第二話 ハーレムの女奴隷たち

 ハーレムに入宮すると、とりあえずは客室に入れられ、最初に医師から健康診断を受けます。ハーレムは閉じた空間なので疫病でも持ち込まれたら困るからです。その他にも身体に奇形はないか、先天的な疾患はないかなども入念に調べられます。


 そして、処女であるかどうかも調べられます、宦官の医師によって調べられるのですが、これを拒否したり処女でない事が分かったりするとハーレムには上がれません。なので恥ずかしいですけど我慢しました。もちろん、問題無くこの関門も通過しましたよ。


 健康診断が終わると、私はハーレムにある礼拝堂に連れて行かれます。ここで改宗を受けるためです。


 何でも、ハーレムに入るには帝国式の大女神教徒である必要があるのだそうです。私は王国式の大女神教徒でしたから改宗の必要があったのです。


 私はそれほど熱心な教徒ではありませんでしたが(修道院にいたにも関わらず)流石にこれには少し抵抗がありました。しかし、拒否すれば当然ハーレム入りは出来ません。仕方なく私は改宗をして、帝国式大女神教徒になりました。


 まぁ、これらの事はエルムンドのお屋敷にいる間に聞いていたことばかりでしたので、全てスムーズに進行しましたよ。


 そして私はハーレム内の通り名を与えられました。ヴェアーユという名前で、古い言葉で白い月という意味だそうですね。ハーレム内で私はそう呼ばれる事になります。


 これらの事を数日掛けて済ませ、私はようやくハーレムの内門を潜ることを許されたのでした。ハーレムの警備は非常に厳重で、大外塀、外塀、内塀の三重の塀に囲まれていまして、その全てに兵士(宦官の)に守られた門があります。そして内門は皇帝しか基本的には出入りが出来ません。


 ハーレムの女奴隷はシャーレと呼ばれます。シャーレはハーレムに入ると年季が明けるまでは出る事が出来ません。年季は、平均で七年から八年で、そして一回ハーレムを出ると、戻る事は許されません。


 その年季の内に、皇帝の寵を一度でも賜ると、今度は一生ハーレムから出ることは出来なくなります。その代わり、ハーレム内で特別な地位を授かり、生涯の生活の面倒を帝国が保障してくれる事になるのです。


 内門を潜った私は、私室に案内されました。眺めの良い列柱回廊を歩き、風通しの良い大きな窓のある広い部屋に通されます。ここが私の私室だそうです。あまりに広くて良いお部屋なので(殺風景ではありましたが)私は驚きました。


 後で知りましたが、全てのシャーレがこんなに良いお部屋を与えられるわけではなく、やはり私は地方の太守であるエルムンド肝入りのシャーレだったからこその優遇だったようです。


 私が連れて来たハーシェス以外に、黒髪黒目の宦官が一人、召使として付けられました。この黒髪黒目の者達は、帝国で奴隷として扱われる事が多い人種なのだそうです。少なくとも王国の貴族屋敷では働いていない人種ですね。


 それと、宦官というのは、人工的に去勢された男性の事、だそうです。つまり、手術でその、あの、男性のアレを取ってしまったという事で、最初に聞いた時はそんな事が出来るのかと驚きましたね。その手術のせいで女性に欲情することが無いため、ハーレムの中で仕事が出来るのだということでした。


 私に付けられた宦官はルシャードといい、おっとりした人でした。三十歳くらいかとは思うのですが、宦官は年齢が分かり難いので自信はありません。宦官とはいえ元男性ですから力も強く、力仕事で大変重宝しました。この入宮の時も引っ越し荷物をどんどん運び込んでくれたのです。


 ベッドやタンス、鏡台などは備え付けでありましたから、エルムンドが持たせてくれたカーテンや絨毯、飾り付けなどを私も協力して部屋にセットしました。殺風景だったお部屋は直ぐに華やかになりましたよ。王国基準では異国情緒漂うお部屋になって私は大満足でした。


 お部屋には近接してお風呂とおトイレがありました。個人専用の浴室があるのにはびっくりしましたし、それにもっと驚いたのはレバーを捻ったら管から水が出た事です。水道というそうで、井戸では無く遠い山から水を帝都に引っ張ってきているそうです。それで帝都では水は使いたい放題なのだという話でした。


 帝都は私の故郷の王国に比べるとかなり暑いですから、いつでも水浴びが出来るのは本当に助かりました。お湯は、これは流石に中央の浴場からもらってくる必要がありましたが、ルシャードに頼めば直ぐに持ってきてくれましたよ。 


 引っ越しを済ませた翌日の昼、私はハーレムにいる他のシャーレの皆さんにご挨拶に行きました。もうハーレムに十年はいるというルシャードが教えてくれます。


「ハーレムのシャーレには序列がございます。一番上が『夫人』次が『寵姫』その次が『女官』です。それ以外の者は称号無しのシャーレという事になります」


 現在のハーレムには夫人が三人いて、その夫人がハーレムのトップに君臨していることになります。人が集まると序列が出来るのはどこでも同じですね。


「ヴェアーユ様は今は女官という事になっております」


 新入りなのに一番下っ端ではないのは、やはりエルムンドの地位によるものです。ちなみに、この場合私が元侯爵令嬢である事は全然関係ありません。


「ですが夫人のご機嫌を損ねると、格下げになってしまう可能性がございます。女官は夫人に使える身分ですので」


 女官は夫人の侍女みたいな役目なのだそうで、その仕事は夫人の身の回りの世話になります。しかし、夫人に嫌われれば下働きに落とされ、掃除炊事洗濯などの労働に従事させられる事になります。


 私は意外に思いました。


「シャーレの地位は皇帝陛下が決めるのではないのですか?」


「最初はそうです。新帝陛下が即位されてしばらくすると、夫人が任命されます。しかしそれ以外の役職は夫人が任命致します」


 皇帝があるシャーレを寵愛すると、そのシャーレは「寵姫」となるのですが、これも夫人の任命です。そもそも皇帝が寵愛するシャーレは夫人が自分の女官を推薦する事がほとんどなのだとか。


 それはまた意外な話でした。何となくイメージではシャーレをズラッと並べた中から皇帝が気に入ったシャーレを選んで寵愛するのだと思っていましたが、そうではないのだそうです。


「皇帝陛下が下働きのシャーレが気になった場合は夫人に皇帝陛下が打診し、夫人がそのシャーレを女官に引き上げた上で皇帝陛下が寵愛するという手順を踏むのです」


 それはまた迂遠で面倒な話ですね。それだけ、ハーレムでは序列と秩序を大事にしているという事なのでしょう。夫人が寵姫と入れ替えられる事も余程の事がないと起こらないのだそうです。


「ですからヴェアーユ様はこれからご紹介する夫人に嫌われることは避けなければなりません。それがハーレムでやって行くための絶対条件です」


 ……結局はどこへ行っても人間関係という事でしょうか。王都の貴族社会もそうですが、修道院の修道女の間にも序列と格の問題は存在しました。そう考えればハーレムにも序列があって然るべきなのかもしれませんね。


 水路が流れる庭園の中の、石畳の小路を行くと、少し高くなった位置にテラスが見えて来ました。屋根が掛かっているから東屋と言うべきかもしれません。そこに結構大勢の女性がいるのが見えました。


 あそこに「夫人」達がいるに違いありません。私は一度立ち止まり、ハーシェスに服装を整えてもらいます。私の服装は袖の無いドレスの上から薄衣の羽衣を纏い、頭からはヴェールを被っています。色合いは黄色と白が主体で、これは女官の色が黄色だからそうですね。ちなみにハーシェスは白いドレスです。下働きの色は白なのですね。


 私は心を落ち着けると、テラスに上がる階段をゆっくりと上りました。何事も最初が肝心です。


 広いテラスです。庭園を見渡せる位置にあり、庭園とその先の城壁の向こうには海が見えます。床は板張りで、水が打ってあって涼しいです。それだけでなく、おそらく床下には水が流れているのでしょう。水音がします。


 テラスの上には合計すると二十人ほどの女性がいました。しかし、その中で椅子に座っているのは三人だけ。言われなくても分かります。あの三人が「夫人」なのでしょう。三夫人を含め、その場の女性達は全員が私に注目しています。


 私は三夫人の前に立つと微笑みを浮かべ、スカートを大きく広げてスッと膝を落としました。帝国式の、女性の礼だそうです。エルムンドの屋敷でしっかり仕込まれたので完璧な筈です。ちなみに、王国の女性礼はスカートは大きくは広げず少し触れるだけで、頭を下げます。


「初めまして皆様。ヴェアーユと申しますわ。以後お見知りおきを」


 簡単な挨拶です。これは夫人といえども同じシャーレ、つまり奴隷身分だからですね。序列は上ですが身分は同じなので、あまり遜った挨拶をしてもおかしいからです。ただ、こう付け加えます。


「帝国の光であり、大女神様の代理人たる皇帝陛下のご寵愛著しいお三方にお会いできまして光栄でございますわ。何も知らぬ新入りでございます。何卒よろしくお導き下さいませ」


 皇帝の事を褒め称え、間接的にその寵姫達も褒めます。もちろんですが、皇帝はいくら褒め称えても良いのです。皇帝を褒めれば褒めるだけその寵愛を受けた夫人達も讃えられた事になるわけです。


 私の正面で椅子に座る三夫人は赤、緑、青のドレスを着ていました。これが夫人にのみ許された色だという事なのでしょう。夫人の周りにはそれぞれ三人から五人の女性が立っていますが、これがそれぞれの女官で、その中に何人かオレンジ色のドレスの者がいます。これが寵姫でしょうね。


 私が挨拶を終えると、赤いドレスに黄色いヴェールを被った夫人が興味深げに私の事を見詰めました。背が高く、髪は濃い金髪。瞳は灰色でした。三夫人の一人。確か名前(ハーレム名)はクムケレメ様。


「貴女、ローウィン王国の生まれね?」


 突然言い当てられて驚きましたが、ローウィン王国の人間は金髪が多いですし、おそらく言葉にも訛りがあったのでしょう。帝国と王国の言語はかなり似ているのですが、それだけに訛りが強くなるようです。


「はい。そうです」


 余計な事は言いません。侯爵令嬢だったとか、王太子の婚約者だったとか。自慢と取られかねないからです。私としては黒歴史だと思っているのだとしても、相手がどう受け取るかは分かりませんからね。


 私の返事にクムケレメ様は目を細めました。


「懐かしいわ。私もローウィン王国の生まれなの。貴族なのでしょう? なら王都よね?」


「はい。王都で生まれ育ちましたわ」


「ああ、懐かしわ! ね、まだ建国記念祭では毎年花火が上がるのかしら? 私は毎年あれが楽しみだったの」


「ええ。上がりますよ。私が最後に見た時は良い花火職人が来たとかで、赤とか黄色とかの花火が上がりました」


「花火を見ながら王家から下賜されたケーキを食べたわ」


「そうですね。私もあれは毎年楽しみでした」


 王国では砂糖は貴重品で、侯爵家の我が家でもそうは手に入りませんでしたから、王家が建国記念祭の時に上位貴族の家に配るケーキは本当に貴重な甘味だったのです。してみるとクムケレメ様は上位貴族のお生まれなのですね。


 後で伺いましたが、クムケレメ様は王国のザーボロト侯爵家のご出身で、ご家族で旅行に出た際に誘拐されてしまったそうですね。ザーボロト侯爵家は確か、十年ほど前に断絶して家名が王家預かりになってしまっている筈です。どうやら、ただの誘拐ではなかったと思われますが、そこまで突っ込んだ話は私には聞けませんでした。


 少しクムケレメ様と王国の事についてお話をすると、彼女は大きく頷いて言いました。


「気に入りました。貴女、私の女官になりなさいな。ねぇ、良いでしょう? マビルーザ、ユシマーム」


 クムケレメ様に問われた青いドレスを着たマビルーザ夫人、緑のドレスのユシマーム夫人はクスクスと笑いました。ウェーブした薄茶色の髪を持つユシマーム様はクムケレメ様に言ました。


「良いのではない? 貴女が気に入ったならあげるわ」


「ヴェアーユとやらがそれで良いのならな。大丈夫かヴェアーユ。クムケレメは気分屋だぞ?」


 マビルーザ夫人は青味掛かった銀髪の、怜悧な顔立ちの女性でした。


「良いわよね? ヴェアーユ?」


「はい、私はかまいませんわ。光栄でございます」


 というしかないでしょうね。まぁ、見たところクムケレメ様は、感情の起伏は大きいけれど悪い方ではなさそうです。いずれにせよ、夫人の庇護を受けなければならないのは間違いないのですから、早めに主人が見つかって良かったと思うべきでしょう。


「じゃあ、挨拶は終わりね。お茶にしましょう」


 クムケレメ様が言うと、宦官がテーブルと椅子を持って上がってきて、あっという間にお茶会の準備が整ってしまいました。ただし、お茶を淹れるのは女官達で、夫人や寵姫の皆様にお菓子を出すのも各々の女官がします。


 テーブルに着く事が出来るのは夫人と寵姫のみ。なのですが「今日は歓迎会だから特別に」という事で私も席に着く事が許されました。


 木のテーブルに白いクロスを掛け、その上に白磁の皿が並び焼き菓子や果物が何種類も載せられます。白いカップにいい香りのお茶。王国とは趣向が異なりますが貴族的である事は間違いないお茶会でした。


 夫人がお茶を飲んだのを見てから自分もお茶を飲み、お菓子を食べます。驚いた事に砂糖の甘みがありました。私の表情が動いたのを見たのでしょう。クムケレメ様がクスクスと笑います。


「帝国では、王国よりも砂糖が豊富にあるのよ。もちろん、安価ではないけれど」


 特に今の皇帝陛下は甘いものが好きなのだそうで、ハーレムではかなりふんだんに砂糖の使用が可能なのだとか。それは嬉しいですね。


 私はクムケレメ様やその他の夫人や寵姫から色々な質問を受けました。その中で私の誘拐事件の話になり、そして王都追放の事情、更には王太子殿下との婚約破棄の話にもなりましたね。


「それは大変だったわねぇ」


 クムケレメ様は同情してくださいました。他の方々も概ね同情的だったのですけど、これは皆様大体が誘拐された結果ここに来ているからで、私の事情に共感してくださったのです。


「しかしとんでもない王太子だな。そんなのが王になって大丈夫なのか?」


 マビルーザ夫人が渋い顔で仰いました。後で聞きましたが彼女はローウィン王国よりも更に北の王国の生まれで、その王国の王女だったそうです。それがどういう運命でハーレムに収まったものかは怖くて聞けませんでした。


 私はあっさり言いました。


「知りません。私としてはあんな男と結婚しなくて良かったと思うだけですわ」


「違いない。しかし、ずいぶんサバサバしているのだな。元の地位や名誉が恋しくはないのか?」


 マビルーザ様の言葉で場に妙な雰囲気が流れました、この中にはハーレムに入る前の生活が懐かしいと思う方もいるのでしょう。


 しかし私は肩をすくめて言いました。


「懐かしんでも仕方がありますまい。それより先の事を考えた方が建設的ではありませんか」


 私の言葉にマビルーザ様は目を丸くして、そしてクムケレメ様に仰いました。


「しまったな。これは私とも気が合いそうだ。クムケレメに譲るのではなかった」


「あら、もうあげませんわよ」


 クムケレメ様は唇を尖らせて言い、他のお二人は声を上げて笑いました。良い雰囲気です。このお三方はどうやらかなりお仲がよろしいようです。他の寵姫の方々もおっとりした様子の方が多くて、お茶会は和やかに進み、私は皆様と良い関係を築けそうに思いました。


 その時でした。


 私の背後をお菓子のお皿を持って通り過ぎようとした女官が「あ……」と呟きました。同時に、私の肩に何かが当たった感触がします。


 見ると、果物が一切れ、皿から落ちたものか私の肩に当たり、果汁がべちゃっと私のドレスにくっついてしまっていました。果物自体はそのまま床に転がってしまっています。これは……。ドレスが台無しです。私は後ろを振り向き、果物を落とした女官を見ました。


「あら、ごめんなさい。わざとではございませんのよ」


 そう言った女官の顔は意地悪げに歪んでいました。失敗を謝っている顔ではありません。私は瞬時に悟りました。これはわざとだと。


 恐らく、新入りの女官の癖に、夫人や寵姫と親しく話している私が気に入らなかったのでしょうね。私はさっと周囲を観察します。


 マビルーザ様は眉をしかめて厳しい表情を浮かべていらっしゃいました。この方は潔癖な方なのでしょう。そしてユシマーム様はあらあらというような、呆れた様な表情をしています。大して気にもしていない感じです。このような事はハーレムでは日常茶飯事なのでしょう。


 そしてクムケレメ様は、なんだかワクワクした顔をしていらっしゃいました。どうやらこの方が首謀者ですね。新入りの、自分付に抜擢した女官をどんな人物か試してみているのでしょう。あんまり良い趣味ではありませんが、部下の素の様子を見てみたいという考えは理解出来ない事もありません。


 ……なら、存分に見て頂こうではありませんか。


 私は即座にテーブルのカップを掴むと、その中身を私の後ろで何やら言い訳をしている女官の顔にぶっかけました。


 大丈夫です。お茶は話をしている内にほどよく冷めていますから、火傷をすることはありませんでしょう。


「きゃぁあああ!」


 女官は悲鳴を上げてひっくり返りました。私は悠然と立ち上がり女官を見下ろして言いました。


「あら、もちろんわざとでございますよ。これでお相子ですわね」


「な、なにがお相子ですか! わ、私はわざとでは無いと……!」


「わざとでなく皿から物を落とすような無能なのですね、貴女は。そのお茶はその無能に対する私からの褒美です」


 私はずいっと一歩踏み出して倒れている女官を睨みます。


「さて、後はドレスを台無しにしてくれた礼をしなければなりませんね。どうしてくれましょうか。ハーシェス。そこのポットをとってちょうだい」


「な、何をする気よ!」


「もちろん、熱々のお茶を貴女の頭からぶっかけてやるのですよ。その間抜けな頭も随分良くなるでしょう」


 ハーシェスからポットを受け取った私がその蓋を外し、女官が再び悲鳴を上げた所でようやく制止の声が掛かりました。


「そこまで。私に免じて許してやってちょうだい。ヴェアーユ」


 クムケレメ様の声に、私は無言でポットの蓋を閉めるとハーシェスに渡し、クムケレメ様に一礼いたしました。女官はその隙に這いずるようにして私から逃げていきます。


「思ったより随分過激な人だったようね。ヴェアーユ。大人しそうに見えるのに」


「そうでもございません。私は自分から仕掛けたりは致しませんから。しっかりやり返しはしますが」


 自分から他人を虐めたり攻撃したりする性格ではないですが、やられたらきっちりやり返さないと済まない性格ではあると思いますね。仕返しが、時に倍返し、三倍返しになる事もあるような気がいたしますが、それは先に仕掛けてきた方が悪いのだと思っております。


 クムケレメ様は苦笑し、マビルーザ様は愉快そうに笑い、ユシマーム様は首を傾げて私に問いました。


「ずっとその性格なのだとすると、さっき言っていた王太子の浮気相手にも今みたいに反撃したのかしら?」


「それは、もちろんでございます」


 ケルゼン様の浮気相手はバッテン伯爵家のご令嬢でしたけど、王太子殿下のご寵愛を良いことに私に嫌がらせを仕掛けてきました。陰口を言ったり、脚を引っ掛けようとしたり、ドレスにお料理のソースをこぼしてみたり。せこい事ばかりでしたけどね。


 もちろん、私は反撃いたしました。陰口には公衆の面前で泣くまで追求をし、引っ掛けようとした足を容赦なくヒールの靴で踏みつけ、ダメになったドレスのお礼に彼女を引きずっていって噴水に叩き込んでやりました。その度毎にケルゼン様に自分が仕掛けた事を棚に上げて泣き付いていましたけれどね。


「……もしかして、王太子ともよく喧嘩を?」


「一度も負けたことはございませんでしたよ」


 口でも肉弾戦でも楽勝でしたよ。


 ユシマーム様は茶色の髪を揺らして呆れた様に首を振りました。


「どうするのクムケレメ。早まったのではない?」


 クムケレメ様はしかしご満悦な表情でクスクス笑いながら仰いました。


「いえいえ。面白いではありませんか。今までハーレムにはいなかったタイプのシャーレです。皇帝陛下に引き合わせるのが実に楽しみですわ」


 どうやら即日クムケレメ様付きの女官を首にならずに済んだようです。少しやり過ぎたかなと思っていましたから、何よりな事でございました。


 こうして、私のハーレムでの生活が無事始まったのです。

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