなっちゃうの?」

「そんなわけないだろ。馬鹿か」


 ギュンターは辛辣に言い放つと、そのまま奥のカウンターへ歩いていった。

 カウンターの向こうに立つ職員は二面四腕の魔族女性だったが、蛇に睨まれた蛙のように身動きが取れなくなっている。

 本当に石化能力がないのかシアナは疑いたくなった。


「おい」

「ひゃいっ!こ、こんにちはギュンターさん!

 いかがなさいましたか!?」


 職員は気丈に笑顔を作り対応する。

 しかしギュンターに向けられていない方の顔は怯えた表情のまま、4本の腕のうち2本は自身の体をしかと抱いている。


「冒険者登録だ」

「資格証の紛失でしたらお時間をいただければ再発行しますが……」

「俺じゃない、こいつだ」

「し、失礼しました!」


 過剰な反応をして謝罪した職員は視線を下げてシアナを視界に収める。

 同時にギュンターを避けて伏せられていた視線が一斉にシアナへ向けられる。


「こんにちは。冒険者登録お願いします」

「こ、こんにちは。それではこちらに必要事項を……あ、あのぅ、読み書きは——」

「さっさと渡せ」

「はい、すぐに!」


 職員は早送りのような機敏さでカウンターの引き出しから書類を取り出し、シアナへ渡す。

 業務を全うしているだけの無罪な職員に同情を向けながらシアナは書類に目を通す。

 初めに書かれているのは主に冒険者というシステムの仕組みと注意事項だった。



 以下要約

・冒険者としてギルドに登録することでギルド内で提供しているサービス(依頼の仲介、依頼報酬の受け渡し、採取品の買取、貨幣の両替etc...)を受けられるようになる。

・それらのサービスを受ける際にはギルドから発行されるギルドカードの提示が義務となる。

 紛失時にはギルドに問い合わせることで再発行可能。その場合ランクは1番下に戻る。

・冒険者ランクはFからSまでの7段階に分けられており、ギルドから実力を認められることで昇格可能。

 依頼の連続失敗や問題行動により降格処分となる場合がある。

・報奨金や違約金支払い等、金銭のやり取りは全てギルドを通じて行う。

 違反が判明した場合、いかなる理由があっても冒険者資格剥奪処分とする。

・各国法令に背く行為、ギルドの品格を著しく貶める行為、他冒険者への執拗な妨害行為等が見られた場合、罰金又は冒険者資格剥奪処分とする。

 その他細かい事項。



 読み終え、記入欄へ視線を移す。

 職業欄をどうするか迷ったシアナは職員へ質問する。


「すみません。職業欄は登録後に変更可能ですか?」

「ギルドに来ていただければ可能ですよ。

 ただ、何度も変更していると、他の冒険者から信用を失う可能性がありますので、あまりお勧めはしません」

「そうですか。ありがとうございます」


 ギュンターが席を外して笑顔を取り戻した職員に礼を言い、シアナは記入を済ませて書類を提出する。


「お願いします」

「それではこちらに手を置いてお待ちください」


 職員がカウンター脇から差し出したA4用紙程度の黒い板の端に手を乗せる。

 板の中央に魔術陣が刻まれていることからこれも魔道具なのだろうと推察する。


「始めます。手はそのままでお願いします」


 職員はそう言ってシアナが手を置いたすぐ上部分、薄く窪んだ箇所に同素材と思われる名刺サイズのプレートを填め込む。


 そのまま職員はシアナが記入した内容を読み上げる。


「名前:……シアナ・ウォーベル。職業:剣士。冒険者ランク:F」


 職員が読み上げると同時に板に刻まれた魔術陣が光り、カミナシに魔眼で視られた時のような感覚をシアナは覚えた。

 光が収まると職員から填め込まれたプレートを外すよう促され、シアナはそれに従う。


「これで登録完了となります。

 このギルドカードは身分証となりますので、失くさないようにしてくださいね」

「ありがとうございます。

 あの……1つ訊いてもいいですか?」


 職員が笑顔で肯定するのを確認し、シアナは直前に生じた疑問をぶつける。


「気のせいでしたらいいんですが、私の名前って変ですか?」

「えっ?」


 予想外の質問に一瞬呆けた職員は取り繕うように手を振りながら否定する。


「いえいえいえ!珍しいので少し驚いただけです!

 変だなんてそんな滅相もない!」

「いやぁ本当に珍しいよなぁ!」


 横から割り込んだ野太い声に振り返ると、2メートルをゆうに超える体躯で豹頭の冒険者がシアナに覆い被さるように見下ろしていた。

 シアナの視界内に武器は映らず、軽装であることから戦士と推察する。


「ようねーちゃん、無事に登録できたみてーだな。あんた、何族だ?」

「人族です」


 シアナが回答すると、豹頭の冒険者はわざとらしく大声で笑った。


「そんな冗談はいらねぇよ。

 どうせそんなナリのせいで今まで苦労してきたクチだろ?」

「本当ですよ」


 違和感なく会話が成り立っていることから発音嬌声の成果を感じながら、シアナは取得したばかりのギルドカードを相手の眼前に突きつける。


——————————

名前:シアナ・ウォーベル

種族:人族

性別:女性

年齢:7

職業:剣士

ランク:F

——————————


 ギルドカードには書類に項目のない種族や性別といった情報までが正確に記載されている。

 職業が申請制だったことから、名前も偽名で登録できるのだろうとシアナは考察したが、それをするメリットもないため今回は見送った。


「ほぉー、どれどれ」


 シアナのギルドカードをひったくって情報を読んだ豹頭の冒険者は、一瞬面食らったような表情を見せる。

 しかしそれもすぐ引っ込み、笑いを堪えるような表情に変わると、他の冒険者に聞かせるような声で話しだした。


「だははは!あいつ、くっそマジメそうな顔してて、こんなちんちくりんのガキが趣味だったみたいだぜ!」


 その一言を皮切りにして、食事をしていた他の冒険者達に爆笑の波が広がっていく。

 中にはどこかに知らせようと外へ駆けていく者までいた。

 但し、一部を除いて。


「そんなに面白いですか?」

「そりゃあな。おいねーちゃん、あんな奴やめておれ達と組まねえか?

 冒険者について手取り足取り教えてやるぜ」

「おっ、それいいな。

 あんな根暗野郎とは早いところ縁を切った方が身のためだぜ」

「なんなら俺達があの野郎をぶっ殺してやろうか?報酬は貰うけどな」


 シアナには理解できにない笑いで酒場スペースがどっと湧く。

 シアナ自身ギュンターを全肯定できるほど好意を抱いていないが、世話になっている相手を悪く言われるのは気分が悪かった。


「お言葉ですが、あなた達よりもギュンターの方がよほど頼りになるかと」


 シアナの反論に一瞬静まった直後、先程よりも大きな笑いが起こる。


「おいおい、フラれちまったよ!

 あいつが入れ込んでるのかと思ったらまさかの相思相愛かよ!」

「あんな奴にぞっこんなんて変わった嬢ちゃんだな!がはは!」

「変わり者同士お似合いなんじゃねぇの?」

「違いねぇ!」


 言い返した傍から笑いの種に変えられる状況に歯噛みしていると、シアナの前に1人の人影が割り込んだ。


「おいお前ら、恥ずかしくねぇのかよ!?こんな子供に絡んでよ!」


 身長は170センチ程度。小柄ではないが特別大柄でもない標準的な体格。

 襟足の長い茶髪を撫でつけて後ろに流した、平成のヤンキーといった風貌。

 しかし背中に庇われているからか、シアナは威圧感や苦手な感情は抱かなかった。


「ちっ、ガーランかよ」

「面倒な奴がいたな……」

「なんだ、まだやるか?後はオレが相手になるぜ」


 ガーランと呼ばれた冒険者が周りを見回しながら宣言する。

 すると、波が引くように冒険者達の興味がシアナから離れていき、飲食を再開する。

 最後に豹頭からシアナのギルドカードをひったくると、しゃがんで目線を合わせながら手渡す。


「ほら、これ。悪いな、止めに入るのが遅くなっちまって。

 端の方に座ってたから馬鹿共を掻き分けて来るのに手間取っちまった」

「いえ、助かりました。ありがとうございます」

「同じ人族のよしみだ、気にすんな」


 また絡まれないように送るというガーランの言葉に甘え、シアナはギルド入口まで一緒に向かった。

 出口から1歩出た瞬間ガーランの姿が消えた。


「ちょっ、何やってるの?!」


 シアナが慌てて目で追った先では、ギュンターがガーランを締め落とさんとしているところだった。

 ギュンターは一瞬怪訝な表情を見せると、ガーランの顔を確認してから解放した。


「げほっ……ギュンターさん、相変わらずだな」

「なんだ、お前か。また面倒事に首を突っ込んだのか」

「あんなうるさくちゃ、おちおち飯も食ってられないからな」


 咳込みながらも不快な表情を浮かべていないガーランとギュンターのやり取りは、初対面のそれには聞こえなかった。


「ギュンターとお知り合いなんですか?」

「あぁ、ちょっとな。

 ギュンターさん、弟子はちゃんと面倒見なきゃ駄目だぜ」

「うるさい、さっさと行け」

「はいはい……じゃあなシアナ。また今度飯でも食おうや」


 そう言い残し、ガーランはギルドの中へ戻っていった。

 二人だけとなり、沈黙が流れ始めたところでギュンターが口を開いた。


「登録は終わったのか」

「終わったよ」

「なら帰るぞ。

 やれやれ、とんだ登録日だな」

「それ絶対私のセリフだからね?」



—備忘録 追記項目—

・冒険者

 冒険者ギルドにて資格登録した者の総称。

 年齢、性別、種族いずれも問わずになることが可能であり、世界で最も自由な職業と言われている。

 身体が資本となり、ハイリスクハイリターンで高収入や名声が期待できる。

・冒険者ギルド

 冒険者の統括・管理するための組織。

 一定以上の大きさの各地域に存在する。

 周辺住民から依頼を収集・仲介しているため、内容や難易度は多岐に渡り、地域差が大きい。

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