第11話 殺意を知る

 シアナが騎士団員ともめた一件から数か月が経った。

 あの件以降、アトラの様子に変化が見られる。

 以前にも増してシアナとペトラと共に行動するようになった。


「シア、どうしたの?何か考え事?」

「うん、その……なんでアトラはまだ私と一緒にいるの?」

「えっ……」


 アトラのショックを受けた表情を浮かべ、目尻に涙が溜まりだす。

 言葉を間違えたことを悟ったシアナは慌てて発言を訂正する。


「えっと、違うの、ごめん、間違えた。

 どうして一緒にいてくれるのかって訊きたかったの。

 未遂とはいえあんなことがあったから、正直避けられるのも覚悟していたんだけど……」


 シアナの言葉にアトラはキョトンとした顔を見せる。


「そんなの考えもしなかったよ。

 別に怪我もしなかったし、今は二人といたいから一緒にいる。それじゃ駄目かな?」


 シアナは勝手に予測的な損得勘定でアトラの気持ちを決めつけていたことを恥じた。

 自分ならこうする、と中途半端な経験則から判断するのは危険だと自らに言い聞かせる。


「うん、ごめんね?変な事言って」

「よく考えるのはシアの良いところでもあると思うけどね」

「ありがと」


 アトラと軽く笑い合っていると、シアナは隣から粘着質な視線を感じた。

 視線をスライドさせると、ペトラがジトっとした目でシアナを見ている。


「どうしました?」

「なーんか最近二人だけ仲良くなってるから、おいてかれてるなーって思っただけ」


 拗ねたように頬を膨らませるペトラ。

 シアナは可愛らしいと思いながらも呆れた表情を見せて言葉を返す。


「別にそんなつもりはありませんけど……原因の一端は姉様にもあるでしょう。

 この頃言いつけを破って外出禁止を受けてばかりだったじゃないですか」

「うっ、それはそうだけど……」


 痛いところを突かれたペトラが言葉に詰まってまた小さな笑いが起こる。

 ひとしきり笑い終わったところでアトラが話題転換を図った。


「そういえば二人とも、来週の予定って何かあるかな?」

「わたし達は週末に魔剣祭を観に行く予定だけど」

「ボクもなんだけど、その日お父さんが会場警備の役割になっちゃって。

 もしよければ一緒に行ってもいいかな?」


 ペトラが意見を求めるように目配せし、シアナは頷きで応える。


「ならそうしよっか。

 父様には後で言っておけば大丈夫でしょ」

「それなら一旦街に戻って訊けば良いんじゃないですか?

 今日はこっち側の門番だって朝言っていたのですぐに会えると思いますよ」


 全員の同意を確認しシアナが街の方を向くと、その方向からフード付きコートを身に付けた人物が歩いて来るのが見えた。


「誰だろうね?あれ」


 シアナの肩ごしに同じものを見つけたアトラが疑問を口にする。


「誰だろ……大人の人、だとは思うけど」


 シアナ達がいる黒壁丘は子供の遊び場としては人気がある。

 しかし、大人がそこへ行くのは何か問題起こった場合の仲裁程度であり、今現在シアナ達以外の子供はいない。


「って言うか、あの人なんであんな格好してるんだろう?」


 季節は春だが最近は初夏に差し掛かり始めているこの頃。

 今日も日差しの下では薄手の長袖のシアナ達も汗ばむ中、その人物のコートは季節外れだと言わざるをえない。


「気になるなぁ……」


 シアナは二人の後ろに隠れつつ魔眼を開いてコートの人物を盗み視る。

 コートが魔術陣を織り込んだ魔道具である可能性を考えての行動だったが、シアナの視界に映ったのは予想だにしないものだった。

 “それ”を視た瞬間シアナは二人の襟首を掴み、道の脇に跳んだ。


「っ……!」

「ったぁ……!何するのよシア——」


 起き上がりながら文句を言おうとしたペトラの表情が固まる。

 その視線の先には、先程まで自分達が立っていた位置で鎧を身に付けた騎士が剣を振り抜いた姿勢で三人を睨んで——否、その視線はシアナに刺さっていた。


「チッ、避けるなよ……」


 舌打ちをしながらユラリと、不気味なしぐさで騎士は上体をのけ反らせる。


「あ、ありがとうシア」

「なんで分かったの?」

「いや、本当に偶然……」


 呟いた言葉に嘘はなく、シアナが不意打ちに気付けたのは偶々であった。

 シアナが魔眼で視たのはコートに織り込まれている魔術陣ではなく、騎士自身の魔素体だった。


「あんな魔素体マギケーション・ボディ、見たことない……」


 魔素体とは生命を構成する因子の1つであり、魔素的構造因子である。

 通常は目視できないものだが『魔視の魔眼』を用いれば視覚的に捉えられる。

 そして、シアナ視たそれは今まで視たことがないほどに刺々しく、相手が普通ではないことを直感させるには十分であった。


「つくづく思い通りにいかねえな……ムカつくぜ」


 毒づきながら騎士がフードを外す。

 その下から現れたのは1年前シアナと揉め、禁止処分になったあの騎士団員であった。


「私が囮になります。二人とも逃げてください」


 男から視線を外さないままシアナは二人に耳打ちする。


「そんなのできるわけないでしょ!」

「やだ……やだよ」

「あの人の狙いは私です。二人ならここから離れても大丈夫でしょう」


 語気だけを強めて議論の余地がないことを伝える。

 シアナの意図を汲み取ったペトラはアトラの袖を引き、目配せをする。


「シア……大丈夫なんだよね?」

「私は大丈夫。一人なら秘策があるから」


 気丈に振る舞ってみせるが、それは張りぼての自信だった。

 秘策などある筈もなく、魔術も使えず、剣を持っていても勝てる見込みなどない。


「今度は避けるなよ……」


 男が剣を最上段に振りかぶった瞬間、シアナが叫ぶ。


「今、走って!」


 シアナの合図で二人が走り出す。

 シアナの目論見通り男は標的であるシアナ以外には目もくれず、二人が無事に男の横を距離をとったまま通り過ぎた——筈だった。

 突如、男の姿がシアナから遠ざかり、振りかぶられていた剣が地面に突き刺さった。


「いやぁぁ!」


 青空に高い悲鳴が響き渡る。


「アトラッ!」

「逃がすわけねぇだろうが……」


 男は身体強化で強化された脚力で一瞬にしてペトラとアトラに追いつくと、アトラの金髪を鷲掴みにして引き寄せ、その喉元にナイフを突きつけた。


「おい、戻れ。このガキを殺すぞ」


 男は顎でシアナの方を示し、ペトラは歯を食いしばって指示に従う。

 男を睨みつけながら横を通り過ぎようとしたところでアトラと目が合う。


「たす……けて……」


 恐怖で消え入りそうな声だったが、その一言はペトラの我慢の限界を越えさせるには十分過ぎるものだった。

 ペトラが足を止め、震えながら声を上げる。


「アトラを放して……」

「あ?何か言ったか?」

「放しなさいって言ってるのよ!」


 言うと同時にアトラは手を突き出し、詠唱を始める。


「我の求むる所に火の恩寵を賜らん、みちを拓きし閃火を——」

「ははは、面白ぇ!やってみろ」


 男は詠唱中で無防備なペトラを攻撃しなかった。

 それどころか煽るような言葉を掛けながらゆっくりと坂を下り距離をとる。

 シアナは慌てて坂を下り、ペトラに駆け寄る。


「ちょっと姉様、何してるんですか!?

 そんなの撃ったらアトラに当たりますよ!」


 ペトラが構えているのは火属性中級魔術の炎砲弾フレイムキャノン

 人に対して過剰火力のその魔術には怒りからか魔力が多く込められ、従来の倍以上の大きさとなっている。

 当たれば即座に治癒魔術で治療しても危ないレベルの重症が見込まれる。


「——大丈夫、あいつだけ燃やしてみせるわ……!」

「そんな無茶苦茶な……」


 魔術の軌道をコントロールして狙った目標のみに当てる技術は存在するが、当てた上で特定の対象のみに攻撃する技術は存在しない。

 しかしペトラは無謀にも思える自信から、シアナの忠告を聞こうとしない。


「できるもんならやってみろ。友達が黒焦げになってもいいならな!」


 男の煽りも加わり今すぐにでも撃ち出しそうなペトラの制止は諦め、シアナは説得にシフトチェンジした。


「分かりました姉様、もう止めません。

 でも、ただ撃っては意味がありません。」

「それでも、このままじゃアトラが……!」

「分かってます。だから、工夫をしましょう——」


 シアナはペトラの後ろから顔を近づけ耳打ちする。

 二人が不審な行動を見せている間、男はまるで反応を楽しむように人質へ危害を加えようとしなかった。


「おいおいまだかよ?そろそろブツッといっちまうぞ!?」

「——姉様!」

「っ!失敗しても文句言わないでよ!——炎砲弾!」


 シアナの掛け声と同時にアトラが魔術を放つ。

 男の頭を照準して射出されたそれはまっすぐ進まず、浮き上がるような軌道で男の頭上を通り過ぎた。


「はっ、どこ狙って——」


 男が鼻で笑おうとした瞬間、後方で新たな太陽が発生した。

 直撃せずに男の頭上を通過した炎砲弾が空中で轟音と閃光を撒き散らして爆裂した。

 昼前で十分な明るさの丘を一瞬で白く染めた。


「ぅわぉ……」


 驚き半分、呆れ半分の感情を込めながらシアナは感嘆の声を漏らした。

 炎砲弾を上空で破裂させることで不意を突き隙を生み出してほしいというシアナからの要求をペトラは十二分に果たした。


「どわっ?!」


 予想だにしなかった轟音への対応で反射的に耳を塞ぐため、男は手を放した。

 その隙を逃さずアトラは逃げ出してシアナ達の下へ走り寄る。


「これで状況が良くなればいいんだけど……」


 人質はなくなったが、位置関係が初めと変わらないため、状況はリセットされるに留まっている。


「こんのクソガキども……!!」

「前言撤回。むしろ悪くなったかも」


 衝撃から立ち直った男の目には、先程までよりも憎悪の炎が燃え盛っている。

 全身から発せられる殺気を表すように、男の魔素体が更に刺々しくなっているのをシアナは視認した。


「なめた真似してくれた礼だ……お前らの大好きな魔術これで殺してやるよ。

 我の求むる所に土の恩寵を賜らん——」

「わ、我の求むる所に風の恩寵を賜らん——」


 男は狂気に満ちた笑みを浮かべると、シアナ達に向けて短い杖を構えて詠唱を開始する。

 シアナの隣ではペトラとアトラが慌てて追従するように詠唱を始める。

 シアナは、この状況で何もできない自身の無力さに腸が煮えくり返るような思いを噛みしめることしかできなかった。


「土壌の片鱗を以て——」

「風巻く障壁により我を脅威から護らん、風壁ウィンドウォール!」


 男よりも二人の方が先に詠唱を完了させ、魔術を発動させた。

 しかし、男に焦りに焦りの表情はない。

 むしろ狂気を増した笑みからシアナは男がわざと詠唱を遅らせたのだと悟る。


「敵を打ち砕かん、岩砲弾ストーンキャノン


 男が詠唱を終えると同時に拳大の円錐形の岩が射出される。

 シアナの認識速度が数倍に引き延ばされ、周囲の状況が入り込んでくる。


 岩砲弾が風壁へ迫る。

 込められた魔力量から威力は人を殺すのに申し分ないものと推察。

 属性相性的には風壁に軍配が上がるが、それを覆す出力差が双方に存在している。


 1秒もしないうちに岩砲弾が風壁に接触し、多少威力が減衰させられながらも貫通し、ペトラとアトラ、そしてシアナの命を奪うには十分な威力で着弾することは容易に予測できる。


「せめて二人だけでも——」


 シアナが二人を射線から押しのけようと肩に触れると同時に岩砲弾が風壁に激突。

 属性の優位性、そして二重展開というアドバンテージを難なく突破し——。


「——風壁!」


 ——新たに生成された風壁に阻まれ、砕け落ちた。


「……は……?」


 状況を理解できない表情のまま、男の姿が一瞬で消えた。


「……ぎぃやあぁぁ!!」


 次いで困惑するシアナ達の頭上で悲鳴が聞こえたかと思った直後、男が落下してきた。

 何者にやられたのか、肩口から胸までが斬りつけられたように傷付いている。


「おーい!」


 聞き覚えのある声に目を向けると、ギルベルトと数名の騎士団員がシアナ達の方へ走って来ているのが見えた。

 シアナはハッとすると魔眼を閉じ、興奮状態から無意識に開いていたアトラの魔眼も閉じさせた。


「ペトラ、シア、アトラ、大丈夫か!?」


 血相を変えて駆けつけたギルベルトは、三人が生きているのを視認し、駆け寄った勢いのままに抱きしめる。


「よかった、間に合った……怪我はないか!?」

「私は大丈夫です。でも、アトラが一度捕まってしまったので一応治療を——」

「分かった!全員治癒院に連れて行く!」

「あ、いえ、私は大丈夫——」

「バカなこと言うな!大丈夫なわけないだろうが!死にかけたんだぞ!?」


 シアナはギルベルトの鬼気迫る表情と大声に思わず怯み謝罪の言葉を口にしてしまう。

 後にこれが本気でギルベルトに怒られた初めての時だと思い返すが、それはまた別の話。

 その声と迫力に緊張の糸が切れた三人は治癒院に到着するまでの間声を上げて泣き続けた。



—転生備忘録 追記項目—

・魔術の威力

 基本的に魔術はそれぞれ発動する上で規定の威力が設定されている。

 魔術を放つまでの間に必要最低魔力量以上の魔力を込めることで威力・大きさを増加させることが可能。

 魔術の威力を下げることもできるが、その場合にも追加で魔力を込める必要がある。

・生命構造物質

 声明は物質体、魔素体、精神体の三大因子から構成される。

 物質体マテリアル・ボディ:物質的構造因子。個々の肉体にあたる。物質体に干渉可能。

 魔素体マギケーション・ボディ:魔素的構造因子。個々の魔力や魔術回路にあたる。物質体、魔素体に干渉可能。

 精神体スピリチュアル・ボディ:精神的構造因子、個々の精神や思考にあたる。物質体、魔素体、精神体に干渉可能。

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