第十四話 断罪の時

 アレジュームが流産したという知らせは私を落胆させました。私まで体調を崩して寝込んでしまったものです。アルタクス様は慌てて私を見舞って私を励まして下さいましたよ。


「健康でも子は無事生まれ育つ方が少ないのだ。私に子を成す力があることは分かったのだから、また作ればよい」


 そうは言われても、アレジュームとその胎の子を守れなかった衝撃は大きく、私は気分も落ち込んでしまい、アルタクス様のお世話を寵姫達に任せて数日間伏せりました。


 この間に母后様派が暗躍したようですね。私の派閥に揺さぶりを掛けたようです。


「自分の部下を嫉妬のあまり暗殺し、陛下のお子を流れさせるような者に付いて行くのか?」


 という理屈でしたね。多くの者は動揺したようでした。私ならやりかねないと思われたという事ですね。私の以前の素行の悪さ、アルタクス様を独占したがっていた事を思い出した者も多かったのでしょう。


 何とか起き上がり公務に復帰すると、女官たちの態度が少しおかしくなっていました。よそよそしいというか、静かなのです。ただ、私はこの時もまだ本調子ではなかった事もあって、その事に気付きながらも重大な事だとは考えませんでした。


 アレジュームは意識を取り戻しません、私は彼女の看病を優先し、アルタクス様のお世話は寵姫二人、クワンシャールとルチュルクに任せました。この事も、アルタクス様の私への寵愛が衰えた証拠だと母后様は随分と言い立てたようでしたよ。


 実際にはアルタクス様も落ち込んでいて、私がその気になれなかった事もあり、彼はお一人で寝ていて寵姫も寝所に入れていなかったのです。むしろ私がいないとアルタクス様のご機嫌が悪いので、早く私に復帰してくれとルチュルクなどは言っていましたね。


 アレジュームの容体は安定し、意識はないのですが水やスープは飲めるようになっていました。無意識に口が動くんですね。これなら目を覚ます事が十分期待出来ると医者も言いました。私はそれを聞いてホッとしました。彼女は忠臣でしたし、なにより寵姫の内で一番アルタクス様がお気に入りだったシャーレです。死なせるわけにはまいりません。


 少し安心した私は、ここでようやく異変に気が付きます。


 自由時間に私を囲む女官の人数が随分減っています。慌てて調べさせると、女官の少くない数が母后様派にこそ行かなかったものの、私から距離を取り始めた事が分かったのです。


 私は激怒しました。この時私は情緒が不安定でしたから、カーッと怒って叫びました。


「許せない! この私を侮るとどうなるか! 思い知らせてやります!」


 私は即座に日和見をした女官たちを免職して部屋替えを命じ、格の低い者には下働き落ちを言い渡しました。それを聞いたルチュルクが飛んできて私に言いました。


「いけません! ハーレムのシャーレたちが動揺しているこの時に、厳しい処置をしては人心が離れるばかりです!」


 銀髪のルチュルクは大人しい少女ですが、賢明です。普通の時であれば彼女の意見は重視する私でしたが、この時は頭に血が上っていた事もあり、聞き入れませんでした。


 厳しい処置を喰らったシャーレは憤慨し、遂に母后様派に付きました。そして私の派閥のシャーレも大きく動揺してしまい、不協和音が目立つようになります。


 ここで存在感を発揮してきたのが二人の寵姫でした。クワンシャールとルチュルクの周囲に女官が集まり、私の派閥は分裂の兆しを見せたのでした。そしてそこへ母后様派が攻勢を強めます。


 しきりに寵姫二人に働き掛け、私からの離反を勧めているようでした。


 事がここに至って、私は危機感を覚えました。派閥の崩壊危機を認識したのです。制圧していた筈のハーレムが、アレジュームの遭難からほんの半月で母后様にかなり取り返されてしまったのです。


 私は原因を探りました。するとどうも一番の原因は、私がアレジュームを暗殺した、と思われている事だという事が分かったのです。私は呆れ怒りました。私がそんな事をする筈がないでしょう!


 しかし、私がガーっと怒ると私の側近の一人であるキルリーヴェが首を横に振ります。くすんだ金髪に茶色い瞳の彼女は遠慮なく私に言いました。


「アレジューム様がお亡くなりになり、お子が生まれなくなって一番利益を得るのは、お立場が怪しくなっていたヴェアーユ様だという意見には一定の説得力がありますよ」


「なんですか! 立場が怪しくなるとは! 私の夫人としての地位は、アレジュームに子が生まれても変わりませんよ!」


「アレジュームが『皇子の母』になってもですか? それは無理でしょう。慣例ではそのような場合、第一夫人の地位は皇子の母に譲られる事になっておりますし」


 実際には、皇帝陛下から最大の寵愛を得ている寵姫が第一夫人になるので、子の有無は関係りません。しかし、帝国の常識的には子を成した妻の方が子のいない妻よりも立場が高くなるのです。


 実際、アレジュームが皇子を産めば私は第一夫人の座を彼女に譲るかどうかの選択を迫られた事でしょう。


「もちろん、私はヴェアーユ様はそんな事をしていない事を知っていますし、ここにいる皆もそうです。ですが、知らない者にとってはヴェアーユ様が最も怪しく見えている、という事です」


 私はキルリーヴェの意見に一理がある事を認めざるを得ませんでした。この場合、怪しく見えるというのが重要で、事実は関係ありません。そしてその疑いは容易な事では晴らすことが出来ないのです。


 その疑わしい点を母后様に突かれた訳ですね。私が強く否定すればするほど、母后様は「あんなに躍起になって否定するなんて、やましいところがあるからに違いない」と言うでしょう。どうしたものか……。


「……どうしたら良いと思う? キルリーヴェ」


 私が問うとキルリーヴェは目を丸くしました。そういえば私がこのように他人に意見を尋ねる事は珍しい事だと、言ってしまった後に気が付きました。どうやら私は随分と弱気になってしまっているようです。


「そ、そうですね。一番良いのは真犯人を捕まえる事ではありませんか?」


「真犯人?」


「ええ。ヴェアーユ様が企んでいない以上、アレジュームを毒殺しようとした者がいる筈ではございませんか。それを捕らえれば、ヴェアーユ様の無実が証明されるということになりましょう」


 私は思わずキョトンとしてしまいました。それはそうですよ。なんで気が付かなかったのでしょうか。というより、なんでアレジューム暗殺未遂犯をこれまで捜そうと思わなかったのでしょうか?


 アルタクス様のお子が流れたショックのあまりその辺がすっぽり抜け落ちてしまったのだと思われます。確かに、私の無実を証明するにはそれが一番です。というより、私が徹底捜査を指示しなかった事が、私への疑いを増す原因になっているのかもしれません。


 しかしながらもうあの事件から半月も経っています。捜査は容易ではないかもしれません。幸いなのはここが閉鎖空間のハーレムで、犯人が絶対にハーレムの外には逃げられないという事です。そして犯人はシャーレの内の誰かに決まっているのです。


 ……そこまで考えて、私ははたと気が付きました。キルリーヴェに言います。


「そういえば、犯人はどうやって毒キノコをハーレムに持ち込んだのかしらね?」


 キルリーヴェが目を瞬きます。


「どうやってって……」


「ハーレムへの物品の持ち込みは厳しい筈よ? 納入される食品も専門の宦官が厳しくチェックしているし、シャーレが買い物をする時も、商人の商品も私たちが購入するものも厳しく点検されるじゃない」


 皇帝陛下の毒殺を防ぐためなのだから厳しくて当たり前ですね。毒物に詳しい宦官が目を光らせているから、あんな有名な毒キノコを持ち込む事は簡単では無い筈なのです。


 そのカラクリを暴くことが出来れば犯人は分かったようなものでしょう。私は考えます。簡単に考え付く方法は三つあります。


 一つは商人と検査の宦官と結託する事です。実際、かなり昔のハーレムで皇帝陛下に毒を盛った事件ではこの方法が使われたと聞いています。


 しかしながら、現在ではこれは大変困難です。商人を検査する宦官はハーレムの中には入らないので、シャーレには交渉することが出来ません。ハーレム内に入る物資を検査する宦官も、同じ理由でシャーレとの接触を禁じられています。


 もう一つは自分でハーレムをなんとか抜け出して毒を調達してくる方法です。しかし、これは言うまでもなく大変困難です。確かに、警備の宦官は夜以外は多くはありませんし、塀も高いですけど登るのは不可能ではないでしょう。


 でも、同僚の目を盗んで仕事をサボって抜け出すのは難しく、上手く出られたとしてもハーレムの外もまだ宮殿内です。しかも女人禁制。その中をこっそり抜け出して戻ってくるのは、何の訓練も積んでいないシャーレには手に余る事でしょう。


 最後の一つは、元々持っていた場合です。つまり、ハーレムに入宮する際に既に持っていたという事です。これなら入手は簡単でしょう。奴隷身分でも外出や買い物が許される場合もありますから。


 ただ、ハーレムへの持ち込みは前二つと同じで非常に困難です。シャーレは入宮時、冗談抜きで身体の隅々まで調べられますし、持ち込む荷物も全て改められます。検査専門の宦官のやる事ですから、手抜かりがあるとは思えません。


 ですからこれも可能性は低いでしょう。この三つでないとなると……。簡単には思い付きませんね。


 そうですね。要するに何とか入手して検査をすり抜ければ良い訳です。宦官ですから色仕掛けは効かないとして賄賂はどうでしょう? でも、宦官も結構高給をもらっていると聞きますし、難しいでしょうか。どうにかして検査を避ける方法でもあれば。


 そうですね。高貴な方なら検査を免除される事もあるかもしれません。アルタクス様がハーレムにお入りになった時には検査はされなかったでしょうね。今回の場合絶対に彼が犯人ではないでしょうけど……。


 ……そこで私は気が付きました。


 そうです。もう一人該当者がいます。ハーレムに常駐しているのに奴隷ではなく、それどころか帝国女性の中でも最も高貴だとされるあの方なら、もしかしてハーレムにお入りになる際に身体検査を免除された可能性がございます。


 その可能性に思い至ると、私の頭の中で様々なピースが音を立てて組み上がって行きました。そうです。アレジュームが身の回りの女官以外の者が用意した料理を食べた理由もこれで説明が出来ます。


 ……私の中に沸々とした怒りが湧き起こりました。何ということを、何という事をしてくれたのですか!


 甘かった。これまでの私は甘すぎました。もっと早くに徹底的にやっていれば、こんな悲劇は起こらなかったのかもしれません。後悔してももう遅いですが……。


 しかし、許すわけにはいきません。許されてはいけない罪を、あの人は犯しました。


 私は、全身全霊を込めての報復を決意しました。


  ◇◇◇


 ……その日、アルタクス様は少し早くにお帰りになり、母后様を私室に招きました。不仲である母后様を、アルタクス様が私室に招くなんて滅多にない事です。


 母后様は喜んで招待に応じましたよ。もしかしたら母后様の推薦する女官を寵愛する事に決めたのかと思ったのかもしれません。


 母后様がアルタクス様の私室にお入りになると、私はいませんでした。寵姫二人だけがいます。母后様はニンマリと笑いました。


「あの女はいないのですね」


「今日は席を外させました」


 アルタクス様は短く言います。


「今日は母上とお話をしようと思ってお招きしたのです。ヴェアーユがいては不都合でしょう」


 母后様は嬉しそうに頷きましたね。しかしアルタクス様がこう言うと少し眉をしかめます。


「人払いをお願いしたいのです。母上。女官は部屋の外へ」


「必要があるのですか?」


「ええ。大事な話ですので」


 アルタクス様がキッパリと言いましたので、母后様は渋々連れていた五人の女官に部屋の外へ出るよう命じました。その中にはあの母后様の最側近であるブリュートも当然含まれていましたね。


 女官がいなくなり、中にはアルタクス様と母后様。そして寵姫であるクワンシャールとルチュルクが残ります。寵姫二人はアルタクス様の後ろで控えている状態です。


「それで、話とはなんなのですか?」


「ええ。失った子の話です。私もですが、ヴェアーユが悲しんでね」


 アルタクス様は顔を曇らせました。


「何か言ってあげたいのですよ。それで、聞いてみようと思いまして。かつて父である先々帝の皇女が幼くして亡くなりましたね? あの時、母上はその母親にどんな言葉を掛けたのですか?」


 母后様はアルタクス様を小馬鹿にしたような目で見て言いました。


「あんな女の娘がどうなろうと私の知った事ですか。陛下の事はお慰めしましたけど、あんな女には声も掛けませんでしたよ」


 いかにも母后様らしい言い草です。アルタクス様は表面上は何の感想も抱かなかったように頷きました。


「幼子が亡くなるのは珍しい事ではありませんからね。しかし、それにしても父上は何人もの夫人や寵姫を寵愛したのに、子供が私と兄上と、それとその亡き姉上しかいなかったのは何故ですか? 少な過ぎはしませんか?」


 歴代の皇帝陛下は平均で、七、八人。多いと十五人もの子供を儲けた例があります。それに比べると、三人は確かに少ないです。


 母后様はなんという事も無く言いました。


「子が産まれるかどうかは大女神様の思し召し。皇帝陛下にもどうにもならない事だったのでしょう」


 そこでアルタクス様は一度沈黙し、そして言いました。


「……母上が手を下したのではありませんか?」


 ビシッと空気がひび割れます。母后様が怖い顔でアルタクス様を睨みました。しかしアルタクス様は冷静な表情でこれを受け止めます。


 しばらく沈黙の中、睨み合いが続きました。そしてようやく、母后様が唸るような声で言いました。


「……だとしたら何だと言うのですか?」


 母后様はアルタクス様を嘲るような表情で睨みつつ言いました。


「寵姫が、皇帝陛下の寵を争い、互いに足を引っ張り合い『皇帝の母』の称号を目指すのは当たり前ではありませんか! そのおかげで貴方は今、皇帝になれているのでしょうに!」


 ……アルタクス様が調べたところ、先々帝の夫人や寵姫が流産した例が異様に多かったのだそうです。理由は様々でしたが(階段から落ちたとか、食あたりをしたとか)、どうも母后様の関与が疑わしい例もいくつかあったとの事で、それでこの時アルタクス様はかまを掛けたらしいですね。


 アルタクス様も、自分の母親がそこまでやるとは思いたくなかったのでしょう。しかし、実際に既に自分の同僚であったシャーレの胎児を殺し続けてきた前科があったわけです。中にはシャーレ自身が死んでいる例もあったとか。


 アルタクス様は表情をむしろ穏やかなものに変えて、母后様に問い掛けました。


「それで私の子も殺したのですか?」


 母后様はアルタクス様を更に怖い顔をして睨み付けましたが、流石にこれはここでは告白しませんでした。しかし、アルタクス様が確信をもって言ったのは分かったのでしょう。若干青い顔になります。


「なんですか! あの女が世迷言を言ったのですか! なぜ私が貴方の子を殺さねばならないのですか! 動機があるのはあの女の方でしょうに!」


 ……母后様の動機は遂に本人から聞く機会が訪れなかったので分かりませんが、推測として、アレジュームが子を産んでも私の派閥から抜けないと言い切った事で、お子の誕生で私の立場が更に強化され、母后様派に逆転の目が無くなる事に焦ったのではないかと思われます。


 本当は私を毒殺したかったのでしょうけど、私が母后様からの下賜品を食べる訳がありませんからね。しかし寵姫であるアレジュームには断れなかったでしょうし、まさか母后様がそこまでやるとは思ってなかったのでしょう。


 罪を告白してくれれば面倒がなかったのですが。でも、もう遅いのです。自白以外の証拠はこの時点で十分集まっていましたからね。


 私は頃合いを見てお部屋の中に入りました。バーンとドアを開け放って、堂々たる足取りで進み出ます。誇りある第一夫人の証である紫色のドレスを翻すと、椅子に座る母后様を傲然と見下ろします。


 母后様は唖然としていましたが、入って来たのが誰かということに気が付くと、顔面を手に染めました。


「無礼な! 母后と皇帝の会談の邪魔をするとは!」


 しかし私はビクとも動じません。この時、私が入ってくることはアルタクス様も承知の上でしたからね。そして。


「貴女はもう母后ではありません。ただの犯罪者です」


 私の言葉に母后様はポカンとしましたね。意味が分からなかったのでしょう。


「貴女は皇帝のお子を殺しました。それは母后であっても許されぬ事。故に皇帝陛下は貴女から母校の称号を剥奪なさいました」


 母后様はギリっと歯を鳴らすと叫びました。


「どこに証拠があるのですか! 先々帝の頃の話なら証拠などありませんよ!」


 自白は罪の証明にはなりません。それは確かです。有力な証拠にはなりますけど。何十年も前の先々帝の頃の罪を今更問うのは難しいでしょう。


 しかし、私がこれから断罪するのはそんな昔の罪ではありません。


 私は後ろをチラッと振り向き、顎で促しました。すると、宦官のルシャードが一人のシャーレを連れてきます。彼女は後ろ手にされ、縄を掛けられています。その姿を見て母后様が叫びました。


「ブリュート!」


 それは母后様の最側近のブリュートでした。彼女はガックリと項垂れています。私はその頬に手を伸ばしました。ブリュートは「ひぃいい!」と悲鳴を上げます。


「全ての企ては彼女が吐きましたよ。母后様」


 母后様のお顔は真っ青になりましたね。それはそうでしょう。最側近の女官であるブリュートは母后様の計画の全てを知っていましたからね。というか、母后様が自分で動く訳がないので、全てはブリュートが実行したのです。


「毒キノコは嘆きの宮殿にいる頃に購入したのだそうですね。あちらでは、女官はハーレムから出て歩けるそうですから簡単だったでしょう」


 そしてそれを母后様が身に付けてハーレムに持ち込んだ。もちろん、自分に逆らう相手を毒殺する目論見があったのでしょう。


「そしてそれを入れた料理を『母后様からの下賜品である』といってアレジュームに食べさせたそうですね」


 気前の良い母后様はこれまでも自分を支持する女官達に同じ事を何度もしてきました。アレジュームも特に不思議には思わなかったでしょう。彼女は一時母后様派にいましたしね。


「本当はアレジュームを殺して、その罪を私になすりつけるつもりだったのでしょうけどね」


 あいにく毒キノコ中毒の処置を私が知っていたためにアレジュームは死にませんでした。死んでいれば上位者の権限で有無を言わさず私を罰するつもりだったようです。シャーレ同士の殺人は重罪ですからね。


 しかしアレジュームが死ななかったためにそれは出来なくなり、仕方なく私に対する悪い噂を流すに止まったようです。


 母后様はブリュートに向けて叫びました。


「な、なぜ……。なぜなのですブリュート!」


 自分の一番の忠臣であるブリュートが母后様を裏切って、私に自白したのが信じられなかったのでしょう。


「ブリュートを責めないでやって下さいませ。母后様。仕方がなかったのですよ」


 私は嘯きました。


 ブリュートには以前、私の恐ろしさを存分に思い知らせてあります。他の女官に押さえつけられた状態で私の前に引き出された瞬間、彼女は悲鳴をあげ、失禁し、泣き出し、私が問うまでもなく全てを吐きましたよ。


 そうです。今回アルタクス様が母后様を呼び出したのは、母后様とブリュートを分断させるためだったのです。ブリュートと母后様はいつも一緒で、余程の事がない限り離れません。離れてくれなければ尋問が出来ません。


 しかし、皇帝であるアルタクス様が人払いを命じれば離れずにはいられないでしょう。そしてその隙にブリュートを私が尋問すれば、彼女は私の恐怖に耐えられないだろうと私には分かっていました。


 ついでに、他の母后様付きの女官も私の女官が取り調べましたよ。色々情報は出てきましたし、母后様のお部屋を強制捜査して件の毒キノコも確保しました。


 もう言い逃れは出来ません。私は母后様を見下ろしながら怒りを込めて言いました。


「母后様。断罪の時です! 存分に罪を償ってもらいましょうか!」

 

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