第4話 同郷を知る

 白い空間の中でシアナが目を開くと、目の前には冷や汗をかき気まずそうなレフが立っていた。

 シアナは身体の埃を払い——精神的な空間で埃などつく筈がないのだが——レフを睨みつけながら口を開いた。


「……弁明を聞きましょうか」

「悪いけど、こればかりは僕にも分からないな。

 君には全属性の適正を付与してあるから、あんな事態が起こる筈はないんだよ。

 君の身体に何が起こったのかくらいは分かるけどね」


 シアナは少々うんざりとした顔で教えてほしいと乞う。

 その乱雑な態度にもレフは気にした様子を見せずに説明を始めた。


「じゃあまずは基礎的な部分からだ。

 詠唱魔術を使用するには各属性の適正を要求され、自身が適正を持つ属性の魔術しか使うことはできない。

 火属性の適正なら火属性、水属性と土属性の適正ならばその2属性といったふうに……ここまでは以前教えたから知ってるよね。

 ちなみに君の姉のペトラはかなり希少な全属性適正持ちだよ」

「わぁ凄い、私と同じですね」


 皮肉の込められた返しをレフは苦笑いで濁す。


 シアナは以前、夜間の授業中にレフから全属性の魔術適正を付与していると知らされていた。

 つまり、今回の魔術失敗は彼女が無謀な挑戦をした結果ではなく、本来起こりえない事故だった。


「適正に合わせて体内に魔術回路が形成されるんだけど、これは例えるなら個人の魔術用規格のようなものだ。

 君の前世でも規格の違う電化製品を無理に使おうとしても起動しなかったり、動いてもすぐに壊れたりと異常が発生していただろう?

 それこそが今回君の身体に起こった現象さ。

 水属性の規格適正が無い状態で魔術を使おうとしたことで、魔術回路に大きな負荷が掛かり、痛みという症状で現れたんだ」


 レフの例えにシアナは一瞬考え、すぐさま質問を返す。


「どの属性、どの階位の魔術でも症状は同程度になるんですか?」

「今回は初級だったからあの程度で済んでいるけど、使う魔術が大きければそれに比例して掛かる負荷も大きくなる。

 痛みを無視したとしても無事でいられるのは上級が限度かな。

 それ以上の魔術を使えば運が良くて魔術回路全損、最悪の場合死に至るだろうね」


 そんな馬鹿なことをした人の前例は無いけどね、とレフは明後日の方向を向きながら肩を竦めて軽い口調で締めた。

 しかし、何秒待っても返答がなく気になり、シアナを横目でそっと伺い見る。

 そこではシアナがロダンの彫刻が如く腕を組んだポーズで固まり、じっと考えこんでいた。


「どうかしたかい?」

「いえ……なら、今回は不幸中の幸いだったわけですね。

 再度確認しますが、本当に私には全属性の適正があるんですか?」

「それは間違いない、断言するよ。

 君の魂とはパスが繋がっているからリアルタイムで状態を把握できるけど、今も全属性の適正が確認できている」


 レフはそう告げると同時に1つの仮説を思いつき、ポンと手を打ちつけた。


「あくまで可能性として挙げるなら、君の前世での死因が関係しているのかもしれないね」

「どういうことですか?」

「事故や事件がきっかけでそれに関するものがトラウマになり、後遺症を抱えたケースを聞いたことはないかい?」


 シアナは記憶を遡る。

 おそらくパニック障害のことを言っているのだろうと推測し、ゆっくりと頷いた。


「普通の事故や事件でもそうなるのに、死因ともなれば記憶へ刻まれる深さは測り知れないよ」

「前世の出来事をずっと引きずるほど根暗じゃないつもりですけど……」

そうだろうね」

「……どういう意味ですか?」


 含みのあるレフの言い回しが引っかかったシアナは平静を装って訊ねる。

 

「君のことを"異色のユニット"と表現したのを覚えているかい?」

「ええ、覚えています」

「それはね、君が決して取り除けない呪いを受けているからなんだ」

「はぁ……呪い?」

「そもそも君を協力者に選んだのだって、その呪いが原因だからだしね」


 レフが胡散臭いものを見るようなシアナの視線を受け流しながら手を振り、地球のホログラムを表示しながら説明を始めた。


「僕は地球を超大型のシミュレーションゲームと言ったけど、ゲームにはバグがつきものだ。

 それも星規模となれば発生数・頻度は想像もできないほど膨大なものでね……とても手動では処理できない。

 だから僕は専用のシステムを組み込むことでバグを自動処理するようにしたんだけど、ここで僕は最大のミスを犯した」


 レフは回顧するように遠い目を虚空に向けながら言葉を続ける。

 シアナはその視線に対し、背筋へ悪寒が走った。


「システムの自動処理能力を過信し、故障に気付かないまま運用し続けたんだ。

 その結果、システムの故障でバグと認識されなくなったそれらが積もりに積もり、ようやく僕が気付いてシステムを修繕した時には、正常な手順で処理できるレベルを超えていた」

「一括削除とか……できなかったんですか……?」


 自分の言葉の震えを感じながら、今更それを聞いても仕方ないと理解しながらもシアナは訊ねた。

 だがレフは無情にも首を横に振って答える。


「元々バクは災害や事件・事故等の世界にとって悪い出来事として放出する事で処理していた。

 もしその時一括で削除した場合、きっと未曾有の大災害となって生態系に致命的な大打撃を与えていたかもしれない。

 だから仕方なくバグを1つの生命ユニットへ刻み込み、押し留めることで処理したんだ」


 シアナは全身から汗が噴き出る錯覚に襲われながらその場に立ち尽くす。

 聞きたくない、逃げ出したいという理性とは裏腹に、真実を知りたいと奥底から湧き出る好奇心がそれを許さない。


「それが君だ。

 君の魂に刻まれたバグは濃縮されて呪いとなり、最もよろこびに近い欲望——知識欲を際限なく肥大化させるようになった。

 その影響で君は何も忘れられない記憶力を得たんだ」

「…………三大欲求じゃないだけマシだったんじゃないですかね」


 長い沈黙の末にどうにかそれだけ言い返したシアナは、膝から一気に脱力し倒れ込むが、レフが新たに出現させたクッションで受け止めた。


「……もう何を言われても衝撃は上塗りになりませんよ」


 言いにくそうにしているレフへ続きを促すと、レフはシアナの目を避けるように背中を向けて結論を告げる。


「ここまで言えばもう分かっているだろうけど、君が魔術を失敗した原因はその記憶力にある。

 常人でもトラウマで生活に支障が出る事故……君はそれを上回る死という記憶を忘れられずにいるんだ」



「そんな状態ならば、思い出そうとせずとも記憶が無意識領域に干渉し、適正を無視して魔術を失敗させてしまうこともありえないとは言えない。

 魔術は繊細なものだからね」

「そう、ですか……きっとそうなんでしょうね」


 背中越しに聞こえる声の細さから、レフはシアナが落ち込んでいるものだと察する。


 元はと言えば自分がヘマをしたのが原因で取り返しのつかない傷を負わせ、現在の状況に巻き込んだにも関わらず、シアナは一言も文句を言わない。

 それどころか選択肢がないとはいえ、かなり協力的な姿勢を見せている。


 そんな彼女に対して自分が取るべき行動は、可能な限りの真摯な対応であると結論付け、シアナの方へ振り向いたレフの決意は一瞬で瓦解しかけた。


「何だい?その表情は」

「え?何がですか?」


 レフの呆れ全開の雰囲気を目の当たりにしても心当たりのないような反応を見せるシアナの前に、レフは鏡を出現させる。

 鏡には肩を震わせ、堪えきれないように口端を吊り上げたシアナが映っていた。

 先程レフが聞き取ったシアナの声の震えは悲壮感からではなく、湧き上がるよろこびによるものだったことを理解する。


「……君、変人って言われたことあるだろ」

「失礼な、そんなことありませんよ。

 変な人と言われたことならありますが」

「同じだよ!」

「あぁ、違いました。記憶力が変態と言われたのでした」

「酷くなってるじゃん!ていうか、なんで笑ってるのさ?」


 頭痛を覚えながらレフが訊ねると、シアナは両手を広げて演説のスピーチのようにレフに聞かせていく。


「だって、私は正常だということが証明されたんですよ。

 生前から密かに自分へ抱いていた、記憶力の異常さに対する懸念が晴れたんです。

 人のせいにするわけではありませんが、異常さが他人の起こした物事による結果なのであれば私に責はない——むしろ被害者だったんです。

 これを喜ばずしてどうしましょうか。

 あぁ、悲しむとするのならば、この境遇を理解し合える相手がこちらにはいないことでしょうか——」

「それならぴったりの人材がいるよ」


 レフはシアナの言葉を遮ると手を振り、シアナの前に男女の顔写真を表示させた。

 見た目は20~30代と似通った年齢だが、表示された7人から見てとれる国際色豊かな容姿に、シアナは多少の違和感を覚えた。


「これは……誰ですか?誰もこちらではあまり見慣れない顔立ちですけど」

「彼らは僕がこちらの世界に送り込んだ監督役、君と同じ”あちら”の人間だよ」

「えっ、私以外にもいたんですか?」

「こっちを創る時に常識の根底にある科学を半ば無理矢理に魔術に入れ換えたんだ。

 当時魔女狩りとかで魔術が存在する要素はあったとはいえ、頭を弄った影響がどう出るか分からないからね。

 有事の際の全権を委任した現場監督者を選抜して送ったんだよ」

「へぇ……この女性は?」


 レフの言葉を耳に流し入れながら表示された顔を眺めていたシアナの視線が、ある1枚で留まった。

 それは黒髪に黒い瞳を持つ黄色人種の女性。

 シアナ自身数年前までは見慣れていたその顔立ちは——


「日本人……ですよね?」

「ご名答。

 彼女は君が転生したアスレイ王国の監督役を任せている日本人だよ。

 あ、確かこっちでは観測者って呼ばれているんだっけかな」


 レフの言葉はシアナの記憶に漏らさず刻まれたが、本人にその意味を噛みしめる余裕はなかった。


 異世界に転生してから心の奥底で感じていた物寂しさ。

 前世の事情を知っている者はいないのだという密かな孤独感。

 それを解消できるかもしれない存在に希望を抱いたとして、シアナを責めることはできない。


「私は、独りじゃなかった……」

「いやいや、君は元から一人じゃないだろう。

 ちゃんとした家族の下に生まれ変わらせてあげたんだから」

「……そういう意味じゃないですよ。

 本当に私の心が——あれ?」


 感傷に浸るのを邪魔されたシアナはジトッとした目でレフを睨みつけたが、ふと引っ掛かりを感じ、レフが表示させた7人の顔を見た。


「どうしたの?」

「観測者はこの7人で間違いないんですよね?

 彼らはそれぞれどの国に配置されているんですか?」

「七大国と呼ばれている、世界の主要な国に各1人ずつだけど……?」

「……それ、ちょっと変じゃないですか?

 今までも両親の会話から何度か大国の話題は出ていましたが、その時は六大国と言っていた筈です」


 シアナの言葉を受けて黙考したレフもやがて同調する。

 思考の抜け具合に不安を抱いたシアナの目線を誤魔化すように、軽く咳払いをしながらレフは口を開いた。


「まあ、何かしら目的があって国を合併したのかもしれないね。

 現地での対応は彼らに一任しているし、それが可能な権能を付与しているから心配はいらないと思うよ」

「権能とは?」

「全属性の魔術適正と無尽蔵の魔力、可変不死の肉体、それと各自が望んだ特別な能力を付与しているんだ。

 各要素で言えばこの世界の誰でも授かる可能性はあるけど、一般人がそれら全てを揃えるようなことはまずない。

 それに、基礎的な強さだけでも基本的に何が起こっても対応できるよ」


 自分のことのように誇らしげに話すレフを尻目に、シアナは一層の不安を抱えていた。


 人間に限らず生物は異分子を拒絶する傾向を持つが、人間離れしすぎている観測者が受け入れられないのではないかと危惧した。

 そんなシアナの思想を見透かしたようにレフは薄い笑みを浮かべた。


「少なくとも内部に干渉できなくなるまでの数百年は問題なかったし、もしそうなってたとしても住民なんかじゃ相手にならないよ。

 むしろ一部地域では神格化されていたくらいだから完全に杞憂だね」

「あ、そうなんですか」

「君の生まれた国でも確か……3歳くらいで観測者に会う慣習があった筈だから、きっとそのうち会えると思うよ。

 わざわざ日本人の観測者の所にしたんだから、ゆっくり親睦を深めればいいんじゃないかな」

「お気遣いどうも……あ、時間みたいですね」

「もうかい?それじゃあご両親によろしくね」


 意識が戻る時特有の浮遊感とともに、レフの言葉にエコーがかかり遠ざかる。

 シアナは何をよろしくすれば良いのかと、内心でため息をつきながら意識を手放した。



—備忘録 追記項目—

・シアナ・ウォーベル

 科学発展した地球から魔術発展した地球への転生者。

 プラチナブロンドの髪に蒼い瞳を持つ。

 前世で背負った呪いの影響で物事を忘れられなくなり、前世の記憶を引き継いでいる。

・ペトラ・ウォーベル

 シアナの2つ年上の姉。

 ブロンドの髪に碧の瞳を持つ。

 初めて出来た妹であるシアナを溺愛しているが、気持ちが強すぎて空回りし怪我をさせかけることもしばしば。

・魔術適正

 魔術を使用するために必要な専用の規格。

 適正の無い属性の魔術を使用することは不可能。

 魔術適正とその他複数の要素を基にして個々の魔術回路が生成される。

・魔術回路

 魔力を扱うための魔力の通り道。

 生後1年程度で完成し、後天的に変化することはない。

 損傷した場合治癒魔術での修復は不可能であり、時間をかけて自然修復させる必要がある。

・階位

 剣術・魔術においての階級。

 下から下/中/上/聖/おう/天級となっている。

 一般的には中級で一人前、上級で達人と言われ、聖級以上は別格の存在として認められる。

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