第十六話 皇帝の妃
当たり前ですが、ハーレムには出産経験のある女性はいません。
長年ハーレムに居着いている中高年のシャーレはいますけど、彼女達も処女です。出産経験が有ろう筈はありません。だから出産についてのアドバイスを誰にも受ける事が出来なかったのです。これには結構困りましたよ。
一応は私もシャーレ達も出産に関わる様々な事は教育されて知ってはいますけど、やはり生きた経験からくるアドバイスは違いますからね。私は女官達にハーレムに商品販売に来る商人の夫人などに具体的な経験談を求めさせ、歩いた方が良いとか水を沢山飲めだとかいう様々な話を聞いて実践しました。
私はそれまで帝国式大女神教に改宗していながら、それほど熱心な信者ではありませんでした。精々一日に三度ある礼拝時に拝礼するくらいでしたね。熱心な教徒はいちいち礼拝所に行くものですが、私は私室で拝礼するに留めていましたし。
しかし、こうなれば話は別です。私は動けるようになると毎日のように礼拝所に通い平伏して熱心にお祈りしました。
「どうかアルタクス様のお子を無事に産めますように! そしてこの子が男の子でありますように!」
女の子でもアルタクス様のお子には違いがありませんので、私個人の感情としては嬉しくて幸せですけど、政治的には女の子では弱いのです。アルタクス様との間に他の寵姫が男の子を産めば、私の立場は弱くならざるを得ないでしょう。アレジュームの時はある意味すっぱりと諦めた私でしたが、今回は他の寵姫に先んじて妊娠出来たのです。このチャンスを逃したくありません。
アルタクス様の寵愛著しい私が、彼の第一皇子を産めば、母后様のいないこのハーレムでの私の地位は完全に安泰になります。私は「皇子の母」の称号を得て夫人の中でも特別扱いされる身分になるでしょう。第一夫人にして皇子の母であれば、この後に他の寵姫に男の子が生まれても私の地位が変動する事はありません。
強いて言えば、アルタクス様がお亡くなりになって代替わりが起こる時に、何らかの理由で私の子では無く他の寵姫の子が皇帝になった場合、私は母后になれず嘆きの宮殿に移る事になるでしょうけど、それならそれで良いと私は思っています。
私がなりたいのはアルタクス様の一番愛する寵姫の地位であって、皇帝の母であるかはどうでも良いのです。非常に勘違いされていますけど、私は別に権力欲は無いのですから。
アルタクス様は私のお子をそれはそれは楽しみにしていらっしゃいました。
「君の子なら美しくて聡明な子になるであろう」
しかしながら男の子でなければならないとは繰り返し仰っていましたね。
「男でなければ困る。君には皇子の母になってもらわねば」
それは私よりも切実な願いのようでしたね。確かに、私が彼の一番近くでお世話をし続けるにはそれが一番であるのは確かでしたけど、その執拗さにはちょっと疑問を感じました。もう宿ってしまって今更どうにもならない事をそうしつこく言われても困るとむくれた事もありました。
そうしている内に臨月になった私は重いお腹を抱えてフウフウ言っていましたよ。私はアルタクス様のお部屋の近くのお部屋から、出産に使われる棟に移りました。これは出産の汚れから皇帝陛下を遠ざける為だそうです。アルタクス様は私を心配して、毎日その棟まで朝晩と来て下さいましたから意味ないのですけど。
医者と看護のシャーレ、そして護衛の宦官の兵士が私の部屋をがっちり守っています。勿論、毒味は入念で一分の隙もありません。もう高齢の宦官の医者はもう何度も寵姫の子を取り上げてきた者ですので安心です。アルタクス様の分娩もしたのもこの医者だそうですよ。
季節は夏で、暑いです。大きなお腹では水浴びも用意ではありませんし、お腹に暖かい赤子がいるからか、汗が出て止まりませんでしたね。ハーシェスを始めとしたお付きのシャーレが汗を拭いて団扇で煽いでくれなければぐったりしてしまう所でした。
そうしていたある日、私はいつものように日課のお散歩をして、お部屋に戻って来ました。そしてソファーにゆっくりと座り、背もたれによっこいしょと、身体を預けたのです。
その時、ちょっと違和感を感じました。アレ? っという感じです。なんでしょう。私はこの時、もうドレスでは無くお腹を締めないワンピースを着ていたのですが、そのスカートのところが少し濡れているような?
あら、私漏らしてしまったのかしら? と驚きましたよ。ちょうどそんな感じで濡れていたのです。ハーシェスがそれを見付けて驚いたような顔をしました。
「どうなさったのですか、ヴェアーユ様」
「なんでしょう。服が汚れてしまったわね。着替えましょうか」
私は少し恥ずかしい思いで言いました。妊娠してから自分の身体が色々変わっていて、他人の身体を借りているような感じなのです。ですから、思いも寄らずに漏らしてしまったのもそのせいだと思ったのです。
しかし次の瞬間、ズシンとお腹が重くなりました。
「あ、いた……! 痛い!」
立ち上がろうとしていた私はお腹を抑えて呻いてしまいました。いつもは無口なハーシェスが驚いて叫びます。
「ヴェアーユ様! お医者を! 医者を呼んで!」
大騒ぎになりました。ハーシェスに手を握ってもらい、私は脂汗を流しながら呻きました。痛いです! お腹を絞られるような痛みに身動きも出来ません。
医者が駆け付けて、私を見るなり叫びました。
「こりゃいかん! 破水しているじゃないか! 急いでヴェアーユ様をベッドへ!」
破水? 私はそれは知識としては知っていました。お腹の、赤ちゃんを守っている膜が破れると水が出るそうですね。出産が間近い印です。
ということはいよいよ出産だという事でしょう。私は急激に緊張してきました。ベッドに横になり過ぎないように腰掛け、クッションで身体を支えます。お風呂場から大量のお湯が運び込まれ、医者や、手伝う看護部門のシャーレ達が手を洗っていました。
「もう破水しているから、それほど時間は掛からないでしょう」
と医者は言いました。そうは言っても出産ですからどれくらいの時間が掛かるか分かりません。それに、出産には危険が伴います。私の母は弟を出産して、力尽きて亡くなったそうです。せっかくお子を産んでも死んでは意味が無いでしょう。私はアルタクス様とこの先も生きたいですし、彼と一緒にお子の誕生を喜び合いたいのです。
私は気合いを入れて出産に臨みました。
◇◇◇
……気合いを入れる程の事はありませんでした。
確かに痛かったです。それはもう、今まで経験したことが無い痛みで思わず絶叫してしまいました、けど。
随分短時間だったのです。え? と思ったらもう生まれていました。
希に見るほどの安産だったと医者が言いましたね。とにかく、産気付いてから二時間くらいでポンと生まれてしまいました。散々難産の話を聞いていたので、ちょっと拍子抜けする位でしたよ。あんまり疲れる事もありませんでした。
でも産んだ瞬間、医者が「皇子誕生! 皇子誕生です!」と叫び、その場にいたものがわっと喜んだ時、私も思わず万歳をして喜べたのですから、安産で良かったのですよ。
生まれたお子をすぐに抱く事も出来ました。まだ小さくてしわくちゃで真っ赤でした。髪はアルタクス様そっくりな赤茶色です。……全然可愛くありませんね? みんな赤子は可愛いものだというので、どれほど可愛いかと期待していたのですが。
しかもとんでもない大声で泣いていましたから驚きましたよ。確かに弟も生まれてすぐは頻繁に泣いていましたね。
私はそれから医者の処置を受けて、その後赤子に初乳を飲ませると(最初のお乳は必ず母親が与えるという風習があるそうです)休みました。赤子は別室に連れて行かれてしまいましたよ。既に乳母用に女奴隷がハーレムに迎えられていまして、赤子の世話はその者がほとんどやることになるそうです。これは私の故国でも同じで、私だって乳母に育てられましたから別に抵抗はありませんでしたね。
出産の汚れを避けるために、私はそれから三日はアルタクス様にお会い出来ませんでした。本当はアルタクス様に出産を無事終えた事をご報告したかったのですが。
三日経って、赤子が私の出産用のお部屋に連れて来られました。
驚きました。たったの三日で随分ふっくらして、あのしわくちゃさ加減はどこへやら。随分と可愛らしくなっているではありませんか!
まだ目は開いていませんが、もうほっぺたはもちもちで、小さな手がうにうにして、なにやらむにむにと言っています。私は初めてその可愛さに感動を覚えましたね。可愛いです。これは確かに、皆が讃えるのも当然ですね! 私は大喜びで赤子を抱き、自分でもお乳を与えましたよ。
そしてその日の夕方、随分と早い時間にアルタクス様がお帰りになり、私の所に来て下さいました。彼は部屋の中に入るなり、椅子に腰掛けている私の所に駆け寄ると、私が立ち上がる間もなくそのまま私を抱き締めました。
「よくやったぞ! ヴェアーユ!」
大喜びでしたね。彼が喜んでくれれば私も嬉しいです。この数ヶ月、汚れを移さないためと安全の為に、彼に触れる事が出来ませんでしたから、久しぶりに彼に抱き締められてその意味でも満足でした。
アルタクス様は既にお子とは会っているそうです。というのはお子は生まれたその日に大女神様の祝福を受けるために礼拝所で司祭から様々な儀式を施されるのだそうで、その時に父親として立ち会ったとのことですね。
しかしそれからは会っていなかったとの事で、やはり随分可愛くなったと驚いていらっしゃいましたね。お子を抱いている姿はそれは嬉しそうで幸せそうで、子供のようにはしゃいでいる姿は微笑ましくもありました。
「やはり君に似ているな」
と繰り返し仰っていましたが、私はどう見てもアルタクス様に似ていると思いましたよ。きっと凜々しい皇子になってくれる事でしょう。
誕生七日後、赤子にはサルニージャという名が与えられました。そうです。アルタクス様のお兄様である先帝陛下のお名前ですね。お兄様を強く慕っていたアルタクス様らしいご命名です。この子が即位すればサルニージャ二世になる事でしょう。
出産から半月後、私はアルタクス様のお部屋の近くの部屋に戻りました。その時、その隣のお部屋にサルニージャの部屋を作りましたよ。我が子に出来るだけ側にいて欲しかったからです。可愛くてたまらないから、という理由の他に、あの母后様が子供の頃のアルタクス様を邪険に扱った結果がどうなったか、私は知っていたからです。
乳母に付けた女奴隷(彼女はシャーレとは見做されません)はクリュープという名前で、私よりも二つ上。産んだ子供がすぐに死んでしまったということで、独りでハーレムに来ていました。黒髪黒目のしっかりした女性でしたよ。私は彼女の性格が気に入った事もあり、安心してサルニージャの事を任せられました。ただ、私も毎日ちゃんとサルニージャの所に行って、クリュープと一緒に世話をしましたよ。
私は予定通り三人の寵姫、アレジュームとクワンシャール、ルチュルクを夫人に任命しました。それと、数名を寵姫としましたよ。アルタクス様はやはり特にアレジュームをご寵愛でした。やはり事件によってお子を失った事を随分と不憫に思って下さっているようでしたね。
そして私には「皇子の母」の称号が与えられ、文字通り私はハーレムの頂点に君臨することになりました。私は心から満足しましたね。優しいアルタクス様と可愛いサルニージャ。そして信頼出来る女官達に囲まれて、このままハーレムの中で私はずっと幸せに生きていける事でしょう。
めでたしめでたし……。
◇◇◇
……だと私は本当に思っていたのです。
しかし、サルニージャ出産から半年が経ったある日の事でした。ハーレムにお帰りになったアルタクス様は随分と上機嫌でいらっしゃいましたよ。私はサルニージャを連れてくるように言われて、息子を抱いて彼の側に参りました。
彼は私を自分の横に座らせると、息子の頭を撫でながらニコニコしていました。サルニージャはすっかり元気な子供になっていて、私譲りの深い緑色の瞳もぱっちりキラキラしています。お父様が大好きで、撫でられて嬉しそうにしていました。
そしてアルタクス様は意外な事を言ったのです。
「明日、サルニージャを廷臣にお披露目する」
私は頷きました。それは以前から聞いていたのです。皇子は、生後半年経ったらお披露目をする習わしだそうで、明日は宮廷の大臣や高級官僚へお披露目し、数日後にはお祝いのためにやってきた各地の太守。そして更に宮殿に集まってきた民衆に向けてのお披露目も予定されているそうです。この子にとって初めての公務という事になりますね。
皇子だけに生まれた瞬間からこの子には予定が山積みなのです。七歳になったらハーレムを出て厳しい教育をされる事になるのですから、それまではなるべくハーレムで甘やかして育てようと思っています。もちろん、私自ら存分に甘やかす予定ですわ。
しかし、次のアルタクス様の言葉に私は本当に驚きました。
「君も来い」
……は?
私は何を言われたのかが分からず、首を大きく傾げてしまいました。その様子を見てサルニージャも一緒に首を倒しています。可愛い。それは兎も角。
「何処へ行くのですか?」
私はハーレムから出られないではありませんか。ついでに言えば乳母であるクリュープも出られませんから、二人してサルニージャを見も知らぬ宮廷の宦官に任せる事を心配していたところだったのです。
しかし、アルタクス様はそれはもう満面の笑みで言いました。
「もちろん、宮廷へだ。君を連れて行く」
控えていた夫人、寵姫、女官からざわめきの声が起こりましたよ。私も驚きのあまり硬直します。
シャーレは年季が明けるまでハーレムから出られない。それは鉄の掟です。夫人だろうが寵姫だろうがそれは動きません。むしろ夫人は、皇帝陛下が代替わりなさっても嘆きの宮殿に移るだけでハーレムの外には一生出られないのです。
アルタクス様はそれをすると仰っているのです。私は思わず首を横に振りました。
「そ、そんな事が出来る筈がございません。不可能です!」
しかしアルタクス様は言いました。
「いや、出来る。もう廷臣達や大司祭とも話を付けた」
一気に話が大きくなりました。宮廷の大臣や、大女神様に一番近くお仕えするという大司祭様も巻き込んだ話のようです。つまりアルタクス様の一存ではないということです。一気に、私がハーレムから出るという事の実現性が高まった気がいたします。心臓がドキドキしてきました。
「シャーレは、ハーレムからは出られない。これは確かだ。これはシャーレが皇帝の所有する女奴隷だからだな。年季が明けて奴隷身分から解放されればハーレムから出られるであろう?」
逆にハーレムにもう一度入ろうとしても不可能になるのですが、それは兎も角、確かにアルタクス様の言うことは正しいです。自由民を理由無く閉じ込める事は皇帝と言えども推奨されません。だからハーレムのシャーレは私を含めて皆奴隷なのです。
「だから君を奴隷身分から解放すれば、君はハーレムから出る事が出来る」
道理です。ですが奴隷身分から解放されればハーレムには戻れない。これも決まりではありませんか。
「その決まりには抜け道がある。母上は奴隷身分から解放されていたのに、ハーレムに戻って来たであろう? あれは母上が『母后』の称号をもっていたからだ」
「母后」の称号は公的な地位を表すものなのだそうです。大臣とか官僚の位とかと同じものですね。シャーレの夫人や寵姫みたいなハーレム内でしか通じない職位とは訳が違うのです。
母后の位には皇帝の母親としてハーレムを統括する権限が与えられているわけですね。あの方はアルタクス様と不仲過ぎた事で権力が制限されてしまっていましたけど、本来は自由民であるだけでなく、公的な位まで持つ母后はハーレムにおける絶対支配者なのです。
「だから、君にもそれに相応しい位を与えれば、君はハーレムの出入りを許されるという事になる」
……それはそうでしょうけど。
それは一体どんな位なのでしょうか? 母后様はハーレムに戻って来ましたけど、出る事は許されていませんでした。その権限は無いのでしょう。ハーレムを自由に出入り出来るのはただ一人皇帝陛下だけです。ですから、ハーレムを出入り出来る公的な位というと、それは皇帝陛下に匹敵する位という事になってしまいます。
そこまで考えて私は気が付きました。
「……まさか……」
青くなる私と対照的に、アルタクス様はそれはそれは幸せそうに笑いました。
「そうだ。私は君を『皇妃』にすることにした」
……皇妃、とは皇帝の妃です。当たり前ですね。一応は、帝国には皇妃の規定があります。あるので、かつては皇妃が存在した事があるのでしょう。
しかし、帝国の歴史を遡っても、この二百年くらいは皇妃がいたことが記録されていません。それはそうでしょうね。そもそもハーレムは皇妃を置かないために出来たのです。皇妃の親族が政治に介入して外戚の害を成すことを防ぐためだったと聞いています。ハーレムで女奴隷が作った子供なら、親戚が介入出来ようはずはありませんからね。例えば私のお父様が私の存在を知ったって、ハーレムにいる私と連絡の取りようが無いのですから、外戚として振る舞えようはずがありません。
皇妃がいる益よりも害の方が大きいと見做されたから、皇妃は置かれなくなったのです。ハーレムが機能しているなら確かに皇妃は要りませんからね。ちなみに、故国や西方諸国ではハーレムの存在は宗教的に許されませんし、王族の結婚は政治で、国内や外国の王族との結びつきを強める為に行われます。
しかし、規定があるなら、皇帝が求めれば皇妃を置いても良いわけです。それでアルタクス様は私を皇妃にすることを考えたようなのでした。
私はこの時は知りませんでしたが、彼は私が妊娠した時から動き始めていて、廷臣や大司祭様と何度も何度も協議を行い、私のお子が男の子であれば、という条件で廷臣からの内々の同意を得ていたのだそうです。反対の声は少なくなかったそうですけど、アルタクス様が強力に推進して押し切ったのだそうですよ。
「君は皇妃になり、宮廷に公的な地位を得ることになる。だからハーレムを自由に出入り出来るようになるのだ」
私はちょっと呆然としてしまいました。理解が追い付きません。
私は今日の今日までそんな事をアルタクス様が考えていたなどとは一つも知りませんでした。……しかし思えば、何度も何度も「男の子を産むように」と仰っていたのはこのためだったのかもしれません。
「わ、私などでよろしいのですか? 私がそのような地位に上がっても……」
「君が良いのだ。それに君は元王太子妃であろう? 王妃になる覚悟は有った筈ではないか」
それはそうですけども。それも随分昔の話です。私がまだ不安に心を揺らしていると、アルタクス様は私を息子ごと抱き締めて言いました。
「案ずるな。君は私が守る。そして、君も私を守ってくれると嬉しい」
その言葉には、アルタクス様のどうしようもない心の孤独が滲んでいました。
彼は皇帝として、大きな宮廷でただ一人で奮闘していらっしゃるのです。それは、政治的な側近はいらっしゃるのでしょうけど、親族も幼少時から頼りにされていた兄君もおらず、アルタクス様は誰にも頼ること無く帝国を支えていらっしゃるのです。
大好きな彼を、その孤独から少しでも救って差し上げられれば。僅かでもお助け出来れば。それはきっと素晴らしい事だと思えました。
私は彼に選ばれた時に誓ったのです。彼のお側にこれからずっといよう。彼の事をずっとお助けしていこうと。
そう思えば、自然と決心は出来ていました。
「……分かりました。私は皇妃になって、微力を尽くしてアルタクス様をお助けしてまいります」
「そうか。ありがとうヴェアーユ。いや、カロリーネ」
アルタクス様は満面の笑みを浮かべて私とサルニージャを改めて抱き締めたのでした。
◇◇◇
翌朝、私は紫色のドレスの上から紺色のローブを纏い、頭からヴェールを被ってアルタクス様の後ろに続きました。当然胸にはサルニージャをしっかりと抱いています。まだ寒い季節ですから赤子の防寒はしっかりしましたよ。
平伏する夫人、寵姫の見守る中、これまではアルタクス様を見送るしか無かったその通路に、通称「黄金の廊下」と言われる皇帝陛下専用の通路に、遂に私は足を踏み入れました。ハーレムを囲む三重の塀を一気に通過するその通路は、蝋燭の明かりしかないので薄暗く、私は足下を見ながら進みました。
何しろ三重の塀を突き抜ける訳ですからかなり長い通路です。この先に何が待っているのか分からぬ私はアルタクス様の後ろをついて行くしかありません。
「気を付けよ。暗いからな」
アルタクス様が後ろを振り返り、気遣って下さいます。私は思わず微笑みました。濃いヴェールにこの暗さですから見えなかったとは思いますけど。
そのまま私は足下と、アルタクス様の背中を交互に見ながら進みました。
不意に、視界が開けます。急に明るくなったので驚きました。黄金の廊下を抜けたのです。その先は広いお部屋でした。大きな窓が取られており、外には木々が茂っているのが見えました。庭園に面しているのですね。その向こうに、ハーレムから見るよりもずっと近くに海が見えました。
「皇帝陛下のおなり!」
広間には十数名の宦官か男性か分からない者達が平伏していました。華やかなシャーレ達とは違う、彼らの地味な服装に、私はここがハーレムでは無い事を強烈に実感致しましたね。
……私がハーレムに入ってから、もう五年近くが経過していました。二度と出られぬと覚悟していたハーレムを出られた時、私は十九歳になっていたのです。
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