第7話 希望を知る

 ある日の夕方、シアナはカレンと共に町のとある店を訪れた。普段カレンが子供を連れて歩く時はペトラとシアナ両方を連れていくことが多いため、2人だけでの外出は素質測定以来2か月ぶりとなる。


「母様、今日はいったいどこへ行くんですか?姉様も行きたがっていましたよ」

「ペトラはだめ。今日の用事の1つはあの子に関することだもの」


 ペトラに関するのならば尚更本人がいた方が良いのではないかとシアナが考えたところで「ここよ」という言葉とともにカレンの足が止まった。見上げた視線の先には「ブラック宝石店」の看板が映る。

 入店すると茶髪をオールバックにしたスーツ姿の凛々しい女性がカウンターの向こうで二人を出迎えた。


「いらっしゃいませ……あら、カレンじゃない」

「こんにちはマリン。お願いしてた腕輪は出来てる?」

「バッチリ!ちょっと待って……はい、これね」


 マリンと呼ばれた女性がカウンターの下から取り出した黒塗りの木箱の蓋を開けると、直径2センチほどの緑色の石が填め込まれた腕輪が2つ収められていた。

 カレンは片方を取り出すと見やすいようシアナの前に差し出す。


「綺麗でしょ?ここに付いているのは魔石っていう特殊な石なのよ」


 魔石とは、一定以上の魔素が定着することにより変質した鉱石の呼称である。質によって多少変動するが大抵が同ランクの鉱石よりも硬く、実用的な面も併せ持つため、装飾品だけでなく魔道具と呼ばれる魔術を発動するための道具を作成するのに使用される。


「明日がお姉ちゃんの5歳の誕生日だから、その時に渡すプレゼントを受け取りに来たのよ」


 この世界において、誕生日はシアナの前世のように毎年祝うものではない。5歳、10歳、15歳までの5年おきと、成人年齢となる17歳の年のみ盛大にお祝いを挙げる風習となっている。


「ちょっとカレン、その子とは初めましてなんだからまず紹介してくれない?」

「あ、ごめんなさい」


 マリンがカウンターから身を乗り出し気味に文句を入れると、カレンは慌てて謝罪しながらシアナを抱き上げる。


「マリン、娘のシアナよ。今年3歳になったの。

 シアナ、こちらはマリン。旦那さんと一緒にこのお店をやっているの」

「初めましてシアナちゃん。これからよろしくね。

 あなたのお母さんとは古い付き合いだから何でも聞いてね」

「シアナです。よろしくお願いします」

「ちょっと、変な事吹き込まないでよ」


 笑顔で差し出された手に応えて軽い握手を交わすと、マリンはシアナが手に持つ腕輪を指しながら説明し始める。


「魔石は他の物よりも魔力を通しやすい特徴があってね、何かに魔力を通す時の起点にしやすいのよ。

 2つの腕輪にはそれぞれ治癒ヒーリング解毒デトクションの魔術陣が刻まれているから、魔石に魔力を通すとそれらの魔術を発動できるようになっているの。

 この魔石は小さいからそれくらいにしか使えないけど、もっと大きい物であれば魔力を溜めるなんてこともできるしね」


 魔術は基本的に詠唱によって行使されるが、それは戦闘においての話であり、日常生活においては刻印魔術と呼ばれるもう一つの方法で使用されることが多い。

 詠唱魔術では毎回自身の体内部で術式を構築し、そこに魔力を流すことで魔術を発動させるが、刻印魔術はその術式を物体に刻み、そこに魔力を流すことで魔術を発動させる方法である。

 そして魔道具は刻印魔術に分類される。


「初級魔術だけど、日常生活の中ではこれでも十分過ぎるくらいなの」


 詠唱魔術と刻印魔術の使用場を分ける大きな要因は常時変化する状況への対応性である。

 刻印魔術は特性上、一度設定した魔術を変更することはできない。また、媒体の物体によっては使い切りとなるため、発動の都度媒体の用意とそれに刻み込むという手間が掛かるデメリットが存在する。

 そのため、戦闘においては臨機応変に対応しやすい詠唱魔術が主流となっている。


「こうして予め準備しておけばいつでも魔力を流すだけで発動できるから、治癒系の魔術が苦手な子でも正確に使えるの」


 ここで以前レフから聞いた刻印魔術の特性を脳内復唱していたシアナがカレンの思惑に気付いた。


「っ!母様、もしかして……」

「あら、もう気付いたの?凄いわね」


 シアナの理解スピードに対し満足そうに微笑んだカレンはシアナの髪を撫でながら肯定する。


「そう。今日ここに来たもう1つの用事は刻印魔術の先生になるマリンに会わせることよ。

 詠唱魔術なら私が教えてあげられるけど、刻印魔術の扱いはマリンの方が上になるもの」

「というかあなたに刻印魔術の手ほどきをしたのもアタシなんだけど?」

「その節はお世話になりました。感謝してるわ。

 今の私があるのは半分はマリンのおかげだもの」


 うんうんと頷き気を良くした様子のマリンは腕輪をプレゼント用に梱包すると、店頭の看板を閉店表示に変えてから二人を店の奥へ招き、刻印魔術と魔石に関しての基礎知識をシアナにレクチャーし始めた。


「なかなかのみ込みが早いわね。予習でもしてきた?」

「いいえ、そんな……マリンさんの教え方が上手いだけですよ」

「ははは、上手だね。将来は女の子を泣かせていそうだ。

 じゃあ今日は最後に魔石の実用例を見て終わろっか。カレン、ちょっとあなたの貸してくれる?」

「えぇ、いいわよ」


 カレンは頷くと、ゆったりとした動作で首に提げている紐を服の中から引き上げ、直径5センチ程度の円盤状の魔石を取り出した。腕輪に使用されていた物とは異なる鮮やかな赤色のそれは、僅かに発光しているようにも見えた。


「あ……」


 その光を確認した瞬間硬直し、直前とは打って変わって機敏な動きで服の中へ魔石を戻そうとしたカレンの手首をマリンの手が掴んだ。その顔には笑顔が浮かんでいる。——但し、目が笑っていない。


「い、痛いわよ?マリン」

「大丈夫、もし折れてもあなたならすぐに治せるでしょ?いいから魔石を出しなさい」

「はい……」


 マリンの発する圧に観念したようにがくりと項垂れたカレンは、それでも最後の抵抗にと極力目を合わせないようにしながら魔石をマリンに手渡した。


「シアナちゃん、丁度いい機会だからしっかり覚えてね。

 さっきちらっと言ったけど、魔石には魔力を溜め込むことができるの。そして残りどれくらい魔力を込められるかは魔石の色で判断できる」


 見えるよう差し出された魔石にシアナが触れようとすると、マリンが真剣な声色でそれを制する。怒りの感情がなくとも鋭いその声に、思わずビクリとしたシアナを落ちつかせるようにポンポンと頭を撫でながらも、マリンの目から真剣な色は消えない。

 マリンは背後に詰まれている木箱から黒い水晶のような魔石を取り出すと、カレンから受け取った魔石と並べて置き、説明を再開した。


「魔力の込められていない空っぽの魔石は透き通った黒色をしていて、魔力を込めていくほどに赤みを増していくの。

 もし満杯になっても魔力を込め続けたらどうなると思う?」

「えっと……壊れて使えなくなっちゃう、とかですか?」

「うーん、半分正解かな。答えはね……爆発しちゃうのよ。

 ちなみに、この魔石の中の光だけどこれ、爆発寸前の目安なの」

「えっ、ちょ……わわっ?!」


 最後の一言に警戒心が最大限まで高まったシアナは魔石から離れようとするが、3歳の身体では成人用の椅子から降りるのは難しく、バランスを崩す。


「危ない!」


 幸い横からカレンが手を伸ばし服の裾を掴んだため床まで落ちずに済んだが、それでも半径1メートル以内に暴発寸前の爆弾がある状況は何一つ改善していない。


「マリン、シアが怪我したらどうするの!」

「ここは床に絨毯が敷いてあるから椅子から落ちたくらいじゃ怪我しないわよ。

 というか、怪我の可能性を責めるならこんなのを持った状態で歩き回っていたあんたに言われたくないんだけど」


 非難の言葉を正面から受けた上で返されるマリンの詰問にカレンは言葉を詰まらせる。

 しかしそれも仕方のない話である。原因は交換し忘れとはいえ、爆弾を抱えて人々のいる場所を闊歩していたのだから。シアナの前世ならばテロの実行犯として拘束されても文句が言えない状態だった。


「ま、まぁ母様もうっかりしていただけですよ。誰にだって1回くらい失敗はつきものでしょう?」

「シアナちゃん、もし気付かないまま爆発していたらあなた達だけでなく、大勢の人も巻き込んでいたかもしれないの。うやむやにしていい問題じゃないわ。

 それに、今回で2回目なのこの子は。前回は何年前だっけ?」

「13年前です……」


 援護射撃も虚しく、マリンの説教にどんどん小さくなっていくカレンを肩身の狭い思いをしながら時間は過ぎていった。

 ようやく怒りの矛先が収められた頃には日もすっかり落ち、魔力が空の魔石を握らされたカレンと共にシアナは帰路についた。


「こ、この腕輪凄いですね!姉様もきっと喜びますよ!」

「え?えぇ、そうね。喜んでくれるといいわね」


 会話が修了し、静寂が二人の間に流れる。

 店内でフォローに失敗した気まずさから話題を探すシアナだったが、それよりも先にカレンがポツリと切り出した。


「珍しいわね、シアから訊いてこないなんて。

 いつものシアならマリンの話に割って入ってでも魔石を持っていた理由について質問するでしょう?」

「あはは……お見通しでしたか」

「そりゃあね、あなたの母親ですもの」


 シアナの称賛に少し気を良くしたカレンはそのまま口を動かし続ける。


「生まれつきの特別な体質でね。魔力が際限なく湧き出てしまうの」

「良い事ではないんですか?魔術が使い放題じゃないですか」

「そうも旨い話じゃないのよ。全快状態でも魔力が湧き続けるから、何も対策しないと身体が壊れてしまうの。魔石と同じよ」


 爆発まではしないと思うけどねとはにかみながら魔石を見つめるカレンの目はどこか遠い。


「この魔石には魔力吸引の術式が刻まれていてね、触れている生物から魔力を吸い取り続けるの。これを身に着けているおかげで身体の負担を気にせずに普段通りの生活を送れるのよ」

「へぇ~。マリンさんとは付き合い長いんですか?」

「私が生まれる前から両親と交流があったと聞いてるわ。だから私に関しては全部知られてるってわけなのよ。成功も失敗もね。

 シアにも今日1つ知られちゃったけど、お父さんとお姉ちゃんには内緒よ?」


 二十歳を越えているにも関わらず少女のようにも見える悪戯な笑みを見せたカレンは気持ちを切り替え、家に着いてからもギルベルトとペトラに何も勘付かれるようなことはなかった。



———



 翌日、自宅の庭を開放して開かれたペトラの誕生日パーティーには近所の顔馴染みをはじめ、ギルベルトとカレンの知り合いを中心とした大勢の招待客が訪れた。その中には出産時シアナを取り上げた女性も存在し、挨拶の際に名をアーヴァ、種族は長耳族エルフと判明した。

 アーヴァの裾から隠れて覗く少女がシアナの視界に映ったが、挨拶を遮るわけにもいかず、名前を聞く前にアーヴァと共に他の招待客と入れ替わってしまった。


 一通り挨拶が終わるとプレゼント開封の時間へ移った。

 大小様々な梱包をされたプレゼントが用意されていたが、その多くが魔術関連の教本や魔道具、ヘアピン等アクセサリーであり、ペトラの優れた魔術的素質がどれだけ期待されているか理解できるラインナップとなっている。

 同時にどこから情報が拡散されたのか、自分を哀れむような視線が度々向けられることにシアナはうんざりとした気分になっていたが、パーティーを台無しにしないために表情筋を総動員してにこやかに努めた。


 その後何も問題は起こらずパーティーは進み、日が暮れ始めると招待客達は帰宅し、家族の時間となった。

 パーティーでは出なかったホールケーキが用意され、ロウソクに点けた火をペトラが吹き消したところで昨店へ受け取りに行ったプレゼントが両親から手渡される。


「はいペトラ。誕生日おめでとう」

「おめでとうございます、姉様」

「わぁ……!ありがとう、父様、母様、シアも。大事にするね!」


 地平線の向こうに沈んだ太陽が室内に現れたような明るい笑顔を見せたペトラにつられ、全員が笑顔のままぺトラの将来への期待を話しながら夜は更けていった。



—備忘録 追記項目—

・魔石

 一定以上の魔素が定着した鉱石の総称。

 品質はピンキリだが、同ランクの鉱石よりも頑強であり、実用的な機能を併せ持つ。

 形状加工には熱に加え魔力が必要であり、必要魔力は品質の劣悪に比例する。

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