悪役令嬢は追放されて奴隷になりハーレムに売られる~そして溺愛される~
宮前葵
悪役令嬢ハーレムに入る
第一話 悪役令嬢は追放される
追放されました。
私、カロリーネ・エルケティアは侯爵家の長女として生まれました。そして、ローウィン王国の王太子、ケルゼン様の婚約者になったのです。八歳の時に。
そしてそれからお妃教育を受けながら十三歳まで過ごしてきたのですが……。
十三歳の成人のお披露目のパーティで、私はいきなり婚約破棄をされた挙げ句に王都を追放されてしまったのです。なんで? どうして?
理由は、王太子様が別のご令嬢に心変わりなさったからだそうです。それで、私にあること無いこと難癖を付け、罪を被せ、それで私と婚約破棄をした挙げ句に追放したという訳でした。
私もお父様も唖然と致しましたが、ケルゼン様はお父上の国王様にも根回しをして、サクサクと私の追放処分の手続きを済ませてしまいました。これに逆らうと我がエルケティア侯爵家までが取り潰しになってしまいそうな勢いでした。
それで私は観念して、婚約破棄と追放処分を受け入れた訳です。
とんだ貧乏くじでした。なにせ私は八歳で婚約しましたから、別に私はケルゼン様が好きだとか、そういう想いはまったくありませんでした。定期的に面会していましたが、ケルゼン様は明るいお人柄でもなく、容姿端麗とも言えません。私としては、お父様に命じられたんだからまぁ仕方ないわね。というくらいの考えで彼と結婚するつもりでいたのです。
それがいきなり、罵詈雑言を浴びせられ、他の令嬢を虐めただの搾取しただの反乱を企てただのと、身に覚えの無い罪を被せられての婚約破棄、追放処分です。
腹も立ちましたし、悔しい思いも致しました。悲しくはありませんでしたよ。むしろあんな男と結婚してしまわなくて良かったわ、と思っただけです。
お父様は慰めて下さって、そしてほとぼりが冷めたら迎えを出すからと言われ、私を追放先へと送り出しました。追放先は辺境にある女修道院でした。
王都から七日も掛かる山奥の、岩山の上にアザラム女修道院は建っています。私はそこに入れられ、そこで一生を過ごせと言われたのでした。
修道院というのは、俗世間から離れて大女神様への信仰だけを拠り所にして生きる人々が、集まって生活する場所です。純粋な信仰の場でありながら、何故か貴族が罪を犯すと追放される先に選ばれる事が多い場所でもあります。俗世から切り離された場所ですからね。犯罪者を隔離するのに丁度良いという事なのでしょうか。
修道院に入った私は粗末な部屋を与えられ、着心地の悪い黒い修道服を与えられました。昨日まで侯爵令嬢としてそれなりに贅沢に暮らしていた私ですもの。溜息しか出ませんでしたが、入りたての下っ端なのにいきなり個室を与えられたのは、お父様が多額の寄付を修道院にしたからなのでした。普通は修道女見習いは二段ベッドが二つ並んだ四人部屋からスタートするものなのです。
修道院は貴族の寄付の他は、自給自足が基本です。祈る時間の他は全員が仕事をします。農場で大麦やブドウを作って、それをビールやワインにして売って小麦を買うのです。他にもレースを編んだり刺繍をしたり、あるいは写本をしてそれを売って修道院の運営費に充てます。
そして掃除や洗濯、炊事は勿論自分たちでやります。修道院にいる皆でやるのですから、私も当然やらなければなりません。私は侯爵令嬢でしたからそんな事はしたことがありません。先輩の修道女から笑われながらも教わって、一生懸命覚えるしかありませんでした。そうしないと食事が食べられなかったからです。働かざる者食うべからずはここでは鉄の掟でした。
私は王太子妃教育を受けていましたから、字の読み書き、計算、あるいは絵画や楽器の演奏には堪能でした。なので私は修道院では写本や修道院の経理に関わる仕事を任されました。結構重要な仕事でしたので、私は他の日常業務が拙くても虐められる事はありませんでしたね。気位の高い貴族令嬢が修道院入りすると、仕事をしたがらなくて他の修道女に虐められ、世を儚んで身投げしてしまうなんてこともあるそうです。
そうして私は慣れない修道院生活を懸命に熟した訳ですけど、それはお父様がその内迎えを出して下さる、と信じていたからでした。我慢していればその内戻れる。だから頑張ろうと思えたのでした。何の娯楽も無く、食べ物は粗末で、一日の半分は瞑想と祈りに費やす修道院生活など、元々活発で外歩きの好きな私には耐えがたかったのですが、なんとか我慢しました。
……ですがそのまま一年が経過いたしました。
お父様からは何の音沙汰もありません。かなり後で分かった事ですが、この頃お父様はケルゼン様と婚約破棄について激しく争っており、多数の貴族を味方に付けて王家に対して厳しい抗議を突き付け、ケルゼン様を追い詰めていたそうです。そのまま事態が推移すれば、あと半年も待てば私は無事に王都に戻れたと思われます。
ですが、私は待っていられませんでした。あまりにも連絡が無いので私は絶望してしまったのです。これは、私はお父様にも捨てられたに違いないと思い込んだのです。
そうなると、もう修道院の退屈な生活には耐えられなくなります。私の性格上、身投げは出来ませんので、残る選択肢は一つ。脱走という事になります。
私はある夜、こっそりお部屋を抜け出し、塀の隙間を潜り、修道院を脱走しました。少し前から計画をして、脱走経路も考えていましたから脱走は完全に成功しました。私はそのまま麓の町まで走ります。修道女には僅かな給金が出ますので(出入りの商人から日用品を買うためです)。それを使って馬車を雇い、王都まで行こうと考えていました。
まぁ、上手く行かなかったでしょうね。王都は遠いですし、道中には危険が一杯です。例え王都に帰り着いたとしても私は実家が王都の何処にあるかも知りません。途中で路銀は尽きて行き倒れたか、それとも悪人に騙されて酷い目にあった事でしょう。
なので、まだ町に辿り着きもしない山道で、山賊に拐かされたのはむしろ良かったのかも知れません。
私は暗い夜道でいきなり後ろから羽交い締めにされ、猿ぐつわをされ、頭からすっぽり麻袋を被せられ、縄でグルグル巻きにされ、そのまま荷馬車に放り込まれたのです。見事な誘拐です。
どうも修道院から脱走してくる修道女を専門に狙って誘拐している一団のようでしたね。なんで修道女を専門に誘拐するのでしょうか?
私は荷馬車から何度か物のように積み替えられた挙げ句に袋から出されました。多分、丸一日くらい袋の中だったのではないでしょうか。お腹も空きましたし喉も渇きましたがそれどころではありませんでした。
出された場所は、なんだか立派なお屋敷でした。広い中庭があり、回廊が巡らされています。しかし、ちょっと変です。
王都にある実家とは全く違う雰囲気があるのでした。壁はモザイク模様で、天井の装飾も意味の分からない幾何学紋様です。実家のように神々や英雄の姿の絵が描かれている事はありません。私は思わず目を丸くしました。私は文献で学んでいました。これはあれです。異国の様式です。
そう。私は丸一日運ばれて、何と国境を超えて異国に来ていたのでした。アザラム修道院は国教に近いですからね。近接する隣国はレルーブ帝国の筈。レルーブ帝国はローウィン王国とは敵対関係で、しかもどちらかと言えばレルーブ帝国の方が強勢な国です。
そしてレルーブ帝国は同じ大女神様を信仰していても、信仰の仕方が大きく異なる異教徒の国なのです。何でも偶像を嫌うとかで、神々を絵に描くことはしないそうです。それでこのお屋敷には幾何学紋様しか描かれていないのでしょう。
袋から出された私の前には数人の男性がいました。私は内心震え上がりました。なにしろ私は誘拐されたのですからね。何をされても仕方がありません。侯爵令嬢である私はこれまで男性と接した事がほとんどありません。まして目前に立つような大柄で腕もむき出しの如何にも荒っぽい男どもなど目にした事もありません。
しかし私は勇気を振るって精一杯優雅な動作で立ち上がりました。私にだって侯爵令嬢の誇りがございます。無様な姿は見せたくありません。格好は真っ黒な修道服でも心は貴族です。
しかし男どもは案外と真面目な顔で私を見ていました。中でも少し小柄で身形が良い男性は、私の事を真剣な顔でジーッと見ていました。そして私に問いかけます。
「ふむ。なかなかだな。元は貴族か?」
私は少し拍子抜けしながら頷きました。
「いかにも。私はエルケティア侯爵家のカロリーネです」
男は侯爵家の名前に驚いた様子も見せませんでしたが、ウンウンと頷くと傍らの大柄な男性に言いました。
「よし。買い取ろう」
「へへ、毎度あり」
男は革袋を大柄の男性に渡し、お互いに握手を交わしました。私は戸惑うしかありません。首を傾げている間に大柄な男とその仲間達は部屋を出て行き、後には小柄な男性とその部下と思しき二人の男性だけが残りました。
小柄な男性は改めて私に向き直ると、私の方に近付き私の事をジロジロと眺めます。そしてニカッと笑うと言いました。
「ようこそカロリーネ。君は、今日から私の奴隷だ」
◇◇◇
男性の名前はエルムンドと言いました。こう見えても帝国の貴族だそうです。この地方を治める太守なのだとか。その彼が私を、私を拐かした山賊から私を買ったという訳です。お金で売買されたのですから私は奴隷になったという事になります。
奴隷というと、重労働にこき使われたり娼婦として働かされる事をイメージいたしますが、私の扱いはそうではありませんでした。エルムンドは言いました。
「ここで、教育を受けた後、君にはハーレムに入ってもらう」
ハーレム? 私は驚きました。ハーレムがなんだか、私は一応うろ覚えですが知っていたからです。
確か、ハーレムというのは帝国の皇帝の妻がいる宮殿の事だった筈です。何でも帝国の皇帝には数百人の妻がいて、そこで皇帝は毎夜、酒池肉林の爛れた生活を送っているとか。そんな話を文献で読んだ事があります。
私がその事を言うと、エルムンドは苦笑しました。
「ほとんど間違っているが、皇帝陛下の妻が入る宮殿というのは間違っていないかな」
そこに私を入れるという事は、私を皇帝の妻、妻候補に推すという意味なのでしょうか。なんで奴隷である私をそんな所に送り込むのでしょうか? 王国では王族の妻に奴隷をあてがうなど考えられない事です。しかしエルムンドの話を聞くと必ずしもそういう話ではないようなのです。
「ハーレムにいる女性達は皇帝陛下の妻候補である事は間違い無いのだが、そこにいるのは全員、他国から連れて来られた奴隷なのだ」
なんと? 何でも今の皇帝も、その前の皇帝も、帝国の皇帝の母親は歴代みな、ハーレムの女奴隷なのだそうです。つまりハーレムには奴隷しかいないという事になります。なんでまたそんな事に。
「伝統だから良くは知らないが、女奴隷なら親も親戚もいないから、外戚が権力を壟断するような事が起こらない、というのが最大の理由らしいな」
それはまた思い切った話です。確かに、私と王太子殿下の婚約も、外戚として権力を握りたかったお父様と、お父様の資産を王家に取り入れたかった国王陛下の思惑が一致した結果だったという話を聞いた事があります。王家の婚姻にはそういう生臭い話が付きものです。それを無くすために、わざわざ身寄りの無い女奴隷を次代の皇帝の母にしようというのですから、帝国はかつて余程外戚の害に悩まされたという事なのでしょうか。
「帝国では、大女神教徒は奴隷には出来ない。なので必然的に奴隷は外国から買ってくる事になる」
王国も同じ大女神様を信奉してはいるのですが、信仰の形が違うのでお互いに異教徒と呼んでいるのです。ですから、王国民だった私は異教徒として立派に奴隷の資格があるということですね。
「そしてハレムに入れるのだから女性は独身で、処女で、美しくなければならない」
そういう条件を満たすのに、修道院から脱走してくる女性はぴったりだという訳ですね。修道院を脱走してくるのは修道院の退屈な生活に耐えられなくなった若い女性がほとんどです。これが見事にハーレム入りの条件に合致しているのだという事ですよ。なので、修道女を専門に誘拐する盗賊なんてものがあそこに潜んでいたのでしょう。
「そういう意味で君は久しぶりの当たりだ。綺麗なプラチナブロンドに緑の瞳。顔立ちも肢体も美しい。しかも貴族令嬢で所作も良い。これならハーレムに献上すれば単なる女官ではなく、寵姫の地位も狙えるだろう」
寵姫になるような女奴隷を献上すれば、皇帝からのエルムンドの覚えもめでたくなる、ということでしょう。
という事で、私は奴隷とは言いながらもほとんど賓客として、エルムンドのお屋敷で生活することになりました。他の女奴隷を侍女に付けられ、毎日やってくる教師に教育される生活です。
はっきり言って、修道女の生活よりも以前の侯爵令嬢としての生活に近く、私は満足でしたよ。ただ教師曰く、ハレムに入れば女官として、様々な係に振り分けられて様々な労働に従事することになるという事でした。まぁ、話を聞く限りにおいては設備は充実していて、修道院での労働よりは楽そうでしたけどね。
屋敷からは出られませんでしたけど、中庭は散歩出来ましたし、王国とは意匠は違いますけど美しいドレスも着て、豪華な食事も供されます。教育は帝国の言葉と文字(王国とそれほどは違いません)、作法、音楽や踊りでした。私は王太子教育で厳しい教育に耐えていたので、この程度の教育ならなんという事もありませんでした。
私が意外に早く教育を終えてしまったからか、エルムンドは喜んで、私の扱いは一層良くなりましたよ。私としてはこういう生活が出来るのならずっとここにいても良かったのですが、エルムンドが高い金を出して私を買い、教育を受けさせているのは私をハーレムに入れるためです。
ですから、半年後に私がハーレムに送り込まれる事になったのも当然でした。私は仕方なく馴染んだお屋敷に別れを告げて、帝国の帝都ヴァッケレアへと向かったのです。当然ですが豪奢な馬車と大勢の護衛に守られてです。エルムンドのお屋敷からはハーシェスという侍女が付けられました。黒髪黒目の遠い異国からきた女奴隷で、私と仲良くなったのでエルムンドに頼んで貰ったのです。ハーレムに入ってからも私の身の回りの世話をしてくれる事になっています。
エルムンドの屋敷があった国境の街から、帝都までは七日も掛かりました。馬車での移動ですから、かなりの距離があるのでしょう。移動は概ね海沿いの道を進みまして、馬車からはずっと海が見えていました。
途中の宿は上等で、私は貴族であるかのように扱われましたよ。なんでも、奴隷は所有者の身分相応の扱いを受けるものだそうで、その意味で言って、貴族であるエルムンドの所有である私は、平民より敬われるという事です。
そうして旅をして、私は帝都ヴァッケレアに入城したのでした。
ヴァッケレアは海に突き出した半島に築かれた都で、陸側は高い城壁に守られていました。遠くから見ても物凄く栄えた、巨大な都市である事が分かります。故郷の王都よりも余程大きな都市ですね。
ただ、私はこの都市の中の帝宮の、更に奥にあるハーレムに入る事になるので、この都市の全容を知る事はないのでしょうけど。
街に入ると窓のカーテンが閉められてしまい、街の様子は見ることが出来ませんでした。なんでも、皇帝の所有になるハーレムの女は人目に触れなさせないのだということでしたね。でも、入ってくる音で街が大変賑わっていることは分かりましたよ。
城門を潜ってどれほど経ったでしょうか。かなりの時間を馬車で揺られ、何度か停車させられ、そしてようやく到着しました。
馬車のドアが開き、私は踏み台を踏んで馬車を降ります。暗い馬車から出たせいか、陽射しが眩しく私は思わず手で目を覆いました。しばらく目を慣らして、ようやく手を下ろします。
明るいのですから屋外なのだと思ったのですが、見回すと、そこは既に宮殿の内部でした。中庭とというか、モザイク床のエントランスで、なんとガラスで出来た屋根が掛かっています。
周囲は列柱を巡らせた回廊になっていて、その向こうは庭園。そして見下ろす位置に港と、色鮮やかな海が見えました。この宮殿は小高い丘に建っているのです。
私は絶景に目を見張りました。暖かな海風と、目の覚めるような海の風景。そして、ガラス屋根と彩り鮮やかな花々が咲き乱れる庭園。故郷の王宮なんか比べものにならない豪華さ、華麗さ、美しさ。まるでお伽の国のようだと思いましたよ。
ここが、私がそれから長い長い時間を過ごす事になる、レルーブ帝国の皇帝の住まい、ピリアム宮殿のハーレムなのでした。
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