第2話

「おお、ここがアネモの街か。きれいで落ち着いているって聞いたから越してきたけど本当にいい街だな」


 俺が門をくぐった先で待っていたのはたくさんの民家がならび、道の整えられた小さな街だった。

 民家の煙突からは白い煙がもれ、パン屋であろうおしゃれなお店からはパンのいい匂いが漂っていた。

 そういえば引っ越すのに一度も下見をしていなかった。というか国家錬金術師を委任するための書類や式のせいでいそがしかったというのが理由なのだが。


「彼女に国家錬金術師を任せたけど……本当に大丈夫かなー」


 連想ゲームのように思い浮かんできたのは俺の後任、現国家錬金術師のクラーラだ。

 彼女は俺の店でともに仕事をしつつ、俺の弟子として錬金術を学んでいた。俺とまではいかないが、彼女も自身の魔力を錬金するすべを覚えたため、俺は快く国家錬金術師という大役を彼女に任せることができた。

 しかしそんなクラーラだが、一つ大きな欠点がある。それは努力家すぎるところだ。前に魔力での錬金の方法を教えた時、彼女は三日三晩俺が止めるまで永遠と練習をしていた。あのときは止めた後にすぐ倒れてしまってかなり大事になったのだ。

 そして今、俺はもう王都にいない。俺が王都にいないということは彼女を止めるものはもう何もないということだ。そこが心配で心配でたまらないのだ。

 

「無理してなきゃいいけど……」

 

 まあ無理をしていたとしても、俺のもとに伝わることはないだろう。しかし、形だけの師匠だとしても弟子の心配をするのは当然のことではないだろうか。


「お、ここか」


 弟子の心配をしながら歩いていると、あっという間に冒険者協会のアネモ支部にたどり着いた。

 民家よりは大きいが、屋敷というには少し狭いような建物に冒険者協会というかんばんがつけられている。

 そしてその建物の中には、泥だらけで薬草を抱えた子供や魔物を討伐しただろう冒険者が受付の列に並んでいるのが見える。


「王都の冒険者協会と違って小さいな。それだけ平和ってことなんだろうけど」


 平和なのはいいことだ。俺だって一生続けばいいのにと毎日のように祈っている。しかしそんな平和はいつもすぐに崩れ去る。ベッドの時もそうだ。今では笑い話にできるが、一歩間違えれば大戦争と化していた。その時も前日までは今日のように何事もなくこの日常が続くんだな、と思い込んでいた。


「この平和を錬金術師として少しでも豊かにするのが俺の仕事だ」


 今はもうその油断はない。しかしいつ何が起こるかなど予言はできない。そのため俺は錬金術師として少しでも多くの人々の平和を豊かにする。


「何言ってんだお前……」

「!?」


 そうだった冒険者協会の真ん前ということをすっかり忘れていた……。そんな人通りの多いところでいきなりガッツポーズしながら決断を語るとか変な人すぎるだろ。

 顔から火が出そうだ。周りからの視線が痛い。

 俺はキューっと丸くなりながら、逃げるように冒険者協会の建物の中へと入った。


◆◆


 冒険者協会の中に恥ずかしながら入り、はじめに思ったのは、


「酒臭い……」


 冒険者協会の中は酒を飲みながら高笑いする冒険者に溢れていた。

 多分平和すぎて酒飲むことくらいしかすることがないんだろう。

 俺はそんな冒険者たちを横目に受付のカウンターへと向かった。


「すみません。登録がしたいんですけど」

「わかりました。登録ですね。では名前と職業と戦闘経験の有無をこの紙に書いてください」


 カウンターへ着くと、何やら書類の整理をしていたメガネの女性に声をかける。

 彼女は俺の呼びかけに気がつくとパッと笑顔になりながら、一枚の紙を差し出してくれた。


「よし、こんな感じかな」

「ありがとうございます。では冒険者の証となるカードを作りますので、また数時間後にお越しください」

「わかりました。ありがとうございます」


 書き終えた紙を彼女に渡すと、俺は彼女の言う通りに少し待つことにした。多分カードに魔法やなんやらをつけるのに時間がかかるのだろう。

 三時間ほどだろうか。まあできるまでは本来の目的だった街の探索でもしてみようと思う。

 

◆◆


「おお、あんちゃん! あんた錬金術師なんだって?」

「うわっ!?」


 俺が冒険者協会を出た瞬間。いかにも歴戦の猛者という雰囲気を醸し出す、いかつい男に肩を叩かれる。

 え? 襲われるんですか?


「ああ、すまんすまん。驚かすつもりはなかったんだが……」

「す、すみません。いきなり驚くなんて失礼でした」


 いかつい顔をしているが、実際にはとても人の良さそうな雰囲気を隠しきれていない。悪い人ではなさそうだ。

 俺も自分の無礼を詫びるために頭を下げる。

 

「いやいやいいんだ。それよりあんちゃん錬金術師なんだろ?」

「はい。昨日ここに越してきたばっかですけどね」


 冒険者協会に入る前の場面を目撃したのだろう。俺が錬金術師だということはかなり噂になっているようだ。多分恥ずかしい意味では広がってしまっているだろうが。

 まあある意味宣伝になったのでよしとしよう。

 しかし、俺になんの用だろうか。いかにも冒険者っぽい格好をしているので俺ではなく冒険者協会にようがあるのかもしれない。


「ではまたどこかで……」

「いやいやいや! 俺はあんたに用があるんだ!」


 俺だったか。

 ということはここにきて初めてのお客さんということだろうか。


「あ、そうだったんですね! すいません、てっきり冒険者協会にようがあるとのかと」

「冒険者協会にも用はあるんだが、まずはあんたに用があるんだ」


 冒険者協会にも用があるということは、物資の調達などだろうか。

 錬金術で作ったポーションなどは人が一から作るよりも錬金術師に素材だけ渡して作ってもらった方が質が良いものが安定して作れるため、冒険者は少し面倒でも俺たち錬金術師を訪ねるのだ。


「それでポーションとあれば武器を見せて欲しいんだが、あるか?」

「ああ、ありますよ。ポーションと武器の種類はなんですか?」

「大剣だ」


 ポーション。上級冒険者の必須アイテムだ。魔物との戦闘で傷ついた体を、かすり傷ほどなら完治させてしまう。ほどほどの冒険者はポーションを任務に持ち歩けるようになったら一人前と呼ばれるほどに、常備するのはかなりのお金がかかる。

 それを買っていくということはかなり腕利の冒険者で間違い無いだろう。

 しかし立派な武器を背中に携えているのに、そんな街の錬金術師に武器を見せて、というのはどういうことだろうか。


「失礼を承知してお聞きしますが、その背中の立派な大剣があるのに、私の作った武器を見る必要があるのですか?」


 俺は気になったことを直接伝える。通常武器というのは鍛冶屋に行って作ってもらったり買ったりするのだが、たまに駆け出しのお金がない冒険者が錬金術師に頼りにくることがある。

 しかし目の前にいるようないかにも熟練の冒険者、という雰囲気を漂わせる人が錬金術師の作った武器を使うというのは聞いた事がない。

 それに彼は立派な大剣も持っていたし。


「ああ、俺じゃなくて新しくパーティーに入った新人のだけどな」

「そうだったんですね! 変なこと聞いてすみません」


 新人さんのためのだったのか。

 そうならば俺も変な武器を出すわけにはいかない。


「じゃあ早速店に連れてってもらえるか?」

「あー、店はちょっとここから遠くって、今ここででも大丈夫ですか?」

「今ここで!?」

「ダメでしたか?」

「い、いや、できるならいいんだ」


 収納魔法はかなり珍しいし、驚くのも無理はないか。しかし彼も歩くより今ここでの方がいいだろう。

 俺は収納魔法でポーションを取り出し、彼に差し出すのだった。


*あとがき

最後までお読みいただきありがとうございました。2/14に公立高校入試が終わり、ひと段落ついたので小説投稿を再開します。これからよろしくお願いします。








 



 


 


 


 

 

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