第14話 順路を知る

 気絶したシアナはもはや全く気負うことなくレフと対面する。


「いやぁ、災難だったね」


 開口一言目の他人事っぷりに感情が突沸しそうになるのを堪え、シアナは冷静を装い言葉を返す。


「人選ミスじゃないですか?」

「それはエルザを観測者にしたこと?それとも君を協力者にしたことかな?」

「今となってはどちらも、と言いたいところですが……とりあえずあそこまで短気な人物に国を任せるのは無謀だと思いますよ」


 シアナの苦言を受けてもレフは全く動揺せずに返答する。


「あの時任せられるのは彼女しかいなかったからね。

 それと、本人の前では言わない方がいいよ。短気ではなくても侮辱に対して我慢を必要と思っていない人種だからね」

「分かってます。だからここで行ってるんです!」


 短く息を吐き出し、シアナは思い出したことを訊ねる。


「そういえば、観測者各々の強さはどれくらいなんですか?

 カミナシ様のように平和的な人もいるんですよね」


 レフは腕を組んで考えるポーズを取る。

 数秒考えてから説明を諦めたレフは手を振ってホロウィンドウを表示させる。

 そこには過去の映像と思われる観測者の戦闘映像が流れている。


「もちろん戦いを好むか否かは分かれているけど、戦闘になればまず観測者は観測者以外には負けないよ。

 曲がりなりにも世界を管理する側の人間が一般人に負けてなんていられないでしょ」

「負けられないって……それはもはや呪いの部類じゃないんですか?」


 レフはヒラヒラと手を振りながら指摘を否定する。


「あくまで与えた権能によって能力が強化されているだけで、倒れても強制的に立ち上がらせるなんてことはないから安心しなよ」


 少々の胡散臭さを感じながらもシアナは話の続きを促す。


「それなら、観測者の強さを並べるとどうなるんですか?

 カミナシ様は私の目的にエルザ様の協力が必要だと言っていましたが、強いんですか?」

「存命の6人で並べると、やっぱり1番はエルザだろうね。彼女は観測者の中でも頭一つ抜けているよ。

 レアは土地が枯れた部分が広いから、年中領地や物資を求めての争いが絶えない。

 それで否が応でも実戦経験が積み重なったのが他の観測者との違いになったんだろうね」


 シアナはそこで以前読んだ歴史書の内容を思い出した。

 この世界は一歩外に出れば魔獣や迷宮等危険が蔓延る環境にある。

 人々は自分達が住むための土地を求めてそれらと戦い続けた結果、今の生活が成り立っている。


「アスレイでの平和な生活が当たり前になり過ぎて全く実感がなかったけど……むしろレアのそういった環境の方がこの世界の本質ということですか?」

「そういうこと。だからレア以外の平和な国を担当している5人の強さにそこまで大きな違いはないかな。

 エルザがもし暴走したら止めるのに他の観測者が2、いや3人は必要かな」


 それでも怪しいところだけどねと嘯くレフに驚いた表情を見せると、レフは何故か嬉しそうに仔細に語る。


「彼女は特別だからね。

 観測者特有の全属性魔術適正に加えて生まれ持った特異属性魔術・剣術全てが天級。

 実戦経験の多さから生まれる戦闘の多彩さと臨機応変な対応力。

 経験全てを自分の糧にするかの如く成長していった彼女はまさに最強と呼ぶに相応しいだろうね」

「水を差すようで申し訳ないんですが、彼女自身はそのことでかなり恨んでいるみたいでしたけど?」


 レフは一転して気まずそうに頬を指で掻きながら告白する。


「観測者達を送り込んだ当初、僕は彼らの人間性を否定しないように不死ではなく協力案再生能力に留めておいたんだ。それでも十分死は回避できたしね。

 でも、ある時その裏を突いたレアの先代観測者ゾフィが死亡し、彼女の娘であるエルザーツを観測者の席に据える他なかったんだ。

 都合を押しつけたのは悪いと思っているけど、そこらの一般人に責を与えるわけにもいかないからね」

「それを彼女には説明したんですか?」


 シアナの目には、質問に答えるレフの無感情な目が哀しそうに歪んだように見えた。


「もちろんしたさ。それは僕の責任だからね。

 けど、理屈と感情は別物だからね……他人からどう言われようと、彼女にとってはその身に起こった出来事が全てなんだ。

 いつか彼女と和解できる日がくればいいんだけどね……」


 今の時点でまだ許されていなければ無理だと口から出かけたが、シアナは理性のブレーキを全開にして耐えた。

 口が緩む前に話題転換を図る。


「そういえば、消えていた大国の1つ……カリスについてはどう思いますか。

 地図からは消え、私が読んだ文献にも『レアの観測者によって滅ぼされた』としか記述がありませんでしたよ。

 カミナシ様もそれについては一切教えてくれませんでしたし」


 シアナの言う通り、カミナシの機嫌を伺いながら何度か詳細について訊いたが、事情を承知しているにも関わらずカミナシは頑として語ろうとしなかった。


「連絡が途絶えていた間に何かが起こったのは確定だろうけど、前にも言った通り今の僕が把握できるのは君が見聞きした範囲の情報だけなんだよ。

 観測者の中でもかなり強い部類だった彼女がそこらの相手に引けを取るとは思えないんだけどねぇ……」

「ちなみにですけど、エルザ様に直接訊くのは……?」

「実体験させられるんじゃないかな」


 主語の抜けた回答だったが、その部分を正確に脳内補填し想像したシアナは大きく身震いした。

 それと同時に毎度お馴染みの浮遊感を自覚する。


「今日はここまでみたいだね。

 カリスに関してはカミナシとエルザ以外にあたるか、長耳族みたいな長命種に合ったら訊いてみてよ。もしかしたら何か分かるかもしれない。

 滅びた結果は変えられずとも、その過程データはできる限り収集しておきたいからね~」


 細かくエコーがかかって遠ざかるレフの言葉から、改めて自分達がどうとでもできる駒に過ぎないのだと分からされたシアナは、遠ざかる意識にしかと刻み込んだ。



—————



 瞼の向こうに光を感じ、シアナは朝になっていることを認識する。

 それと同時に、横向きに寝ている自身の背中側から足音が聞こえ、警戒心が頂点に達したシアナは飛び起きた。


「起きたか」


 寝起きで焦点の定まらないシアナの視界に映ったのはエルザーツではなかった。


 黒を基調として白のアクセントが利いた衣類に身を包んだ細身の男性。

 見た目は20代前半程度。

 目にかかるほど長い黒髪はアシンメトリーに切り揃えられ、そこから覗く目は通常白目の部分が鈍色、瞳は洋紅色。

 険しさを感じさせるが整った顔立ちに浮かべられている表情はまさに無という文字があてあはまるほどに感情が欠落していた。


「お、おはよう……ございます」

「起きたならさっさと準備しろ。エルザ様がお待ちだ」


 それだけを伝えると男はシアナの返答も待たずに部屋から出て行った。

 凛とした雰囲気と服装からエルザーツの使用人かと予想しベッドから降り立つ。

 ベッド脇にラックで用意されていた服に着替えてドアを開けると、男がすぐ横に立って待っていた。


「わっ……待っていてくれたんですか?」

「こっちだ」


 シアナの言葉に反応せずただ前を進む男の様子に、シアナはゲームのNPCのような印象を持った。

 その印象を裏付けるように男は黙々と歩き、食堂のような場所へシアナを案内した。


「入れ」


 ぶっきらぼうな言葉とは裏腹に丁寧な動作で椅子を引き、既に座っていたエルザーツの対面

にシアナを座らせる。

 今朝は魔道具を着けていないようで、その美しい顔が露わになっている。


「ありがとうござ——」


 シアナが謝意を述べる前に踵を返すと、男はエルザーツの斜め後方に立ち控えた。


「よく眠れたみたいだな」


 エルザーツがパンを千切りながら、視線は向けずにシアナへ話し掛ける。

 まるで毎日しているかのように自然な口調に、シアナは多少警戒心を解く。


「えぇ、おかげさまで」

「そうか。まぁ食え」


 促されるままシアナもテーブルに並べられている食事に手をつける。

 そのまま時折シアナが舌つづみを打つ以外は無音の食事が進む。

 やがてシアナが少し満腹感を覚え始めたところでエルザーツが切り出した。


「昨日の話の続きだけどな」


 その一言で意識を食事から会話へシフトしたシアナが居住まいを正す。

 エルザーツはちらりと見ただけで何も指摘せずに話を続ける。


「やはりお前をすぐにアスレイへ帰すのは無理という結論に至った」

「どうしてですか!」


 思ったよりも大きな声が出たことにシアナ自身が一番驚いていた。

 予想外に感情的になっている自分を自覚し、言い聞かせて抑制する。


「落ち着いて、まずは話を聞くの。こっちの意見はそれから。

 立場的に弱いんだからそれを意識して……」


 数回の深呼吸の後、シアナは完全に気持ちを切り替えた。

 エルザは片眉を上げただけで何も言わず、先程の大声は不問とされた。


「理由は昨日も言った通りだ。

 アスレイには転移阻害の結界が張られているからレアの転移陣を使ったとしてもアスレイには行けん。

 それに、アスレイの転移陣は数百年前に潰されているからそもそも使えない」

「なぜカミナシ様はアスレイの転移陣を破壊したりしたんでしょうか。

 それによって発生するメリットとデメリットを考えれば、普通は直そうとするものでは?」


 シアナの質問にここで今日初めてエルザーツが表情を変えた。

 柳眉を吊り上げて軽く怒りを表したその顔は、それだけでシアナに冷や汗をかかせた。


「知るか。帰れたら本人に直接訊け。

 あたしも定期的な用事でアスレイに行く時に毎度面倒で仕方ないんだよ」

「それだけでは納得できません。

 最大級の安全な移動手段を放棄するなんて国家的な損失じゃないですか。

 許される筈がありませんよ」


 シアナの反論に対しエルザーツは薄ら笑みを浮かべる。

 完全にシアナを——相手がだれであろうとも——見下したその視線に、シアナは瞬間的な心拍の高鳴りを覚えた。


「この世界で観測者に歯向かおうなんてバカな考えを起こす馬鹿はいない。無駄だからな。

 それに、カミナシの決断は国民を守るためのものだ。

 反対する商人どもはいただろうが、国民の大半を的に回せるほど豪胆な奴はいなかったみたいだな」


 エルザーツは一度言葉を切ってスープを一口含む。

 そして味わうようにゆっくりと嚥下してから再び口を開いた。


「加えて、レアこっちと違ってアスレイむこうは土地にも環境にも恵まれている。

 転移陣を棄てて街道のルートのみに絞っても危機に陥るようなことはないと見込んでだろうな」


 どこか自嘲気味に話すその顔に寂しげな空気が漂っているように感じたシアナ。

 しかし数秒後にはその雰囲気も消え、エルザーツも真面目な表情に変わっていた。


「アスレイに近いディオニスかアスラピレイになら送ってやれるが、そこから陸路を行くとなると密林や雪山地帯を一年かけて抜けないといけない。

 そんな長旅を今のお前が耐えられるとは思えん」

「それは、そうですが……」


 シアナが俯くと、落とした視界に紙が滑り込んできた。

 次いでペンとインク瓶が小さく音を立てて脇に落ち、シアナは顔を上げる。


「手紙を書いて両親と落ち合うよう連絡を取れ。

 通常配達なら往復4年、特別速達なら2年ってとこか。

 連絡がついたら合流場所までは送ってやる」

「最短でも2年ですか……」

「安心しろ、その間の衣食住は保証する。

 必要なら仕事も紹介してやろう」


 シアナは脳内で他の方法を模索するも、有効策が見つからず肩を落とす。

 気持ちを切り替えて目を開け、意思を込めてエルザーツの目を見返した。


「分かりました。では帰国までの数年間、お世話になります」


 シアナはさっそく2年後に向けて脳内で日程を組み始める。

 返事待ちの間どんな風に過ごすかによってその後の生活へ大きく影響することを十分に理解しているシアナにとって、無駄にできる時間はない。


「あぁ、そうだ。言い忘れてた」


 席を立とうとしたエルザーツの声でシアナの思考が引き戻される。


「どうしましたか?」

「生活は保障するが、問題を起こされても面倒だからな。

 ここで過ごす間の教育係兼監視役をおくぞ」


 エルザの言葉と共に彼女の後ろに控えていた男がシアナの前へ歩み出る。


「そいつがお前の身の回りの世話をする」

「そういうことだ。分かったな」

「……はい……」


 シアナは組み上げようとした2年後へのプランが崩れ去る幻聴が聞こえた気がした。



—備忘録 追記項目—

・エルザーツ

 魔国レアを担当する観測者の女性。

 紺色の髪に金色の瞳を持つ。

 右に魔視の魔眼、左に識別の魔眼を持つ。

 先代のレアの観測者の娘であり後継者。

 その生い立ち、観測者になった経緯からレフと他の観測者を恨んでいる。

 戦闘能力は観測者一であり、剣術・魔術共に最高峰の天級。

 胸元に大きな刺青がある。

・カリス

 過去に存在していた7つ目の大国。

 その詳細は記録が残されておらず、記されている書物にもエルザーツによって滅ぼされたと記述があるのみ。

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