悪役令嬢帝国の偉大な月となる

第二十六話 出征式

 アルタクス様が出征する日は快晴でした。帝都の上空は青空が覆い、早春の太陽の鋭い光が、集合した軍勢を明るく照らし出しています。


 帝国軍は順次出征していまして、露払いの太守達が率いる騎兵部隊、大砲や物資を運ぶ足の遅い牛たちはもう何日も前に出発していました。この日出征するのはアルタクス様が率いる近衛軍団二万五千人です。


 帝宮大門の前の広場には近衛軍団の者達が綺麗に整列しています。近衛軍団の目印は赤い帽子で、帽子の上には白い布が飾られてそれが風にはためいています。兵科によって制服の色は分けられていまして、赤だったり黄色だったり紺色だったりと隊列は色鮮やかです。帝国国旗、軍旗、部隊旗などが舞い、楽団が勇壮な音楽を演奏する様はまるでお祭りのようです。広場や私がいる大門の楼閣も飾り付けられているので尚更そう感じるのでしょう。


 大門の楼閣には演説の為のバルコニーがあります。そのバルコニーも飾り布や花などで飾り立てられています。そこへ、私とアルタクス様はゆっくりと進み出ました。


 楽団の太鼓の音がドーンドーンとお腹に響きます。私達が見えると、この近衛軍団の者達が一斉に声を上げます。


「おお、大女神よ帝国を護り給え! 帝国の尊い一族を護り給え! 帝国の光である皇帝陛下と、月である皇妃様を護り給え!」


 私とアルタクス様は手を上げて答えました。地が震えるような大歓声に、私もアルタクス様も平然としています。なぜなら、もうこれをここ何日も続けてやっていて、慣れているからですね。先発した軍勢相手に毎回これをやっていれば、いくら大迫力なこの光景にもそれは慣れますよ。


 私は一歩後ろに控え、アルタクス様だけが進み出ます。アルタクス様は足下にひしめく大軍勢を見下ろしながら、毅然とした態度で片手を大きく掲げました。豪奢な紫色の長衣を靡かせ、戦争時にしか着用しない赤いタルバンドで頭を飾っているアルタクス様は、それは素敵でしたね。惚れ直します。


「我が帝国の精鋭たちよ! ここに集ってくれた事を嬉しく思う! これより、我は大女神様のお導きにより諸君らを率いて出征する! そして我にまつろわぬ者共を成敗し、その街を滅ぼし、全てを手に入れる事だろう! それに従う諸君らもそれらを手に入れる事になるだろう!」


 アルタクス様のお言葉に近衛軍団は絶叫に近い歓声で応えます。


「全てを手に入れるには勝たねばならぬぞ! 立ち塞がる者を蹂躙して、焼き尽くして奪い尽くさねばならぬぞ! 敵を蹴り倒し、殴り倒し、刺し殺して進まねばならぬぞ! 友の身体を踏み越えて自らの身体を傷付けて、それでも進む覚悟はあるか! 諸君!」


「「おお進みましょうぞこの命を捨てて! 大女神様と皇帝陛下の為に!」」


 近衛軍団は声を揃え、右手を挙げて誓います。


「よろしい! 我も進もうぞ皆と共に! 大女神の加護はこの私にある! 大女神は偉大にして全能なり!」


「「大女神は偉大にして全能なり!」」


 神への誓いの言葉で広場は埋め尽くされました。何回見ても胸が熱くなるような勇壮な光景です。特に今回はアルタクス様もこのまま馬に乗って西方へ出立されるのですから感慨もひとしおなのです。


  ◇◇◇


 帝国では大規模な軍勢は皇帝陛下自らが率いるのが伝統なのだそうです。アルタクス様のご親征には反対意見も少なくありませんでしたけど、アルタクス様は譲りませんでした。


「私にもしもの事があってもサルニージャとロイマーズがいるからな」


 ロイマーズはレンツェンの産んだ皇子です。まだ先日産まれたばかりでした。これをもって寵姫だったレンツェンは第四夫人「皇子の母」となり、ハーレムでは私に次ぐ権威を持つようになりました。


 私の子である第一皇子のサルニージャと合わせて二人の皇子がいれば、当面は皇帝の血筋は安泰と言っても良いので、アルタクス様は自分の命を賭けた親征に踏み切ったというわけですね。


 もちろん、アルタクス様に何かなどあったら困ります。サルニージャはまだ幼いのです。しかしアルタクス様は「サルニージャの摂政をカロリーネがすればいいだけだ」などと仰っていましたね。もちろん、絶対にもしもの事などないという自信がそんな事を言わせるのでしょうけども。


 私としてはアルタクス様が心配は心配でしたけども、私はあの方を信じていますし、アルタクス様のなさりたいようにして頂くのが私の望みでもあります。ですから私は一度もアルタクス様のご親征に反対意見を出しませんでした。


 その代わり、私はアルタクス様をサポートするために最善を尽くすことに集中いたしました。


 私は独自に官僚から私の戦時秘書を何人か選出しました。そしてその者たちを使って国境と帝都を繋ぐ情報ルートを構築します。これは皇帝陛下直属のルート、帝国近衛軍の通信ルートとは違う、私独自のものです。


 皇帝陛下直属の通信は皇帝陛下のいらっしゃる場所と帝都を繋ぐルートです。もちろんこれも帝都で皇帝陛下の全権代理を務める私にその情報は直接入ってきます。


 近衛軍直通ルートは前線の近衛軍司令部と帝都の近衛軍事務所を繋ぐルートです。これには近衛軍団だけではなく、帝国軍全体の戦況が伝えられてきます。これももちろん私に報告が入ってきます。


 これに加えて私は後方、国境付近における情報収集のために独自に人を派遣したのです。これは私の役割が帝国軍の後方支援であり、物資や人員を恙無く全線に送り込むことが重要だと考えたからでした。


 はっきり言って、前線の事はアルタクス様にお任せしておけば全く問題はありませんでしょう。問題が起こるとすれば後方です。帝国軍が後方を乱されて、物資や人員の供給が滞る事になれば、いかに帝国軍でも、アルタクス様でも困ってしまうでしょう。


 そんな事を起こさせないのが私の役目です。国境付近の物資の集積状況や輸送状況を把握して、問題があった時に素早く対処するには、私の信頼出来る者に素早く情報を伝えてもらう必要があります。


 そのために私は軍官僚のゾルテーラと共に、私の腹心中の腹心であるハーシェスを国境に送り込む事にしました。


 ハーシェスを選んだのは彼女が私の側で一番私の仕事を把握していたことと、彼女が国境付近で育っていて土地勘があったからです。国境の太守であるエルムンドの事も知っています。なにより彼女は度胸が良いので、もしも事態が悪化しても冷静な対処が出来るでしょう。


 ただ、この忙しいのにハーシェスを派遣するのは断腸の思いでしたよ。彼女は本当に献身的に私を支えてくれていますから。キルリーヴェが子供を産んで(彼女の子は姫でした)私の補佐に復帰していなければ、ハーシェスは出せなかったでしょう。


 ハーシェスの方は私から離れることに良い顔はしませんでした。無口なのでほとんど口に出しませんでしたけどね。


「私がお側にいないからと言って、無茶をしてはいけませんよ? カロリーネ様」


「貴女は私をなんだと思っているのですか」


 くらいのものでしたね。ただ、ハーレム入り前から彼女とはずっと一緒だった事もあり、離れるとなると寂しくて困りました。私は彼女と同行するゾルテーラに彼女の事をくれぐれも頼みましたよ。


 ハーシェスたち以外にも何名かを国境各地に送り込み、国境の情報が十分に入ってくるように手配しました。戦争ですから色んな国が色々な思惑で動きます油断は大敵です。何が起こっても対処出来るようにしておかなければなりません。


  ◇◇◇


 遂にアルタクス様が西征に出立する時がやってきました。帝宮の礼拝所で出陣の儀式を行った後、アルタクス様は煌びやかな甲冑を纏って白馬の上に跨りました。馬も飾り付けられて飾りが風にキラキラと揺れています。


 戦場ではもっと地味な甲冑を着て、馬も白では目立ちすぎるから変えるのだそうですけどね。出陣の今は威厳と威勢を強調するために特別なのです。


 私は帝宮の大門の前でアルタクス様を見送ります。昨日の夜、サルニージャと三人で出立を十分惜しみましたので、今更寂しく思うことはありません。私はアルタクス様のお手を握って言いました。


「武運長久を大女神様にお祈りして、お待ちしております。存分に望みを果たされますよう」


「うむ。行ってくる。君が帝都を守ってくれていれば安心だ」


 アルタクス様は私の手を持ち上げ、チュッと口付けると、未練なく馬腹を蹴って門を出て行きました。大歓声の中そのお姿は大軍勢の中に紛れ、すぐに見えなくなりました。


 私はそのまま、側近たちや護衛に囲まれながら、近衛軍団が帝宮の丘を隊列を組んで下り、市民たちの歓呼の中を行進して行くのを見送ったのでした。


 アルタクス様を含めた近衛軍団は帝都を出ますと、私がハーレム入りしたルートを逆に辿って、十五日を掛けて国境に達します。これはかなり早い行軍ですが、太守たちの率いる軍勢は全員が騎馬の場合もありますからもっと早い事もあるそうです。逆に輜重部隊などは牛を使いますので二十日も掛かる場合があります。


 軍勢はエルムンドの統治するドルトールを通過し、そのままローウィン王国との国境を越えます。


 ローウィン王国と帝国の境は山岳地帯で、細い峠道を越えないと王都には向かえません。そのため、ローウィン王国は峠道に砦をいくつも配置して帝国軍の侵攻を妨げてきたのです。


 しかし今やローウィン王国は帝国の保護国です。要塞からの妨害を受ける事はもはやありません。帝国軍は国境を越えて十日目には先遣隊が王都に到達する予定になっています。


 しかし帝国軍はほとんどが王都を経由せず、そのまま王国の北の国境へ向かいます。早くローウィン王国の国境を防衛しなければならないからです。それがローウィン王国との密約なので。


 そしてそこからはローウィン王国の北にあるルクメンテ王国との対決になります。ただ、ルクメンテ王国の軍事力は帝国の遠征軍を食い止められる程ではありませんから、アルタクス様ならすぐにルクメンテ王国を撃ち破って下さる事でしょう。


 するとその北から西には巨大な神聖帝国が広がります。アルタクス様は神聖帝国に侵攻したら西に方角を転じ、神聖帝国の帝都であるヴィーリンを目指す予定なのです。


 神聖帝国の聖なる都ヴィーリン。人口二十万人という西方最大の大都市です。西方世界の象徴たるこの街を陥落させる事が出来れば、神聖帝国の勢力は大きく弱まるでしょう。その結果、神聖帝国に従属している国々が我が帝国の保護下に入る事になれば、帝国の勢威はますます高まる事になるでしょう。


 そうなればアルタクス様の名前はかつて今の帝都の元になった古都を滅ぼした「征服帝」と並び称されるようになるでしょう。いえ、帝国始まって以来の壮挙を成し遂げた偉大なる皇帝として永く讃えられる事になるに違いありません。


 もっとも、ヴィーリンまでは障害無く進軍出来ても二ヶ月。戦闘があることは間違い無いと見込まれていましたから辿り着くまでに三ヶ月は掛かるだろうと目されていました。


 そしてヴィーリン攻略には最低でも三ヶ月。悲観的な意見としては六ヶ月が必要だと言われていました。


 ヴィーリンは帝都よりもはるかに北にあり、冬の訪れが早い街です。十月にはもう寒くなると考えられました。帝国の兵士は温暖な地域の出身者ばかりですから寒さに弱いのです。


 ですから、二月の半ばである今出立ですから、ヴィーリン到達は五月。そこから三ヶ月でも八月で寒くなる十月まで五ヶ月しかありません。本当に冬になってから撤退を開始しては寒さで兵を失う可能性が出て来ますので、九月には撤退を開始しなければなりません。


 つまり、ヴィーリン攻略には三から四ヶ月しか時間が取れないのです。大都市であり、守りも堅いだろうと思われるヴィーリンをそんな短期間に陥せるものなのでしょうか。


 ここは西征作戦を立案する上で、軍の幹部や官僚が一番悩んだところだったと言います。ですが、アルタクス様は最新式の攻城砲や爆薬を多用することで短期間での攻城が可能であると考えたようでした。


 ただ、アルタクス様は「九月半ばまでにヴィーリンの城壁が破れなかった場合には撤退する」と明言なさいました。それ以上の攻囲は自滅に等しい愚かな行為であると。


 帝国にとって十万以上の大軍をそれ以上の期間、維持することが難しいのも事実でした。まして遠征先で冬越しなど論外です。寒さと疲労で兵士たちは異郷の地でバタバタと死んで行く事になるでしょう。アルタクス様ならそのような事態になる前に兵を還す決断が出来ると思います。


  ◇◇◇


 帝国軍は順調に進軍して予定通りにローウィン王国に入りました。先頭を太守たちの率いる騎馬軍団。その後ろを近衛軍団が固め、輸送部隊がその後ろに続きます。


 ローウィン王国との協調も問題なかったようで、帝国軍はスムーズに国境の峠を越えて王都のある平地に入ることが出来たそうですね。一安心です。大軍はそのまま街道を進んで王国の北の国境に集結します。アルタクス様のみは王都に向かってお父様と会って、ベルマイヤーの後見を改めて約束。ここにローウィン王国はエルケティア王国と名を変えて、帝国の属国になる事になりました。


 と要約すればこれだけなのですが、ここまで丸々一ヶ月が掛かっています。その間軍隊は歩き続けて進軍している訳で、それはもう大変だった事でしょう。報告では大小様々なトラブルが発生し、特にローウィン王国の街道が全然整備されていない事に軍官僚達は随分と怒っていましたね。進軍の計画が狂いますから。


 まぁ、ローウィン王国の財力では、帝国軍の進軍のために街道を整えるのも容易ではなかったのだろうと思います。聞いた話では食料の補給には協力的だということなので、それで予算が尽きてしまったのではないでしょうか。


 帝都を守る私ももちろん大忙しでしたよ。ただ、戦争が始まる前に予想していたのとは違う忙しさでしたけど。


 というのは私は戦争の後方支援で忙しくなるものとばかり思っていましたのに、それよりも二つに事に大きな時間と手間を取られてしまったのです。


 一つは外交でした。でも、考えてみればこれは当然かもしれません。戦争も大きな意味では外交ですものね。


 帝国軍が国境にひしめき始めると、隣国、特にハウンドール王国の特使が何度も何度も私に面会を求めてきたのです。


 ハウンドール王国は帝国に貢ぎ物を送って服従の意思を示す一方、神聖帝国とも同盟を結ぶというようなどっちつかずの外交政策をしている国でした。ただ、ローウィン王国時代に学んだ感じですと、宗教的には神聖帝国に従属していますので、帝国に貢物を送ってくるのは平和を金で買うというような気分なのだと思います。


 ハウンドール王国の特使は帝国には約束通り朝貢しているのだから、まさか我が国には攻めてこないでしょうな? というような安全保証の確約を求めてきました。


 これには困りましたね。まだアルタクス様率いる西征軍の主攻撃方面は明らかにしたくはありません。ハウンドール王国方面に侵攻する含みも持たせておきたいのです。神聖帝国の警戒をローウィン王国に集中させないためですね。


 さりとて、ハウンドール王国を完全に敵に回すのも避けたいところでした。アルタクス様がヴィーリンを攻めている最中に後方を扼されても厄介です。


 ですから私は、帝国軍が一気にローウィン王国を縦断するまでは、ハウンドール王国の使者にのらりくらりと対処し、帝国軍の動きが隠れもしないものになった瞬間から「おとなしくしていないと、ついでにハウンドール王国も滅ぼしちゃいますよ」と脅しました。


 ローウィン王国が帝国の傘下に入った今、ハウンドール王国は南と東から帝国に圧迫される状態になりました。ですから、下手な行動は出来なくなったから、大丈夫だとは思いますけどね。


 他にも海の向こうの海上国家が神聖帝国との仲介を申し出て来たり、北のハンという国が安全保障を求めてきたり、他にも様々な国の外交使節がやってきて、私はその対応に忙殺されたのでした。私が何ヶ国語が話せるし書けるのはこの時かなり役に立ちましたよ。ハーレムで暇な時に勉強しておいてよかったですわ。


 そしてもう一つ、私の頭を悩ませたのはハーレムでの問題でした。


  ◇◇◇


 問題は第二皇子ロイマーズを産んだレンツェンでした。彼女は「皇子の母」になり第四夫人になりました。第四ですがなにしろ皇子の母なので、もっとも権威を持つ夫人となりました。ほぼ同時に女児を産んだキルリーヴェは第五夫人になっています。


 ただ、私はこれまで通り第一夫人のアレジュームにハーレムの統括を任せていました。彼女は私がもっとも信頼するシャーレの一人でしたし、相変わらず私の次にアルタクス様の寵愛が深い者であったからです。


 しかし、これにレンツェンが異を唱えたのです。


 自分は皇子の母なのだから、ハーレムにおいては皇妃様の次に尊重されるべきで、自分は第一夫人となりハーレムを治める立場になるべきだというのです。


 理屈としてはそれほどおかしくはありません。ハーレムはなんと言っても皇帝陛下のお子を得るための組織で、皇子を産んだシャーレはそれだけで尊重されるべきなのです。ですから、私はレンツェンが皇子の母として権威を持つことを認めるのはやぶさかではありません。


 しかしながらハーレムの統括は本来は私の仕事です。それを私が忙し過ぎるためにアレジュームに任せているだけで。仕事を任せるのですから、その場合は職位の上下ではなく私が信頼しているかどうかで任せるのは当然でしょう。


 それにアレジュームには人望があります。我が強い第二夫人クワンシャールも第三夫人であるルチュルクも、アレジュームの言うことなら聞くのです。


 逆に言うとレンツェンには私からの信頼と人望がありません。彼女はアルタクス様が太守の義理を立てるために寵愛したら、運良く懐妊し、しかも子が男だったというだけで、私とは関係がそれほど深くないシャーレでした。


 しかも懐妊後に慌てて勢力の拡大を図って夫人や寵姫と揉め事を起こしています。第四夫人に上げただけでクワンシャールもルチュルクも反発しているのに、これでレンツェンが二人を上の立場から扱おうとしたら、二人は大爆発を起こしてしまうでしょう。


 おまけにレンツェンの岳父は帝国南部の大きな港町を治めるアルドーラという太守なのですが、これが皇子誕生に勢い付き、レンツェンを「第二皇妃」にしょうと画策しているという話が聞こえてきました。とんでもない話です。


 港を治めるだけにアルドーラは艦隊指揮を軍務としているので、今回の西征には参加していません。それでそんな画策をする余裕があったのでしょうね。


 私はアルドーラを帝宮に呼び付けて叱りました。事前にアルタクス様からの叱責状を前線から取り寄せねばならず、戦役の事で手一杯なアルタクス様にお手数を掛けさせたと私は申し訳ない気分で一杯でした。


 しかし事が事だけに、私の判断だけでアルドーラを叱責すると、彼は大きな不満を持ちかねません。この戦時に大きな艦隊を率いるアルドーラの反感を買うのは避けねばなりませんでした。


 私はアルタクス様の「私の妻はカロリーネただ一人であり、皇妃は唯一絶対無二である。第二皇妃などあり得ないし、そのような企みは反逆と見做す。皇妃に従えぬのなら太守を解任する」という激烈なお怒りの言葉の並ぶ叱責状を示し、私もこれ以上アルドーラがハーレムの事に介入するなら、レンツェンを嘆きの宮殿送りにすると脅しました。


 さすがにアルドーラは顔面蒼白になり、私に額付いて謝罪をしました。私は彼に、皇子の岳父としての地位は保証すると告げ、しかしそれ以上の事を望むなら、皇妃として処罰すると言いました。


 アルドーラを凹ませた上で私はレンツェンを叱責しました。レンツェンは反発します。


「私も皇子の母です! なればヴェアーユ様と同じ身分が与えられるべきではありませんか!」


「馬鹿な事を言うのではありません。私は皇妃であり、貴女はシャーレに過ぎません! これ以上私に逆らうのなら、ロイマーズと引き離して嘆きの宮殿に幽閉します!」


 私は彼女を脅しはしましたが、同時に彼女に「次代の皇帝はサルニージャとロイマーズ、そしてこれから生まれてくる皇子の中から平等に選出する」とも言いました。レンツェンは戸惑っていましたね。 


「さ、サルニージャ様が皇帝になれなくてもよろしいのですか?」


「サルニージャがその器でないなら、皇帝にするわけにはいかないでしょう? 帝国の民が皆困るではありませんか」


 帝国を率いるにはアルタクス様のような器が必要なのです。


「皇妃である私にとって、皇帝陛下のお子は皆私の子供も同然。誰が皇帝になろうが同じ事です」


 レンツェンは愕然としていましたね。まぁ、私は私とアルタクス様の子であるサルニージャなら、兄弟の誰より優れた資質を示すと信じていますけども。


 他にも私は、レンツェンの立場は尊重すると約束しましたよ。皇子の母を尊重するのは慣例ですし、当然の事です。今は経験が浅く短慮が目立ちますけど、立場に慣れればその内ハーレムを統括出来るようになってくるでしょう。そうしたら彼女にハーレムの事を任せるから、それまではアレジュームに従うようにと諭したのです。


 レンツェンはこの時は納得して私に謝罪しました。しかしながら、彼女の問題はこの後も再燃して、私を悩ませる事になるのです。

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