第12話 罰を知る
ギルベルトに連れられ街中の治癒院にやってきたシアナ達三人は治療を受けた。
結果シアナに怪我はなく、ペトラとアトラも手足に軽い打ち身を負った程度で済み、その場で治癒魔術の施術により綺麗に治った。
「はい、これで大丈夫」
「ありがとうお母さん」
「ありがとうございます」
二人が礼を述べ、アーヴァがその頭を優しく撫でる。
シアナは打ち身の原因が男からの危害ではなく、初めに自分が道の脇へ引き倒したことであるという事実を墓まで持っていこうと心に決めた。
「助かったよアーヴァ。流石だな」
「血相変えて子供達を運び込んできた時には驚いたけど、何事もなくて良かったわ。
何があったの?」
「俺も詳しくはまだ分からん。
悪いが三人とも、この後話を聞かせてもらうぞ」
「分かりました」
三人は肯定の意を返し、アーヴァの厚意で用意された奥の部屋で事情聴取を受けた。
アトラとペトラを気遣い、シアナが主となって経緯を話していく。
「——なるほど、あの爆発はペトラが……」
「はい。隙を作ってアトラが逃げられるようにと、誰かに異常を知らせる合図としてお願いしました。
伝えたあの場で成功させるなんて、流石は『神童』ですね」
そう言ってシアナがペトラの手をとって微笑む。
「や、やめてよ……」
言葉では否定しながらも、ペトラの頬は喜びから緩んでいるのが誰の目からも分かった。
「ぶっつけ本番で成功させるなんて並の魔術師にはできない芸当だ。
誇っていいんだぞペトラ」
ギルベルトに褒められたペトラが頬を赤らめ嬉しそうに笑う。
ペトラが使用した
対象に当たらなかった場合はそのまま魔力が空中に拡散しきるまで直進し続ける。
しかし魔術はその術式内容を変更することで、従来とは異なる性能に変化させられる。
「そんな……わたしはシアの言った通りにしただけで別に……」
ペトラはあの時シアナの要望通り”軌道”と”爆発条件”の術式内容を変更させて魔術を放った。
それは一人前の魔術師が得意な魔術でようやくいくつか成功させられるレベルであり、学院にも入っていない子供が即興で成功させられるものではない。
魔術的素質の高さを見込んで誰かが呼び始めた『神童』という異名の実態をシアナは肌で実感した。
「何にせよお前の魔術のおかげで皆助かったんだ。もっと胸を張りなさい」
「はい……ありがとうございます父様」
ギルベルトはペトラの髪をクシャクシャと少し乱暴に撫でると、椅子から立ち上がり三人に向かって騎士式の礼で深く頭を下げた。
「今回はオレの同僚が危険な目に遭わせてしまってすまなかった!
謝って済む問題じゃないが、オレにはこうすることしかできない」
まさかこんな場所で、当事者でもないギルベルトから謝罪されるなど予想していなかった三人は一瞬硬直した後、慌てて制止に入る。
「や、やめて父様、頭を上げて!」
「そうですよ!ボク達無事だったんですからそんな……やめてください」
「父様、二人もこう言ってますし、お願いですから頭を上げてください」
三人が説得しようとしてもギルベルトは微動だにせずに頭を下げ続けた。
その均衡状態は騒がしさを注意しにアーヴァが部屋のドアを開けるまで続いた。
———
数日後、シアナとペトラはギルベルトと共にアトラの家を訪れ、そこで後日談を聞いた。
原因としては、以前起きたシアと奴とのもめ事が原因だった。
プライドが傷付いた男は自分に恥をかかせたシアへの復讐として今回の凶行に及んだ。
「一般人に対して決闘以外の不当な理由での攻撃という犯罪行為、しかも2回目だからな。
厳重に罰せられたよ」
男は軍からの除籍処分となった。
言葉としては除籍の二文字で簡素に聞こえるが、各国の軍からの除籍処分というのはその国での信用失墜を意味し、まっとうな職に就くことはほぼ不可能となる。
つまり、実質的な国外追放を意味する。
「もう奴が君らの前に現れることはない。安心して生活してくれ」
ギルベルトは話をそこで終え、それ以上語ろうとしなかったため、シアナはカミナシの部屋を訪れた。
「あれ以上処罰を軽くすることはできません」
「でも、いくらなんでも国外追放は……」
「前回は誰にも被害が出なかったのとカレンからの要望があったからこその謹慎処分で済ませられたのです。
今回また見逃せば軍の、ひいてはアスレイとしての威厳や信用に関わります」
シアナの問いに対してカミナシの回答は頑としたものだった。
個人の感情ではなく観測者としての責任感から来ているであろう言葉の重みに、シアナは押し黙るしかなかった。
「それよりも、初めての魔剣祭はどうでしたか?」
空気を払拭しようとするカミナシの話題転換にシアナは正確に乗る。
「それなりに楽しめましたよ。
同じ魔術戦でも、命が懸かっていないというだけであれほど心躍るものになるんですね」
魔剣祭とは学院で開催される一般公開の催しであり、予選を勝ち抜いた学生達による武(魔)の闘技大会である。
大会中には観測者直々の安全策が講じられ、命の危険を考えることなく存分に各々の実力をぶつけ合う機会となっている。
「内容を理解できずとも視覚的に楽しめるようになっていますし、実に興味深かったです」
「そう言ってもらえると主催者として嬉しいですね。
あなたも学院に在籍している間は出場のチャンスがありますし、是非挑戦してみてください」
「私がですか?冗談で……しょう」
冗談と笑い飛ばそうとしたシアナだが、カミナシの真剣な目を見てフェードアウトする。
未だ詠唱魔術を使えるようになる手立てが見つかっていない状態で期待されている重みと、可能性を信じてくれるありがたさを身に染みて感じながら、シアナは少し哀しげに微笑んだ。
「そういえば途中で気付いたんですが、カミナシ様の横に座っていたのは他の国の観測者の方なんですよね。
まだいらっしゃるなら挨拶をしたいのですが、今どちらに?」
シアナの疑問にカミナシは一瞬悩むような顔を見せたが、微妙な表情のまま回答する。
「今日発つと言っていましたが、今どこにいるかまでは把握していません。
あの人は
「何かあったんですか?」
今まで見たことの無いカミナシの悲しげな表情に好奇心を刺激されたシアナは食い気味に質問し、直後ミスに気付いて謝罪する。
「すみません、踏み入り過ぎました」
「……いえ、構いません。レフからの依頼をこなすなら、あなたはいずれあの人と関わらなければいけませんから。
必要になれば紹介はしますが、それ以上には関わらない方がいいと思いますよ」
「はぁ……?」
カミナシの答えはシアナの
しかし、シアナの事情を知っているカミナシがここまで曖昧な答えを出すのは初めてだったため、その背景を察したシアナは答え合わせを先送りにし、カミナシの部屋を後にした。
『よう』
学院の正門を通り敷地外へ出たところで、横から掛けられた声にシアナの足が止まった。
『いい天気だな』
言葉の内容だけで言えば自分に向けられたものだとは気付けなかった。
しかし、それが英語で話されたものである以上、そのまま立ち去るという選択肢はシアナの中に発生しない。
『無視するなよ。独りで会話してる寂しいやつみたいじゃねぇか』
強いビートを刻み始めた心臓を律しながらゆっくりと声の方へ振り向いたシアナは、相手を視認した瞬間心臓が大きく跳ねたように感じた。
口蓋に舌が貼り付く錯覚に襲われながら、なんとか口を開く。
『……な、何かご用ですか?』
『おっ、やっぱり通じてたか。よかったよかった』
シアナに声を掛けてきた?性は?身で髪の色は?色、体形は??。
声色から察するに年齢は?0代?半。
目の前にいるのに情報が一切理解できない特異な状況に、シアナはレフと初めて出会った時を思い出していた。
『ん?あぁ、そういうことか』
困惑するシアナの様子から何かを悟った相手は彼女の目の前まで歩み寄ると、笑いを堪えるように声を掛けた。
『混乱してるかもしれんが、今お前が何も分からないのは魔道具の効果だから心配するな。
それよりちょっと訊きたいことがある』
相手はシアナの前に手を突き出した。
シアナは文脈からおそらく質問の数だけ指を立てているのだと推察し頷いた。
『質問は3つだ。
まず、お前の魔力総量は生来のものか?』
肯定の意として頷く。
『2つ目、カミナシとはどういう関係だ?』
『別に何も……だたの一般人と観測者様です』
『嘘はつくな。為にならんぞ』
顔が分からないにも関わらず、鋭い眼光で貫かれたのをシアナは感じた。
相手の言葉に一分の冗談も含まれていないのを察し、覚悟を決めて回答する。
『……故郷が同じなので良くしていただいています』
答えた途端、シアナは相手の空気が変わったのを感じた。
『……これで最後だ。
お前をこの世界に送った奴の名前は?』
『……レフ……レフ・ウシルです』
シアナが名前を告げた瞬間、脳内にアラートが流れだした。
理性で理解できていない何らかの理由により本能がその場から逃げ出すことを促している。
『で、では、私はこれで……』
『……あぁ、分かった』
刺激しないよう精一杯丁寧な動作で一般式の礼をして視線が下がった瞬間、シアナの視界が暗転した。
—備忘録 追記項目—
・魔術のアレンジ
魔術を構成する術式は射出前であれば変更可能であり、従来と異なる動きを実現できる。
それを成すにはかなりのセンスと修錬が必要とされており、常用するようなものでもないため、実践可能な者は希少。
刻印魔術でも魔術陣の術式を破綻なく組み込めば同様のことが可能。
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