隙間録:堀星夜


私立 翔志館学院。

多くの生徒を抱える俗にいうマンモス校であり、多くの有名人を輩出している有名校。


……なのは、少し前までの話。

鐙原前学院長とその仲間が起こした事件により、翔志館学院はそのブランドに大きく傷がついた。


とは言え、OB・OGといった卒業生の尽力により学院は存続。

むしろ廃校になった場合、生徒達の受け入れ先が無いという問題が発生する為、それが望まれた。


だが、残された爪痕は深く、大きい。



「あれ? 鈴原は?」

「アイツなら転校したぞー」

「またか……、まぁ仕方ないかぁ」


智彦の友人である堀星夜は、すっかり人数が減ってしまったクラス内を見渡した。

あの事件後、中等部を含めて全校生徒数は3/4となってしまった。

また、教師陣も悪評を恐れてこの学院を去っているのだ。


「堀は転校とか考えねぇの?」


学院の友人にそう聞かれ、堀は少し、考える。

縁を戻した友人達と同じ学校へ行く選択肢もある。

なのに堀は、首を横へと振った。


「ないなぁ。なんだかんだでさ、僕この学校好きだからね」


今の彼らならば、学校の違い程度で友情を疎かにはしないでくれるだろう。

それに、友人は彼らだけではない、と。

堀は迷いなく、言葉を発する。


堀の言葉に、クラスメイトの多くが頷いた。

最先端のセキュリティ。

充実した設備。

国内に誇れる図書室の蔵書量。

何より、いくら生徒数が減ったとはいえ、学院内に響く、生徒数による賑やかさ。

そしてそれが生み出す青春の喧騒を、堀は……いや、頷いた者達は愛していた。


確かに、今は多くの面がマイナスとして作用している。

だからこそ、この学院を愛する卒業生達が、何とかしようと足掻いてるのだ。


前述したが、翔志館学院は様々な分野に、多くの有名人を輩出している。

彼ら彼女らはレクリエーションの存在を知らずとも、その有能さで世に羽ばたいた者達だ。

金銭面でフォローしたり。

悪評を善行で塗り替えようと試みたり。

自ら教師として学院に戻ったり。

その他、様々な手段を用いて。


結果、ココには翔志館学院を愛する者達だけが集い。

皮肉にも、以前より学院内は活発になり、連帯感すら生まれていた。


「卒業生が経営する企業も、内緒で翔志館学院枠を作ってくれるって言うしねぇ」

「長い目で見れば、いろいろ良い感じになりそうなんだよな。……マスコミはウザいけど」


男子生徒の呟きに、全員が窓の外へと目を向けた。

広がるのは、校庭。

しかしその向こうには、柵に沿うようにマスコミの群れが布陣している。

登下校時は警備員が矢面に立つが、登下校に関しては当分苦労するだろう、と。

皆の顔に、疲労が滲んだ。


実の所、コレでもマスコミの数は少ない方なのだ。

今現在、政治家や官僚等が原因不明の外傷を負うなどの事件が続発。

それだけならまだしも、被害者の中からレクリエーションに関わっていたと白状する者まで出始めた。

よって、マスコミも多忙極まりない状態なのである。



空には、目が痛くなるほどの、青。

その下の濃緑で、黄色い何かが動く。


「……あ、キツネ」

「えっ? どこ? 居た!」

「この学校に住み着いてるって話聞くな」

「かわい……くないわね!なんか意識高そうな顔でイヤな感じ!」


少しでも癒しが欲しかったのだろう。

茂みから顔を出すキツネに、皆が夢中になる。


教室入り口の扉が勢いよく開いたのは、その時だった。



現れたのは、男性3人、女性2人の5人組。

髪を短く切りそろえた、目付きの悪い不良っぽい男。

猫背で体を丸めた、神経質そうな男。

すこしぽっちゃりとした、笑みに粘性のある男。

褐色の肌を光らせ、教室内を忙しなく見渡す女。

恋焦がれる表情で、その黒く長い髪を靡かせる女。



「おい、あいつ等だ」

「あー、今回巻き込まれたって言う?」


クラスメイトの小さな声が、堀の耳に届いた。

そして、学院内に広がる噂を思い出す。


(今回の事件で、前学院長に殺されそうになるも助かったメンバー、だっけか)


噂は聞くも、本人達を見る機会は無かった。

恐らく、今日復帰したのだろう、と。

堀は、5人組を他人事のように見つめた。


見世物にでもされたような空気に舌打ちをし、不良っぽい男……古堂が、口を開く。



「すまねぇ、このクラスに堀聖夜って名前の放送部員はいるか?」



自身へ集中する、視線。

同時に湧き上がる、疑問。

何故、自分を探してるんだと、堀は焦り始めた。


(へ? 僕、また何かしちゃいました?)


昼食の時間にエロゲーのドラマCDを流した事だろうか。

入学式の新入生入場で『雪の進軍』を流した事だろうか。

あぁいや、それとも……。


必死に過去の言動を思い出す堀だったが、誰かから背中を押され、五人組の前へと出てしまう。

怪訝な目を向ける、五人組。

堀はそんな目を向けられる理由が解らずも、とりあえず挨拶をする事にした。



「えと、堀星夜、です。こんにちわ……僕に何か御用ですか?」



五人組の目が、一層険しくなった。

黒く長い髪の女……岩上が、堀へと掴みかかる。


「貴方と同じ名前の人が、放送部にいないかしら?」

「ぇ? いや、いませ」

「じゃあなんで彼じゃないのよ!彼の名前を騙らないでっ!」

「ぢょ、ぐるじ」


「岩上さん!それ以上はダメです」

「気持ちは解るけど、落ちつきましょーよ!」


猫背の男……滑川と、褐色の女……福早が、岩上を堀から引き離した。

岩上の今にも殺さんという眼に、堀は戦慄を覚える。


「いきなりごめんよ。実はね、自分達は君達放送部の企画で、あの日、怖い話をする為に集まったメンバーなんだ」

「あの日、私達は貴方と会ったわ!でも貴方じゃない!本物を出して!」

「あわわわ、岩上さん落ち着いて!……なぁ、君は何か知らないかい?」


汗を拭く肥満漢……太山の言葉を聞き、堀は流れを完全に理解した。


(危なかったなぁ、智彦を危険な目にあわせるところだった)


堀自身、彼らの事は名前すら知らなかった。

旅行に浮かれるあまり、企画書を智彦に丸投げしていたからだ。


つまり、つまりだ。

あの日、本来であれば、智彦が5人組の話を聞き、その後事件に巻き込……。


(あれ?7人じゃなかったっけ?)


とにかく、智彦が堀として、5人の話を聞くはずだった。

しかし、智彦は入り口で追い返されたと、聞いた。

そこで企画は終了……では、無かったのだ。

彼らは智彦を待っていたのだろう。

そして……、事件に巻き込まれてしまった。

故に、こうして自身を非難する為に来たのだと、堀は推測した。


目の前の5人は、智彦をあの日どこかで見たのだろう。

だから、容姿が違う事に戸惑っているのだ。

このままでは、智彦に迷惑をかけてしまう。

ならば正直に伝えよう、と。

……堀は、5人を真っ直ぐに見据える。


「実は……」

「狭間もいないし、一体何なんだよ本当に」

「目撃情報はあるのにおかしいですよね」

「逃げてるんですよ、あの自信満々さであのざまですから」


堀が真実を紡ごうとするも、5人は其々言葉を交わし合う。

その眼にはもはや、偽物・・に興味を失っている様だ。


「自分が思うに、彼はそう言う存在だったんじゃないかなって、思うんです」

「……そうですね。恐らくこの学院の不思議な力が、良い方に働いたのでしょう」

「実際アイツのお陰で、今回の件が明るみに出たしな」


古堂、滑川、太山の推測を聞き、岩上があからさまに落胆した。

苦笑いを浮かべた福早が、彼女の背をポンポンと叩く。


「残念でしたねー先輩、失恋って奴ですか?あははっ」

「そうよ悪い?運命を感じたのに、人間じゃないなんて……」


岩上の胸中に揺れる思いは、理不尽だ。

成績が振るわない体育の内申点アップに釣られ、怪談を語る企画に参加した。

それが実はレクリエーションで、無念の内に……恋をしたかったと後悔の中、殺されようとした。

……のだが、堀を名乗った男は、命を、未来を、救ってくれたのだ。

なのに、その男は、この学校には存在しない。


警察にも懇願もした。

警備カメラの映像も見せてくれとお願いした。

流石にそれは無理だったため、諦めざるを得なかった。



「ちゃんとお礼を言えてないのに」


ありがとうと、言いたい。

それだけの事が、出来ない。


「俺もだ、岩上。タコ焼き奢るって言ったのにな」

「僕もですよ、ちゃんと感謝を伝えたいのに」

「……ですね。学食位ご馳走させて貰いたかったなぁ」

「彼は友情に篤いからね、恐らく気持ちは通じてるよ」


岩上の吐露に対し、他の4人は頷く。

気持ちは同じなのだ。

ただ有難うと伝えたい、なのに、それを言う相手が存在しない。


「……でも、会う機会はあるんじゃないでしょうか」

「どう言う事だ、滑川」


滑川は言葉を選びながら、少しの間を置いた。

予想ではあるが、確信した面持ちで。


「先ほども言いましたけど、彼は、この学院に巣食う悪意から、この学院を救う存在と考えたんです」


「あー、成程、ココは怖い話が一杯だからね、親友である彼と遭遇する可能性はあるって事だね?」


「……上等じゃねぇか。じゃあ、この学院に伝わる怖い話を調べて先回りしねーとな」


「あっ!じゃあ私図書館行ってきますね!先日話したあの先生なら手伝ってくれると思いますし!」


「……うふふっ、待ってなさい。絶対に見つけてあげるわ。私を助けた責任、取って貰うんだから」



5人が、異様に目をぎらつかせ、教室から去って行く。

執着。

その膨大なエネルギーに点火した瞬間であった。


この後、この学院内にて一つの怖い話が産声を上げた。

曰く、学院内で怖い目に会った時に良い妖怪が助けてくれる、と。

その妖怪は見た目が地味な男性だが滅法強く、慈悲も持ち合わせているという、話。


悪魔と言う存在が消え去り怪奇現象が激減した事により、その話は真実味を増す。

なのに、それを成した良い妖怪・・・・は、誰も見た事が無い。

その拳一つで悪霊や怪物を葬るという。具体的な話があるのにだ。

故に、面白可笑しく話が広がり、怖い話と言うより、こわい話として語り継がれて行く。






「……えっと、なんだったんだろ、今の」



そんな将来があるとは予想もつかないまま。

良い妖怪・・・・の友人である堀は、茫然と5人を見送った。

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