第十七話 結婚までの裏事情 アルタクス視点

 ヴェアーユ、本名カロリーネを皇妃にすると決めたのは、即位してまもなくだった。


 そもそも私は皇帝などになる気はなく、兄である先帝の補佐として、将軍なり大臣になる事を希望していたのだ。


 そしてその希望が叶えば私はハーレムを出て領地を頂き、屋敷を構える事になっただろう。


 そうしたら私はカロリーネを奴隷身分から解放してハーレムから出して、自分の屋敷に迎えて正式に結婚するつもりだったのだ。実はこの希望は既に兄上から内々に承諾を既にもらっていた。時間の問題だったのだ。


 それがまさかの兄上の崩御でそれどころでは無くなってしまった。私は皇帝になるしかなく、一人でハーレムを出て皇帝としての職務に取り組むしかなくなったのである。


 長らくハーレムにいた私はかなり帝国の内情にも疎くなっていたし、そもそも私は帝都周辺の政務に携わった事がない。なのでその辺りの事情に詳しい者の補佐は必須だった。


 私の母は下級奴隷でハーレムには購買されて入ったのだが、夫人身分になってから後援者としてラスホイヤという上級貴族が付いたので、私は彼を岳父としていたが、彼は地方の太守で中央での政治経験がなかった。


 そこで私は兄の岳父であり宰相でもあったムルタージャに協力を要請した。色白で細身の官僚貴族であるムルタージャは驚いたようだった。


「私は陛下をハーレムから出さないように前陛下に要請していた者ですぞ? 陛下もご存知の筈」


 そう。彼が強く要請したために、私はハーレムに押し込められる事になったわけだが、それは私はあまり気にしていない。ムルタージャの要請は兄を思っての忠言だし、私はハーレムに入ったおかげでカロリーネと出会えたのだから。


 私が気にしていない旨を伝えると、ムルタージャは感服したように平伏した。


「臣の微力を尽くしまして、皇帝陛下にお仕えして参ります」


 ムルタージャは権力を笠に着るようなタイプではなく、私腹を肥やす範囲も常識的で、その意味では理想的な宰相だった。


 ただ反面、非常に保守的で前例の無い事は全くやりたがらず、私がカロリーネと正式に結婚したいと言い出した時にも最後まで反対して大変だったものである。


 その他の大臣や官僚もあらかた留任させ、何とか体制を整えて私は治世をスタートさせた。とは言っても、最初は何も分からないのだから、大臣達の様子を見ながら勉強するしかなかったのだが。


 皇帝は朝、ハーレムから黄金の廊下を通って宮廷に入ると、皇帝の執務室に入る。そこはさして広い部屋では無いが、皇帝の威厳を示す為に、びっしり紋様の織り込まれた厚い絨毯が敷き詰められ、青いタイルで幾何学な装飾が壁から天井までを覆い尽くという凝った造りになっている。


 少し高くなっている所にソファーがあり、私がそこに座るとそこへムルタージャを始めとする大臣や官僚が次々とやってきて私に書類を手渡してゆく。


 この部屋では沈黙が尊ばれ、私も大臣達もこの部屋では一言も発しない。大臣達は書類を渡し、私も無言でそれを読み、場合によっては宦官に机をもって来させて疑問点を書いたり、印を押して決済する。何かをもって来させる時などの合図は決まっていて、手を決まった形にすれば宦官がすぐさま対応してくれる。合図を組み合わせれば多少の会話も可能だ。


 ただ、これでは明らかに迂遠だし、大臣に何かを相談する事が出来ない。なので午前の礼拝の後、私は小部屋に移り、そこで大臣や官僚と先ほどの書類では分からなかった事を話し合う。この小部屋は壁が厚く作られていて窓もない。機密を話し合うには良いのだが夏は暑過ぎて長話は出来ないのが欠点だ。


 昼食を摂り、午後は外廷に出る。先程までの私の執務スペースを内廷という。外廷は大臣や官僚の執務スペースがある他、外部から宮廷に陳情や相談や依頼を持ち込む者たちが帝国各地から集まってくる。なので内廷と違って外廷はザワザワと賑やかだ。


 そういう者たちと面会するのが私の午後の仕事だ。最初は謁見の間で身分がそれほど高くない者を謁見する。皇帝の椅子という大仰なソファーに正装で座り、ただ、やってくる者が平伏してゴニョゴニョと何かを言っているのを聞く仕事だ。言葉が聞き取れないのは謁見する相手があまりに遠くに平伏しているからである。言っている事は私の元に書類としてくる場合もあるが、ほとんどは大臣が職権で処理してしまう。


 それから今度は部屋を移って、上級貴族以上の来客を接見する。お互いにソファーに座ってここでは普通の会話を交わすのである。帝国では、本来は絨毯に直接座るのが伝統だが、近年は西方から入ってきた風習である椅子やテーブルを使う事も増えてきた。


 接見に来る上位貴族はほとんどが地方の太守である。大きな領地を持ち国境を守っている者たちだ。私はハーレムに入る前に自分も太守として赴任していて、彼ら太守とは関係が近い。中央を重視していた兄上と違って私は地方の政治も重視してくれると期待されている事もあり、太守たちは私を支持してくれている。


 なので太守との接見は疎かには出来ないのだ。午後のほとんどはそうした地方の太守との接見で終わる。場合によっては大臣と太守を含めた面々で昼に会食する事もある。この場合は絨毯に直に円になって座り、一つの皿から料理を分け、一つの杯で酒を回し飲みする。それによって連帯感を高めるのだ。


 ある日の接見にはエルムンドがやって来た。彼はローウィン王国との国境沿いにあるドルトールの街の太守で、以前から私の熱心な支持者だった。


 そして私にとってより重要なのは、彼がカロリーネを献上してきた貴族だという事だった。ハーレムではシャーレを献上した貴族が岳父として扱われる。そのシャーレが皇帝の母になった場合は、皇帝の岳父にもなって後ろ盾になるのが普通だ。当然、政治的にも大きな影響力を持つ事になる。


 皇帝である私の寵愛著しい第一夫人であるカロリーネの岳父になった彼は、私の政権にも、もしかしてカロリーネが私の子を産み、その子が皇帝になった場合には次の代にも、大きな影響力を持つ事になるだろう。まだ三十前後と若いエルムンドにとって、カロリーネを私が寵愛したのはまたとない幸運であったと言える。


 実際、彼は私の前に出るとあからさまにニコニコと笑っていた。元々愛想は良い男だが、その笑顔からはとの関係をより深め、強固にしようという意図を感じた。私だって自分の重要な支持者であり、カロリーネが「感謝している」と言うエルムンドとの関係は良くしておきたい。


 そして私は彼に、やってもらいたい事があったのだ。なので私は接見でワインを出し、チーズや干し葡萄などのつまみも用意して彼を十分に歓待した。皇帝直々の歓待にさすがに彼は恐縮していた。


「なんと……。私エルムンドは、陛下のご厚遇に感謝して陛下の手となり足となり、必ずや御恩に報いますぞ」


「ああ。そうしてもらいたい。それで、早速で悪いが、其方にはやってほしい事が一つあるのだ」


 私はエルムンドに、ローウィン王国の内情の調査を命じた。特にカロリーネの実家であるエルケティア侯爵家の現状を調べるようにと。エルムンドは怪訝な顔をした。


「ご命令とあらば、すぐに調査致しますが、調べてなんとします?」


 エルムンドは若干緊張しているようだった。皇帝が他国の調査を命じるというのは、見方によっては立派な戦争準備にも見えるからだ。私はニヤッと笑った。


「なに。せっかく王族の血を引く姫が私の寵姫になったのだ。彼女に故国をプレゼントするのも面白いかもしれぬ」


 私の冗談にエルムンドの口元が引き攣った。私は笑って冗談であると言ったが、元々ローウィン王国は帝国にとって十分な仮想敵国である。実際、ローウィン王国他西方の各国と帝国は何度も戦火を交えていた。


 西方の王国は何ヶ国もで同盟を結んでおり、一国を攻めると他の国も参戦して強力に抵抗するので容易な相手ではない。しかしながらその有力な一国であるローウィン王国を内部から崩せるとしたらどうだろう?


 カロリーネはその有力なカードになり得る。彼女の父親は私でも名を聞いた事があるくらいの王国の実力者だったし、その彼と娘であるカロリーネを材料に交渉出来れば、面白い事になるだろう。


 そして、カロリーネは王国に強い恨みを持っている。復讐するのだと寝言でまで言っていた事がある。その恨みを存分に晴らして上げられれば、きっと私の最愛の女性は満足してくれるだろう。彼女の満足が国益に叶うなら言うことなしではないか。


  ◇◇◇


 皇帝としての執務は忙しく、朝からハーレムに戻るまで私は働き詰めだった。休みなどない。これでは身体の弱い兄上が早死にしたのも無理もないな、と私は思った。


 毎日毎日業務で一杯一杯な私は、ハーレムで起こっていた問題に気が付いてはいたが、それに対処している時間がなかった。


 つまり、母上とカロリーネの対立である。


 最初から、私はカロリーネと母は上手くいかないだろうと思っていた。なぜなら、二人とも物凄く我が強いからである。二人とも他人に譲るタイプでもない。


 地位の上では、もちろんだが「母后」である母上の方がカロリーネよりも上である。これは自由民と奴隷の差もあるから圧倒的だ。慣例では母后はシャーレを自由に「処分」する事さえ出来る事になっている。


 しかしながら私はそもそも母が嫌いであり、そしてカロリーネの事は愛しているし信頼している。私は母に「ヴェアーユを処分する事は許さない。ヴェアーユに何かしたら嘆きの宮殿に幽閉する」と厳重に申し渡し、カロリーネには母に何かされたらすぐに私に言うようにと言っておいた。


 しかしそれでも母とカロリーネは強烈な対立関係になってしまったようだった。母は何度も私の私室に押し掛けては「あの女を処分しなさい!」と叫んだし、カロリーネの方も「母后様がいるとうるさくてかないませんわ」と暗に私に母を遠ざけるよう求めた。


 私に少しでも母を想う心があれば、板挟みになって大変だっただろうと思うが、私は最初から全面的にカロリーネのみの味方だったのでそれはなかった。皇帝である私の全面的な支持で、カロリーネはやがて母の勢力を圧倒していった。


 しかしカロリーネが母の勢力に決定的な勝利を収めるために、私に寵姫を取らせようとした時には、私とカロリーネは口論をする羽目になった。私はカロリーネさえいれば良かったし、なんならハーレムすらいらないと思っていた。他の女を近付けるつもりなどなかったのだ。


 しかし、人一倍嫉妬心が強い筈で、裏切りを極端に嫌う筈のカロリーネは、泣きながらでも私に寵姫を作る重要性を訴えた。個人的な感情とは別に、皇帝である私と夫人である彼女の役割をしっかりと認識して、私に訴えたのである。


 私は内心で感心した。あの我儘で自己中心的で癇癪持ちのカロリーネの自制心の成長を認めたのである。彼女は元々知性が高いから、自制心さえ育ち感情任せな行動や衝動的な行動をしなくなれば、きっと良いリーダーとしてハーレムを率いていけるだろう。


 少なくとも以前からの攻撃的で嗜虐的で徹底的に自己中心的な性格が一つも改まっていない母上よりも優れた指導力を発揮するに違いない。


 実際、カロリーネを慕うシャーレは確実に増え続けていき、ハーレムはカロリーネによって制圧されていったのである。


  ◇◇◇


 カロリーネに紹介された寵姫三人は、全員非常に個性的だった。


 少なくとも皇帝である私を前にして恐れおののき、震えて平伏するような者は一人もいなかった。私はカロリーネに尋ねた事がある。


「どういう基準で寵姫を選んだのか?」


 するとカロリーネはやや不機嫌そうな表情で答えた。


「アルタクス様は鼻っ柱が強い女の方がお好きでしょう?」


 ……そんな事はないと言いたいが、実際カロリーネが紹介してくれた寵姫を私が気に入ったのは事実だった。


 特に私と波長が合ったのは赤毛のアレジュームだった。彼女は明るくハキハキして、頭の回転が早い少女だったが、若干うっかりした所があり、ミスが多かった。カロリーネはミスが許せない性格であり、アレジュームはよく叱られたらしい。


 ただ、他人のミスまでアレジュームのせいにされた場合は、遠慮なくカロリーネに「それは私じゃありません!」と反論したらしい。カロリーネは反論される激怒するのだが、炎のように怒り狂うカロリーネに対して、アレジュームはそれでも一歩も引かないのだそうだ。


 なので実はアレジュームはカロリーネの最側近ではなかったのだそうだ。それなのに自分が選ばれた事に、アレジュームは首をかしげていた。それがつまり、カロリーネが言った鼻っ柱が強い者を選んだという事なのだろう。カロリーネは私に合うかどうかを自分の好き嫌いよりも優先したのである。


 実際、アレジュームと私は相性が良かった。彼女は私といる時でも必要以上に遠慮をせず、自然体だった。私用に自分で用意した酒と料理をちょっとつまみ食いしてみたり、私と話している最中に平気で居眠りを始めるのだ。これでは仕事に厳しいカロリーネとは確かに相性が悪かろうが、そういう気の抜けたような所が、皇帝として日々緊張を強いられている私にとっては癒やしになったのだった。


 他の二人、クワンシャールもルチュルクもそれぞれ個性的な女性で、私は彼女達との生活にすぐに馴染んだ。しかし私はそれだけに、カロリーネがいかに私をよく理解しているかを思い知ったのだった。


 だから私はより一層カロリーネを愛するようになった。そして彼女以外に私の「妻」はいないと強く確信したのである。それ故、私はカロリーネを「皇妃」にすべく密かに運動を開始したのである。まずは大臣達に、内々にこの事についての相談を持ち掛けた。


 大臣達の反応は、最初は一笑に付すという感じであった。冗談だと思ったのだろう。しかし私が大いに本気だと分かると困惑してしまった。私は、大祖帝と二大皇帝には「皇妃」がいたこと。帝国法には皇妃の規定がある事を大臣達に伝えた。これはハーレムの図書館で学んだ知識である。


 そして私は、カロリーネは単なる奴隷では無く、隣国であるローウィン王国の王女だと喧伝した。嘘だが、半分くらいは嘘では無い。彼女は王族の血を引いているし、エルムンドからの情報で、今や彼女の父親がローウィン王国の事実上の国王になっているということが分かっていたからだ。私は王女を皇妃にすれば、ローウィン王国に干渉する理由に出来ると大臣達に説いた。


 西方諸国を屈服させることは、私の父帝を含め何人かの皇帝が志して為しえなかった帝国の悲願である。カロリーネを娶る事はその悲願達成の為の鍵になり得る、という理屈で私は大臣達を説得した。


 その結果、大臣達の大部分は同意に傾いた。西方への領土拡張が成れば、それは間違いなく帝国の飛躍的な発展に繋がる筈である。それに繋がるのならシャーレからの皇妃を娶るという前代未聞の事も許容出来るという事だろう。別に違法ではないのだから。


 しかし、宰相のムルタージャは難色を示し続けた。彼は前例の無いことには常に慎重だったし、それともしもカロリーネを皇妃とした場合、逆にローウィン王国からの干渉を招きはしないかとも心配していた。一理ある考え方だったが、私にしてみればあれほど故国を憎悪しているカロリーネが、故国の父親の言いなりに動くなどという事はあり得ないと確信出来る事だったが。


 しかし私が強力に希望して推進した事もあって、結局はムルタージャも最終的には渋々同意した。しかし宰相はこうも言った。


「条件があります。そのカロリーネというシャーレが、陛下のお子を、皇子を生み、皇子の母になる事が必要です」


 理屈は分からないではなかった。ただの女奴隷をいきなり皇妃にする事は難しいという事だろう。皇子の母になり次代の皇帝の母「母后」に内定している者ならば、大臣達としてもカロリーネを「皇妃」と認めやすいという事だ。隣国の王女とは言え現在はただの女奴隷である彼女が、真に皇妃と認められ、敬われる為にも確かにこれは絶対必要な条件だと言えた。


 そこで私はカロリーネを妊娠させるべく努力をした。しかし彼女も自分で私の子を産むべく努力しているのを私は知っていたから、すぐに子は宿るだろうと私はそれほど心配はしていなかったのだが。


 しかし、その内なんとカロリーネではなくアレジュームに子が宿ってしまった。私は驚き慌て、落胆した。


 もしもアレジュームの子が男であれば、その後にカロリーネに男の子が出来ても、将来の母后の座は高い確率でアレジュームに行ってしまう。これではカロリーネを皇妃にするという計画が狂ってしまうではないか。


 アレジュームに自分の初の子が宿ったのは嬉しい反面(私はアレジュームをカロリーネの次に寵愛していたから、素直にこれは嬉しかった)、なぜ順番が違ってしまったのかと嘆いたものだ。しかし、子が女であればまだカロリーネが最初の皇子の母になる道は残されている。私は複雑な思いで、アレジュームとなぜかアレジュームの妊娠を我が事のように喜ぶカロリーネを見守るしかなかった。


 ……しかし、その悩みは母上が起こした暴挙によって皮肉にも解消された。


 アレジュームは一命を取り留めたものの流産してしまった。私は初の子が失われた事は悲しかった反面、これでカロリーネを皇妃にさせる計画が復活した事を喜ばしくも思った。そんなことはアレジュームの子が流れてしまった事に激しく憔悴するカロリーネには言えない事だったが。


 事件を契機に私は母上をハーレムから追放し、カロリーネはハーレムに絶対者として君臨する事になった。そして同時に、遂に彼女の妊娠が発覚したのである。私は躍り上がって喜んだ。アレジュームには悪いが(意識を取り戻した彼女が流産した事を泣いて謝るのを見て、私は一層彼女を寵愛するようになったのだがそれはそれだ)念願のカロリーネの懐妊は今までに経験したことがない程の喜びだった。


 後はその子が男であれば言う事はないのだが、こればかりは誰にも分かるものではない(カロリーネにしつこく「男を産め」といって激しく怒られた)。しかし私はもう待てず、彼女の子が男であるという前提で、カロリーネと正式に結婚する計画を進めていった。大臣達は宰相を含めて概ね了承を得ていたが、最後の難関は、大女神様の最も間近でお仕えするという大司教だった。


 大女神様はかつて地上に降臨し、そこで預言者に様々な啓示を与えて下さり、それを元に預言者が書き記したのが大女神教の聖典である。大司教はその預言者の血を引くという高貴な一族の者だった。帝国での地位は皇帝の方が高いが、大司教の方が民衆には尊崇されていると言えるだろう。なので大司教はたとえ皇帝であっても疎かに扱う事が出来ない存在なのだ。


 この絶大な権威を持つ大司教から反対されたら、カロリーネを皇妃にする計画は一気に遠のいてしまうだろう。結婚を許可するのは大女神教の司教の役割でもある。私は帝宮内部にある「法の聖堂」という名の礼拝所に自分で出向き、大司教ノルヴェルトと面会した。するとノルヴェルトは言った。


「良いんじゃねぇの?」


 白地にびっしりと神を讃える文句を金地で刺繍した聖服を着た彼は唖然とする私に更に言った。


「預言者様も七人の妻を迎えてるんだ。皇帝なら妻の一人や二人軽いもんだろ」


 ……相変わらずだなこの男は。実はこのノルヴェルトは私が外廷で兄共々教育を受けている時に、一緒に学んだ学友だったのだ。私よりも三つも歳上の男だが、授業中に脱走したり、教師に悪戯を仕掛けるなどばかりしていたかなりの劣等生で、こんなので大女神様に一番近くでお仕え出来るようになるのかと心配したものだが、現在ではあにはからんや信徒からの絶大な信頼を集めている。


「堅物のお前が惚れるとは興味を惹かれるな。結婚したら是非顔を見せよ」


「結婚式はここでやるんだから、嫌でも見ることになるであろうよ」


 と、あっさり最後の障害は取り除かれたのだった。


 結局、カロリーネの子供は期待通り皇子であり、心配していた健康状態も良好。その皇子サルニージャを抱くカロリーネを見ながら私は、皇子を得た喜び、皇子を抱いて幸せそうなカロリーネを見る事が出来た喜び、そして最愛の女性を皇妃という特別な身分にして正式な妻に出来る喜びと、色んな意味での幸福感に浸ったのだった。

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